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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
バンゾック・フォールズ2
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「よっと……」
目を閉じたまま、穏やかな顔で眠るアイリスを俺は抱き起し、背中に抱える。崖から飛び降りる前に持っていたリボルバーライフルも探したが、川に流されてしまったらしく持っていなかった。
身体だけならセイナやロナと一緒で小柄な分、俺も疲労してはいたが、これくらいの重さなら問題はない。
背中に背負ったアイリスの顔が、力なく垂れて俺の左肩に乗る。全身ずぶ濡れの甘栗色の髪から滴る水滴が、ポタポタと泥の地面を濡らしていた。
崖と崖の隙間を照らす太陽を見上げると、丁度俺達の真上の位置だった。おそらく時刻は正午前後、どのくらいの距離を流されてきたかは分からなかったが、追手が来る前に早くここを離れないと……
この場所は崖に挟まれてはいるが、幸い川沿いは人が通れるくらいのスペースがあるようなので、飛び込んだ地点付近までは戻ることができそうだ。だが、ぐずぐずしてると俺達を追って来るであろうあの兵士達と、ばったり鉢合わせる可能性は十分ある。
とにかく急がないと……!そう思った矢先────キーソン川の上流から何かが流れてきた……川面に浮かぶ長方形のキラキラ光る物体、あれは、ケースか?
両手で持てるくらいのジュラルミンケースだ。日光に照らされて輝くそれは、綺麗な川だからこそ目立つというか、そもそもここは人なんてほとんど住んでいない僻地だ。そんな場所に人工物が川に流れてくること自体おかしい……
まさか……トラップか!
俺はアイリスを抱えたままその場に匍匐姿勢になり、そのケースから身を隠す。
生体センサーを搭載した遠隔式爆薬か?それとも何か魔術的な仕掛けでも施されているトラップなのか……?
桃太郎に出てくるおばあさんとは違い、不審物を前にして、俺は不本意には近づいたりせず、川に揺られたケースが目の前を通り過ぎていき、そのまま滝の下へと落下していく。
何だったんだ……あれは……?
結局何も起きることなく通り過ぎていったケース。俺はどこか腑に落ちずに、ケースの消えた先を眺めていたが、いかんいかん、早く逃げないと……
「……あれ……?」
上流側に歩き出そうと立ち上がった視線の先────またケースが一つ流れてきた。いや、二つ、三つ、四つ……よく見るといっぱい流れている。最初に流されてきた物と比較して、形やサイズこそバラバラだが、さっきのジュラルミンケースと同じような箱がいくつも流されていた。明らかに怪しい……
もしかして、あのベトナム兵が言っていた「川で何か見たか……?」って、これのことを言ってたのか?
確かに川で流されていれば、このケースの存在には嫌でも気づく。だから「何も見ていない」って言葉で俺の嘘がバレたのか……
だとしたら、連中が気にしているこのケースには一体何が入っているのだろうか……?
気になるが、川の勢いは激しく、ケースを取りに行こうものなら滝まで流されてしまいそうだ。ロナがいれば、隕石の糸でどうにかなりそうだが、いま彼女はここにはいない。仕方ないので俺は、そのケースが何処に向かっているのか確かめるため、滝の下、湖畔の全貌が望める位置に移動した。
滝のすぐ淵に立ち、見下ろした湖畔はキーソン川よりも幅が倍近くある、四、五百メートルサイズで、他の河川も集結しているのか、楕円形の絶壁を、水のベールで包み込むように滝が至る所で流れていた。
俺達は、その河川の中でも一番大きいキーソン川と、隣の小さな滝との間を隔てる崖、その麓にいるようだった。
こうやって近づく……また随分立派な滝だな……
立派な分、もしここに流されていたらと思うとぞっとした。たぶん意識の有る無しに関わらず、タダでは済まないだろう。そう思うと岸辺に打ち上げられていたのは不幸中の幸いってやつだな……
そんなことを考えながら、ふぅっ……と安堵のため息を漏らした俺は、自分たちが倒れていた場所を何となく振り返る……あれ?
今更だけど、どうやって俺達は川の岸辺なんぞに打ち上げられていたのだろうか……?
流される途中────川の勢いごと岸辺に押し出されたと考えるのが自然だが……それにしては俺の倒れている位置は、川端から数メートル離れていた。アイリスなんて俺よりもさらに離れた位置で倒れていた。打ち上げられたにしては流石に離れすぎだった。
まさか────アイリスが俺を?
肩に凭れる、甘栗色の髪を持つ少年に目をやると、彼は安らかな寝息と共に、スピー……スピー……と鼻提灯を拡縮させるだけ……て!鼻提灯肩に引っ付いてんじゃん……!しかもよだれがマフラーの下から垂れてるし……きったねーな……全く。
粘液でべた付く左肩をうえー……と苦々しげな表情で眺めた後、俺は改めてケースの行方を追うべく、滝の淵に立つ。
湖畔は今いる位置から大体三十メートル下。割と高さはあったが、瀑布から落水した水が叩きつけられ、舞い上げられた水しぶきで不思議と高いと感じなかった。全身ずぶ濡れなので、この以上濡れたところで大して変わりはないが。吹き付ける水しぶきで瞼が開きにくいため、顔を歪めつつ、真下がどうなっているのか見下ろすと……
「……!?」
滝の真下の湖畔に空気圧式ボート、所謂モーター式のゴムボートが数艘と、そこに乗り合わせた何人かの迷彩服姿の男達が目に映った。
咄嗟に俺は身体を引っ込めた!バレる……!という思考よりも早く反射的に身体を動かしていた俺は、荒れた呼吸を整えつつ、もう一度崖からゆっくりと顔半分覗かせた。
そこには確かに湖面に浮かぶ数艘のボートが見て取れた。何か作業しているらしい迷彩服の男達は、流石に滝の横に人がいると思うような変人はいなかったらしく、俺達の存在はに気づいた様子の奴はいなかった。あっぶねぇ……
額の水滴、汗なのか川の水なのか分からないが……を拭った俺は、右眼を細めて連中を観察する。
あんなところで何やってやがるんだ……?まさか、俺達があそこに落ちてくるのを待ち構えているのか……?
と考えていると、ボートに乗った男たちは、湖面に浮かぶ何かを回収していた。あれは……ケースか?
激しい水流の音で会話ははっきりとは聞こえなかったが、どうやら連中は、川から流れてきた例のジュラルミンケースを手分けしながら回収しているらしい……一体何のために……?
「よし、これで全部だな……引き上げるぞ……」
ゴムボートに乗った一人の迷彩服姿の男が、周りの男たちにそう告げた。
熟考する俺の視線の先、目的のケースをボートに乗せた兵士達が、湖畔の岸辺の方へと、ゴムボートに搭載されたモーターを走らせる。向かったのは北側、中国領地の方だ。
てことは……連中は中国人ってことか……?
ポケットから水でシナシナになった紙の地図を取り出し、勢い余って破かないように丁寧に開いていく。
アイリスは確か川で国境が分かれていると言っていたので、下に見える湖畔がどちらの国の物なのか確認しようとしたのだが。
「クソ……だめか……」
ぐっちょりと濡れた地図、その有り様を見てぼやく俺。
デジタルや魔術で書かれた地図ではなく、正真正銘のペンで書いた紙の地図。それも、結構年季の入ってそうな、所々煤けた茶色く汚れた古紙。手書きのそれは、一見読みづらそうにも見えるが、衛星写真や上位の魔術、透視でも分からないような細かな情報……実際の空気、気候、生物などがびっしりと書かれた力作だった。流石、アイリスがスナイパーライフルを使うだけあって、これは狙撃手としての実体験に基づいて書いてあるのか?と今更ながら感心するほどの出来ではあるんだが……流石に紙もそこまで使い続けると耐久値が落ちてしまう。水になんて濡れれば使い物にならない。
パサパサの表面、インクは滲み、ボロボロと日に焼けた肌のように毟れる地図をポケットに戻し、嘆息混じりに俺はアイリスを背に抱えまま、滝に背を向けて歩き出した。
────中国とベトナム……どうやら俺達が考えている以上の何かがこの地で起きているらしいな……
その全貌は未だ分からないが、俺もアイリスもボロボロだ。
態勢を立て直すためにも、日没までには最低でも傷を癒せる場所、あとは、はぐれたセイナ達とも早く合流しないとな。
地図も失ってあてもないが、ここで立ち止まっていても仕方ない。アイリスを背負い直し、俺はキーソン川の上流側へと歩き出した。
目を閉じたまま、穏やかな顔で眠るアイリスを俺は抱き起し、背中に抱える。崖から飛び降りる前に持っていたリボルバーライフルも探したが、川に流されてしまったらしく持っていなかった。
身体だけならセイナやロナと一緒で小柄な分、俺も疲労してはいたが、これくらいの重さなら問題はない。
背中に背負ったアイリスの顔が、力なく垂れて俺の左肩に乗る。全身ずぶ濡れの甘栗色の髪から滴る水滴が、ポタポタと泥の地面を濡らしていた。
崖と崖の隙間を照らす太陽を見上げると、丁度俺達の真上の位置だった。おそらく時刻は正午前後、どのくらいの距離を流されてきたかは分からなかったが、追手が来る前に早くここを離れないと……
この場所は崖に挟まれてはいるが、幸い川沿いは人が通れるくらいのスペースがあるようなので、飛び込んだ地点付近までは戻ることができそうだ。だが、ぐずぐずしてると俺達を追って来るであろうあの兵士達と、ばったり鉢合わせる可能性は十分ある。
とにかく急がないと……!そう思った矢先────キーソン川の上流から何かが流れてきた……川面に浮かぶ長方形のキラキラ光る物体、あれは、ケースか?
両手で持てるくらいのジュラルミンケースだ。日光に照らされて輝くそれは、綺麗な川だからこそ目立つというか、そもそもここは人なんてほとんど住んでいない僻地だ。そんな場所に人工物が川に流れてくること自体おかしい……
まさか……トラップか!
俺はアイリスを抱えたままその場に匍匐姿勢になり、そのケースから身を隠す。
生体センサーを搭載した遠隔式爆薬か?それとも何か魔術的な仕掛けでも施されているトラップなのか……?
桃太郎に出てくるおばあさんとは違い、不審物を前にして、俺は不本意には近づいたりせず、川に揺られたケースが目の前を通り過ぎていき、そのまま滝の下へと落下していく。
何だったんだ……あれは……?
結局何も起きることなく通り過ぎていったケース。俺はどこか腑に落ちずに、ケースの消えた先を眺めていたが、いかんいかん、早く逃げないと……
「……あれ……?」
上流側に歩き出そうと立ち上がった視線の先────またケースが一つ流れてきた。いや、二つ、三つ、四つ……よく見るといっぱい流れている。最初に流されてきた物と比較して、形やサイズこそバラバラだが、さっきのジュラルミンケースと同じような箱がいくつも流されていた。明らかに怪しい……
もしかして、あのベトナム兵が言っていた「川で何か見たか……?」って、これのことを言ってたのか?
確かに川で流されていれば、このケースの存在には嫌でも気づく。だから「何も見ていない」って言葉で俺の嘘がバレたのか……
だとしたら、連中が気にしているこのケースには一体何が入っているのだろうか……?
気になるが、川の勢いは激しく、ケースを取りに行こうものなら滝まで流されてしまいそうだ。ロナがいれば、隕石の糸でどうにかなりそうだが、いま彼女はここにはいない。仕方ないので俺は、そのケースが何処に向かっているのか確かめるため、滝の下、湖畔の全貌が望める位置に移動した。
滝のすぐ淵に立ち、見下ろした湖畔はキーソン川よりも幅が倍近くある、四、五百メートルサイズで、他の河川も集結しているのか、楕円形の絶壁を、水のベールで包み込むように滝が至る所で流れていた。
俺達は、その河川の中でも一番大きいキーソン川と、隣の小さな滝との間を隔てる崖、その麓にいるようだった。
こうやって近づく……また随分立派な滝だな……
立派な分、もしここに流されていたらと思うとぞっとした。たぶん意識の有る無しに関わらず、タダでは済まないだろう。そう思うと岸辺に打ち上げられていたのは不幸中の幸いってやつだな……
そんなことを考えながら、ふぅっ……と安堵のため息を漏らした俺は、自分たちが倒れていた場所を何となく振り返る……あれ?
今更だけど、どうやって俺達は川の岸辺なんぞに打ち上げられていたのだろうか……?
流される途中────川の勢いごと岸辺に押し出されたと考えるのが自然だが……それにしては俺の倒れている位置は、川端から数メートル離れていた。アイリスなんて俺よりもさらに離れた位置で倒れていた。打ち上げられたにしては流石に離れすぎだった。
まさか────アイリスが俺を?
肩に凭れる、甘栗色の髪を持つ少年に目をやると、彼は安らかな寝息と共に、スピー……スピー……と鼻提灯を拡縮させるだけ……て!鼻提灯肩に引っ付いてんじゃん……!しかもよだれがマフラーの下から垂れてるし……きったねーな……全く。
粘液でべた付く左肩をうえー……と苦々しげな表情で眺めた後、俺は改めてケースの行方を追うべく、滝の淵に立つ。
湖畔は今いる位置から大体三十メートル下。割と高さはあったが、瀑布から落水した水が叩きつけられ、舞い上げられた水しぶきで不思議と高いと感じなかった。全身ずぶ濡れなので、この以上濡れたところで大して変わりはないが。吹き付ける水しぶきで瞼が開きにくいため、顔を歪めつつ、真下がどうなっているのか見下ろすと……
「……!?」
滝の真下の湖畔に空気圧式ボート、所謂モーター式のゴムボートが数艘と、そこに乗り合わせた何人かの迷彩服姿の男達が目に映った。
咄嗟に俺は身体を引っ込めた!バレる……!という思考よりも早く反射的に身体を動かしていた俺は、荒れた呼吸を整えつつ、もう一度崖からゆっくりと顔半分覗かせた。
そこには確かに湖面に浮かぶ数艘のボートが見て取れた。何か作業しているらしい迷彩服の男達は、流石に滝の横に人がいると思うような変人はいなかったらしく、俺達の存在はに気づいた様子の奴はいなかった。あっぶねぇ……
額の水滴、汗なのか川の水なのか分からないが……を拭った俺は、右眼を細めて連中を観察する。
あんなところで何やってやがるんだ……?まさか、俺達があそこに落ちてくるのを待ち構えているのか……?
と考えていると、ボートに乗った男たちは、湖面に浮かぶ何かを回収していた。あれは……ケースか?
激しい水流の音で会話ははっきりとは聞こえなかったが、どうやら連中は、川から流れてきた例のジュラルミンケースを手分けしながら回収しているらしい……一体何のために……?
「よし、これで全部だな……引き上げるぞ……」
ゴムボートに乗った一人の迷彩服姿の男が、周りの男たちにそう告げた。
熟考する俺の視線の先、目的のケースをボートに乗せた兵士達が、湖畔の岸辺の方へと、ゴムボートに搭載されたモーターを走らせる。向かったのは北側、中国領地の方だ。
てことは……連中は中国人ってことか……?
ポケットから水でシナシナになった紙の地図を取り出し、勢い余って破かないように丁寧に開いていく。
アイリスは確か川で国境が分かれていると言っていたので、下に見える湖畔がどちらの国の物なのか確認しようとしたのだが。
「クソ……だめか……」
ぐっちょりと濡れた地図、その有り様を見てぼやく俺。
デジタルや魔術で書かれた地図ではなく、正真正銘のペンで書いた紙の地図。それも、結構年季の入ってそうな、所々煤けた茶色く汚れた古紙。手書きのそれは、一見読みづらそうにも見えるが、衛星写真や上位の魔術、透視でも分からないような細かな情報……実際の空気、気候、生物などがびっしりと書かれた力作だった。流石、アイリスがスナイパーライフルを使うだけあって、これは狙撃手としての実体験に基づいて書いてあるのか?と今更ながら感心するほどの出来ではあるんだが……流石に紙もそこまで使い続けると耐久値が落ちてしまう。水になんて濡れれば使い物にならない。
パサパサの表面、インクは滲み、ボロボロと日に焼けた肌のように毟れる地図をポケットに戻し、嘆息混じりに俺はアイリスを背に抱えまま、滝に背を向けて歩き出した。
────中国とベトナム……どうやら俺達が考えている以上の何かがこの地で起きているらしいな……
その全貌は未だ分からないが、俺もアイリスもボロボロだ。
態勢を立て直すためにも、日没までには最低でも傷を癒せる場所、あとは、はぐれたセイナ達とも早く合流しないとな。
地図も失ってあてもないが、ここで立ち止まっていても仕方ない。アイリスを背負い直し、俺はキーソン川の上流側へと歩き出した。
応援ありがとうございます!
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