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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
鎮魂の慈雨《レクイエムレイン》12
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いやいや、立場的にお前はもっと止めなきゃダメだろ。
「全く……最後の最後まで反吐が出るわ……」
血塗れた拳を引っ込めつつそう吐き捨てたのは、殺人アッパーを繰り出したセイナだ。
普段は規律やルールを重んじる彼女が、俺ですら引っ込めた拳を振るったことには少々驚いたが、そんな仏のセイナ様(理不尽有)でもキレるレベルだったってことだな。さっきのチャップリンの言葉は。
「てか、アタシはこの中で唯一アメリカと関係無いからいいとして、アンタは良かったの?」
セイナは自分の行いを棚の上にぶん投げつつ、無様に倒れたチャップリンの奥。背後からドロップキックを見舞ったロナの方を向く。
「なにがぁ?別にロナちゃんはちょーっと軽い運動をしただけだよ?そこに周りを見てなかったこれが勝手に割り込んできただけで、なーんにも問題なんてないよ?そうだよね?レクス?」
そう言ってロナは、にぱっ!という笑いをレクスへと向けた。
清清しいまでのお惚け顔だが、お前、しっかりセイナが殴るタイミングを見計らいつつ、一番ダメージが残りやすい時に蹴りにかかっていただろ?
「あぁ……今のは不慮の事故だ。俺が見ていたから間違いない。お二人さんもそう思うだろ?」
普段から真面目なレクスが感慨深くそう告げる言葉に、チャップリンを拘束していた職員二人、異論はないと言った様子でうんうんと頷く。
結局、皆立場は違えど、考えていたことは一緒だったということだ。
全く……俺が立場とか色々と考えていたってのに、職権乱用にもほどがある…… 懸念していた気持ちを返して欲しいくらいだ。
「まぁ……レクスがそういうならいいけどよ……たくっ……おかげで俺が殴りそびれちまったぜ、なあアイリス?」
今からチャップリンを殴ってもいいんだが、衝撃と衝撃、言うなればダンプカー同士の正面衝突に巻き込まれた奴の体は瀕死寸前だ。これ以上殴ったらほんとに死にかねないくらいのレベルのな。
俺はどこかスカッとした気持ちともやっとする思いを感じつつ、黙ったままのアイリスへと声をかけた。
「……」
いえーい!とさっき険悪だったロナとレクスがハイタッチしている横で、その一部始終を見ていたアイリスは、固まったままピクリともせずに突っ立ったままだ。まるで心ここに有らず……といった様子だ。
「アイリス……?」
「……っ!あぁ……そうだね……ボクも気分が晴れたよ……」
気分の晴れない声でそう告げたアイリスに、俺はどこか引っかかりを覚えた。
幾ら感情を表に出しづらい体質とはいえ、以前のアイリスだったらもっとこう────
「アイリス!!」
ベトナムの曇り空の中でも輝く、ひまわりのような笑顔を浮かべたセイナがアイリスに駆け寄った。
そして────パシッ!と両手を両手で握り締めた。
急なことで少し驚いたのか、アイリスの瞳がわずかに瞬く。
「ああいう馬鹿は殴ったって良いの!」
開口一発目からのとんでもない発言に、俺はどてッ!と何もないところで横転しかける。
とてもじゃないが、リアル王女様の発言とは思えんな……
「アンタは確かに過去、感情に身を任せて失敗したと思っているかも知れない。でもそれは、アンタが信じていたもののためにしたことであって、決して間違いなんかじゃない。共感してくれる仲間が近くにいなかっただけなの」
前のめりになりながら熱弁するセイナの熱量に、アイリスはちょっと戸惑いつつもコクコクと頷いている。
「でも今は違う。アンタの周りにはアタシ達がいるんだから!!思ったことや、したいこと……どんどん感情を表に出していいんだよ!」
少し下手ではあったが、セイナなりのアイリスに対する気遣いだったらしい。
だがそれは、かつて彼女がたった一人で仲間全員を守ろうとしていたSAS訓練小隊時代とは異なり、「アタシ達」と言ったところから、チーム全員でサポートするといった意思がひしひしと伝わってきた。
俺やロナ、そして即興とはいえチームを組んだアイリスの全員に信頼を表すかのように……
それはとても小さな変化かもしれない……でも俺はそう思ってくれているセイナのことがとてもうれしかった。
「そー!そー!ロナ達がそれ聞いて、出来る限りのサポートはするからさ!下手に押さえ込んでばっかだと、ストレスが溜まっちゃうゾ!」
そう言ってロナがセイナの肩へとダイブした。
「う……うん……あ、ありがとう……」
二人の言葉を前に、ほんの少しだけ気恥ずかしそうな表情を浮かべたアイリスが、消え入りそうな声でそう呟いたが……
「ちょっと……重いわよ!離れなさいよロナ!」
「やーだー!!セイナいい香りするからもうちょっとだけぇ~」
鬱陶しがるセイナとロナがいざこざを始めたせいで、一番大事な部分を聞き逃していた。
おいおい……せっかく良いこと言っていたと思ったのに、これじゃあ台無しだぞ……
「確かに言っていた内容に関しては一理あるけどなぁ……逆にお前達はアイリスを見習って、もう少し節度ってもんをだなぁ……」
ガシッ!と背中に引っ付いたままロナを、ジャイアントスローのようにブンブン振り回すセイナに俺は頭を抱え、アイリスはどうしたらいいのか分からないのか、あわあわと両手を動かしていた。
そんな俺達四人の珍道中を黙って見ていたレクスが、パンパンッ!注意を惹くように手を二度叩いた。
「お楽しみのところ悪いんだが、そろそろいいかい?ああ、そっちの二人は止まってからでいいから……」
ぐるぐるとコマの様に回り続けていた二人にそう告げつつ、レクスは改まった様子で軽い咳払いを挟んでから、真面目な様子で話しを切り出した。
「じゃあこれで、ボブ・スミスFBI副長官殿はこっちで身柄を預かります、フォルテ」
「あぁ……頼むレクス。もう移送の手続きは済んでいるのか?」
さっきいた職員二人が、どこからか持ってきた担架にチャップリンを乗せて運ぶ姿を横目に俺は訊ねる。
仮にもしまだそれが整っていないなら、ここが例えアメリカであっても警戒せざる得ないからな。
そんな俺の心配を察したのか、レクスは「はい」と首肯してみせる。
「奴用の本国行き護送用飛行機も既に到着してますから、あとはあの職員達に任せてくれて問題ないです。もちろんフォルテ達用の飛行機も用意してあるのでそこはご心配なく……」
「そうか……で、アイリスはどうなるんだ……?」
俺の問いに、ようやく回転の止まったセイナとロナが、途端に心配そうな顔つきでアイリスのことを見つめた。
嵌められていたとはいえ、仮にも無期懲役である身。そう簡単に釈放ってわけにもいかないだろう。当の本人であるアイリスもそれは覚悟していたように、レクスの方へと一歩前に出た。
「……」
無言のまま見つめる琥珀色の瞳が、師匠を射抜くように見つめる。
淀みを感じさせないまっすぐな瞳。
レクスはそれを真正面から返しつつ、淡いブラウンの瞳を一度だけ大きく瞬いてから、判決を言い渡す裁判官のように、その固く閉ざしていた口を開いた。
「全く……最後の最後まで反吐が出るわ……」
血塗れた拳を引っ込めつつそう吐き捨てたのは、殺人アッパーを繰り出したセイナだ。
普段は規律やルールを重んじる彼女が、俺ですら引っ込めた拳を振るったことには少々驚いたが、そんな仏のセイナ様(理不尽有)でもキレるレベルだったってことだな。さっきのチャップリンの言葉は。
「てか、アタシはこの中で唯一アメリカと関係無いからいいとして、アンタは良かったの?」
セイナは自分の行いを棚の上にぶん投げつつ、無様に倒れたチャップリンの奥。背後からドロップキックを見舞ったロナの方を向く。
「なにがぁ?別にロナちゃんはちょーっと軽い運動をしただけだよ?そこに周りを見てなかったこれが勝手に割り込んできただけで、なーんにも問題なんてないよ?そうだよね?レクス?」
そう言ってロナは、にぱっ!という笑いをレクスへと向けた。
清清しいまでのお惚け顔だが、お前、しっかりセイナが殴るタイミングを見計らいつつ、一番ダメージが残りやすい時に蹴りにかかっていただろ?
「あぁ……今のは不慮の事故だ。俺が見ていたから間違いない。お二人さんもそう思うだろ?」
普段から真面目なレクスが感慨深くそう告げる言葉に、チャップリンを拘束していた職員二人、異論はないと言った様子でうんうんと頷く。
結局、皆立場は違えど、考えていたことは一緒だったということだ。
全く……俺が立場とか色々と考えていたってのに、職権乱用にもほどがある…… 懸念していた気持ちを返して欲しいくらいだ。
「まぁ……レクスがそういうならいいけどよ……たくっ……おかげで俺が殴りそびれちまったぜ、なあアイリス?」
今からチャップリンを殴ってもいいんだが、衝撃と衝撃、言うなればダンプカー同士の正面衝突に巻き込まれた奴の体は瀕死寸前だ。これ以上殴ったらほんとに死にかねないくらいのレベルのな。
俺はどこかスカッとした気持ちともやっとする思いを感じつつ、黙ったままのアイリスへと声をかけた。
「……」
いえーい!とさっき険悪だったロナとレクスがハイタッチしている横で、その一部始終を見ていたアイリスは、固まったままピクリともせずに突っ立ったままだ。まるで心ここに有らず……といった様子だ。
「アイリス……?」
「……っ!あぁ……そうだね……ボクも気分が晴れたよ……」
気分の晴れない声でそう告げたアイリスに、俺はどこか引っかかりを覚えた。
幾ら感情を表に出しづらい体質とはいえ、以前のアイリスだったらもっとこう────
「アイリス!!」
ベトナムの曇り空の中でも輝く、ひまわりのような笑顔を浮かべたセイナがアイリスに駆け寄った。
そして────パシッ!と両手を両手で握り締めた。
急なことで少し驚いたのか、アイリスの瞳がわずかに瞬く。
「ああいう馬鹿は殴ったって良いの!」
開口一発目からのとんでもない発言に、俺はどてッ!と何もないところで横転しかける。
とてもじゃないが、リアル王女様の発言とは思えんな……
「アンタは確かに過去、感情に身を任せて失敗したと思っているかも知れない。でもそれは、アンタが信じていたもののためにしたことであって、決して間違いなんかじゃない。共感してくれる仲間が近くにいなかっただけなの」
前のめりになりながら熱弁するセイナの熱量に、アイリスはちょっと戸惑いつつもコクコクと頷いている。
「でも今は違う。アンタの周りにはアタシ達がいるんだから!!思ったことや、したいこと……どんどん感情を表に出していいんだよ!」
少し下手ではあったが、セイナなりのアイリスに対する気遣いだったらしい。
だがそれは、かつて彼女がたった一人で仲間全員を守ろうとしていたSAS訓練小隊時代とは異なり、「アタシ達」と言ったところから、チーム全員でサポートするといった意思がひしひしと伝わってきた。
俺やロナ、そして即興とはいえチームを組んだアイリスの全員に信頼を表すかのように……
それはとても小さな変化かもしれない……でも俺はそう思ってくれているセイナのことがとてもうれしかった。
「そー!そー!ロナ達がそれ聞いて、出来る限りのサポートはするからさ!下手に押さえ込んでばっかだと、ストレスが溜まっちゃうゾ!」
そう言ってロナがセイナの肩へとダイブした。
「う……うん……あ、ありがとう……」
二人の言葉を前に、ほんの少しだけ気恥ずかしそうな表情を浮かべたアイリスが、消え入りそうな声でそう呟いたが……
「ちょっと……重いわよ!離れなさいよロナ!」
「やーだー!!セイナいい香りするからもうちょっとだけぇ~」
鬱陶しがるセイナとロナがいざこざを始めたせいで、一番大事な部分を聞き逃していた。
おいおい……せっかく良いこと言っていたと思ったのに、これじゃあ台無しだぞ……
「確かに言っていた内容に関しては一理あるけどなぁ……逆にお前達はアイリスを見習って、もう少し節度ってもんをだなぁ……」
ガシッ!と背中に引っ付いたままロナを、ジャイアントスローのようにブンブン振り回すセイナに俺は頭を抱え、アイリスはどうしたらいいのか分からないのか、あわあわと両手を動かしていた。
そんな俺達四人の珍道中を黙って見ていたレクスが、パンパンッ!注意を惹くように手を二度叩いた。
「お楽しみのところ悪いんだが、そろそろいいかい?ああ、そっちの二人は止まってからでいいから……」
ぐるぐるとコマの様に回り続けていた二人にそう告げつつ、レクスは改まった様子で軽い咳払いを挟んでから、真面目な様子で話しを切り出した。
「じゃあこれで、ボブ・スミスFBI副長官殿はこっちで身柄を預かります、フォルテ」
「あぁ……頼むレクス。もう移送の手続きは済んでいるのか?」
さっきいた職員二人が、どこからか持ってきた担架にチャップリンを乗せて運ぶ姿を横目に俺は訊ねる。
仮にもしまだそれが整っていないなら、ここが例えアメリカであっても警戒せざる得ないからな。
そんな俺の心配を察したのか、レクスは「はい」と首肯してみせる。
「奴用の本国行き護送用飛行機も既に到着してますから、あとはあの職員達に任せてくれて問題ないです。もちろんフォルテ達用の飛行機も用意してあるのでそこはご心配なく……」
「そうか……で、アイリスはどうなるんだ……?」
俺の問いに、ようやく回転の止まったセイナとロナが、途端に心配そうな顔つきでアイリスのことを見つめた。
嵌められていたとはいえ、仮にも無期懲役である身。そう簡単に釈放ってわけにもいかないだろう。当の本人であるアイリスもそれは覚悟していたように、レクスの方へと一歩前に出た。
「……」
無言のまま見つめる琥珀色の瞳が、師匠を射抜くように見つめる。
淀みを感じさせないまっすぐな瞳。
レクスはそれを真正面から返しつつ、淡いブラウンの瞳を一度だけ大きく瞬いてから、判決を言い渡す裁判官のように、その固く閉ざしていた口を開いた。
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