117 / 361
赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
赤き羽毛の復讐者3
しおりを挟む
「……ボクたちがこれから向かうのは工場……」
車のハンドルを操作しながらアイリスは呟いた。
スーツケースから覚醒したアイリスが「ちょっとまってて……」と、俺達をその場に残し、トボトボ歩いてどこかに行ったかと思った数分後、どこで調達したのか?アメリカ製のジープ、M151に乗ってきた。
運転席のアイリスが、そのやる気のない瞳で「乗れ」と後部座席に流し目を送ったので、俺達三人は色々と思うところがあったが、今回の任務についての詳しい情報はアイリスしか知らないということで、渋々応じた。
持ってきたアメリカ製のSUVは流石に機銃は備え付けてなかったが、その代わりに屋根とビニール式の扉があったのは唯一の救いだった。色々疑問や不安も残ってはいるが、これなら雨期のベトナムでも安心して移動できるだろう。
「工場……?」
助手席に乗っていた俺が眉を顰めた。
四人乗りのジープだったので、前と後ろ、男と女で分けた方が良いだろうと思い、セイナ達に「お前らが後ろで、俺がアイツと一緒の方が良いだろう?」と言って助手席に乗り込むと、何故かロナに睨まれた……理由については聞けなかったが、多分仲があまり良くないセイナと2人で乗れっていうのが気に食わなかったのだろう……
「それにしては、随分繁華街から離れて行っているようだけど?」
俺が考えていたことと同じことをセイナは思ったのか、後ろの席から会話に割り込んでくる。
工場というのは人がいなければ稼働しない。このご時世、いくらロボットが発達していたとしても、そのロボットを制御するため、また、出来上がった製品を外に運ぶために人が必要になってくる。
だが、アイリスの運転するジープは、縦に細長いベトナムを縦断するよう南に、ではなく、北にあるハノイの街からさらに北の方角、山岳地帯に向かって走っている。最初こそ、周りに街やそこに建てられた家屋、農村といった景色が広がり、整備されたアスファルトの道を進んでいたが、2~3時間くらい経った今では、街灯すらないような森の中にある山道、砂利道を車のライト二つのみで突き進んでいる。いくら繁華街周辺に土地が無かったとしても、車で10時間もかかるような場所に工場を作るメリットはない……
「……工場の場所はハノイから北、中国との国境沿い、ベトナム「カオバン省」にあるキーソンという川沿いにあるんだ、昔……ベトナム戦争時代にアメリカ軍から隠すために建てられたものらしいだけど……今は稼働していない廃工場、というのが表向きの話しになっているんだ……」
「表向きってことは……今でもその工場は稼働しているということか……一体何を作っているんだ?」
存在を隠すということはつまり、人にバレては困る代物ってということだ……もし赤十字の医療品を作っていたとしたら、わざわざそんなとこに隠す必要が無いからな……
「……兵器……という話はボクも聞いた。でもそれが銃なのか、ナイフなのか、それとも魔術兵器なのかは見たことないから分からない……」
どこか自信なさげにそう話すアイリスが、道先から飛び出してきた野鹿を躱すためにハンドルを無表情で切る。数時間話して分かったことだが、無期懲役を言い渡されるほどの罪を犯したらしいこの子は、基本感情を表に出すことが無いらしく、今飛び出してきた鹿も、反射神経の優れた俺やセイナでもブレーキを踏んだり、少し声を出してしまいそうなくらい際どい位置だったにも関わらず、アイリスはマフラー上に見えるその顔をピクリとも動かすことなく、難なく躱していた。それが運転慣れした余裕なのか?それとも元々の性格なのかは分からなかったが、少なくともロナだったら、聞いたこともない魔術の呪文のような奇声を上げているだろうな。
「兵器工場か……じゃあそこで組織が使用するための武器を秘密裏に作っているということか……?」
アルシェの言っていたベトナム……ケンブリッジ大学や武器密輸時に使用された武器……アメリカが目星をつけていた場所。隣で運転するアイリスが、まだどの程度信用していい相手か分からなかった俺は、ヨルムンガンドと伏せたうえで、今までの情報を基にした答えを導き出す。
「その可能性が高いわね……でも、さっきから気になっていたのだけど……アイリス、どうしてアンタはその工場についてそんなに詳しいのかしら……?」
質問の矛先が自分に向いたことに対し、アイリスは途端に黙ってしまった。
そのことについて言いたくないのか?それともなんて説明しようか迷っているのか?その真意は、横目で表情を見ていた俺でも読むことができなかった。
だが、セイナはそんな様子お構いなしにさらに続けた。
「アタシは基本、誰と行動するにしても、信頼のない相手とは基本組まない主義なの、だから、アンタがどこで何をして無期懲役になったかは知らないけど、そこら辺の事情については詳しく話しなさい」
「ちょっ!?セイナ……!」
オブラートに包むどころか、剥き出しの状態で言葉をぶつけるセイナに、仰天したロナが聞いたことない魔術の呪文……とまではいかないが、それと同等の素っ頓狂な声を上げていた。
俺も声は上げなかったにしろ、セイナに言動に……それ、言っちゃうんだ……と驚きで開いた口が閉じなかった。無期懲役……という言葉を聞いたアイリスが、ちらりとバックミラー越しにセイナのことを一瞥した。まるで『知っていたのか』と言わんばかりに……
「どこまで君達が知っているかボクは知らない、でもボクも君達については同行者……としか伝えられてない、互いに余計な勘繰りは無しに────」
「アタシはセイナ。セイナ・A・アシュライズ、イギリス生まれのロンドン育ち、今はSASの訓練小隊として父を連れ去ったとされるある組織を追いかけているわ。今回はその組織が関与していると言われている施設の調査ということで、ベトナムを訪れたの。そして、アタシの父の名は、オスカー公爵フィリップ王配、イギリス王室の現皇帝陛下で、アタシはその皇帝陛下と女王陛下、エリザベス3世の実の娘、イギリス王女の一人よ」
「お、お、お、おい!?セ、セイナ!?」
とうとう俺も声が漏れてしまった。
アイリスがしゃべっている最中に、セイナは王室以外では、俺にしか話したことのなかった機密事項を急にしゃべり始めた……!それを聞いた俺は座ったまま腰を抜かすほど大慌て、セイナがイギリスの隠し王女ということしか知らなかったロナも、「え!?皇帝陛下って今失踪中なの!?」と目が飛び出そうなほど、ハニーゴールドの瞳を大きく見開いていた。
辺りには人どころか家屋一つ見当たらない、夜の暗闇が支配する山道を走るジープの車内が、国際級の問題でワアっ!と騒がしくなった。
それでもアイリスは……一瞬だけ、ほんの少し眉を動かしただけだったが……
「確かに少し驚いた……そんなこと急にしゃべりだして……一体どういうつもり……?」
話しの内容はかなり突飛な内容だったが、俺やロナの反応から嘘ではないとアイリスも思ったようだ。
……それで驚いてたんだ……と内心で思っていると、セイナが俺とロナを流れるように見た。アイリスだけにではなく、俺達に対しても伝えたいことがあるかのように。
「こ、この話しは、二人を信用していることへの証明。でも、勘違いしないで、ホントにギリッギリ!信用しているレベルだから!あと、アンタへの信頼への一歩として話したの……別に、アタシのことを話したからアンタに自分のことを話せというわけではないわ!さっきアンタの言っていた、「人に尋ねるならまず自分から」という筋をアタシの中で通しただけよ!」
早口でまくし立てるように言ったセイナ、バックミラー越しに見える彼女の顔は、何故かサクランボの兄弟のように両頬が真っ赤に染まっていた。
「ちぇー、はいはい、ロナちゃんの信頼度はド底辺ですよーだ……」
セイナの言葉を聞いて、自分の評価に納得いかないロナがほっぺを膨らませていた。
俺は……自分の評価なんかより、さっきとは別の意味で驚いていた。
今まで、誰かに歩み寄ろうとしなかったセイナが、「信頼」といった言葉を使ったことに対してだ。
数か月前、初めて会った時は自分の部隊の隊員ですら信用しきれない少女からは想像もできない進歩、俺は、さっきの国際問題の暴露と同じくらいの驚きを覚えていた。
少々やり方は乱暴かもしれないが、初めて誰かに歩み寄ろうと行動したんだ。俺は素直にそれが嬉しかった。国家機密をばらすのはマズイとは思うが……まあ、直接関与のあるセイナがいいと思って暴露するなら俺は止めないけど……
「────2年前……」
自分の評価にぷんすか怒っていたロナとセイナが少し言い争っている中────アイリスが静かに喋り始めた。
「ボクがまだ14歳で正規の軍人だった頃、上司に頼まれた任務でその工場を訪れたことがある……」
アイリスの表情にあまり変化はなかったが、その琥珀色の瞳は、車の前方ではなく、何処か遠くの虚空を眺めるているようだった……
「任務の内容は、その工場を視察に来ていた要人の狙撃だった。スポッターのボクと狙撃手の2人組でその任務にあたったけど……それは、上司とある組織が仕掛けた罠、裏切られたんだ。狙撃手は殺され、ボクは奇跡的に生還できたけど、裏切ったという証拠を持ち帰ることができなかった……そこまで奴らの計算の内だったんだ……」
いつの間にか聞き入ってしまっていた。
セイナやロナもいつの間にか言い争いを止めて、真面目な様子で話を聞いていた。
「勿論ボクは復讐を誓った……けど、その時……上司に言われた言葉に、当時のボクは我慢ができなかった……だから、そいつを半殺しにしてしまったんだ……」
「なんて、言われたんだ……?」
数秒の沈黙……悔しさなのか、憎悪なのか、多分……そのどちらもだろう。アイリスのハンドルを持つ手に小さく力が入った。
綺麗なはずの琥珀色の瞳には、このジープの周りに広がっている暗黒と同じような、底の見えない黒々としたものが宿っているような気がした。
「こんな任務もこなせないなんて、お前とその相棒は役立たずの腰抜けだってね……だから、そいつの四肢を撃ち抜き、ウジのように地べたを這いずり回る身体に止めを刺そうしたところでボクは捕まった……おかげで無期懲役さ……」
自嘲的、それでもって自分の過去を話しているというよりかは、まるで赤の他人の失敗談でもしゃべっているかのような口調だった。
「それで?アンタはどうやって檻の外から出てきたの?」
「……無期懲役になったボクは、他の収容軍人の指導役、主に技術面を頼まれた。皮肉だろ?感情を露わにして捕まった奴が、感情を捨てろって兵士に教育してたんだ……」
初めて────笑った気がした……でもそれは、笑うというよりかは嗤うという方が近かった。
淀みの混じっているそれは決して、気分や心地のいい時に出すものではなかった。
「そこでボクは視察に来ていたベアード大統領にその腕の良さを買われ、もう一度ボクにチャンスをくれたんだ。やり遂げることのできなかった任務をもう一度達成するために……」
思わぬところで名前の出たガブリエル・ベアード大統領……だがこれは、聞いた人によってはかなりの大問題だ……後部座席の二人を確認すると、案の定セイナはそれに気づいてない様子で話しを聞いていたが、ロナは……死人のように真っ青になっていた。正直、俺もそうなっているかもしれない……
大統領とはいえ、他の人の認可も無しに、凶悪な犯罪者を刑務所から外に出した。これは言わば超法規的措置、法律を無視した行動だ。そんなことをもし、他国に知れ渡ったりしたら、信頼喪失では済まない話だ。失脚……で済めば安い、最悪の場合、他国から凶悪犯罪者を送られたと知れれば、いくら最近アメリカとベトナムが仲がいいとはいえ、最悪また戦争に発展する可能性もゼロでは無い……たった四人の男女の行動次第でそれがあり得るんだ……!
恐怖や焦り……とは別の、緊張で口が乾く。嫌な汗が首筋からねっとりと垂れるのを右手で拭った。
────今回やけに情報漏洩がどうのこうのってうるさい理由ようやくわかった。だが、そこまでしてどうしてアイリスを俺達と一緒に送ってきたのだろうか……?大統領の真意は定かではないけど……今回の件、一筋縄ではいかないような気がするな……
「……少し話し過ぎた、聞きたいことは分かったかいセイナ?とにかくボクはやるべきことがある、確かに大統領に君達を現地まで送り届ける約束はした。でも、それ以上は何も言われていない……キーソン川に着いたら別行動だ」
「も、目的が同じ工場なら、一緒に行動したほうがいいじゃないかな?」
真っ青だったロナがそこでようやく会話に入ってきた。多分、目の届く範囲でアイリスを監視しておきたい、ということなんだろうな内心は……ちなみに、動揺は全く隠せてないので大量の汗が顔から垂れっぱなし。を見たセイナが「どうしたのよロナ……?」と眉を寄せている。
「……君達が工場を偵察しようが爆破しようがボクはなにも言わない、寧ろ好都合だ、だけどもし、ボクが仕留めようとしている獲物の邪魔をするなら、その時は容赦はしない……」
ジメジメとしていた車内の空気に、身震いするくらいに冷たい殺気が向けられた。
ナイフの腹を首筋に当てられたような嫌な感覚に、反射的にレッグホルスターに手が伸びてしまったが、すぐに引っ込めた。運転していたアイリスの両手は、ハンドルを握ったままだった。警告、のつもりらしい……
「大統領の名前、さっきのセイナの情報と対等のものを出したつもり、だからこれで貸し借りゼロ、これ以上の馴れ合いはしない……」
アイリスはそこでようやく殺気を引っ込めた。が、その眼に宿る、闘志に似た憎悪は静かに煮えたぎっていたままだった。
────それが、今のアイリス自身が許せる唯一の感情なのかもしれないな……
その姿はまさに、彼の持つ琥珀色の瞳、別名オオカミの瞳に相応するものだった。
車のハンドルを操作しながらアイリスは呟いた。
スーツケースから覚醒したアイリスが「ちょっとまってて……」と、俺達をその場に残し、トボトボ歩いてどこかに行ったかと思った数分後、どこで調達したのか?アメリカ製のジープ、M151に乗ってきた。
運転席のアイリスが、そのやる気のない瞳で「乗れ」と後部座席に流し目を送ったので、俺達三人は色々と思うところがあったが、今回の任務についての詳しい情報はアイリスしか知らないということで、渋々応じた。
持ってきたアメリカ製のSUVは流石に機銃は備え付けてなかったが、その代わりに屋根とビニール式の扉があったのは唯一の救いだった。色々疑問や不安も残ってはいるが、これなら雨期のベトナムでも安心して移動できるだろう。
「工場……?」
助手席に乗っていた俺が眉を顰めた。
四人乗りのジープだったので、前と後ろ、男と女で分けた方が良いだろうと思い、セイナ達に「お前らが後ろで、俺がアイツと一緒の方が良いだろう?」と言って助手席に乗り込むと、何故かロナに睨まれた……理由については聞けなかったが、多分仲があまり良くないセイナと2人で乗れっていうのが気に食わなかったのだろう……
「それにしては、随分繁華街から離れて行っているようだけど?」
俺が考えていたことと同じことをセイナは思ったのか、後ろの席から会話に割り込んでくる。
工場というのは人がいなければ稼働しない。このご時世、いくらロボットが発達していたとしても、そのロボットを制御するため、また、出来上がった製品を外に運ぶために人が必要になってくる。
だが、アイリスの運転するジープは、縦に細長いベトナムを縦断するよう南に、ではなく、北にあるハノイの街からさらに北の方角、山岳地帯に向かって走っている。最初こそ、周りに街やそこに建てられた家屋、農村といった景色が広がり、整備されたアスファルトの道を進んでいたが、2~3時間くらい経った今では、街灯すらないような森の中にある山道、砂利道を車のライト二つのみで突き進んでいる。いくら繁華街周辺に土地が無かったとしても、車で10時間もかかるような場所に工場を作るメリットはない……
「……工場の場所はハノイから北、中国との国境沿い、ベトナム「カオバン省」にあるキーソンという川沿いにあるんだ、昔……ベトナム戦争時代にアメリカ軍から隠すために建てられたものらしいだけど……今は稼働していない廃工場、というのが表向きの話しになっているんだ……」
「表向きってことは……今でもその工場は稼働しているということか……一体何を作っているんだ?」
存在を隠すということはつまり、人にバレては困る代物ってということだ……もし赤十字の医療品を作っていたとしたら、わざわざそんなとこに隠す必要が無いからな……
「……兵器……という話はボクも聞いた。でもそれが銃なのか、ナイフなのか、それとも魔術兵器なのかは見たことないから分からない……」
どこか自信なさげにそう話すアイリスが、道先から飛び出してきた野鹿を躱すためにハンドルを無表情で切る。数時間話して分かったことだが、無期懲役を言い渡されるほどの罪を犯したらしいこの子は、基本感情を表に出すことが無いらしく、今飛び出してきた鹿も、反射神経の優れた俺やセイナでもブレーキを踏んだり、少し声を出してしまいそうなくらい際どい位置だったにも関わらず、アイリスはマフラー上に見えるその顔をピクリとも動かすことなく、難なく躱していた。それが運転慣れした余裕なのか?それとも元々の性格なのかは分からなかったが、少なくともロナだったら、聞いたこともない魔術の呪文のような奇声を上げているだろうな。
「兵器工場か……じゃあそこで組織が使用するための武器を秘密裏に作っているということか……?」
アルシェの言っていたベトナム……ケンブリッジ大学や武器密輸時に使用された武器……アメリカが目星をつけていた場所。隣で運転するアイリスが、まだどの程度信用していい相手か分からなかった俺は、ヨルムンガンドと伏せたうえで、今までの情報を基にした答えを導き出す。
「その可能性が高いわね……でも、さっきから気になっていたのだけど……アイリス、どうしてアンタはその工場についてそんなに詳しいのかしら……?」
質問の矛先が自分に向いたことに対し、アイリスは途端に黙ってしまった。
そのことについて言いたくないのか?それともなんて説明しようか迷っているのか?その真意は、横目で表情を見ていた俺でも読むことができなかった。
だが、セイナはそんな様子お構いなしにさらに続けた。
「アタシは基本、誰と行動するにしても、信頼のない相手とは基本組まない主義なの、だから、アンタがどこで何をして無期懲役になったかは知らないけど、そこら辺の事情については詳しく話しなさい」
「ちょっ!?セイナ……!」
オブラートに包むどころか、剥き出しの状態で言葉をぶつけるセイナに、仰天したロナが聞いたことない魔術の呪文……とまではいかないが、それと同等の素っ頓狂な声を上げていた。
俺も声は上げなかったにしろ、セイナに言動に……それ、言っちゃうんだ……と驚きで開いた口が閉じなかった。無期懲役……という言葉を聞いたアイリスが、ちらりとバックミラー越しにセイナのことを一瞥した。まるで『知っていたのか』と言わんばかりに……
「どこまで君達が知っているかボクは知らない、でもボクも君達については同行者……としか伝えられてない、互いに余計な勘繰りは無しに────」
「アタシはセイナ。セイナ・A・アシュライズ、イギリス生まれのロンドン育ち、今はSASの訓練小隊として父を連れ去ったとされるある組織を追いかけているわ。今回はその組織が関与していると言われている施設の調査ということで、ベトナムを訪れたの。そして、アタシの父の名は、オスカー公爵フィリップ王配、イギリス王室の現皇帝陛下で、アタシはその皇帝陛下と女王陛下、エリザベス3世の実の娘、イギリス王女の一人よ」
「お、お、お、おい!?セ、セイナ!?」
とうとう俺も声が漏れてしまった。
アイリスがしゃべっている最中に、セイナは王室以外では、俺にしか話したことのなかった機密事項を急にしゃべり始めた……!それを聞いた俺は座ったまま腰を抜かすほど大慌て、セイナがイギリスの隠し王女ということしか知らなかったロナも、「え!?皇帝陛下って今失踪中なの!?」と目が飛び出そうなほど、ハニーゴールドの瞳を大きく見開いていた。
辺りには人どころか家屋一つ見当たらない、夜の暗闇が支配する山道を走るジープの車内が、国際級の問題でワアっ!と騒がしくなった。
それでもアイリスは……一瞬だけ、ほんの少し眉を動かしただけだったが……
「確かに少し驚いた……そんなこと急にしゃべりだして……一体どういうつもり……?」
話しの内容はかなり突飛な内容だったが、俺やロナの反応から嘘ではないとアイリスも思ったようだ。
……それで驚いてたんだ……と内心で思っていると、セイナが俺とロナを流れるように見た。アイリスだけにではなく、俺達に対しても伝えたいことがあるかのように。
「こ、この話しは、二人を信用していることへの証明。でも、勘違いしないで、ホントにギリッギリ!信用しているレベルだから!あと、アンタへの信頼への一歩として話したの……別に、アタシのことを話したからアンタに自分のことを話せというわけではないわ!さっきアンタの言っていた、「人に尋ねるならまず自分から」という筋をアタシの中で通しただけよ!」
早口でまくし立てるように言ったセイナ、バックミラー越しに見える彼女の顔は、何故かサクランボの兄弟のように両頬が真っ赤に染まっていた。
「ちぇー、はいはい、ロナちゃんの信頼度はド底辺ですよーだ……」
セイナの言葉を聞いて、自分の評価に納得いかないロナがほっぺを膨らませていた。
俺は……自分の評価なんかより、さっきとは別の意味で驚いていた。
今まで、誰かに歩み寄ろうとしなかったセイナが、「信頼」といった言葉を使ったことに対してだ。
数か月前、初めて会った時は自分の部隊の隊員ですら信用しきれない少女からは想像もできない進歩、俺は、さっきの国際問題の暴露と同じくらいの驚きを覚えていた。
少々やり方は乱暴かもしれないが、初めて誰かに歩み寄ろうと行動したんだ。俺は素直にそれが嬉しかった。国家機密をばらすのはマズイとは思うが……まあ、直接関与のあるセイナがいいと思って暴露するなら俺は止めないけど……
「────2年前……」
自分の評価にぷんすか怒っていたロナとセイナが少し言い争っている中────アイリスが静かに喋り始めた。
「ボクがまだ14歳で正規の軍人だった頃、上司に頼まれた任務でその工場を訪れたことがある……」
アイリスの表情にあまり変化はなかったが、その琥珀色の瞳は、車の前方ではなく、何処か遠くの虚空を眺めるているようだった……
「任務の内容は、その工場を視察に来ていた要人の狙撃だった。スポッターのボクと狙撃手の2人組でその任務にあたったけど……それは、上司とある組織が仕掛けた罠、裏切られたんだ。狙撃手は殺され、ボクは奇跡的に生還できたけど、裏切ったという証拠を持ち帰ることができなかった……そこまで奴らの計算の内だったんだ……」
いつの間にか聞き入ってしまっていた。
セイナやロナもいつの間にか言い争いを止めて、真面目な様子で話を聞いていた。
「勿論ボクは復讐を誓った……けど、その時……上司に言われた言葉に、当時のボクは我慢ができなかった……だから、そいつを半殺しにしてしまったんだ……」
「なんて、言われたんだ……?」
数秒の沈黙……悔しさなのか、憎悪なのか、多分……そのどちらもだろう。アイリスのハンドルを持つ手に小さく力が入った。
綺麗なはずの琥珀色の瞳には、このジープの周りに広がっている暗黒と同じような、底の見えない黒々としたものが宿っているような気がした。
「こんな任務もこなせないなんて、お前とその相棒は役立たずの腰抜けだってね……だから、そいつの四肢を撃ち抜き、ウジのように地べたを這いずり回る身体に止めを刺そうしたところでボクは捕まった……おかげで無期懲役さ……」
自嘲的、それでもって自分の過去を話しているというよりかは、まるで赤の他人の失敗談でもしゃべっているかのような口調だった。
「それで?アンタはどうやって檻の外から出てきたの?」
「……無期懲役になったボクは、他の収容軍人の指導役、主に技術面を頼まれた。皮肉だろ?感情を露わにして捕まった奴が、感情を捨てろって兵士に教育してたんだ……」
初めて────笑った気がした……でもそれは、笑うというよりかは嗤うという方が近かった。
淀みの混じっているそれは決して、気分や心地のいい時に出すものではなかった。
「そこでボクは視察に来ていたベアード大統領にその腕の良さを買われ、もう一度ボクにチャンスをくれたんだ。やり遂げることのできなかった任務をもう一度達成するために……」
思わぬところで名前の出たガブリエル・ベアード大統領……だがこれは、聞いた人によってはかなりの大問題だ……後部座席の二人を確認すると、案の定セイナはそれに気づいてない様子で話しを聞いていたが、ロナは……死人のように真っ青になっていた。正直、俺もそうなっているかもしれない……
大統領とはいえ、他の人の認可も無しに、凶悪な犯罪者を刑務所から外に出した。これは言わば超法規的措置、法律を無視した行動だ。そんなことをもし、他国に知れ渡ったりしたら、信頼喪失では済まない話だ。失脚……で済めば安い、最悪の場合、他国から凶悪犯罪者を送られたと知れれば、いくら最近アメリカとベトナムが仲がいいとはいえ、最悪また戦争に発展する可能性もゼロでは無い……たった四人の男女の行動次第でそれがあり得るんだ……!
恐怖や焦り……とは別の、緊張で口が乾く。嫌な汗が首筋からねっとりと垂れるのを右手で拭った。
────今回やけに情報漏洩がどうのこうのってうるさい理由ようやくわかった。だが、そこまでしてどうしてアイリスを俺達と一緒に送ってきたのだろうか……?大統領の真意は定かではないけど……今回の件、一筋縄ではいかないような気がするな……
「……少し話し過ぎた、聞きたいことは分かったかいセイナ?とにかくボクはやるべきことがある、確かに大統領に君達を現地まで送り届ける約束はした。でも、それ以上は何も言われていない……キーソン川に着いたら別行動だ」
「も、目的が同じ工場なら、一緒に行動したほうがいいじゃないかな?」
真っ青だったロナがそこでようやく会話に入ってきた。多分、目の届く範囲でアイリスを監視しておきたい、ということなんだろうな内心は……ちなみに、動揺は全く隠せてないので大量の汗が顔から垂れっぱなし。を見たセイナが「どうしたのよロナ……?」と眉を寄せている。
「……君達が工場を偵察しようが爆破しようがボクはなにも言わない、寧ろ好都合だ、だけどもし、ボクが仕留めようとしている獲物の邪魔をするなら、その時は容赦はしない……」
ジメジメとしていた車内の空気に、身震いするくらいに冷たい殺気が向けられた。
ナイフの腹を首筋に当てられたような嫌な感覚に、反射的にレッグホルスターに手が伸びてしまったが、すぐに引っ込めた。運転していたアイリスの両手は、ハンドルを握ったままだった。警告、のつもりらしい……
「大統領の名前、さっきのセイナの情報と対等のものを出したつもり、だからこれで貸し借りゼロ、これ以上の馴れ合いはしない……」
アイリスはそこでようやく殺気を引っ込めた。が、その眼に宿る、闘志に似た憎悪は静かに煮えたぎっていたままだった。
────それが、今のアイリス自身が許せる唯一の感情なのかもしれないな……
その姿はまさに、彼の持つ琥珀色の瞳、別名オオカミの瞳に相応するものだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる