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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
魔術弾《マジックブレット》3
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銃弾が飛んできたのは海とは逆────東京都心の方からだった。
「フォルテ!こっち!」
右手を差しだしてきたセイナの手を掴み、地面を這うようにして射線の死角の位置にあったコンテナの裏に二人で隠れた。
「悪い、怒鳴っちまって……助かった」
コンテナに背を預けて残りの弾薬を確認しながら俺は謝罪する。
いつもの鉄拳制裁かと一瞬疑ってしまったが、どうやら狙撃に気づいたセイナが咄嗟に俺に足払いをかけて被弾を防いでくれたらしい。
おかげで身体に風穴が空くことは無かったが、あとほんの少しでも遅れてたら……あそこのコンクリートを赤く染めていたのは俺の血だっただろう。
そう思うと全身にぐっしょりとした嫌な汗が流れ出す。
「迂闊だったわ……まだスナイパーが残っていたなんて────」
コンテナの裏からセイナがスナイパーの様子を伺う────たまたま足元にあった木製の角材を掴み、コンテナ横目掛けて下手投げで放ると────
バリッ!!
「ッ!」
木材が空中でバラバラに砕け散った。
その破片に驚いたセイナが顔を片手で覆いながら後ろにのけ反る。
「大丈夫かセイナ!?」
「え、えぇ……平気よ」
倒れないように両肩を支えてやった俺の方にセイナは振り返って小さく頷く。
少しだけ顔が赤くなっている気もするが────外傷はなさそうだった。
セイナの先、粉々になった木材の方に目を向けると、バラバラになった木片に混じるようにして、赤い破片が混在していた。
赤い銃弾は木材に着弾したと同時に貫通するのではなく、通常の鉛弾では考えられないほど細かい破片に分裂していた。まるでガラスでも叩き割ったかのように鋭く細かい粒になった赤い銃弾が木材の内部を破壊しているようだった。
「2㎞以上離れた長遠距離スナイパー、それにこれは……魔術弾か!」
「えぇ……しかも、狙撃の腕は超一流……」
着弾よりもだいぶ遅れて聞こえてきた銃声と、弾薬の正体に気づいた俺が舌打ちし、セイナもその整った薄い眉を寄せた。
魔術弾、第二次世界大戦時に考案された魔術と科学をハイブリッドさせた魔術兵器。銃弾に魔術処置を施すことで、着弾時の破壊力や射撃時の命中精度を上げるという代物だ。直接使用者が魔術を使用するのではなく、着弾時、または撃鉄の運動エネルギーによって弾頭に込められた魔術を発動するといったシンプルなタイプが多いこともあって、魔術兵器の中では比較的安易に扱えるものだ。
あのコンクリートの地面や木材に飛び散った赤い銃弾が何の素材で構成されているかは分からなかったが、着弾時にライフル弾から散弾に変化する────とでも言ったところか?
あんなのまともに食らったら、被弾カ所周辺をまるまる持ってかれちまうぞ……!
『ごめん……コンテナ街周辺100m圏内は監視の目を張り巡らせてたけど、流石に2㎞先まではロナも警戒してなかったよ……』
責任を感じてか、今回はサポートに徹してくれていたロナの元気の無いしょんぼり声がインカム越しに響いてくる。
「別にお前が悪いだなんて俺達は思ってないぞ。さっきの作戦だって、ロナの機転のおかげでスムーズに済ませることができたんだしな。だろ?セイナ」
「べ、別にアタシは……その、どんな作戦でも大丈夫だったけど、ま、まあ……否定はしないわ」
セイナは歯切れ悪くそう言いながら、何故か少しそっぽを向く。
セイナとロナが出会ってかれこれ1ヶ月経ったが、2人の相性は控えめに言って最悪。顔を合わせれば、下らないことでしょっちゅう言い争いを始めるような始末だ。
毎回その言い争いがヒートアップして大体ケンカに発展するのだが、せめて髪や服を掴む程度のキャットファイトならまだしも、コイツら加減無しでマジでやり合うから……ケンカの度に銃やら刃物やらを振り回わして家を壊すのだけはやめて欲しい。
この前なんて……家をちょっと留守にしている間に二人が犬派猫派で口論になった挙句、家のリビングを蓮根と見間違うくらい銃弾で穴だらけにされた時は声も出なかった……
────しかも毎回それを修繕するのと、修理費を出すのは全部俺なんだからな……程ほどにしてくれよ……全く。
だいぶ話がそれちまったけど、そんな仲なだけあって、どうやら簡単には互いに互いのことを認めたくないというプライドが邪魔しているらしい、犬派のセイナは猫派のロナの活躍を素直に認めることができないらしい……めんどくさいな……
一言ありがとうって言えば済むのに、そういうところは頑固だよな、お前。
「と、とにかく……今はスナイパーだ。せめて奴の場所さえ分かればある程度は対処できるんだけどな……」
「場所なら分かるわよ。ここから北北西、1時の方角にある赤くてでっかいタワー……名前はえーと……」
「東京タワーか!」
「そう、それ!たまたまそのタワーがアタシの視界に入ってた時に、一瞬マズルフラッシュが見えたから、多分あそこで間違いないと思うわ」
────なるほど、それで咄嗟に俺に足払いを掛けたのか。
たまたま身体が動いただけなのかもしれないが、セイナに携わっているその判断能力の早さには感服するよ。
「でも……場所が分かったところでアタシ達、遠距離を戦える武器なんて持ってないわよ?」
腕を組んで唸るセイナ。確かに俺はハンドガンと小太刀の村正改。セイナもハンドガンと神器グングニルしか持っていなかった。元々、今回の作戦は一番離れている敵でも100m前後ということもあって、遠距離の敵にも通用するようなスナイパーライフルやアサルトライフルを俺達は持ち合わせていなかった。
「確かに……ならもう仕方ない。俺達の今回の仕事、そこで伸びている業者とお客はもう捕まえたんだ。わざわざリスクを冒してまで、2㎞以上の距離を正確に撃ち抜いてくる世界でも指折りのスナイパーなんかと無理して戦うより、ここで大人しくしてた方がいいだろ。ロナ」
『なーに?』
「東京タワーに変な奴がいるって警察に電話、及び俺達周辺に不審な動きが無いかだけ監視しといてくれ」
『りょーかい!』
「……」
「ん?どうしたセイナ?」
無線越しにロナに指示を出していると、俺の前で突っ立っていたセイナが、どうにも腑に落ちないといった顔で何かを考えている様子だった。
「フォルテは今まで2km以上の距離を正確に撃てる凄腕のスナイパーを何人見たことがある?」
「んー難しい質問だな……二人……いや三人か?」
「アタシは一人しか知らない……それも、一か月前に見た元S.Tのトリガー5のものよ」
セイナは神妙な面持ちでそう答えた。一か月前、ヨルムンガンドとの戦闘時に、2㎞先、ポトマック川を挟んだ向こう側から動くヘリと車を狙撃して見せたトリガー5ことレクス・アンジェロのことを言っているらしい。
「アイツを疑っているってことか?」
「いいえ、そうじゃないわ……」
セイナは背中に垂れた長いポニーテールを蛇のようにくねくね動かし、首を横に振る。
「そこまで実力を持った狙撃手が、どうしてこんな小さな取引程度で雇われているのか気になったのよ。やっぱりさっきアタシが思った通り、護衛の数やその質がおかしなところから、この密輸現場は何か裏があるような気がしてならないのよね……」
「単純に金払いが良かっただけの可能性もあるけどな……俺はさっき余計なことは詮索するなって言ったけど、セイナの言う通り、確かにこの取引はどこか引っかかる部分がたくさんある」
────あとでこの仕事を頼んできた小山さんに色々聞いてみるか……
「にしても、2㎞以上を射抜けるスナイパーなんか絶対ロクな奴じゃないわよ?そんなヤバそうなやつを警察なんかに任せて大丈夫かしら」
「今時の警察は、自衛隊やアメリカ軍と一緒に合同演習や共闘するくらいだから、別に心配しなくても大丈夫さ」
銃の規制が世界的に甘くなった関係で、今時の警察は軍隊と一緒に訓練、共同作戦をすることは別に珍しいことじゃない。
それに、あんまりにもヤバい事件と警察上層部が判断すれば、警察と合わせてSATや自衛隊の他に、噂ではバケモノの集いと言われている公安こと公安警察や、自衛隊の特殊作戦群がすぐに出てくるだろう。
「だから俺達は、ロナが通報した警察が東京タワーを占拠し、スナイパーを捕まえるまではここで大人しく待機だな」
とセイナに伝えてホルスターに銃をしまうと────
『フォ、フォルテ!聞こえる!?』
慌てた様子のロナから通信が入った。
「どうした?敵か?」
ロナの様子に俺とセイナは新手を警戒し、すぐに緊張のスイッチを入れ直す。
そのまま辺りを警戒していると────矢継ぎ早にロナはこう言ってきた。
『あと10分……いや、5分以内にあの東京タワーにいるスナイパーを片付けて!!』
「フォルテ!こっち!」
右手を差しだしてきたセイナの手を掴み、地面を這うようにして射線の死角の位置にあったコンテナの裏に二人で隠れた。
「悪い、怒鳴っちまって……助かった」
コンテナに背を預けて残りの弾薬を確認しながら俺は謝罪する。
いつもの鉄拳制裁かと一瞬疑ってしまったが、どうやら狙撃に気づいたセイナが咄嗟に俺に足払いをかけて被弾を防いでくれたらしい。
おかげで身体に風穴が空くことは無かったが、あとほんの少しでも遅れてたら……あそこのコンクリートを赤く染めていたのは俺の血だっただろう。
そう思うと全身にぐっしょりとした嫌な汗が流れ出す。
「迂闊だったわ……まだスナイパーが残っていたなんて────」
コンテナの裏からセイナがスナイパーの様子を伺う────たまたま足元にあった木製の角材を掴み、コンテナ横目掛けて下手投げで放ると────
バリッ!!
「ッ!」
木材が空中でバラバラに砕け散った。
その破片に驚いたセイナが顔を片手で覆いながら後ろにのけ反る。
「大丈夫かセイナ!?」
「え、えぇ……平気よ」
倒れないように両肩を支えてやった俺の方にセイナは振り返って小さく頷く。
少しだけ顔が赤くなっている気もするが────外傷はなさそうだった。
セイナの先、粉々になった木材の方に目を向けると、バラバラになった木片に混じるようにして、赤い破片が混在していた。
赤い銃弾は木材に着弾したと同時に貫通するのではなく、通常の鉛弾では考えられないほど細かい破片に分裂していた。まるでガラスでも叩き割ったかのように鋭く細かい粒になった赤い銃弾が木材の内部を破壊しているようだった。
「2㎞以上離れた長遠距離スナイパー、それにこれは……魔術弾か!」
「えぇ……しかも、狙撃の腕は超一流……」
着弾よりもだいぶ遅れて聞こえてきた銃声と、弾薬の正体に気づいた俺が舌打ちし、セイナもその整った薄い眉を寄せた。
魔術弾、第二次世界大戦時に考案された魔術と科学をハイブリッドさせた魔術兵器。銃弾に魔術処置を施すことで、着弾時の破壊力や射撃時の命中精度を上げるという代物だ。直接使用者が魔術を使用するのではなく、着弾時、または撃鉄の運動エネルギーによって弾頭に込められた魔術を発動するといったシンプルなタイプが多いこともあって、魔術兵器の中では比較的安易に扱えるものだ。
あのコンクリートの地面や木材に飛び散った赤い銃弾が何の素材で構成されているかは分からなかったが、着弾時にライフル弾から散弾に変化する────とでも言ったところか?
あんなのまともに食らったら、被弾カ所周辺をまるまる持ってかれちまうぞ……!
『ごめん……コンテナ街周辺100m圏内は監視の目を張り巡らせてたけど、流石に2㎞先まではロナも警戒してなかったよ……』
責任を感じてか、今回はサポートに徹してくれていたロナの元気の無いしょんぼり声がインカム越しに響いてくる。
「別にお前が悪いだなんて俺達は思ってないぞ。さっきの作戦だって、ロナの機転のおかげでスムーズに済ませることができたんだしな。だろ?セイナ」
「べ、別にアタシは……その、どんな作戦でも大丈夫だったけど、ま、まあ……否定はしないわ」
セイナは歯切れ悪くそう言いながら、何故か少しそっぽを向く。
セイナとロナが出会ってかれこれ1ヶ月経ったが、2人の相性は控えめに言って最悪。顔を合わせれば、下らないことでしょっちゅう言い争いを始めるような始末だ。
毎回その言い争いがヒートアップして大体ケンカに発展するのだが、せめて髪や服を掴む程度のキャットファイトならまだしも、コイツら加減無しでマジでやり合うから……ケンカの度に銃やら刃物やらを振り回わして家を壊すのだけはやめて欲しい。
この前なんて……家をちょっと留守にしている間に二人が犬派猫派で口論になった挙句、家のリビングを蓮根と見間違うくらい銃弾で穴だらけにされた時は声も出なかった……
────しかも毎回それを修繕するのと、修理費を出すのは全部俺なんだからな……程ほどにしてくれよ……全く。
だいぶ話がそれちまったけど、そんな仲なだけあって、どうやら簡単には互いに互いのことを認めたくないというプライドが邪魔しているらしい、犬派のセイナは猫派のロナの活躍を素直に認めることができないらしい……めんどくさいな……
一言ありがとうって言えば済むのに、そういうところは頑固だよな、お前。
「と、とにかく……今はスナイパーだ。せめて奴の場所さえ分かればある程度は対処できるんだけどな……」
「場所なら分かるわよ。ここから北北西、1時の方角にある赤くてでっかいタワー……名前はえーと……」
「東京タワーか!」
「そう、それ!たまたまそのタワーがアタシの視界に入ってた時に、一瞬マズルフラッシュが見えたから、多分あそこで間違いないと思うわ」
────なるほど、それで咄嗟に俺に足払いを掛けたのか。
たまたま身体が動いただけなのかもしれないが、セイナに携わっているその判断能力の早さには感服するよ。
「でも……場所が分かったところでアタシ達、遠距離を戦える武器なんて持ってないわよ?」
腕を組んで唸るセイナ。確かに俺はハンドガンと小太刀の村正改。セイナもハンドガンと神器グングニルしか持っていなかった。元々、今回の作戦は一番離れている敵でも100m前後ということもあって、遠距離の敵にも通用するようなスナイパーライフルやアサルトライフルを俺達は持ち合わせていなかった。
「確かに……ならもう仕方ない。俺達の今回の仕事、そこで伸びている業者とお客はもう捕まえたんだ。わざわざリスクを冒してまで、2㎞以上の距離を正確に撃ち抜いてくる世界でも指折りのスナイパーなんかと無理して戦うより、ここで大人しくしてた方がいいだろ。ロナ」
『なーに?』
「東京タワーに変な奴がいるって警察に電話、及び俺達周辺に不審な動きが無いかだけ監視しといてくれ」
『りょーかい!』
「……」
「ん?どうしたセイナ?」
無線越しにロナに指示を出していると、俺の前で突っ立っていたセイナが、どうにも腑に落ちないといった顔で何かを考えている様子だった。
「フォルテは今まで2km以上の距離を正確に撃てる凄腕のスナイパーを何人見たことがある?」
「んー難しい質問だな……二人……いや三人か?」
「アタシは一人しか知らない……それも、一か月前に見た元S.Tのトリガー5のものよ」
セイナは神妙な面持ちでそう答えた。一か月前、ヨルムンガンドとの戦闘時に、2㎞先、ポトマック川を挟んだ向こう側から動くヘリと車を狙撃して見せたトリガー5ことレクス・アンジェロのことを言っているらしい。
「アイツを疑っているってことか?」
「いいえ、そうじゃないわ……」
セイナは背中に垂れた長いポニーテールを蛇のようにくねくね動かし、首を横に振る。
「そこまで実力を持った狙撃手が、どうしてこんな小さな取引程度で雇われているのか気になったのよ。やっぱりさっきアタシが思った通り、護衛の数やその質がおかしなところから、この密輸現場は何か裏があるような気がしてならないのよね……」
「単純に金払いが良かっただけの可能性もあるけどな……俺はさっき余計なことは詮索するなって言ったけど、セイナの言う通り、確かにこの取引はどこか引っかかる部分がたくさんある」
────あとでこの仕事を頼んできた小山さんに色々聞いてみるか……
「にしても、2㎞以上を射抜けるスナイパーなんか絶対ロクな奴じゃないわよ?そんなヤバそうなやつを警察なんかに任せて大丈夫かしら」
「今時の警察は、自衛隊やアメリカ軍と一緒に合同演習や共闘するくらいだから、別に心配しなくても大丈夫さ」
銃の規制が世界的に甘くなった関係で、今時の警察は軍隊と一緒に訓練、共同作戦をすることは別に珍しいことじゃない。
それに、あんまりにもヤバい事件と警察上層部が判断すれば、警察と合わせてSATや自衛隊の他に、噂ではバケモノの集いと言われている公安こと公安警察や、自衛隊の特殊作戦群がすぐに出てくるだろう。
「だから俺達は、ロナが通報した警察が東京タワーを占拠し、スナイパーを捕まえるまではここで大人しく待機だな」
とセイナに伝えてホルスターに銃をしまうと────
『フォ、フォルテ!聞こえる!?』
慌てた様子のロナから通信が入った。
「どうした?敵か?」
ロナの様子に俺とセイナは新手を警戒し、すぐに緊張のスイッチを入れ直す。
そのまま辺りを警戒していると────矢継ぎ早にロナはこう言ってきた。
『あと10分……いや、5分以内にあの東京タワーにいるスナイパーを片付けて!!』
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