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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
赤き羽毛の復讐者10
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同性でありながらも、背後の日輪に照らされるアイリスのことを、不思議なことに俺は美しいと感じてしまった。そして、その涙で訴える姿に躊躇しそうになった俺は、両足にグッと力を入れて高原の大地を踏みしめ、同情しそうになる心に鞭打って一歩前へと踏み出した。
「お前が過去にどんなことがあったかなんて詳しく知らないし……俺はそもそも部外者だから、復讐を止めろなんて綺麗ごとを言うつもりはない……だけどな!」
更に一歩踏み差すと、アイリスは怯えた瞳で一歩後退る。
「復讐のために自分の命まで捨てようなんて、そんなバカな考え方は止めろ……!」
もう一歩踏み差すと、同極の磁石のようにアイリスもさらに一歩下がった。
「でも……ボクにはもう……これくらいしか生きる価値は無いんだ……パートナーの仇を取るくらいしか……!」
「だったら探せばいい、その復讐を終えた後……自分の生き方ってやつをな……!」
もし────あの時の自分に一つ言葉を送れるとしたら、俺は迷わずこれを言うだろう。
「復讐なんかで自分を犠牲にするな」と、昔────師匠に言われた言葉の受け売りに過ぎないが、当時の俺はこの言葉の意味をしっかりとは考えていなかった。それゆえに、取り返しのつかないことを何度も経験した。
だからこそいま目の前にいる、この当時の自分と同じ目をしたこいつには、その言葉を言わずにはいられなかった。
詰め寄る俺から逃げるアイリスの足が、ついに崖の淵にかかる。パラッと落ちた小石が、音もなく三十メートル下に流れるキーソン川に音もなく消えていく。
「どうしてそこまでして、ボクのことにこだわるの……?」
逃げ場を失ったアイリスが捨てられた子犬のような瞳で俺のことを見上げてくる。
会ってまだ間もない俺のことを……まるで得体の知れない天敵のように警戒しているその捨てられた子犬は。どうして自分なんかにそんなことを言ってくるのか、一体何が目的なのかと理解することができず、その綺麗な琥珀色の瞳で訴えかけてくるだけ……
あぁ……そう言うことか……
コイツはきっと不器用なんだ。車の運転を俺が代わると言った時も、地図を持っていたにも関わらず、結局一度も代わることは無かった。多分アイリスは、敵の凄腕スナイパーの存在を知っていた。もし、ヤツに発見されて最初に撃たれるとしたら、車の横転目的で運転手が狙われやすく、一番危ないことを分かっていたのだろう……
さらに、馴れ合いはしないと言っていたくせに、俺のことを見殺しにはせず、襲い来る銃弾から助けてくれた。
きっと、パートナーを失ったことで、他人に頼ることが苦手になっていたんだな……
そう思った俺は、怯えた瞳で上目遣いに見上げるアイリス────その目線の高さまで顔を持っていき、真っすぐに右眼で見つめながら、優しい声をかけて上げる。
「それはな、お前が昔の俺にそっくりだからだ────」
そう言って俺はハンドガンHK45を左手で抜き、振り向き様に銃弾を放った!
密林から飛び出してきた兵士がこっちに向けていたアサルトライフルAK-47、その銃目掛けて飛んでいく一発の.45ACP弾は、そのAK-47の銃口へと吸い込まれていき、銃身内に込められていた銃弾と衝突し兵士の手元で爆発した。
粉々になったアサルトライフルを地面に落とす兵士、その残骸が泥にまみれる中────その左右からアサルトライフルの銃口を向けた別の兵士が三人ずつ、計六人が密林からゆっくりとこっちに近づいてきた。
「無駄な抵抗は止めて大人しく武器を捨てろ、そうすれば命までは取らない……」
迷彩服を着た一人の兵士が銃口をこっちに向けたまま静かに告げる。
英語だ。それも、昨日今日覚えたような片言ではなく、随分と使い慣れた英語だ。
少なからず俺の見た目は東洋人。後ろにいるアイリスもセイナやロナの白人系に比べれば、東洋人に近い印象のはず……それなら現地のベトナム語、もしくは中国語で話しかけてくるはずだが……目の前の兵士は迷わず英語をチョイスしてきた。俺はそのことに眉を顰める。
それに……これはどういうことだ……?
崖から俺達を囲うように展開する二十代から三十代の男達、肌の色や顔の特徴が東洋人の俺に近いところから、現地のベトナム軍の兵士で間違いないだろう……ここはベトナムの領土だから普通に考えれば不思議なことではないはずだが……
「ここが政府の立ち入り禁止区域であることは知っているはずだ、貴様ら一体何者だ?」
反応しない俺達に再びベトナム人の兵士が英語で尋ねてきた。
アイリスは反応せず、俺の動向を伺っていた。
俺は……質問に対してなんて返そうか迷っていた。
というのも、さっきは冷静に分析している暇が無かったから気づかなかったが、てっきり俺達はずっと中国人に追われているのかと思っていた。
だが追いかけてきていたのは全員ベトナム人。しかも彼らは他国から攻撃してきたスナイパーではなく、わざわざ俺達の方を追いかけて来た。まるで、国同士で協力し、獲物を駆り立てるかのように……
「すみません、何を言っているのか分かりませんが、私達は乗っていたボートから川に転落し、ここまで流されてきた中国の兵士です、間違えてあなた方ベトナムの領地に紛れ込んでしまいました……」
迷いに迷った末、俺は中国語でそう返した。
時間稼ぎと探りを入れるため、苦し紛れに言ったその言葉を聞いたベトナム兵士の眼光が、一気に鋭くなった気がした。心なしか、ピリピリと張りつめていた空気がさらに重くなっていく。
地雷を踏んだか……?それとも、久々に使った俺の中国語がどこかおかしかったのか……?
背中に流れる嫌な汗が、熱帯で暑いはずのジャングルにも関わらず、恐ろしく冷たく感じた。
平常心を保つのに苦労する俺────話しかけていたベトナム兵士が、頭の先からてっぺんまでを鋭い視線で観察してから────
「川で何かを見たか……?」
どうやら発音の方は問題なかったらしく、中国語に切り替えたベトナム兵士がそう告げてきた。
だが、その表情は最初の時よりも険しく、しゃべり方もどこか厳かに変化していた。
「いや……特に何も……?」
どう見ても川に何があるのか触れてはいけない雰囲気だったので、俺は適当に誤魔化しつつ、右手にあらかじめ取り出しておいたあるものを、兵士達から死角になっているアイリスに押し付けた。
「何も?それは……本当か……?」
首を傾げるベトナム兵が確かめるようにもう一度訊ねてくる。額に滲みだした汗が頬を伝う。自分の返答や行動次第では、この兵士達がいつ俺達を殺しにかかってもおかしくはない……動揺を気取られないようにしながら、中国語を間違えないように細心の注意を払う。正解が分からないうえ、一歩でも間違えたら即終了。まるで目隠ししたまま綱渡りしている気分だ……
アイリスは俺が押し付けてきた物を見て、若干の戸惑う様子が背後から伝わってきたが、よし……なんとか受け取ってくれたな……
「はい……何も見ていません」
その俺の言葉を聞いた瞬間、会話していたベトナム兵以外の兵士達が何かを確信した様子でニィ……と口角が吊り上がる。
俺のことを本気で中国人と思ってバレないとでも思っているのか、あまり気持ちの良くない笑顔を浮かべた兵士達が、英語で「バカな奴……」「終わったな……」などと小声で口々に言い合っている。
「そうか、我々の関係者でないということはもしかしたらと考えていたが、その反応では多分君達は中国軍の人間では無さそうだな、だったら話は早い────始末しろ」
突然、なんの前触れもなく宣言された無慈悲な死刑宣告、六人の兵士達が一斉に銃を構えてトリガーに指を掛ける。
「アイリス!!」
「……!」
俺の声に呼応して、背後にいたアイリスがそれを真上に放り投げた。
あらかじめ渡していたスタングレネードが、俺達の背に浮かぶ朝日とは別の強烈な光源となり、視界が真っ白に染まる。
死角からの投擲と、背にある朝日と重なったおかげか、光源が晴れた先で兵士達が悲鳴と共に目を抑えていた。
「こっちだ!」
爆発する寸前で目を閉じていた俺がアイリスの手を引き、怯んだ兵士達の間をすり抜けようとした時────どこか遠くから一発の銃声が響いた。
それは、視界を遮られ錯乱した兵士のアサルトライフルではなく……その先に広がる密林の遥か奥、たった一発の銃弾だったが、後ろに振り返っていた俺の不意を突くには十分なその一発に反応が遅れた。
やべぇ……!
バァァァン!!
アイリスが俺の手を弾いてその銃弾を狙撃する。
放たれたライフル弾は風を纏い、密林から俺に飛来した一発の銃弾を弾かんと飛翔した。
その真っ赤なライフル弾を────
────あれは……!?
見覚えのあるその緋色の銃弾にアイリスの銃弾が衝突し、ガラスのように砕けちった破片が俺達へと、無数の斬撃となって襲い掛かる。
「ぐぁッ!!」
「……!」
散弾よりも細かい粒子となった赤い銃弾が、辺りにあった物全てに無差別な破壊をもたらした。
赤い霧雨が晴れた先、倒れた状態のアイリスは無傷だった。
その銃弾の正体に一早く気づいた俺が咄嗟にアイリスに覆いかぶさったおかげで、何が起きたのか理解できずに驚愕した表情を浮かべていること以外、目立った外傷は見受けられなかった。
だが俺の方は防弾性のロングコート、八咫烏を装備しているとはいえ、至近距離からのその散弾攻撃の衝撃で身体から空気が漏れ、呼吸困難で意識を持っていかれる寸前だった。
────クソッ……
ぼやけた視界を何とか戻そうと頭を振るが、俺の眼前にいるはずのアイリスの顔ですら焦点が合わない。それどころか、クラクラする頭の痛みで気持ち悪くなり、吐き気までこみ上げてきやがる……!
「やりやがったな!!貴様ら!!」
「まだいやがるぞ!!撃てぇ!!」
折角作った隙をたった一発の銃弾で台無しにされ、視界が戻った兵士達が血眼でこっちに銃を乱射してきた。
これ以上一発でも食らったら確実に気を失う……!
ぼやけた視界のまま、俺はアイリスを抱えて走りだした────!
「こなクソォォォォ!!」
叫びと一緒に崖の向こう、中国大陸の先に見える朝日に向かって飛んだ────!銃弾の雨の中、必死に足を動かすが、そのまま朝日に向かっていたはずもなく、自由落下を始めた俺達は崖下のキーソン川へと真っ逆さまに落ちていく。
抱えたアイリスは悲鳴を上げることなく、俺の身体の中で小さく蹲っていた。どんな表情をしているのか気になったが、そんなこと確認している余裕がなかった俺は、右眼の悪魔の紅い瞳を発動させ、紅いオーラに包まれた身体を10倍に強化する。
その頭上からけたたましい銃声────崖下に落ちていく俺達目掛けて兵士達がアサルトライフルを撃ち下ろしてきていた。雨のように降り注ぐ銃弾で数えきれない程の波紋を浮かべる水面に俺達は着水した。
密林の暑さで火照っていた身体に、寒いくらいの川の水が全身を包み込んだ。
照りつけていた朝日がどんどん遠ざかり、狭まる視界は、まるで夜闇の中に誘うかのように真っ暗になっていく。
身体を強化しているとはいえ、30メートルからのダイブ。この前のワシントン・ダレスの時にも似たような紐無しバンジーをやったが、あの時と違って着地することもできない悪条件。寝不足と銃弾で消耗しきった俺の身体はその衝撃は耐え切れることはできず、流れるキーソン川の中、そこで意識を失ってしまった。
「お前が過去にどんなことがあったかなんて詳しく知らないし……俺はそもそも部外者だから、復讐を止めろなんて綺麗ごとを言うつもりはない……だけどな!」
更に一歩踏み差すと、アイリスは怯えた瞳で一歩後退る。
「復讐のために自分の命まで捨てようなんて、そんなバカな考え方は止めろ……!」
もう一歩踏み差すと、同極の磁石のようにアイリスもさらに一歩下がった。
「でも……ボクにはもう……これくらいしか生きる価値は無いんだ……パートナーの仇を取るくらいしか……!」
「だったら探せばいい、その復讐を終えた後……自分の生き方ってやつをな……!」
もし────あの時の自分に一つ言葉を送れるとしたら、俺は迷わずこれを言うだろう。
「復讐なんかで自分を犠牲にするな」と、昔────師匠に言われた言葉の受け売りに過ぎないが、当時の俺はこの言葉の意味をしっかりとは考えていなかった。それゆえに、取り返しのつかないことを何度も経験した。
だからこそいま目の前にいる、この当時の自分と同じ目をしたこいつには、その言葉を言わずにはいられなかった。
詰め寄る俺から逃げるアイリスの足が、ついに崖の淵にかかる。パラッと落ちた小石が、音もなく三十メートル下に流れるキーソン川に音もなく消えていく。
「どうしてそこまでして、ボクのことにこだわるの……?」
逃げ場を失ったアイリスが捨てられた子犬のような瞳で俺のことを見上げてくる。
会ってまだ間もない俺のことを……まるで得体の知れない天敵のように警戒しているその捨てられた子犬は。どうして自分なんかにそんなことを言ってくるのか、一体何が目的なのかと理解することができず、その綺麗な琥珀色の瞳で訴えかけてくるだけ……
あぁ……そう言うことか……
コイツはきっと不器用なんだ。車の運転を俺が代わると言った時も、地図を持っていたにも関わらず、結局一度も代わることは無かった。多分アイリスは、敵の凄腕スナイパーの存在を知っていた。もし、ヤツに発見されて最初に撃たれるとしたら、車の横転目的で運転手が狙われやすく、一番危ないことを分かっていたのだろう……
さらに、馴れ合いはしないと言っていたくせに、俺のことを見殺しにはせず、襲い来る銃弾から助けてくれた。
きっと、パートナーを失ったことで、他人に頼ることが苦手になっていたんだな……
そう思った俺は、怯えた瞳で上目遣いに見上げるアイリス────その目線の高さまで顔を持っていき、真っすぐに右眼で見つめながら、優しい声をかけて上げる。
「それはな、お前が昔の俺にそっくりだからだ────」
そう言って俺はハンドガンHK45を左手で抜き、振り向き様に銃弾を放った!
密林から飛び出してきた兵士がこっちに向けていたアサルトライフルAK-47、その銃目掛けて飛んでいく一発の.45ACP弾は、そのAK-47の銃口へと吸い込まれていき、銃身内に込められていた銃弾と衝突し兵士の手元で爆発した。
粉々になったアサルトライフルを地面に落とす兵士、その残骸が泥にまみれる中────その左右からアサルトライフルの銃口を向けた別の兵士が三人ずつ、計六人が密林からゆっくりとこっちに近づいてきた。
「無駄な抵抗は止めて大人しく武器を捨てろ、そうすれば命までは取らない……」
迷彩服を着た一人の兵士が銃口をこっちに向けたまま静かに告げる。
英語だ。それも、昨日今日覚えたような片言ではなく、随分と使い慣れた英語だ。
少なからず俺の見た目は東洋人。後ろにいるアイリスもセイナやロナの白人系に比べれば、東洋人に近い印象のはず……それなら現地のベトナム語、もしくは中国語で話しかけてくるはずだが……目の前の兵士は迷わず英語をチョイスしてきた。俺はそのことに眉を顰める。
それに……これはどういうことだ……?
崖から俺達を囲うように展開する二十代から三十代の男達、肌の色や顔の特徴が東洋人の俺に近いところから、現地のベトナム軍の兵士で間違いないだろう……ここはベトナムの領土だから普通に考えれば不思議なことではないはずだが……
「ここが政府の立ち入り禁止区域であることは知っているはずだ、貴様ら一体何者だ?」
反応しない俺達に再びベトナム人の兵士が英語で尋ねてきた。
アイリスは反応せず、俺の動向を伺っていた。
俺は……質問に対してなんて返そうか迷っていた。
というのも、さっきは冷静に分析している暇が無かったから気づかなかったが、てっきり俺達はずっと中国人に追われているのかと思っていた。
だが追いかけてきていたのは全員ベトナム人。しかも彼らは他国から攻撃してきたスナイパーではなく、わざわざ俺達の方を追いかけて来た。まるで、国同士で協力し、獲物を駆り立てるかのように……
「すみません、何を言っているのか分かりませんが、私達は乗っていたボートから川に転落し、ここまで流されてきた中国の兵士です、間違えてあなた方ベトナムの領地に紛れ込んでしまいました……」
迷いに迷った末、俺は中国語でそう返した。
時間稼ぎと探りを入れるため、苦し紛れに言ったその言葉を聞いたベトナム兵士の眼光が、一気に鋭くなった気がした。心なしか、ピリピリと張りつめていた空気がさらに重くなっていく。
地雷を踏んだか……?それとも、久々に使った俺の中国語がどこかおかしかったのか……?
背中に流れる嫌な汗が、熱帯で暑いはずのジャングルにも関わらず、恐ろしく冷たく感じた。
平常心を保つのに苦労する俺────話しかけていたベトナム兵士が、頭の先からてっぺんまでを鋭い視線で観察してから────
「川で何かを見たか……?」
どうやら発音の方は問題なかったらしく、中国語に切り替えたベトナム兵士がそう告げてきた。
だが、その表情は最初の時よりも険しく、しゃべり方もどこか厳かに変化していた。
「いや……特に何も……?」
どう見ても川に何があるのか触れてはいけない雰囲気だったので、俺は適当に誤魔化しつつ、右手にあらかじめ取り出しておいたあるものを、兵士達から死角になっているアイリスに押し付けた。
「何も?それは……本当か……?」
首を傾げるベトナム兵が確かめるようにもう一度訊ねてくる。額に滲みだした汗が頬を伝う。自分の返答や行動次第では、この兵士達がいつ俺達を殺しにかかってもおかしくはない……動揺を気取られないようにしながら、中国語を間違えないように細心の注意を払う。正解が分からないうえ、一歩でも間違えたら即終了。まるで目隠ししたまま綱渡りしている気分だ……
アイリスは俺が押し付けてきた物を見て、若干の戸惑う様子が背後から伝わってきたが、よし……なんとか受け取ってくれたな……
「はい……何も見ていません」
その俺の言葉を聞いた瞬間、会話していたベトナム兵以外の兵士達が何かを確信した様子でニィ……と口角が吊り上がる。
俺のことを本気で中国人と思ってバレないとでも思っているのか、あまり気持ちの良くない笑顔を浮かべた兵士達が、英語で「バカな奴……」「終わったな……」などと小声で口々に言い合っている。
「そうか、我々の関係者でないということはもしかしたらと考えていたが、その反応では多分君達は中国軍の人間では無さそうだな、だったら話は早い────始末しろ」
突然、なんの前触れもなく宣言された無慈悲な死刑宣告、六人の兵士達が一斉に銃を構えてトリガーに指を掛ける。
「アイリス!!」
「……!」
俺の声に呼応して、背後にいたアイリスがそれを真上に放り投げた。
あらかじめ渡していたスタングレネードが、俺達の背に浮かぶ朝日とは別の強烈な光源となり、視界が真っ白に染まる。
死角からの投擲と、背にある朝日と重なったおかげか、光源が晴れた先で兵士達が悲鳴と共に目を抑えていた。
「こっちだ!」
爆発する寸前で目を閉じていた俺がアイリスの手を引き、怯んだ兵士達の間をすり抜けようとした時────どこか遠くから一発の銃声が響いた。
それは、視界を遮られ錯乱した兵士のアサルトライフルではなく……その先に広がる密林の遥か奥、たった一発の銃弾だったが、後ろに振り返っていた俺の不意を突くには十分なその一発に反応が遅れた。
やべぇ……!
バァァァン!!
アイリスが俺の手を弾いてその銃弾を狙撃する。
放たれたライフル弾は風を纏い、密林から俺に飛来した一発の銃弾を弾かんと飛翔した。
その真っ赤なライフル弾を────
────あれは……!?
見覚えのあるその緋色の銃弾にアイリスの銃弾が衝突し、ガラスのように砕けちった破片が俺達へと、無数の斬撃となって襲い掛かる。
「ぐぁッ!!」
「……!」
散弾よりも細かい粒子となった赤い銃弾が、辺りにあった物全てに無差別な破壊をもたらした。
赤い霧雨が晴れた先、倒れた状態のアイリスは無傷だった。
その銃弾の正体に一早く気づいた俺が咄嗟にアイリスに覆いかぶさったおかげで、何が起きたのか理解できずに驚愕した表情を浮かべていること以外、目立った外傷は見受けられなかった。
だが俺の方は防弾性のロングコート、八咫烏を装備しているとはいえ、至近距離からのその散弾攻撃の衝撃で身体から空気が漏れ、呼吸困難で意識を持っていかれる寸前だった。
────クソッ……
ぼやけた視界を何とか戻そうと頭を振るが、俺の眼前にいるはずのアイリスの顔ですら焦点が合わない。それどころか、クラクラする頭の痛みで気持ち悪くなり、吐き気までこみ上げてきやがる……!
「やりやがったな!!貴様ら!!」
「まだいやがるぞ!!撃てぇ!!」
折角作った隙をたった一発の銃弾で台無しにされ、視界が戻った兵士達が血眼でこっちに銃を乱射してきた。
これ以上一発でも食らったら確実に気を失う……!
ぼやけた視界のまま、俺はアイリスを抱えて走りだした────!
「こなクソォォォォ!!」
叫びと一緒に崖の向こう、中国大陸の先に見える朝日に向かって飛んだ────!銃弾の雨の中、必死に足を動かすが、そのまま朝日に向かっていたはずもなく、自由落下を始めた俺達は崖下のキーソン川へと真っ逆さまに落ちていく。
抱えたアイリスは悲鳴を上げることなく、俺の身体の中で小さく蹲っていた。どんな表情をしているのか気になったが、そんなこと確認している余裕がなかった俺は、右眼の悪魔の紅い瞳を発動させ、紅いオーラに包まれた身体を10倍に強化する。
その頭上からけたたましい銃声────崖下に落ちていく俺達目掛けて兵士達がアサルトライフルを撃ち下ろしてきていた。雨のように降り注ぐ銃弾で数えきれない程の波紋を浮かべる水面に俺達は着水した。
密林の暑さで火照っていた身体に、寒いくらいの川の水が全身を包み込んだ。
照りつけていた朝日がどんどん遠ざかり、狭まる視界は、まるで夜闇の中に誘うかのように真っ暗になっていく。
身体を強化しているとはいえ、30メートルからのダイブ。この前のワシントン・ダレスの時にも似たような紐無しバンジーをやったが、あの時と違って着地することもできない悪条件。寝不足と銃弾で消耗しきった俺の身体はその衝撃は耐え切れることはできず、流れるキーソン川の中、そこで意識を失ってしまった。
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