SEVEN TRIGGER

匿名BB

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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》

バンゾック・フォールズ12

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「とまあ、そんな感じだ……ほら」

 隠していたジープの後部座席に腰かけ、俺は話しながら、昨日から何も食べていないというセイナのために、蜜柑みかんの皮むきをしていた。さっきアイリスが風の魔術で収穫したものである。

「ありがとう……あむ、あむ……なるほど、そっちはそんなことがあったのね……」

 俺の隣に腰かけたセイナが、受け取った蜜柑をパクパクと食べながら相槌を打つ。軍人とはいえ流石は貴族。皮ごと丸呑みしていたアイリスとは違い、食べ方も上品だ。
 で、そのアイリスはというと、セイナと合流した後すぐに、電池の切れたロボットみたいに立ったまま寝だしたので、運転席までとりあえず俺が運んだ。今は、小動物のように身体を丸めた状態で、グーグーと気持ち良さそうな表情でイビキを掻いている。
 本当は、すぐにでもロナを助けに行きたいところだったが、今の状況と今後の方針を確認。そして、眠るアイリスの休養も兼ねて、ジープに場所を移して情報整理をしていた。
 ロナが捕まった状況について、セイナからの情報を纏めると────

「アタシは、ロナを担いで何とか密林を逃げていたのだけど、連中、暗視ゴーグルと特殊部隊顔負けの最新装備で武装していて、さらに十人以上の分隊で囲んできたの。数時間は何とか粘ったけど、最後、逃げ場を失くした時、ロナがこのコートを残して投降したの。アタシはそれを止めたのに、「ロナは大丈夫」って聞かなくて……結局、ロナが時間を稼いでいる間に、逃げだしたアタシは何とか助かったの……」

 と、こんな感じだった。
 捕まったことに関してはすごく心配だが、情報を吐くまではすぐに殺されることは無いと思うし、ロナはああ見えて容量は良い方だから、なんとか上手くやるだろう。
 だが、崖で俺とアイリスを追い詰めてきた兵士達の品は、お世辞にも良いとは言えない。
 可愛い見た目のアイツが、連中に何もされてないといいんだが……
 あんまりよろしくないその想像に、自然とこめかみに血管が浮くような感覚が走る。
 だけど、ここらの地形にうとい俺達二人、下手に突貫とっかんしたところで、返り討ちに遭うのは目に見えている。だからこそ、今はアイリスが目覚めるまでは、下手に動くことができない。
 ここで休養を取ることに、セイナは最初反対していたが、流石に今ここで焦ってもしょうがないことや、俺を救ってくれたアイリスをこの場に放置することもできなということで、渋々承諾しぶしぶしょうだくしてくれた。
 そんなこと露知らず、俺達の命運を握るアイリスは、穏やかな表情のまま、マフラー越しに鼻提灯を膨らませている。
 恐ろしい程の熟睡。アイリスの体質を考えると、もしかしたら今朝の道案内はかなりの重労働だったのかもしれないな……だとしても、こんな環境下でそこまで安眠できるのは、正直羨ましいくらいだった。
 軍人時代、眠れずに苦労する人間はたくさんいるし、どんな場所でも寝ることできる奴は才能があるとすら言われている。もちろん、そんな才能の無かった俺もよく苦労したが、アイリスに至っては、クソ暑い中をマフラーをしたまま寝ている……見ているこっちが暑くなりそうな格好だ。
 やっぱり、余程あの傷を他人に見せたくないのだろうな。魔術弾マジックブレッド使いのスナイパーにつけられた、右頬の傷を……
 閉め切っていた車内は、当初こそ外よりも暑く感じたが、窓を開けると直射日光を避けた上で、気持ちのいい風が通り抜けていくので、今は涼しいくらいまで落ち着いてはいた。
 セイナ達と別れた後の状況について、俺が説明し終えたのも、丁度涼しいと感じ始めたくらいだった。
 アイリスがあのスナイパーとやり合っていたこと。
 二人で追っ手から逃れるため、キーソン川に飛び込んだこと。
 川に流された俺を助けてくれた話や、洞窟で一晩明かしたこと。
 そして ロナを狙撃したスナイパーは、数日前に港区で俺達を襲撃した同一人物であり、アイリスのパートナー、つまりは父親の仇であることも。
 アイリスの過去やナルコレプシー眠くなるの体質ついては、正直本人の確認も取らずにしゃべっていいか迷ったが、寝る前に父親の話題を口走ったところから、話しても問題ないだろうと判断した。唯一言わなかったのは、アイリスの右頬の傷についてだけだ。

「それにしてもあのスナイパー、一体何者なのかしら?」

「そうだな……何かもっと情報や特徴でもあれば、何か分かるかも知れないのに……」

 酸っぱい蜜柑にちょっとだけ顔をすぼめたセイナの呟きに、俺は頭をひねる。
 緋色の魔術弾使い、港区の闇取引、ベトナムの工場と、それを護衛する軍隊。断片的に集まったパズルのピース同士は、まだ繋がる気配を見せない。

「そう言えば、アタシはフォルテ達と合流するためにここに来たけど、アンタ達は何しに来たの?アタシ達と合流するためだけにここに来たの?」

 何か他に気になった情報はないかと、昨日からの今日までの記憶を辿る俺に、セイナがたずねてくる。

「それもあったけど、キーソン川に流された時、アイリスが使っていた武器が滝の方に流されちまって……代わりの武器を取りに────」

「……ん?どうかしたの?」

 不意に言葉を止めた俺に、セイナが首を傾げる。

「いや……ちょっと思い出したことがあってな……」

 情報……とまではいかないかもしれないが、不審に思った点が一つあった。

「連中、変なものをキーソン川から滝下にある湖畔こはんまで流して、わざわざ空気圧式インフレータブルボートを使って回収してたな……」

「それってもしかして……コンテナみたいなやつのことかしら?」

「コンテナ……?いや違うけど、どうしてそう思ったんだ?」

 数日前に港区で見たコンテナが、キーソン川を流れている絵面えずらを思い浮かべた。が、普通そんなことはありえないし、言われなければ想像することも無いほど珍妙なさまだろう。
 不可解な発言にそう感じた俺が聞き返すと、セイナもそう思われることを想定していたらしく、「笑わないでよ」と前置きしてから、ちょっと自信なさげに口を開く。

「実はね、アタシがロナを担いで逃げている最中さいちゅう、偶然、工場よりも上流側の河川を見たのだけど……その時、このジープくらいのサイズのコンテナが数個、流れているのを見たような気がしたの……遠目だったから絶対とは言い切れないけど……」

「コンテナ……ねぇ……」

「ア、アタシだって、自分で言ってておかしいと思うわよ!でも、あれはコンテナ以外の何物なにものでも────」

「大丈夫、信じてるよ」

 突飛な内容で反応があまりよろしくなかったことに、セイナは信じてもらえてないと思ったのか、早口で色々弁解しだしたので、俺は興奮した馬をなだめるような仕草で、どうどう……と両手のひらを上下に動かす。すると突然、セイナがグイッと顔を近づけてきた。

「ホントに?」

「……ホ、ホントだッ……!」

 俺は、りながらも首を縦に振る。
 ち、ちけぇ……
 鼻同士が触れるくらい急接近してきた美少女に、俺は思わずドギマギしてしまう。
 最初出会った時に比べて、だいぶ距離感が近づいたことはパートナーとして喜ばしいことだが。それにしても近づきすぎだッ……!
 不服を表すように尖らせた、セイナのそのプリンのように柔らかそうな唇。俺がちょっと近づくだけで、簡単にキスができてしまうことに気づいてないのか……?

「じゃあ、なんで顔をそむけるのよ?」

 恥ずかしに耐え切れなくなって顔をそむけていた俺に、セイナはさらに詰め寄る。
 その、見とれるほどの美しい青眼の双眸そうぼうが、真っすぐこっちを見据えている。
 あ~くそ……相変わらずの可愛い顔、それに、いい香りしやがって……嗅覚の敏感な俺にとって、この匂いは刺激が強すぎるんだよッ……!
 感情を左右する、俺の大脳辺縁系だいのうへんえんけいが、匂いに影響されてクラクラする。判断力、理性が掻き乱され、正常な思考が回らなくなってくる。
 今ここにはロナはいない。横に居るアイリスは深い眠りについている。
 つまりこの狭い空間に二人っきり。
 ────いっそのこと、キスしてしまえばいいんじゃないか……?
 そんな、悪魔の囁きが聞こえたような気がした。

「フォルテ……?」

 俺の異変に気付いたように、セイナがいぶかな表情を浮かべる。そんな、彼女の無垢むくで愛くるしい顔が、さらに俺の心情をあおったような気がした。
 がッ────!
 詰め寄ってきていたセイナの肩を、俺の左手が不意に掴んでいた。

「えっ……!?」

 唐突なことに驚いたセイナが、状況を読み取れず、可愛いおめめをパチパチしばたかせた。
 俺はそんな様子など気にせずに、ゆっくりと顔を近づけていく。

「ちょっ……!フォ、フォルテ……!?」

 察して、頬を桃色に染めたセイナが、無言の俺の前であたふたと後づさりしようとする。
 冷静さを失い、軽いパニック状態だったセイナを逃がさないように、俺はもう片方の手を彼女の背中へと、蛇のようにスルリ……と回す。男としての本能が、全細胞がこの美しき少女を求めている。そんな気さえした。

「っっっ~~~」

 指先に伝わるなめらかな髪の感触、薄いブラウス越しに感じる彼女の高鳴る鼓動。逃げ場を失ったセイナが、声にならない声を上げる中、さらに距離を詰める俺。不思議なことに、普段は乱暴なセイナが、俺の強引なその行動を前に、それ以上逃げようとしなかった。
 見下ろす宝石のような青い瞳に映るのは、肉に飢えた獣だ。さっきと違って鼻同士は触れ合い、唇から漏れる荒い吐息が頬に当たってくすぐったい。それでもセイナは逃げない。頬を真っ赤に染めては小さく震えているが、何かを受け入れたかのように、ギュッと瞳を固く閉じている。
 健気にも気丈に振舞うその態度に俺は高揚感を覚えつつ、小さく舌なめずりしてから意を決して、二枚の桜の花びらへと唇を近づけた────
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