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月下の鬼人(ワールドエネミー)上
首輪を繋がれた悪鬼《パストメモリーズ》4
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と、威勢よく言ったはいいが、どうしたもんかなぁ……
待合室前まで戻り、片手で持ちきれないような書類を抱きかかえながら、まず何をすべきかを考える。
時間は限られているため、全てを一編にやるのは無理だ……となると、直近の任務に必要なことを優先してやる必要がある。
それは────
「……自己紹介……だな」
通路で独りごちた俺は、まるで問題児のクラスにあてがわれた新米教師のようにため息を吐く。
命が掛かっているとはいえ、こんなブラックな仕事を真面目に引き受けるとは……
だがここで嘆いていても仕方ない。意を決して待合室に入ると────さっきとほとんど変わってない様子の四人が眼に入る。
強いて言うなら、白髪女の食ってる料理が変わっているくらいだ。
相変わらず全員が自分の世界に入り込んでいる。
まずは、この空気をどうにかしないとな……
新入社員が質問する先輩を吟味するかのように四人を見定めた俺は、ベアードの勧めも考慮して、金茶色の髪の男に声をかけた。
「俺がこの部隊のリーダーになったフォルテだ、よろしく」
「ん?」
鏡に夢中になっている金茶色の髪の男に声をかけると、そこでようやく気付いたかのようにこっちに振り向いた。
英語はちゃんと通じるらしい。
男の俺が言うのもあれだが美形だな……映画に出ていても違和感無さそうだ。
だが本当にこんな優男が戦場に使えるのか?と、よく見ると頬の辺りに擦り傷が入っていた。割と新しめの。生傷を見るあたり、接近戦が得意ってことか?
「ベアードから任務についての移動や装備は、アンタに聞けって言われたんだが……?」
「……あぁ……!済まない!つい自分の顔に見惚れていてな!挨拶が遅れた!」
ナルシストなのかマイペースなのかよく分からんことを言いつつも、意外に友好的なそいつは、着ていたイタリアスーツの裾を直しながら立ち上がり────
「俺はレクス、レクス・アンジェロだ。おおっと、握手は無しだ。潔癖なんだよ……」
手を差し出そうとした俺に片手で断りを入れたレクスは「ええっと……」と呟きながら辺りを見渡す。
「隊長さんの前で言うのは気が引けるだが、ご覧の通り変人揃い。今日初めて会った連中ばかりでまだ全然知らないが、一応紹介すると……そこで飯をずっと食べている超絶美人がベルベット・アルヴィナ」
「ももじぐー!」
レクスの紹介に、隣でずっと飯を食べていた女性がそう答えた。
頭には猫耳、背中を包み込む絹のように滑らかな長い白髪を、大きなピンクリボンで一本のおさげにしている白人女性。クリーム色のピーコートに灰色のミニスカートを着ているのだが、服の膨らみ方や長い美脚から分かる通り、凹凸のはっきりした女性の理想的グラマー体型だ。
「なんだって?」
「……んくっ……よろしく~!ベルで構わないにゃ!フォルティー!」
頬張ったリスのように溜め込んでいた飯を一気に飲み込み、ベルが猫耳をパタパタさせて答えた。
「フォル……ティー……?」
「イタリアのレーシングチームかよ……」
いきなりあだ名呼びされたことに戸惑う俺と、そのネーミングセンスに突っ込むレクス。
なんか、大人の見た目のわりには、子供っぽい感じが勿体ないな……ベルは。
今まであまり相手にしたことのないタイプに調子が狂う。
でも仕方ない。ここで連携を怠り、勝手に死なれて殺されてはこっちもたまったもんじゃないからな。
にしても……
────パタパタ!
魔術には正直疎いためよく分からないが、猫耳本物なの?
あと、クネクネ動く白い尻尾まで見えたことには触れないようにしよう……
「で……だ、あっちでずっと眼を瞑っている凛々しい少女がリズだ」
向かいの席に座っていた少女。
さっき俺のことを一瞥してきた奴だ。は、レクスの紹介に、閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
遺伝なのか、瞳の色も髪と同じでピンク色だ。
「……男風情が、気安く話しかけないでくれるかしら……」
幼い見た目とは真逆の、ドスの効いた鋭いナイフのような声。
折角可愛らしい顔つきなのに、ベルとは対照の鋭い目つきがたまに傷だな。
体型もベルと真逆でスリム……というより、まだまだ成長過程とでも言ったところか?
服装はショートタイプのモッズコートにワンピースという出で立ちで、特長的なピンクで艶のある髪とも見事にマッチしていた。
口調から察するに、どうやら相当異性のことが嫌いらしいな。
どうにも取っ付きにくい雰囲気があるので、女性は身体や身につけているものなどを褒めると機嫌が良くなる────という師匠の言葉を思い出し、俺がまずその綺麗なピンク髪について触れようとしたところで────
「気を付けろよ隊長、リズは気性が荒いからよ。俺もさっき軽く挨拶しただけで、ほらここ、大事な顔に爪を立ててきたんだぞ……」
レクスそう言って頬にできた引っかき傷を指さした。
お前それ、戦闘で付けたんじゃないんかよ……
「いやいや、あれはどう考えてもレックスが悪いにゃ。『あぁ……愛しのお嬢様、アナタのような方とチームを組めるとは、その髪と同じくらい麗しいこの私と、あとでお茶でも一杯』って、急にそんにゃこと言われて頷く女性はいないにゃ……」
全員あだ名呼びしないと気が済まないらしいベルが、その光景が目に浮かぶ熱演を交えつつ頭を振ったのに対し、がっくりとレクスは項垂れた。
「どうしてッ……!?俺と同じくらい麗しいという点のどこが不満なんだッ……!はっ!ついに俺の美貌は、人には理解できない領域まで────」
ダンッ────!
衝撃音に俺達三人が振り向くと────リズがテーブルに片手を叩きつけていた。
「男のいるこんなチームなんて正直不満でしかないけどッ……部下である以上命令には従う。ただし!アタシのことを変な名前で呼んだり!外見について触れることだけは、ぜっっっったいに許さないんだからッ!!」
シャー!と、自分では結構凄味を利かせているつもりらしいが……身長がレクス、俺、ベル、ヘッドフォンの男、リズとこの中では一番小さく、外見も中学生より幼いため、まるで子猫が虚勢を張っているかのように見えてしまう。
本人は至って真面目なんだろうけど……怒っているのに可愛いとか……なんかズルいな……
「分かったにゃリズリー!」
早速何にも分かってないベルにあだ名呼びされたことに、リズはピンクがかった瞳を釣り上げた。
「リズよ!!この猫女!!」
「猫じゃなくベルにゃ、そんなに怒ったら、折角の美人さんが台無しにゃ!」
「何それ、嫌みかしら?」
不毛な言い争いを始めた二人に俺はため息を漏らす。
こんな幼い子が戦場で本当に役に立つのだろうか……?
「……くだらねえ……」
喧騒を破ったのは、向かいの席、リズの横でずっと音楽を聴いていた東洋人の少年だった。
「こんな異文化交流するためにここに来たんじゃねーぞオレは……」
しかも日本語……俺と同じ日本人か。
「あー最後だが……コイツはえーと「アキーラ」聞いての通り何言っているのか分からない奴だ……」
頭を掻きつつ困ったような表情を浮かべるレクス。あとの二人も似たような顔つきだ。
あーなるほど、レクス達は日本語が分からないんだ。
ここはアメリカ。皆が当たり前のように英語で喋っているしな。
「お前、日本人か?」
俺が日本語で問いかけたのに対し、ヘッドフォンをした少年が少し驚いたようにこっちを見た。
「へぇー俺の言葉が分かるの?てことは、ベアードが言っていた日本人ってのはアンタか?」
ヘッドフォンを外しつつ鼻を鳴らす。
まだ学ランが似合いそうなくらいの見た目に、ちょっと生意気な口ぶり。年齢はリズの一個か二個上の高校生くらいだろうか?ヘッドフォンから聞き取れる音楽から分かる通り、ロック系が好きらしく。「I am my own Lord throughout heaven and earth」と書かれたパーカーに、ワイドパンツを合わせたパンクなファッションで、ショートな黒髪は遊ばせている。
「その大統領の言っていた人物かは知らねーが、生まれは日本だ。国籍は持ってないけど……」
そんな言葉が生まれる前に日本で生まれたせいで、権利が無いだけどな……
日本語でのやり取りにレクス達が顔を見合わせている中、少年はケラケラと笑い出した。
「なんじゃそりゃ?アンタ見かけによらず面白い奴だな」
「そういうお前はクソ生意気そうなガキンチョだな、名前は?」
「アキラで構わない。アンタは?」
レクス達は日本語独特の発音を聞き取れなくて、アキーラって言ってたのか。
「フォルテだ、フォルテ・S・エルフィー」
「……最近流行りのキラキラネームか?」
「……否定はしない、昔の師匠がつけてくれた痛い名前だ……」
痛いところを突かれた俺が苦い表情を浮かべる。
本当の名前なんざ、もう七、八十年も前に忘れたからな。
「アキラ、お前英語は?」
「全く。こんにちわとか、簡単な会話しかできないぞ」
アキラは両手を広げて肩を竦める。
「マジかよ……」
戦力どころか言語すら通じない奴が混じっているのか……
まだ(不本意ながら)隊長である俺が理解できるだけマシだが、戦場では一分一秒を争う。そんな状況下で言語を変えながら、各々に命令を出さないといけないとは、本当に先が思いやられる……
「多少言語が通じなくても何とかなるだろ。戦場に出れば言葉が通じなくても本能でどうにかするさ」
どこからその自信は湧いてくるのか?それとも中坊らしくイキがっているのか知らないが、やけに自信たっぷりなアキラは────
「────まぁ……こいつらと連携取るつもりねーけどな……」
ボソ……とヘッドフォンのドラム音に掻き消えるくらいの小さな声で何かを呟いたところで────
「隊長、何喋ってるか知らないが、そろそろ初任務まで時間が無いぜ?」
腕時計で時間を見つつ、レクスが間から割り込んできた。
チャラチャラした見た目にそぐわず、根は真面目らしいな。
「あ、あぁ……そう言えば忘れてたが、最初の任務って何なんだ?」
一時間後とは随分早い指示だが、一体俺達に何の仕事をさせようってのか……?
最初だからキツイ仕事は無いだろうと……ペラペラと分厚い資料を捲っていくと……おーあったあった。
「えーと何々?ペンシルベニア州郊外にあるマフィアの違法魔術工場の破壊工作────」
あれ、見間違いか?
第一特殊部隊デルタ作戦分遣隊か、アメリカ特殊部隊群の作戦書が混じっているか?と思ったが、責任者のところは何度見ても俺の名前。
あーなるほどね!そうですかそうですか……
怒りを通り越して呆れた俺の、その日何度目か分からない嘆息が待合室に響いた。
奇跡という言葉を安直に使うことは好きじゃない。
「腹減ったニャー」
どんなことにも何かしら裏付けできる理由が必ずあり、見えないそれが重なり合った結果、確かにそのように見えることもある……だが何も予測しない人間がそれらの現象を奇跡という言葉で簡単に片づけてしまうことが気に入らないからだ。
「ふん、大したこと無かったわねあの連中」
そんな俺でも今回の現象を、奇跡と言わざる得ない。
「リズ、そう言う割にはちょっと時間食ったんじゃないか?」
「ッ……!それはアンタがあんな離れた位置にずっと居たからでしょレクスッ!!作戦終了から回収までの時間が掛かり過ぎなのよこのバカ!!それに!アンタもどこをほっつき歩いていたのか知らないけど援護薄すぎ!そのサブマシンガンは飾りなの……って、アキラ!!アンタに言っているのよ!?」
「……っせー女だな……何言ってるか分からねえけど、オメーが敵の魔術で手こずってたから、こっちが裏で処理してたんだよイノシシ女」
「今アタシのことをバカにしたってことだけはアンタの表情でよく分かったわ……ちょっとフォルテ!アキラが何て言ったのか翻訳しなさい!!」
「……知らん、俺に聞くな……」
鬱陶しいくらい元気な連中に俺は頭を抱えていた。
まるで学校の遠足だ……
慣れた特殊部隊でも、命の危険を感じるような任務。
さらには誰一人殺すなという条件付き。
にもかかわらず、作戦は成功してしまった……
別に敵が弱かった訳ではない……寧ろ人数と武装だけで言うなら、この前ベアードが率いていた部隊を遥かに凌ぐ人数だった。
そこそこの大仕事を終えた後だというのに、ほぼ無傷で作戦を済ませた俺達は、レクスの運転する防弾ビーグル「SENTRY CIVILIAN」。4WDで帰路に就いていた。
大型トラックも動かせる6.7LのV8エンジンを搭載した12人乗り小型装甲車が、街灯も何もない夜のハイウェイを駆け抜けていく中、隊員達の口から出てくるのは初任務の達成による安堵ではなく、それぞれに対する愚痴だった。
唯一、助手席で頭を抱えていた俺一人を除いて……
「ん?どうしたんだ隊長?そんな深刻そうな顔をして?」
俺の様子に気づいたレクスがハンドル片手にこっちを見る。
「……逆に聞くが、どうしてお前は他の連中と一緒でそんな呑気でいられるんだ……」
ベアードに貰った資料を捲りながら、俺は数時間前の作戦のことを思い出す────
待合室前まで戻り、片手で持ちきれないような書類を抱きかかえながら、まず何をすべきかを考える。
時間は限られているため、全てを一編にやるのは無理だ……となると、直近の任務に必要なことを優先してやる必要がある。
それは────
「……自己紹介……だな」
通路で独りごちた俺は、まるで問題児のクラスにあてがわれた新米教師のようにため息を吐く。
命が掛かっているとはいえ、こんなブラックな仕事を真面目に引き受けるとは……
だがここで嘆いていても仕方ない。意を決して待合室に入ると────さっきとほとんど変わってない様子の四人が眼に入る。
強いて言うなら、白髪女の食ってる料理が変わっているくらいだ。
相変わらず全員が自分の世界に入り込んでいる。
まずは、この空気をどうにかしないとな……
新入社員が質問する先輩を吟味するかのように四人を見定めた俺は、ベアードの勧めも考慮して、金茶色の髪の男に声をかけた。
「俺がこの部隊のリーダーになったフォルテだ、よろしく」
「ん?」
鏡に夢中になっている金茶色の髪の男に声をかけると、そこでようやく気付いたかのようにこっちに振り向いた。
英語はちゃんと通じるらしい。
男の俺が言うのもあれだが美形だな……映画に出ていても違和感無さそうだ。
だが本当にこんな優男が戦場に使えるのか?と、よく見ると頬の辺りに擦り傷が入っていた。割と新しめの。生傷を見るあたり、接近戦が得意ってことか?
「ベアードから任務についての移動や装備は、アンタに聞けって言われたんだが……?」
「……あぁ……!済まない!つい自分の顔に見惚れていてな!挨拶が遅れた!」
ナルシストなのかマイペースなのかよく分からんことを言いつつも、意外に友好的なそいつは、着ていたイタリアスーツの裾を直しながら立ち上がり────
「俺はレクス、レクス・アンジェロだ。おおっと、握手は無しだ。潔癖なんだよ……」
手を差し出そうとした俺に片手で断りを入れたレクスは「ええっと……」と呟きながら辺りを見渡す。
「隊長さんの前で言うのは気が引けるだが、ご覧の通り変人揃い。今日初めて会った連中ばかりでまだ全然知らないが、一応紹介すると……そこで飯をずっと食べている超絶美人がベルベット・アルヴィナ」
「ももじぐー!」
レクスの紹介に、隣でずっと飯を食べていた女性がそう答えた。
頭には猫耳、背中を包み込む絹のように滑らかな長い白髪を、大きなピンクリボンで一本のおさげにしている白人女性。クリーム色のピーコートに灰色のミニスカートを着ているのだが、服の膨らみ方や長い美脚から分かる通り、凹凸のはっきりした女性の理想的グラマー体型だ。
「なんだって?」
「……んくっ……よろしく~!ベルで構わないにゃ!フォルティー!」
頬張ったリスのように溜め込んでいた飯を一気に飲み込み、ベルが猫耳をパタパタさせて答えた。
「フォル……ティー……?」
「イタリアのレーシングチームかよ……」
いきなりあだ名呼びされたことに戸惑う俺と、そのネーミングセンスに突っ込むレクス。
なんか、大人の見た目のわりには、子供っぽい感じが勿体ないな……ベルは。
今まであまり相手にしたことのないタイプに調子が狂う。
でも仕方ない。ここで連携を怠り、勝手に死なれて殺されてはこっちもたまったもんじゃないからな。
にしても……
────パタパタ!
魔術には正直疎いためよく分からないが、猫耳本物なの?
あと、クネクネ動く白い尻尾まで見えたことには触れないようにしよう……
「で……だ、あっちでずっと眼を瞑っている凛々しい少女がリズだ」
向かいの席に座っていた少女。
さっき俺のことを一瞥してきた奴だ。は、レクスの紹介に、閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
遺伝なのか、瞳の色も髪と同じでピンク色だ。
「……男風情が、気安く話しかけないでくれるかしら……」
幼い見た目とは真逆の、ドスの効いた鋭いナイフのような声。
折角可愛らしい顔つきなのに、ベルとは対照の鋭い目つきがたまに傷だな。
体型もベルと真逆でスリム……というより、まだまだ成長過程とでも言ったところか?
服装はショートタイプのモッズコートにワンピースという出で立ちで、特長的なピンクで艶のある髪とも見事にマッチしていた。
口調から察するに、どうやら相当異性のことが嫌いらしいな。
どうにも取っ付きにくい雰囲気があるので、女性は身体や身につけているものなどを褒めると機嫌が良くなる────という師匠の言葉を思い出し、俺がまずその綺麗なピンク髪について触れようとしたところで────
「気を付けろよ隊長、リズは気性が荒いからよ。俺もさっき軽く挨拶しただけで、ほらここ、大事な顔に爪を立ててきたんだぞ……」
レクスそう言って頬にできた引っかき傷を指さした。
お前それ、戦闘で付けたんじゃないんかよ……
「いやいや、あれはどう考えてもレックスが悪いにゃ。『あぁ……愛しのお嬢様、アナタのような方とチームを組めるとは、その髪と同じくらい麗しいこの私と、あとでお茶でも一杯』って、急にそんにゃこと言われて頷く女性はいないにゃ……」
全員あだ名呼びしないと気が済まないらしいベルが、その光景が目に浮かぶ熱演を交えつつ頭を振ったのに対し、がっくりとレクスは項垂れた。
「どうしてッ……!?俺と同じくらい麗しいという点のどこが不満なんだッ……!はっ!ついに俺の美貌は、人には理解できない領域まで────」
ダンッ────!
衝撃音に俺達三人が振り向くと────リズがテーブルに片手を叩きつけていた。
「男のいるこんなチームなんて正直不満でしかないけどッ……部下である以上命令には従う。ただし!アタシのことを変な名前で呼んだり!外見について触れることだけは、ぜっっっったいに許さないんだからッ!!」
シャー!と、自分では結構凄味を利かせているつもりらしいが……身長がレクス、俺、ベル、ヘッドフォンの男、リズとこの中では一番小さく、外見も中学生より幼いため、まるで子猫が虚勢を張っているかのように見えてしまう。
本人は至って真面目なんだろうけど……怒っているのに可愛いとか……なんかズルいな……
「分かったにゃリズリー!」
早速何にも分かってないベルにあだ名呼びされたことに、リズはピンクがかった瞳を釣り上げた。
「リズよ!!この猫女!!」
「猫じゃなくベルにゃ、そんなに怒ったら、折角の美人さんが台無しにゃ!」
「何それ、嫌みかしら?」
不毛な言い争いを始めた二人に俺はため息を漏らす。
こんな幼い子が戦場で本当に役に立つのだろうか……?
「……くだらねえ……」
喧騒を破ったのは、向かいの席、リズの横でずっと音楽を聴いていた東洋人の少年だった。
「こんな異文化交流するためにここに来たんじゃねーぞオレは……」
しかも日本語……俺と同じ日本人か。
「あー最後だが……コイツはえーと「アキーラ」聞いての通り何言っているのか分からない奴だ……」
頭を掻きつつ困ったような表情を浮かべるレクス。あとの二人も似たような顔つきだ。
あーなるほど、レクス達は日本語が分からないんだ。
ここはアメリカ。皆が当たり前のように英語で喋っているしな。
「お前、日本人か?」
俺が日本語で問いかけたのに対し、ヘッドフォンをした少年が少し驚いたようにこっちを見た。
「へぇー俺の言葉が分かるの?てことは、ベアードが言っていた日本人ってのはアンタか?」
ヘッドフォンを外しつつ鼻を鳴らす。
まだ学ランが似合いそうなくらいの見た目に、ちょっと生意気な口ぶり。年齢はリズの一個か二個上の高校生くらいだろうか?ヘッドフォンから聞き取れる音楽から分かる通り、ロック系が好きらしく。「I am my own Lord throughout heaven and earth」と書かれたパーカーに、ワイドパンツを合わせたパンクなファッションで、ショートな黒髪は遊ばせている。
「その大統領の言っていた人物かは知らねーが、生まれは日本だ。国籍は持ってないけど……」
そんな言葉が生まれる前に日本で生まれたせいで、権利が無いだけどな……
日本語でのやり取りにレクス達が顔を見合わせている中、少年はケラケラと笑い出した。
「なんじゃそりゃ?アンタ見かけによらず面白い奴だな」
「そういうお前はクソ生意気そうなガキンチョだな、名前は?」
「アキラで構わない。アンタは?」
レクス達は日本語独特の発音を聞き取れなくて、アキーラって言ってたのか。
「フォルテだ、フォルテ・S・エルフィー」
「……最近流行りのキラキラネームか?」
「……否定はしない、昔の師匠がつけてくれた痛い名前だ……」
痛いところを突かれた俺が苦い表情を浮かべる。
本当の名前なんざ、もう七、八十年も前に忘れたからな。
「アキラ、お前英語は?」
「全く。こんにちわとか、簡単な会話しかできないぞ」
アキラは両手を広げて肩を竦める。
「マジかよ……」
戦力どころか言語すら通じない奴が混じっているのか……
まだ(不本意ながら)隊長である俺が理解できるだけマシだが、戦場では一分一秒を争う。そんな状況下で言語を変えながら、各々に命令を出さないといけないとは、本当に先が思いやられる……
「多少言語が通じなくても何とかなるだろ。戦場に出れば言葉が通じなくても本能でどうにかするさ」
どこからその自信は湧いてくるのか?それとも中坊らしくイキがっているのか知らないが、やけに自信たっぷりなアキラは────
「────まぁ……こいつらと連携取るつもりねーけどな……」
ボソ……とヘッドフォンのドラム音に掻き消えるくらいの小さな声で何かを呟いたところで────
「隊長、何喋ってるか知らないが、そろそろ初任務まで時間が無いぜ?」
腕時計で時間を見つつ、レクスが間から割り込んできた。
チャラチャラした見た目にそぐわず、根は真面目らしいな。
「あ、あぁ……そう言えば忘れてたが、最初の任務って何なんだ?」
一時間後とは随分早い指示だが、一体俺達に何の仕事をさせようってのか……?
最初だからキツイ仕事は無いだろうと……ペラペラと分厚い資料を捲っていくと……おーあったあった。
「えーと何々?ペンシルベニア州郊外にあるマフィアの違法魔術工場の破壊工作────」
あれ、見間違いか?
第一特殊部隊デルタ作戦分遣隊か、アメリカ特殊部隊群の作戦書が混じっているか?と思ったが、責任者のところは何度見ても俺の名前。
あーなるほどね!そうですかそうですか……
怒りを通り越して呆れた俺の、その日何度目か分からない嘆息が待合室に響いた。
奇跡という言葉を安直に使うことは好きじゃない。
「腹減ったニャー」
どんなことにも何かしら裏付けできる理由が必ずあり、見えないそれが重なり合った結果、確かにそのように見えることもある……だが何も予測しない人間がそれらの現象を奇跡という言葉で簡単に片づけてしまうことが気に入らないからだ。
「ふん、大したこと無かったわねあの連中」
そんな俺でも今回の現象を、奇跡と言わざる得ない。
「リズ、そう言う割にはちょっと時間食ったんじゃないか?」
「ッ……!それはアンタがあんな離れた位置にずっと居たからでしょレクスッ!!作戦終了から回収までの時間が掛かり過ぎなのよこのバカ!!それに!アンタもどこをほっつき歩いていたのか知らないけど援護薄すぎ!そのサブマシンガンは飾りなの……って、アキラ!!アンタに言っているのよ!?」
「……っせー女だな……何言ってるか分からねえけど、オメーが敵の魔術で手こずってたから、こっちが裏で処理してたんだよイノシシ女」
「今アタシのことをバカにしたってことだけはアンタの表情でよく分かったわ……ちょっとフォルテ!アキラが何て言ったのか翻訳しなさい!!」
「……知らん、俺に聞くな……」
鬱陶しいくらい元気な連中に俺は頭を抱えていた。
まるで学校の遠足だ……
慣れた特殊部隊でも、命の危険を感じるような任務。
さらには誰一人殺すなという条件付き。
にもかかわらず、作戦は成功してしまった……
別に敵が弱かった訳ではない……寧ろ人数と武装だけで言うなら、この前ベアードが率いていた部隊を遥かに凌ぐ人数だった。
そこそこの大仕事を終えた後だというのに、ほぼ無傷で作戦を済ませた俺達は、レクスの運転する防弾ビーグル「SENTRY CIVILIAN」。4WDで帰路に就いていた。
大型トラックも動かせる6.7LのV8エンジンを搭載した12人乗り小型装甲車が、街灯も何もない夜のハイウェイを駆け抜けていく中、隊員達の口から出てくるのは初任務の達成による安堵ではなく、それぞれに対する愚痴だった。
唯一、助手席で頭を抱えていた俺一人を除いて……
「ん?どうしたんだ隊長?そんな深刻そうな顔をして?」
俺の様子に気づいたレクスがハンドル片手にこっちを見る。
「……逆に聞くが、どうしてお前は他の連中と一緒でそんな呑気でいられるんだ……」
ベアードに貰った資料を捲りながら、俺は数時間前の作戦のことを思い出す────
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