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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
バンゾック・フォールズ9
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ま、まさかコイツ……可愛い成りしてまさか……
「ホモなのか……?」
「……え……?」
俺の言葉にアイリスは、開いた口が塞がらない(マフラーで見えないが)といった表情のまま、絶句していた。まるで、隠し事がバレてしまったと言わんばかりに……
こ、この反応は……絶対そうだ!多分コイツは男でありながら、女ではなく男の方が好きだったんだ。もしバレたら嫌われると思って、一生懸命隠そうとしていたのだろう。きっと、俺のことを意識するあまり、名前で呼べないほど照れていたのかもしれない……
思い返してみれば、確か焚き火で服を乾かしてやっていた時も、アイリスが変に頬を赤らめたり、ドギマギしていたことが多々あった。
ホモと言われたことに対し、目をパチクリしたまま、アイリスは固まってしまっている。俺にバレたことが余程ショックだったのかもしれない……
だけど……俺はあくまでノーマルな性癖、そのアイリスからの思いを正面から受け止めることはできない。だからと言って決してバカにはしない。世界には、そういう心の病で辛い思いをしている人は大勢いる。アイリスもきっと、その一人だったのだろう……
だから俺は嘘偽りのない、正直な思いをアイリスに伝えることにした。
「ごめん、俺はそっち側じゃないから、お前の思いに全部応えてやることはできない……けど、これからも(友達として)末永くよろしく頼む」
「……え……え?」
友情の印に片手を差し出すと、アイリスは驚いたように口元に手を当て、数歩後づさった。
突然俺に正体を見破られてしまったショックで、まだ状況を上手く呑み込めてないといった感じだった。
「そ、それはちょっと……まだボクには……早すぎるというか……」
泳ぐ視線に合わせて、顔を背けたアイリスはブツブツと恥ずかしそうに呟く。
友達程度で、なんでそんなに顔を赤らめるんだよ……
「あれだけ苦難を乗り越えて、今更そんな余所余所しい間柄って感じじゃないだろ、俺達?」
「……で、でも君は……そっちには興味ないって……」
「興味が無い?あれ、そんなこと言ったっけ?」
別に他人と仲良くなることについて否定的な態度はとった覚えは無かったけどな……
「大体どうしてボクなんだ……?君にはあの二人だっているじゃないか」
あの二人?あぁ、セイナとロナのことか。
何故かムキになるアイリス。魔力消耗の関係もあり、さっき怒りで我を忘れそうになった時は、すぐに冷静になることができた。だが今は、取り乱したまま一向に落ち着く気配はない。
目は泳ぎ、両手のポディションが安定せずにシャカシャカと、まるで操り人形のように動きまわる。逸らした横顔は昨日食ったドラゴンフルーツの皮のように赤色化していた。傍から見たら、プロポーズでも受けたかのような反応だった。
クールなアイリスがここまで動揺を隠せないのは……もしかしたら、過去にこの件で友達関連と何かあったのかもしれない。
特殊な精神状態のことを他人に否定されたとか、そういう経験で心の傷がどこかにあるのかもしれない。
俺は、そんなアイリスを刺激しないように、優しく肩に手を置いた。触れた途端────アイリスの身体がバネの様に数十センチ飛び跳ねる。
「大丈夫だ、俺は誰に対しても優劣はつけない。セイナやロナと同じようにアイリスとも接するつもりだ。だからそんな堅苦しく「君」じゃなくて、気楽にフォルテで構わないからよ」
この前、小川さんが俺にやった時のように、アイリスの小さな肩に腕を回し、ニシシ!と笑みを浮かべる。
だがアイリスは顔を伏せ、甘栗色のショートボブの前髪に表情を隠したまま、微動だにせず膠着している。
俺なりに友好を深めようとしたつもりだったが……流石にちょっと馴れ馴れし過ぎたかな?
幾ら待っていても何のリアクションも起こさないアイリスに「もしかして、怒っているのかな?」と、不安に駆られた俺が、顔を覗き込もうと首を曲げると────
「……ふ、ふつつか、もの……ですが……よろしく、お願い……します……フォルテ……」
マフラー越しに消え入りそうな小さな挨拶に。アイリスなりに勇気を出した一言をギリギリ聞き取ることができた俺は、苦笑いを浮かべる。
「ふっ!堅苦しいなぁ……全く。改めてよろしくな!アイリス」
ようやく挨拶らしい挨拶を交わし、俺は再び密林の中を歩き始めるが、先導していたアイリスはついて来る気配がない。組んでいた肩を開放されたにも関わらず、アイリスはその場に突っ立ったまま動こうとしない。
まさか、立ったまま寝てるんじゃないだろうな……?
「おいアイリス、俺は道分からないんだ。先導頼むよ」
佇む小さな後ろ姿に声をかけると、電波を受信したロボットのようにガバッ!と伏せていた顔を上げ、キョロキョロと辺りを見渡す。何やってるんだ?
「こっちこっち」
再び、ビクンッ!と機械じみた動きで反応し、ギギギッと油の潤滑が足りてないようなぎこちない動きでこっちに振り返った。真っ赤になっていた顔全体を、マフラーで覆うように両手でガバッと引き上げてから、スタタタ────と速足で俺の前に躍り出たアイリス。そのまま顔を隠したまま、密林の茂みの向こうへと姿を消した。
時刻としては大体昼前くらいだろうか……?今朝からずっと上がりっぱなしの気温で流れた汗、それを自作の竹水筒に入れたぬるい雨水で水分補給しながら、昨夜の大雨に影響された歩きにくい泥道に格闘すること数時間、ようやく見覚えのある道まで戻って来ることができた。
塗装も整備もされてない、ギリギリ道路と呼べるほどの荒れた道。走るたびに車内がロデオ状態と化すこの道は、見間違うはずもない。昨日ジープで通った道だ。
「……あ、あったぁ……」
両膝に手を置き、安堵した俺が肩で息していると、どこか素っ気ない様子のアイリスは、これといった感想一つ述べることなく、スタスタと道路の先に行ってしまう。
「お、おい、待ってくれよアイリス」
はぐれないよう、肌にべた付く粘っこい汗を、八咫烏の袖口で乱暴に拭きながら、消耗した身体に鞭打つようにして俺は走る。
だが、真横に並ぶくらいの位置まで近づくと、アイリスは意図したように歩く速度を上げて、俺のことを突き放す。
「……っ」
突き放された俺がさらに歩く速度を上げると、アイリスはさらに早足になり、それを追いかけるために早足にすると、今度は駆け足になり、駆け足にすると、全力ダッシュになり……と埒が明かない応酬を繰り返していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……クソッ……!」
────さ、さっきからなにがしたいんだコイツ……!?
追いつくことができず、耐え切れなくなった俺が立ち止まるり、乱れた呼吸を整えていると、アイリスも同じように立ち止まってこっちをちらりと振り返ってじー……と視線を向けてくる。悪戯や怒っているというわけでは無さそうだが。蜜柑の木を過ぎた辺りからどうも様子がおかしかった。やはり、さっきの会話が原因なのか?
ぜぇぜぇと酸素に喘ぐ俺が、小憎たらし気な眼で顔を上げると、クイッとまたアイリスは顔を背けてしまう。数キロも間、この不毛なイタチごっこを続けてきたおかげで、何となくその法則が分かってきたが。多分、アイリスは今、俺に顔を見せたくないらしい……理由はよく分からないが。
確証はないが、真後ろを歩く分には特に変わった動きはしないのだが、横から追い抜こうとすると、加速しながら顔を見られないように背ける。
意地でも先に行かせない姿勢は、最近流行りになっている、煽り運転みたいな動きだな……
その後も何度か追い抜こうとしたが、結局一回も抜くことができなかった。
そこで気づいたのだが、見かけによらずアイリスは、優れた身体能力を持ち合わせていること以外にも、流石は狙撃が得意なだけあってか、読み合いの力が人並み外れていた。
俺の動きや考えを読み切って、歩く速度に緩急をつけることで、抜かすタイミングをことごとくずらしてくる。まるで、自分の影を追っているような気分に陥っていた。アイリスを追いかけていた俺は、その距離を縮めることができ無かった。
その読み合いの力に俺が舌を巻いていると、アイリスは進行方向の道路を片手で制してきた。
「どうした?」
ふざけた様子無しの、冷たく鋭い殺気を発しているアイリスに気づいた俺が、レッグホルスターの銃に手を掛ける。
「……誰かいるみたいだ」
「ホモなのか……?」
「……え……?」
俺の言葉にアイリスは、開いた口が塞がらない(マフラーで見えないが)といった表情のまま、絶句していた。まるで、隠し事がバレてしまったと言わんばかりに……
こ、この反応は……絶対そうだ!多分コイツは男でありながら、女ではなく男の方が好きだったんだ。もしバレたら嫌われると思って、一生懸命隠そうとしていたのだろう。きっと、俺のことを意識するあまり、名前で呼べないほど照れていたのかもしれない……
思い返してみれば、確か焚き火で服を乾かしてやっていた時も、アイリスが変に頬を赤らめたり、ドギマギしていたことが多々あった。
ホモと言われたことに対し、目をパチクリしたまま、アイリスは固まってしまっている。俺にバレたことが余程ショックだったのかもしれない……
だけど……俺はあくまでノーマルな性癖、そのアイリスからの思いを正面から受け止めることはできない。だからと言って決してバカにはしない。世界には、そういう心の病で辛い思いをしている人は大勢いる。アイリスもきっと、その一人だったのだろう……
だから俺は嘘偽りのない、正直な思いをアイリスに伝えることにした。
「ごめん、俺はそっち側じゃないから、お前の思いに全部応えてやることはできない……けど、これからも(友達として)末永くよろしく頼む」
「……え……え?」
友情の印に片手を差し出すと、アイリスは驚いたように口元に手を当て、数歩後づさった。
突然俺に正体を見破られてしまったショックで、まだ状況を上手く呑み込めてないといった感じだった。
「そ、それはちょっと……まだボクには……早すぎるというか……」
泳ぐ視線に合わせて、顔を背けたアイリスはブツブツと恥ずかしそうに呟く。
友達程度で、なんでそんなに顔を赤らめるんだよ……
「あれだけ苦難を乗り越えて、今更そんな余所余所しい間柄って感じじゃないだろ、俺達?」
「……で、でも君は……そっちには興味ないって……」
「興味が無い?あれ、そんなこと言ったっけ?」
別に他人と仲良くなることについて否定的な態度はとった覚えは無かったけどな……
「大体どうしてボクなんだ……?君にはあの二人だっているじゃないか」
あの二人?あぁ、セイナとロナのことか。
何故かムキになるアイリス。魔力消耗の関係もあり、さっき怒りで我を忘れそうになった時は、すぐに冷静になることができた。だが今は、取り乱したまま一向に落ち着く気配はない。
目は泳ぎ、両手のポディションが安定せずにシャカシャカと、まるで操り人形のように動きまわる。逸らした横顔は昨日食ったドラゴンフルーツの皮のように赤色化していた。傍から見たら、プロポーズでも受けたかのような反応だった。
クールなアイリスがここまで動揺を隠せないのは……もしかしたら、過去にこの件で友達関連と何かあったのかもしれない。
特殊な精神状態のことを他人に否定されたとか、そういう経験で心の傷がどこかにあるのかもしれない。
俺は、そんなアイリスを刺激しないように、優しく肩に手を置いた。触れた途端────アイリスの身体がバネの様に数十センチ飛び跳ねる。
「大丈夫だ、俺は誰に対しても優劣はつけない。セイナやロナと同じようにアイリスとも接するつもりだ。だからそんな堅苦しく「君」じゃなくて、気楽にフォルテで構わないからよ」
この前、小川さんが俺にやった時のように、アイリスの小さな肩に腕を回し、ニシシ!と笑みを浮かべる。
だがアイリスは顔を伏せ、甘栗色のショートボブの前髪に表情を隠したまま、微動だにせず膠着している。
俺なりに友好を深めようとしたつもりだったが……流石にちょっと馴れ馴れし過ぎたかな?
幾ら待っていても何のリアクションも起こさないアイリスに「もしかして、怒っているのかな?」と、不安に駆られた俺が、顔を覗き込もうと首を曲げると────
「……ふ、ふつつか、もの……ですが……よろしく、お願い……します……フォルテ……」
マフラー越しに消え入りそうな小さな挨拶に。アイリスなりに勇気を出した一言をギリギリ聞き取ることができた俺は、苦笑いを浮かべる。
「ふっ!堅苦しいなぁ……全く。改めてよろしくな!アイリス」
ようやく挨拶らしい挨拶を交わし、俺は再び密林の中を歩き始めるが、先導していたアイリスはついて来る気配がない。組んでいた肩を開放されたにも関わらず、アイリスはその場に突っ立ったまま動こうとしない。
まさか、立ったまま寝てるんじゃないだろうな……?
「おいアイリス、俺は道分からないんだ。先導頼むよ」
佇む小さな後ろ姿に声をかけると、電波を受信したロボットのようにガバッ!と伏せていた顔を上げ、キョロキョロと辺りを見渡す。何やってるんだ?
「こっちこっち」
再び、ビクンッ!と機械じみた動きで反応し、ギギギッと油の潤滑が足りてないようなぎこちない動きでこっちに振り返った。真っ赤になっていた顔全体を、マフラーで覆うように両手でガバッと引き上げてから、スタタタ────と速足で俺の前に躍り出たアイリス。そのまま顔を隠したまま、密林の茂みの向こうへと姿を消した。
時刻としては大体昼前くらいだろうか……?今朝からずっと上がりっぱなしの気温で流れた汗、それを自作の竹水筒に入れたぬるい雨水で水分補給しながら、昨夜の大雨に影響された歩きにくい泥道に格闘すること数時間、ようやく見覚えのある道まで戻って来ることができた。
塗装も整備もされてない、ギリギリ道路と呼べるほどの荒れた道。走るたびに車内がロデオ状態と化すこの道は、見間違うはずもない。昨日ジープで通った道だ。
「……あ、あったぁ……」
両膝に手を置き、安堵した俺が肩で息していると、どこか素っ気ない様子のアイリスは、これといった感想一つ述べることなく、スタスタと道路の先に行ってしまう。
「お、おい、待ってくれよアイリス」
はぐれないよう、肌にべた付く粘っこい汗を、八咫烏の袖口で乱暴に拭きながら、消耗した身体に鞭打つようにして俺は走る。
だが、真横に並ぶくらいの位置まで近づくと、アイリスは意図したように歩く速度を上げて、俺のことを突き放す。
「……っ」
突き放された俺がさらに歩く速度を上げると、アイリスはさらに早足になり、それを追いかけるために早足にすると、今度は駆け足になり、駆け足にすると、全力ダッシュになり……と埒が明かない応酬を繰り返していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……クソッ……!」
────さ、さっきからなにがしたいんだコイツ……!?
追いつくことができず、耐え切れなくなった俺が立ち止まるり、乱れた呼吸を整えていると、アイリスも同じように立ち止まってこっちをちらりと振り返ってじー……と視線を向けてくる。悪戯や怒っているというわけでは無さそうだが。蜜柑の木を過ぎた辺りからどうも様子がおかしかった。やはり、さっきの会話が原因なのか?
ぜぇぜぇと酸素に喘ぐ俺が、小憎たらし気な眼で顔を上げると、クイッとまたアイリスは顔を背けてしまう。数キロも間、この不毛なイタチごっこを続けてきたおかげで、何となくその法則が分かってきたが。多分、アイリスは今、俺に顔を見せたくないらしい……理由はよく分からないが。
確証はないが、真後ろを歩く分には特に変わった動きはしないのだが、横から追い抜こうとすると、加速しながら顔を見られないように背ける。
意地でも先に行かせない姿勢は、最近流行りになっている、煽り運転みたいな動きだな……
その後も何度か追い抜こうとしたが、結局一回も抜くことができなかった。
そこで気づいたのだが、見かけによらずアイリスは、優れた身体能力を持ち合わせていること以外にも、流石は狙撃が得意なだけあってか、読み合いの力が人並み外れていた。
俺の動きや考えを読み切って、歩く速度に緩急をつけることで、抜かすタイミングをことごとくずらしてくる。まるで、自分の影を追っているような気分に陥っていた。アイリスを追いかけていた俺は、その距離を縮めることができ無かった。
その読み合いの力に俺が舌を巻いていると、アイリスは進行方向の道路を片手で制してきた。
「どうした?」
ふざけた様子無しの、冷たく鋭い殺気を発しているアイリスに気づいた俺が、レッグホルスターの銃に手を掛ける。
「……誰かいるみたいだ」
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