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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
暁に染まる巨人《ダイド イン ザ ダウン》5
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「……んん……んぐっ!……だ、誰よアレ?フォルテの知り合い?」
口元を抑えていた俺の手を払いのけたセイナが、その人物を廃材の陰から半眼で睨む。
「んー……知り合いって程じゃねーだけどなあ……」
なんて説明しようか迷っていると、自称FBI副所長ことチャップリンと、梱包のリーダー格っぽい男が通路の真ん中で話しを始めた。
「お疲れ様です所長。これから帰国なさるのですか?」
「あぁそうだ、全く……どっかの馬鹿が日本の物資を嗅ぎつけたせいで、わざわざ私がこんなところまで来る羽目になるとはな……」
数メートルの距離でも聞こえるくらい大きな声量と、ギシギシと歯ぎしりを響かせながら、苦々し気にチャップリンはそう吐き捨てた。
「それで……奴は情報を吐いたか?」
「いえ、言われた通り英語で尋問してはいますが何も……拷問をもっと強化しますか?」
野戦服姿の男のその言葉に、拳に自然と力が入る。
二人の会話から察するに、やはりロナはこの工場に捕らえられていると見て間違いないだろう……そのことが分かっただけでもまだ良かったが、やはり状況はあまりよろしくないらしい。
「強化とはよく言うな……君があれだけ酷い目に遭わせておいて、まだやるというのか?」
チャップリンの呆れた様子に、隣にいたセイナが青ざめた。
自分が守りきることができなかったせいだと、内心で悔やんでいるのかもしれない。だが見つかる危険性があるため下手にいま声をかけてやることはできない……
優しく「心配するな」と思いを込めて抱いたセイナの肩は、小刻みに震えていた。
「仕事ですから……もしよろしければ所長も一緒に混ざりますか……?」
────下品なせせら笑いを浮かべる野戦服姿の男……感情に任せて一歩前に出かけたセイナを両腕で留める。
「気持ちはありがたいが、遠慮しておこう……私が下手に正体を明かすと、ここの存在が連中にバレるかもしれん……それでまた、二年前のように始末するのも面倒だからな……」
まんざらでもない様子で肩を竦めるチャップリン……二年前と言えば、アイリスの父親が殺された時期と重なる。まさか……裏で根回ししていたのはコイツなのか……?それに、そんな前から銃を密造して一体何が目的なんだ……
「とにかく、ブツは受け取ったから私は帰るぞ。残りは川に流して中国にまた売り渡せ。地下に幽閉したあの女はお前達に任せる。嬲るのもヨシ、ヤク漬けにするもヨシ、犯してお前達の玩具にしても構わん。情報を吐いたら連絡しろ、しゃべらないのなら最悪殺しても構わんが……」
低身長のチャップリンが、野戦服姿の男を見上げる。「もちろん分かっているな?」と、訴えかけるような眼つきで睨みながら────
「……もし奴を巡ってアメリカ軍が攻めてきた時は、ここの武器を使って最大限抵抗しろ……」
「はっ!」
見た目と不釣り合いな甲高い気持ち悪い声に、よく笑わずに敬礼できるなと野戦服男に感心しつつ……俺は二人の会話から一つ分かったことがあった。それは、キーソン川で見たジュラルミンケースの中身についてだ。
俺の予想が正しければ、あのケースの中にはここで作成された銃が入っており、それを中国サイドに購入してもらっているのだろう……そして、その見返りとして、中国サイドは豊富な資源をコンテナで提供することで互いに商売が成り立っている……とすれば、だいぶ話が繋がってくる。
川と言えば……アイリスが確かキーソン川は中国とベトナムの国境沿いにあるから、間違えて超えないように気を付けろと言っていたので、バンゾックの滝からジープに戻った後、回収していたケースのことが気になって国境の話しを聞いたのだが……アイリスの記憶が確かなら、工場から上流側と、下流側にあるバンゾックの滝は北半分が中国領地となっているらしい。
まさか……表立って武器を密輸していることはできないから、中国からベトナム、ベトナムから中国と物資を川に流すことで、あくまで自分たちの領土の物として扱っている……という昔ニュースで見た、外国産の魚を日本の川や湖に放して収穫し、国産とする詐欺……あれと似たようなカラクリを使っているということなのか……?
「……でも、どうしてFBI副所長の奴が、こんなところで工場長なんてやってやがるんだ……」
「え、FBIの副所長って、アイt────」
考え事しながら漏らした一言に、驚いたセイナが大きな声を上げてしまった。
「……む?」
咄嗟に口を再び押えて声量を落とさせたが、聞こえてしまったのか、チャップリンはこっちを不審そうに見ていた。
人一倍仲間想いなセイナのことだ、二人の会話で溜まっていた怒りで、普段よりも判断力が鈍くなっていたらしい。
「バッカ……!」
ふぐぐ……とセイナの口を俺が抑え込んだ時────
ガランガランッ!!
鉄板の廃材に斜めに立てかけてあった、足場用の骨組みに使う鉄パイプが俺の足に当たってしまい、コロコロと白いコンクリートの地面に倒れた。静かだった通路に正大な金属音が木霊する。
「誰だッ!?」
疑心が確信となったチャップリンが、眼の色を変えて大声で叫んだ。
やべぇ……やっちまった。二人して脂汗を垂らしながら、腰ぐらいの高さまで積んであった鉄板の廃材に身を隠す。幸い、出していた頭部はすぐに引っ込めたので見られなかったらしく、いきなり警備を呼ばれることは無かったが、チャップリンは持っていた銃を抜きつつこっちに向かおうとしていた。
「所長、ここは私が……」
それを横に居た野戦服姿の男が前に歩み出る形で静止した。
「ほう、任せるぞ」という言葉を背に、男は慣れた手つきで銃を初弾装填し、同時に安全装置を解除する。見ていなくても分かる、軍人の動きだ。
そのまま男は警戒したままこちらに詰めてくる。距離は十メートル弱。バレるのは時間の問題だ。
本当なら、ロナを救出するまではドンパチしたくなかったんだが……
隣でしゃがみ込んでいたセイナにアイコンタクトを取りつつ、距離を詰めてくる野戦服姿の男が近づいてくるのを待つ。
三メートル、二メートル、一メートル……今ッ!
と、二人で廃材から飛び出そうとするタイミングの数瞬前、男は急にぴたりと動きを止めた。
廃材の裏に来れば一発でバレるのに、危険を察知したのか、それとも見かけによらずビビっているのか知らないが、男はその絶妙な距離を保ったまま左右に首を振りつつ、見える範囲を満遍なく調べていく。
「所長、怪しい人物はいませんでした」
「そ、そうか……それならいいんだが……」
こっちに背を向け、粗雑な捜査報告を済ませる野戦服姿の男。気弱そうなチャップリンと違い、別にビビっている感じもない、にもかかわらずこの雑な捜索は一体どういうことだ……?
まぁ……こっちとしては飛び出さなくて済んだのはありがたいんだが────
「────ただ…………」
パンッ!!パンッ!!
野戦服姿の男が振り向き様に、持っていた銃を二発放った。
乾いた火薬音の9㎜パラベラム弾が目標に当たり、皮膚を突き破って中に含まれていた血液を撒き散らした。完全に安堵から不意を突かれた俺達は、声を発することすら許されなかった。
コンクリートの地面に広がる赤い水たまりを見もせず、硝煙の香りにどこか満足したように野戦服姿の男は……
「ネズミが二匹紛れておりましたので……処分しておきました」
銃をしまいつつ、淡々とした様子でそう告げる。それにチャップリンはさして驚くこともなく、代わりに頭を抱えながら、少し呆れた顔を見せる。
「君はいつもそうやって……害獣駆除はありがたいが、そう毎回工場を穴だらけにされては敵わん……」
嘆息混じりに、工場の出口に向けて踵を返した。
「拷問中、気分が乗って奴を撃たないようにだけは気を付けろ、いいか?絶対簡単には殺すな……情報は正直どうでもいい、欲しいのは奴の悲鳴だけだ」
醜穢な笑みを浮かべたまま、ドスドスと脂肪の音を立てて去っていくチャップリン。肉だるまを見送った野戦服姿の男は、撃った害獣を確認しないまま歩き去っていった。
「「……」」
男が通路の曲がり角に消えていったあと、無傷の俺とセイナは言葉を失っていた。
放たれた二発の銃弾は、工場内に潜んでいたネズミ……本当に害獣を二匹始するために放ったらしく。9㎜弾に撃たれ、絶命した状態で地面に転がっていた
声が出せないのは何もあの野戦服姿の男の射撃の腕がいいからではなく。あの時、安堵感からの隙に完全に二人とも意表を突かれていた。時として、超人が暗殺者に負けるように、銃弾を切り落とす俺、銃弾を躱すセイナですら反応することができなかった。あの瞬間もし本当に俺達を撃っていたら……確実に死んでいただろう……という恐怖感から、素直に今の状況を喜べなかった。
「と、とにかく、アイツを追いましょう……」
「……そうだな」
あれだけ手練れから、何故命拾いしたのか分からなかったが、今はとにかくロナを探す必要がある。地下に向かうと言っていたあの野戦服姿の男の後を追って、俺達は二人は改めて気を入れ直した。
口元を抑えていた俺の手を払いのけたセイナが、その人物を廃材の陰から半眼で睨む。
「んー……知り合いって程じゃねーだけどなあ……」
なんて説明しようか迷っていると、自称FBI副所長ことチャップリンと、梱包のリーダー格っぽい男が通路の真ん中で話しを始めた。
「お疲れ様です所長。これから帰国なさるのですか?」
「あぁそうだ、全く……どっかの馬鹿が日本の物資を嗅ぎつけたせいで、わざわざ私がこんなところまで来る羽目になるとはな……」
数メートルの距離でも聞こえるくらい大きな声量と、ギシギシと歯ぎしりを響かせながら、苦々し気にチャップリンはそう吐き捨てた。
「それで……奴は情報を吐いたか?」
「いえ、言われた通り英語で尋問してはいますが何も……拷問をもっと強化しますか?」
野戦服姿の男のその言葉に、拳に自然と力が入る。
二人の会話から察するに、やはりロナはこの工場に捕らえられていると見て間違いないだろう……そのことが分かっただけでもまだ良かったが、やはり状況はあまりよろしくないらしい。
「強化とはよく言うな……君があれだけ酷い目に遭わせておいて、まだやるというのか?」
チャップリンの呆れた様子に、隣にいたセイナが青ざめた。
自分が守りきることができなかったせいだと、内心で悔やんでいるのかもしれない。だが見つかる危険性があるため下手にいま声をかけてやることはできない……
優しく「心配するな」と思いを込めて抱いたセイナの肩は、小刻みに震えていた。
「仕事ですから……もしよろしければ所長も一緒に混ざりますか……?」
────下品なせせら笑いを浮かべる野戦服姿の男……感情に任せて一歩前に出かけたセイナを両腕で留める。
「気持ちはありがたいが、遠慮しておこう……私が下手に正体を明かすと、ここの存在が連中にバレるかもしれん……それでまた、二年前のように始末するのも面倒だからな……」
まんざらでもない様子で肩を竦めるチャップリン……二年前と言えば、アイリスの父親が殺された時期と重なる。まさか……裏で根回ししていたのはコイツなのか……?それに、そんな前から銃を密造して一体何が目的なんだ……
「とにかく、ブツは受け取ったから私は帰るぞ。残りは川に流して中国にまた売り渡せ。地下に幽閉したあの女はお前達に任せる。嬲るのもヨシ、ヤク漬けにするもヨシ、犯してお前達の玩具にしても構わん。情報を吐いたら連絡しろ、しゃべらないのなら最悪殺しても構わんが……」
低身長のチャップリンが、野戦服姿の男を見上げる。「もちろん分かっているな?」と、訴えかけるような眼つきで睨みながら────
「……もし奴を巡ってアメリカ軍が攻めてきた時は、ここの武器を使って最大限抵抗しろ……」
「はっ!」
見た目と不釣り合いな甲高い気持ち悪い声に、よく笑わずに敬礼できるなと野戦服男に感心しつつ……俺は二人の会話から一つ分かったことがあった。それは、キーソン川で見たジュラルミンケースの中身についてだ。
俺の予想が正しければ、あのケースの中にはここで作成された銃が入っており、それを中国サイドに購入してもらっているのだろう……そして、その見返りとして、中国サイドは豊富な資源をコンテナで提供することで互いに商売が成り立っている……とすれば、だいぶ話が繋がってくる。
川と言えば……アイリスが確かキーソン川は中国とベトナムの国境沿いにあるから、間違えて超えないように気を付けろと言っていたので、バンゾックの滝からジープに戻った後、回収していたケースのことが気になって国境の話しを聞いたのだが……アイリスの記憶が確かなら、工場から上流側と、下流側にあるバンゾックの滝は北半分が中国領地となっているらしい。
まさか……表立って武器を密輸していることはできないから、中国からベトナム、ベトナムから中国と物資を川に流すことで、あくまで自分たちの領土の物として扱っている……という昔ニュースで見た、外国産の魚を日本の川や湖に放して収穫し、国産とする詐欺……あれと似たようなカラクリを使っているということなのか……?
「……でも、どうしてFBI副所長の奴が、こんなところで工場長なんてやってやがるんだ……」
「え、FBIの副所長って、アイt────」
考え事しながら漏らした一言に、驚いたセイナが大きな声を上げてしまった。
「……む?」
咄嗟に口を再び押えて声量を落とさせたが、聞こえてしまったのか、チャップリンはこっちを不審そうに見ていた。
人一倍仲間想いなセイナのことだ、二人の会話で溜まっていた怒りで、普段よりも判断力が鈍くなっていたらしい。
「バッカ……!」
ふぐぐ……とセイナの口を俺が抑え込んだ時────
ガランガランッ!!
鉄板の廃材に斜めに立てかけてあった、足場用の骨組みに使う鉄パイプが俺の足に当たってしまい、コロコロと白いコンクリートの地面に倒れた。静かだった通路に正大な金属音が木霊する。
「誰だッ!?」
疑心が確信となったチャップリンが、眼の色を変えて大声で叫んだ。
やべぇ……やっちまった。二人して脂汗を垂らしながら、腰ぐらいの高さまで積んであった鉄板の廃材に身を隠す。幸い、出していた頭部はすぐに引っ込めたので見られなかったらしく、いきなり警備を呼ばれることは無かったが、チャップリンは持っていた銃を抜きつつこっちに向かおうとしていた。
「所長、ここは私が……」
それを横に居た野戦服姿の男が前に歩み出る形で静止した。
「ほう、任せるぞ」という言葉を背に、男は慣れた手つきで銃を初弾装填し、同時に安全装置を解除する。見ていなくても分かる、軍人の動きだ。
そのまま男は警戒したままこちらに詰めてくる。距離は十メートル弱。バレるのは時間の問題だ。
本当なら、ロナを救出するまではドンパチしたくなかったんだが……
隣でしゃがみ込んでいたセイナにアイコンタクトを取りつつ、距離を詰めてくる野戦服姿の男が近づいてくるのを待つ。
三メートル、二メートル、一メートル……今ッ!
と、二人で廃材から飛び出そうとするタイミングの数瞬前、男は急にぴたりと動きを止めた。
廃材の裏に来れば一発でバレるのに、危険を察知したのか、それとも見かけによらずビビっているのか知らないが、男はその絶妙な距離を保ったまま左右に首を振りつつ、見える範囲を満遍なく調べていく。
「所長、怪しい人物はいませんでした」
「そ、そうか……それならいいんだが……」
こっちに背を向け、粗雑な捜査報告を済ませる野戦服姿の男。気弱そうなチャップリンと違い、別にビビっている感じもない、にもかかわらずこの雑な捜索は一体どういうことだ……?
まぁ……こっちとしては飛び出さなくて済んだのはありがたいんだが────
「────ただ…………」
パンッ!!パンッ!!
野戦服姿の男が振り向き様に、持っていた銃を二発放った。
乾いた火薬音の9㎜パラベラム弾が目標に当たり、皮膚を突き破って中に含まれていた血液を撒き散らした。完全に安堵から不意を突かれた俺達は、声を発することすら許されなかった。
コンクリートの地面に広がる赤い水たまりを見もせず、硝煙の香りにどこか満足したように野戦服姿の男は……
「ネズミが二匹紛れておりましたので……処分しておきました」
銃をしまいつつ、淡々とした様子でそう告げる。それにチャップリンはさして驚くこともなく、代わりに頭を抱えながら、少し呆れた顔を見せる。
「君はいつもそうやって……害獣駆除はありがたいが、そう毎回工場を穴だらけにされては敵わん……」
嘆息混じりに、工場の出口に向けて踵を返した。
「拷問中、気分が乗って奴を撃たないようにだけは気を付けろ、いいか?絶対簡単には殺すな……情報は正直どうでもいい、欲しいのは奴の悲鳴だけだ」
醜穢な笑みを浮かべたまま、ドスドスと脂肪の音を立てて去っていくチャップリン。肉だるまを見送った野戦服姿の男は、撃った害獣を確認しないまま歩き去っていった。
「「……」」
男が通路の曲がり角に消えていったあと、無傷の俺とセイナは言葉を失っていた。
放たれた二発の銃弾は、工場内に潜んでいたネズミ……本当に害獣を二匹始するために放ったらしく。9㎜弾に撃たれ、絶命した状態で地面に転がっていた
声が出せないのは何もあの野戦服姿の男の射撃の腕がいいからではなく。あの時、安堵感からの隙に完全に二人とも意表を突かれていた。時として、超人が暗殺者に負けるように、銃弾を切り落とす俺、銃弾を躱すセイナですら反応することができなかった。あの瞬間もし本当に俺達を撃っていたら……確実に死んでいただろう……という恐怖感から、素直に今の状況を喜べなかった。
「と、とにかく、アイツを追いましょう……」
「……そうだな」
あれだけ手練れから、何故命拾いしたのか分からなかったが、今はとにかくロナを探す必要がある。地下に向かうと言っていたあの野戦服姿の男の後を追って、俺達は二人は改めて気を入れ直した。
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