SEVEN TRIGGER

匿名BB

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月下の鬼人(ワールドエネミー)上

Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》10

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 片眼片腕を失くしても人間案外なれるもので、今までの生活に目立った支障はなかったが、ここに来て思わぬ弊害へいがいが生じた。
 気絶した亡霊を抱きかかえることができない。
 でも応援を待つのは面倒だ。色々と悩んだ末────肩に担ぐことにした俺は、拘束した亡霊……いや、銀髪の少女を運び出す。
 にしてもこんな幼い子が、一体どうして多額の金を欲しがっていたのか……
 不毛なことを考えながら、鉄骨の建築物から出た頃になって────

「ん……あれ、私……ッ……!」

 担いでいた亡霊が眼を覚まし、まだ刀で頭をぶっ叩いた痛みが残っていたのか、小さく呻く。

「よぉ、思いっきりぶっ叩いた割には随分と早いお目覚めだな」

「……ッ!?」

 俺の声に、少女がマグロのようにビクンッ!と一瞬跳ね上がったが、すぐに拘束されていることに気づいたのか、途端に静かになる。

「まさか亡霊の正体が少女だったとはな、俺としたことが、意表を突かれちまったぜ……」

「……」

 更地を歩きながら話しかけるも、少女は何も答えない。
 あれだけ威勢が良かったのにだんまりか?
 いや、どうやら怒っているらしく、プルプルと身体が小刻みに震えていた。

「あれだけのことをしたんだ、これからどうなるか分かってんだろうなぁッ……!?」

 つい悪戯心というか、殺されかけた腹いせか、ドスの効いた声で俺が凄む。
 すると────少女はようやくそこで口を開いた。
 それも、消え入りそうな微かな声で。

「────ごめんなさい……」

「へっ……?」

 その言葉につい足が止まり、担いでいた少女の方を見る。
 泣いていた。
 震えるほど怒っていたのではなく、泣いていた。
 それもさっきのような泣き笑いではない。ガチ泣きだ。

「……」

 おいおいおいおい……
 ヒックヒックと泣きじゃくる少女が俺の肩を涙で濡らしていく。
 想像だにしなかった状況に俺は……ここまできてはったりか?と疑いの眼差しを向けるも、それが嘘でないことくらいすぐに分かった。
 それは、表情云々ではなく、彼女の発した謝罪の声が、さっきの必殺の初弾を「逃げて」と言った少女のものと全く同じだったからだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、こんなことをしてごめんなさい……みんなを傷つけてごめんなさい……」

「お、おい……」

 弱々しい態度で、何度も何度も平謝りする少女。
 ────なんか、こっちが悪いことをしているの気分になるじゃねーか……
 勘弁してくれ……俺の仕事に餓鬼のお守りまでは入ってないぞ……
 何故か罪悪感に駆られた俺は、ため息混じりに立ち止まって少女を肩から降ろす。
 武器は全て取り上げてあるし、抵抗する素振りも逃走する気配もなさそうだから問題ないだろう……
 後ろ手を拘束された状態で、ちょこんと佇む小さな少女は、俯いたまま鼻をすする。

「あーほら泣くなって……さっきのは軽い冗談ジョークだから、その……そうだ、名前は?」

「名前……?」

 涙目のまま、少女が首を傾げた。

「そう、お前の名前だ?なんて言うんだ?」

 目線の高さになってあやす様にそう訊ねると、少女は声を震わせながら口を開いた。

「ロナ……です」

familynameファミリーネームは?」

「バーナード……ロナ・バーナードです……」

 儚げな、今にも消えてしまいそうな印象の少女はそう名乗った。

「あの戦闘技術は何処で身につけた?あんな動き、そう簡単に身につけることは────」

「あれは……!あれは……私じゃないんです……」

 言葉を遮るように少女は告げた。
 私じゃないって……

「俺はさっきお前とり合ってたんだぞ?そんな嘘が通るわけないだろ?」

「違うんです……は……あんなの私じゃないんです……」

「ロア?なんだそれは?」

 眉をひそめた俺に、少女は俯く。
 まるで────そのことを口にすることが、自らの禁忌タヴ―であるかのように……

「……ロアは……私の中にいる、もう一人の私です……ロアは、私の意志とは関係なく、闘争本能で勝手に目覚めてしまうんです……」

 なんだそりゃ……?
 少女の説明を聞いてもいまいちピンとこない。

「あー……質問を変えよう。お前はどうやってそのハッキング技術を身に付けたんだ?偽物とはいえ、あれだけ高セキュリティの掛けられた口座に侵入することは、並のクラッカーでもできない芸当だぞ。それにあの戦闘人形オートマタの設定だって、一体やるだけでも相当面倒だったはずだ」

 つい先日、五体設定するだけでも俺は丸一日かかった。
 マジで大変だったからなぁ……感情や性格を考えるだけでも、かなり苦労したし……

「ハッキングは、独学で身につけました……」

「はっ!?」

 今度は俺が聞き違えたかと思い、少女の顔を見る。

「あと別に……あれくらいの量の戦闘人形オートマタなら、もあればできますけど……?」

「は、半日……!?」

 いや、いやいやいやいや……!
 そんなバカな……!?三十体を半日だと?そんなこと、普通の人間ができる芸当ではない……
 しかもそれを独学でだと……!?
 俺なんて読むのに一か月くらいかかりそうな分厚い説明書を片手に、ようやくできたってのに……
 ハッキリ言って嘘としか思えない。
 でも同時に、この少女が嘘をついているとも思えない……

「じゃ、じゃあ、あの機材はどっから手に入れたんだ?あんな大型の部品パーツ、そう簡単には入手できないと思うんだが……?」

 今回の亡霊が複数人と踏んでいた最大の理由、装備の運用や調達。
 さらに数日でできる仕事量でないことと、さっきの戦闘時に感じたロナとは別の気配。
 もしかしたら、まだ他に仲間がいるのかもしれないと思っていた俺がさらに質問を重ねると、少女は困惑顔で首を傾げた・

「どうやって……と言われましても……この一帯はIT企業が盛んなので、その廃材、戦闘人形も、残骸をかき集めて自分で調整したものです……大手企業の廃材を漁れば、あれくらい誰でもできるんじゃないんですか……?」

「できるわけねーだろ!?何のために企業が製品を売っていると思ってるんだ!?」

 企業のゴミだけで、口座をハッキングできるスーパーコンピューターを誰でも作れたら、IT企業の倒産どころか、世界の経済システムが崩壊するわ!?
 しかし、ロナはその異常性が分かっていないらしく、俺の必死な行増に困惑した表情を浮かべている。
 おそらくこの少女はクラッキング技術、及び作成技術においての天才。神童と呼ばれる類なのだろう……
 本人はそのことに全く自覚がないようだが。

「……なんでこんなことをしたんだ……?」

 あきれた俺がそう訊ねる。
 こんなことしなくても、いくらでも稼ぎようがあると思うんだが?
 デバックでも、プログラミングでも。

「……どうしても……多額のお金が早急に必要だったんです……」

「……なんでまた……?」

「……土地を……買うために……」

 それはまた随分高価なものだな……
 シリコンバレーのものを買うとするなら、一体何百万ドル掛かるのか……俺の給料何十年分でも足りるのか怪しいぞ……

「どうしてそんなもん欲しがる?別荘が欲しいって訳でもないだろ?」

 俺の問いに少女は黙る。
 事情を話すべきかどうか……涙で濡れた瞳が迷いで揺れる。

「話せない事情でもあるのか?」

 少女はぶんぶん……と銀髪を左右に揺らした。
 それから────何度か俺の顔をちらちらと確認してから、ようやく意を決したかのように口を開く。

「……実は、私は孤児ストリートチルドレンで、このすぐ近くにある教会の孤児院で生活しています……」

 俯いたまま、か細い声で事情を話し始めた少女。
 俺はそれをただ黙って聞く。

「教会と言っても、シスターはいません。慈善家のおじいさんが一人で切り盛りしている場所で、金銭以外は全て孤児達自身で協力し、生活していました……数か月前までは……」

 ハニーイエローの瞳が涙で滲み────

「亡くなったんです……おじいさんが……心臓発作による急死でした……」

 せきを切ったように、再びぽろぽろと零れ落ちる。
 どうもそれを不憫に思った俺が、少女の涙を拭ってやる。
 鼻をすすりながら、少女は不思議そうに俺を上目遣いに見上げてくる。
 今更だが、小動物のような可愛らしい顔をしてる。
 いつも俺を睨みつけてくるリズとは大違いだな。

「拘束は解いてやれないが、代わりに涙は拭ってやる。それで、おじいさんが死んだことと、金を盗むことに何の関係があるんだ?」

「……教会の所有権、土地は、おじいさんが持っていたものです……」

「誰がそれを相続したんだ?」

「……していません……おじいさんは既に独り身で、親族や親戚は居ないと……教会を建てたのも、その寂しさを少しでも紛らわすためだと……言っていました……」

 そのじいさんが何をしていたは知らないが、きっと、それなりの資産家だったのだろう。しかし、相続する家族もいないそのおじいさんに、多額の資産の使い道なんてなかったんだろうな。それで彼は、少しでも人助けのためになればと教会を建てた……

「代わりに相続できる孤児院の奴はいなかったのか?」

 遺言しだいでは、赤の他人であっても相続することはもちろん可能だ。
 資産家が養子に相続させるケースも、世の中珍しいことでは無い。

「いません、私が一番年上のあの孤児院には、そもそも相続するための年齢が足りず、勿論……遺言なんて準備している暇はありませんでした……結果、誰も資産を……あの協会や土地を受け取ることができなかったのです……」

「それで土地の権利が国に返還され、買い取るための金が必要だったと言うことか?」

「国ではありません……ここ一帯の全ての企業からです……」

「全ての企業……だと?」

 少女は俺から視線を逸らし、近くにそびえ立つ高層ビルを見上げた。
 魔術企業。ダブルヘキサグラム社の本社を。

「この一帯は、有名な企業が多数ひしめき合っている場所……そのため彼らは、少しでも周りより優位に立つため、建物を建てる広い土地を欲しています……でもこの周辺で、そんな都合のいい場所は全て買い占められ、もうほとんど残っていません。となれば、連中は無理矢理開拓するか、他者から強奪するしかありません……私達のような都合のいい場所から……」

 何人いるかは知らないが、教会や孤児院ともなれば、それなりの広さの土地が必要になる。
 それを、大手企業が狙ってないわけがない。
 しかも、所有者を失って国に返還され、その土地を金で買えるともなれば尚更だ。
 ようやく……話が見えてきたな。

「多くの企業が多額で買い取ろうという話しを、おじいさんはずっと断っていました。お金なんかより、私達の居場所を守るために……」

「つまり────お前は国に返還された土地を買い直すため。そして、他の企業に買わせないようにするために、お金が欲しかった。そう言うことか?」

 少女はゆっくりと頷いた。
 だからわざわざ、企業が言い出しにくい裏金を集めていたんだ。
 手を出そうものならコイツを公表するぞ?という、連中に対する一種の口封じとして。

「……ごめんなさい」

 また少女が謝り始めた。

「なんでそんなに謝る?確かにその……お前のしたことは悪いことではあるが……それでも孤児達を守るためにしたことなんだろ?」

 少女の涙は止まらない。
 てか、なんでさっきから俺は犯罪者を慰めているんだ……

「……でも……私の身勝手で多くの人達が傷つき……それに、あなたの仲間も、あの戦闘人形オートマタにによって殺されてるかもしれない……」

「あーそれについては問題ないと思うぜ……」

「……え……?」

 俺のそっけない一言にロナが顔を上げた、その時だった────

 ブゥゥゥゥゥンッッッ!!!!

 雷鳴のような轟音と共に、頭上に現れた影が俺達を覆う。
 6.7LのV8エンジンを唸らせ、その姿を見せたSENTRYセントリー CIVILIANシビリアンが、総トンを超える巨体をアスファルトへと叩きつけた。
 それでも勢いは止まらず、キュルキュル!と地面をドリフトさせながら、ぎりぎりで俺達の真隣で静止。
 ゴムの焼けるような臭いにロナが言葉を失う中────

「────こっちの戦闘人形は片付いたぞ隊長……負傷不明ゼロ。って、なんだそいつは?」

 後部座席のドアを乱暴に開け、姿を見せたアキラがそう告げたのに対し、ロナは唖然とした表情でただ一言────

「あ、あれだけの戦闘人形を……たったの四人で……!?」

 小さい桜色の唇が閉じなくなっている。
 天才にも想定できないことはあったらしいな。

「だから言ったろ?問題ないって」

 俺は亡霊の前で肩を竦めて見せた。
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