SEVEN TRIGGER

匿名BB

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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》

バンゾック・フォールズ5

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「薄々気づいているんだろう……?ボクが君達を利用したことも……」

「……何となくは、な……」

 若干震えていたアイリスのその言葉に、俺は短く肯定する。
 確証は無かったが、アイリスはあのスナイパーがこの地にいることを知っていて、俺達に伝えなかった。その理由は、先に相手に撃たせることで敵の居場所を把握し、確実に仕留めるためだろう。ようは囮として使うために、車で休むと言って、俺達をあの山に先行させたのだろう。

「そこまで分かってて、どうしてこんなにボクを助けてくれるだい……?バンゾックの滝バンゾックフォールズで目を覚ました時、君ならボクのことなんか、どうにでもできたはずだ……」

 傷の残る横顔を俺に晒したまま、アイリスはさらに早口で捲し立てるような口調でそう吐き捨てた。
 マフラーしていない分、その小さな薄い唇から発せられる言葉に乗せた感情が、普段よりも鮮明に伝わってくる。それと、俺が見とれてしまったあの滝、バンゾックの滝バンゾックフォールズって名前がつくほど有名なところらしい……

「……やっぱり、同情したのかい……君と同じで、顔にこんな惨めな傷のあるボクのことを?」

 物悲しげに細められたその瞳は炎に照らされ、どこか潤んでいるようにさえ見えた。
 滝の時は一瞬しか見なかった右頬の痕は、決して大きな傷ではないが、俺なんかよりも断然美形のアイリスの顔には、少々目立つ傷だった。
 俺もこの左頬に入った縦傷────この傷を思い出すだけで、まだだった時の過去が、今でも昨日のことのようにフラッシュバックされる。
 アイリスも同じように、過去あった出来事を思い出しているのか、細い指先が右頬の痕に触れ、竹節が焚き火に燃える風景に目を伏せていた。
 その表情から察するに────きっと、余程見られたくなかった傷だったのだろう……たかが傷と思う奴もいるかもしれないが、コイツにとっては、忍者が自分の素顔を他人に晒すことは、生き恥と思うのと同じように、恥辱を感じているのかもしれない。
 だからこそ、ここで言葉を絶対に間違ってはいけない。
 かつて、言葉というものは立派な魔術である、そう唱えた人物がいた。
 言葉次第で人は喜び、悲しみ、怒り、嘆き、どんな感情にも変化させることができる、化学では証明できないものであるからして、魔術である。ということらしい。
 そんな、薬にも凶器にもなり得る物を、俺は小さく深呼吸挟んでからアイリスへと向けた。

「それは違う……同情なんかじゃない、お前自身が俺達を助けてくれたから、その借りを返しているだけさ……」

 さっきように傷を見たことを、上手く誤魔化そうとしていたようなことはせず、素直に思っていたことを俺は伝えた。だが、アイリスの方はその言葉を完全には信用できていないのか、曇っていた表情は晴れることなく、疑念に満ちた目でこちらの様子を伺っていた。その瞳から目を離すことなく、俺はさらに続けた。

「確かに囮に使ったかもしれないが、それでもお前は俺達のことを見捨てず、ちゃんとあのスナイパーから助けてくれたじゃないか」

「……あれは……たまたま身体が……」

 アイリスがボソボソと何かを呟きながら、少し気恥ずかしそうに顔を背けた。
 ロナは確かに撃たれたが、そもそもあの狙撃は急所から外れていたとして。それよりも、俺に放たれた三発の銃弾、跳弾を利用した変則狙撃と緋色の銃弾は、全てアイリスが助けてくれなければ確実に死んでいた。本気で囮に使う気なら、俺達のことなんて放っておいて、さっさと別の場所から狙撃するはずだ。
 でも、アイリスはそうしなかった。多分ずっと俺達の後をつけてきたのだろう。丁度、バックアップ要員のような感じで、致命傷になるような弾丸から、俺達を守ってくれていたんだ。

「それだけじゃない、川に叩きつけられて意識を失っていた俺を、そのバンゾックの滝バンゾックフォールズから助けてくれたのは、お前なんだろ?アイリス」

 ピクンッと反応するアイリス、まるで「気づいていたんだ」と言うかのような反応に────やっぱり、そうだったのか……と俺は内心で確証を持つ。
 キーソン川の流れはそこそこ速く、深さも数メートルはあった。どんなに運が良くても、気を失った人間が岸辺に上がることは、そうそうないだろう。

「……た、助けないと、その……見つかったら、ボ、ボクが狙われるかもしれないだろう?そ、それに君だって、ボクをあの赤い銃弾から助けて────」

 言葉を捻りだし、なんとか取り繕うとするアイリスの頬は、気が付くと真っ赤に紅潮こうちょうしていた。
 その姿は、初めて車の中で話した時のような、クールさは完全に消え失せていた。

「本当は凄く、優しい心を持っているんだな、アイリスは……」

「っ~~~」

 その言葉でついに、恥ずかしさ耐え切れなくなったようのか、マフラーで再び口元、いや、顔全体を覆い隠すアイリス……そのマフラーの下からは、翻訳不可能な声が漏れ出していた。少々、褒め殺しが過ぎたかな……?
 でもきっと、普段は確かにドライで物静かな奴だが、本来の内面はとても優しいんだろう。
 復讐を決意する人間はというのは基本……心が優しい人間が多い。この世の理不尽、不条理に耐えれなくなった優しい人間だ。きっと、アイリスもその一人なのだろう……

「なぁ、アイリス……」

 いぶされた若木の薪に宿った火種と同じくらい、顔を真っ赤にして悶々としているアイリスに、俺は訊ねた。

「……な、なんだい……?」

 琥珀色アンバーの瞳を、甘栗色のマフラーからスッと覗かせ、どこか上目遣いにこっちを見つめてくるアイリス。お前ホントに男か?と疑いたくなるようなその可愛らしい仕草────うちのセイナにも見習ってほしいな……

「あのお前が仇と言っていたスナイパー、俺達も奴とは少し因縁がある。話しを聞かせてくれないか……?」

「……」

 奴が武器の密売と、キーソン川沿いの工場とも繋がりがあるとしたら、また戦闘になるケースは高い。二度の戦闘を惨敗に終わっている俺としては、少しでも情報が欲しいところだ。しかし、アイリスは返事をせずに、なにか考えるように目をキョロキョロと動かしていた。

「ダメ……か?」

 なにか問題でもあるのだろうか、それともやはりまだ信用してないのだろうか、俺が再度確認するようにたずねると、アイリスはハッとしたようにこっちを見てから、首を左右にゆっくりと振った。

「……いや、しゃべるのは……良いんだけど……そろそろ……こっちの……体力が……限界で……」

 こっちを見ていた琥珀色アンバーの瞳、その上瞼うえまぶたが急に、お店の閉店前のシャッターの如く、閉じかけていた。焦点の定まらないトロン……とした瞳、こくこくと落ちる頭。あれだけ寝ていたにも関わらず、また睡魔に襲われているらしい。

「お、おい……大丈夫か……?」

 急激なその変化に、驚いた俺が声をかけると、アイリスは首を動かして肯定するが、もはやそれがこっくりなのか、頷いているのか分からないレベルだ。

「……ブースタードラッグは……あと一本しかない……から……ダメ……なにか……食事でも……あれば……」

 上下する頭に合わせて、途切れ途切れにそう言うアイリスは、もうほぼ寝かけていると言っても過言ではない。

「しょ、食事って、何か食えばいいのか?」

 俺の言葉に、アイリスは声を発することなく再び頷いた。眠りに落ちるまで秒読みと言ったところだ。
 食事か……あぁ、そう言えば……
 夢と現実を行き来しながらも、何とか絞り出したその言葉を頼りに、俺は焚き火にべていたを、おっかなびっくり引っ張り出した。
 焚き火の灰が洞窟で舞う……炎の中から取り出したのは一本の短い生竹だ。青々と新鮮で、夕方に切ったばかりの水分を多く含む、その燃えにくい竹をくり抜いて作った、自家製のうつわだ。そのふたを開放すると中には、細かく刻んだタケノコが敷き詰められていた。俺がさっき、可燃物探しに外に行った時に見つけて、地面から掘り出したもので、雨水と一緒に煮込んだだけのものだ。
 沸々と上手そうに茹で上がった照りのあるタケノコ、その風味を帯びた湯気が、空中で舞う焚き火の灰と混じり合う。普段家で作っても大して美味しくないかもしれないが、こうした場所ロケーションだと、絶品に見えるのはホント不思議だ。

「あっちちち……ほれ、大した食い物じゃねーけど……」

 蒸しただけの筍と、竹で作った箸を沿えて、アイリスの前に置いてやる……だが、もう完全に眠ってしまったのか、項垂れた頭は呼びかけても上がってこない。
 遅かったか……?と諦めた瞬間────洞窟の外が激しく光に包まれた。
 それとほぼ同時に砲弾が落ちたかのような轟音が鳴り響く。どうやら近くで雷が落ちたらしい……

「……ごちそうさま……」

 激しい音の後の静寂、それを破るように、やる気のない声が再び響いてきたので、俺が視線を戻す────

「お前……起き……ってはやっ!?」

 箸を持った手を合わせてお辞儀をするアイリスが、もぐもぐと口を動かしていた。
 竹一杯に詰め込んでいたはずの筍がすっからかんになっていた。お、俺の分もあったのに……

「……んく……とても美味しかった。おかげで話ができるよ、何から話そうか……?」

 リスのように頬張ほおばる筍を、一気飲みに胃袋に押し込んでから、パッチリ開いた瞳でそう答えるアイリス。

「あ、あぁ……じゃあ、まずはどうしてあのスナイパーを狙うことになったんだ……?車の時に話していた、罠にめられたって話しと関係があるのか?」

 夕飯の代わりに涙を呑んで、満たされない胃袋のまま、俺が質問すると、アイリスは真面目な顔つきで、洞窟の外の密林、その奥に広がっている暗闇に視線を向けた。

「アイツは……あのスナイパーは、ボクの当時パートナーだった男、ルーカス・N・ハスコックを撃った奴だ……」

 車で過去のことを話していた時と同じで、過去を思い出しているように、遠くを見つめた横顔のまま、アイリスは静かに語り始めた。

「ハスコック……?それってまさか……」

聞き覚えのあるその名前に俺がそう訊ねると、アイリスは小さくコクリと頷いた。

「そう、アメリカの海兵隊一等軍曹であり、ボクのパートナーでもあり、父親でもあった人物だ」
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