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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
白い羽《ホワイトフェザー》
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遠くから、名前も知らない怪鳥が絶え間なく鳴き声を上げる。
周りの草木から流れ込んできた風にはジトッとした湿度をはらみ、ベタベタと肌に纏わりついてうざい……
────ただでさえさっきのスコールで体中ベチャベチャなのに……
背中の下げた腰まで届く甘栗色の三つ編みには水分がしみ込んでいて、絞ればコップ一杯くらいの水が絞れそうだな。
そう思うボクの肌を焼くようにして、照り付ける太陽は容赦なく日光を浴びせてくる。
さらにその日光で周りの草木から蒸発したスコールの水分でまさに蒸し風呂、サウナ状態だった。
乾ききってない軍服が風と一緒に体中に纏わりついて少し直したい気分だったが、今はそうはいかない。
例えここが本国から数千マイル離れた人のロクにいないジャングルとはいえ、下手な動きをすれば敵にバレてしまう恐れがあるからだ。
「いた、眼下11時の方角、工場入り口前」
匍匐状態で小さな山の頂上に陣取っていたボクは、三脚式のスポッティングスコープに映ったターゲットの位置を隣でスナイパーライフルを構えた父さん────じゃなくて、一等軍曹に伝える。
今日は本国からの極秘任務で危険人物の抹殺を命じられていたのだが、あくまで始末するのは隣の一等軍曹、ボクはそのサポートとして初めて一緒に組む任務だった。
「────見えた」
山と山の間を挟んで流れる川、その麓近くに建てられた大きな工場の入り口に立った、スーツを着てチョビ髭を蓄えた小太りな男に一等軍曹は、その海兵隊最強の異名でもあり、トレードマークでもある白い羽のついた帽子の下から鋭い眼光を覗かせ、ジャングル仕様に迷彩を施したレンミントンM700を構えていた。
昔このジャングルで本国が戦争していた時に活躍していたウィンチェスターM70に変わり、海兵隊に新しく支給された最強のボルトアクション式ライフルは、その圧倒的使いやすさに現在でも最前線を張る最高の銃だ。
それと、海兵隊最強と謳われる父さんの腕があればこの程度の狙撃を外すことは無いだろう。
でも仕事は仕事。それに、ずっと憧れだった父さんとの初任務。サボるなんてことしない。
だが────
「父さん、やっぱりあれって……」
「今は、父さんじゃないぞ二等軍曹、それに、相手が例え誰であろうと命令されたら迷わず撃つのが狙撃手だ。覚えておけ」
「す、すみませんでした……」
ターゲットに心当たりのあるボクは少し動揺したが、一等軍曹が静かに諭してきた言葉に我に返る。
────そうだ、仕事をしないと。
「距離1130m、風は11時の方角から1/4、左に2クリック、アングル下20度、調整なし」
「了解、二等軍曹」
スポッティングスコープでボクの伝えた情報に合わせて、一等軍曹はスコープのダイヤルをカチリ、カチリと動かした。
「現在の気温と湿度は?二等軍曹」
「気温33度、湿度は87度であります」
画面にべっとりと泥のついた腕時計の画面を指で擦ってから、表示された数値をボクが素早く伝えると、一等軍曹は銃口を微調整する。
スナイパーはただ照準に目標を合わせて撃てばいいものではない。
距離、温度、湿度、気温、風、塵、使用する弾丸、銃の種類などの他に、地球の自転などの複雑な条件を三角関数と合わせて計算。そのうえでさらに経験も合わせてターゲットに狙いを定める。
今時は魔術を併用し、発射時の威力、射距離、弾道を調整できる魔術弾というものもあるが、父さんはボクと違ってそんなものには頼らず、7.62×51㎜NATO弾を使用する、言わば職人だ。
「捕らえた……」
「いつでも」
「すうぅぅぅぅ……ふうぅぅぅぅ────」
一等軍曹が大きく深呼吸してからトリガーに指を掛ける。
呼吸と鼓動の狭間────スナイパーが一番狙いを定めやすいそのタイミングで人差し指を引き絞った瞬間────
バァァァァン!!
鳴り響いた銃声と共にジャングルに潜んでいた怪鳥が一斉に羽ばたいた────
「グァァ!!」
銃声のあとに聞こえてきた悲鳴はとても1㎞以上離れた人物のものとは思えないくらい大きく、右の耳元に生々しく聞こえてきた。
「と、父さんッ!?」
銃声の後に撃たれたのは隣にいた一等軍曹だった!?
肩に被弾したのか、ジャングルの斜面を雨水の混じった泥と一緒に鮮血が流れ落ちる。
思わず立ち上がってしまいそうになったボクはグッと堪え、一等軍曹に駆け寄る前に撃った敵を探した。
工場方面は隠れていた敵の兵士が銃声でわんさか現れ、適当にこちらに向かってアサルトライフルを乱射していた。
全員、敵がいることは分かってはいるが、場所までは把握してないといった感じだ。
────ということは撃ったのはこいつらじゃない?
その時ふと、ターゲットであるスーツを着た小太りの男の健全な姿がスポッティングスコープに映った瞬間────にやりと憎たらしい笑みをこちらに浮かべた。
バァァァァン!!
反対の山から小さくマズルフラッシュ────再びの銃弾が今度はボクに襲い掛かった!
「ッ!?」
ターゲットを視認した時の笑み、それを見たボクに生き物としての本能が「伏せろ」と告げていなければ今頃脳漿をぶちまけていただろう……
幸いぶちまけられたのは眼前にあったスポッティングスコープのみだった。
だが────
「川の向こうは中国じゃないのか!?それに、反対の山からここまで3㎞近く離れているに!?」
父さんを撃った正体────それに気づいたボクは毒づいた。
カウンタースナイプ、狙撃手を狩るための狙撃手。
本来スナイパーは動けないことを代わりに、長距離という理不尽を敵に押し付けることと、発見されにくいという圧倒的優位な状況で戦うことができるのだが、その対抗策として用いられるのが爆撃などの範囲攻撃とカウンタースナイプ。例え遠距離でも動けないということは格好の的であり、場所さえ把握できれば撃つのは簡単だが……それくらいボク達も警戒していた。しかし、その予測範囲を遥かに超える3㎞という距離からの狙撃は全く想定していなかった。
「お、俺を置いて逃げろ……アイリス……」
肩を抑えた父さんも敵の正体に気づいたのか、ボクに撤退を指示してきた。
「い、嫌だ!父さんも連れて行く!」
ボクが父さんに駆け寄って傷の具合を見た時に、思わず言葉を失った────
なんの弾が命中したのかは知らないが、右肩には大穴が開いて、血で真っ赤に染まっていた右腕は、引っ付いているのかいないのか分からない状態だった。
落ちていた帽子、それについていたトレードマークの白い羽に父さんの真っ赤な血がしみ込んでいく。
ワザとだ────
相手の狙撃手は頭ではなくワザと父さんの右肩を狙ったんだ……致命傷を与え、ボクが混乱している間に歩兵に距離を詰めさせようとして……
その時点で相手との差は歴然────勝てる相手ではない……
────それでも!
「よ……よせ……お前じゃ勝てない……」
レミントンM700の弾倉を抜いたボクに、父さんが痛々しい声でそう告げてきた。
「……うるさい……少し黙ってて……」
集中するボクの五感に激しく反応した父さんの言葉を、静かに遮った。
生まれて14年、初めて父さんに反抗したかもしれないな……
思春期を自覚したボクの頭は、父さんが横で撃たれたというのにも関わらず、恐ろしいくらい冷静だった。
慣れた手つきでマガジンの内部に、ポケットから取り出した黒い一発の魔術弾を押し込んで、装填。ボルトレバーを引く。
勝負はお守り代わりに持っていたこの一発……これを外したら勝ち目はない……
ボクのいる山の斜面の向こう側では、銃弾が草刈り機のようにジャングルを一掃していた。
さっきよりも精度が上がっているところから、おそらく前進してきているのだろう……時間も余り残ってないだろう……
冷静に、とにかく冷静になったボクの脳内で状況を素早く整理し、作戦をコンマ数秒で立てる。
「よし……」
一言そう言ったボクはバッと立ち上がろうとした瞬間────
バァァァァン!!
三発目の銃弾がさっきまで被っていたボクの帽子を後方に吹っ飛ばした。
ボクが囮代わりに木の棒一本で上げた帽子を。
「そこか……」
相手に撃たせたことでの位置を把握、間髪入れずに今度は本当にボクが顔を上げてレミントンM700を構えた。
ダァァァァン!!
バァァァァン!!
山と山の間で敵の銃弾とボクの黒い魔術弾の二つの銃弾がすれ違うように交差した────
ガシャァァァァン!!
「ッ!?」
持っていたレミントンM700のスコープは中央のガラスを弾け飛ばし、咄嗟に顔を背けたボクの頬を深々と抉った。
頭部の直撃は避けたはずだが、どうやら銃弾が顔の近くを掠めたことで脳震盪を起こしたらしい……
後ろ、敵とは反対側の山の斜面に倒れたボクの意識が遠のいていく。
結局、音と銃弾の角度のみで撃ったボクの銃弾が、父さんを撃った敵に当たったか、その時は分からなかった。
周りの草木から流れ込んできた風にはジトッとした湿度をはらみ、ベタベタと肌に纏わりついてうざい……
────ただでさえさっきのスコールで体中ベチャベチャなのに……
背中の下げた腰まで届く甘栗色の三つ編みには水分がしみ込んでいて、絞ればコップ一杯くらいの水が絞れそうだな。
そう思うボクの肌を焼くようにして、照り付ける太陽は容赦なく日光を浴びせてくる。
さらにその日光で周りの草木から蒸発したスコールの水分でまさに蒸し風呂、サウナ状態だった。
乾ききってない軍服が風と一緒に体中に纏わりついて少し直したい気分だったが、今はそうはいかない。
例えここが本国から数千マイル離れた人のロクにいないジャングルとはいえ、下手な動きをすれば敵にバレてしまう恐れがあるからだ。
「いた、眼下11時の方角、工場入り口前」
匍匐状態で小さな山の頂上に陣取っていたボクは、三脚式のスポッティングスコープに映ったターゲットの位置を隣でスナイパーライフルを構えた父さん────じゃなくて、一等軍曹に伝える。
今日は本国からの極秘任務で危険人物の抹殺を命じられていたのだが、あくまで始末するのは隣の一等軍曹、ボクはそのサポートとして初めて一緒に組む任務だった。
「────見えた」
山と山の間を挟んで流れる川、その麓近くに建てられた大きな工場の入り口に立った、スーツを着てチョビ髭を蓄えた小太りな男に一等軍曹は、その海兵隊最強の異名でもあり、トレードマークでもある白い羽のついた帽子の下から鋭い眼光を覗かせ、ジャングル仕様に迷彩を施したレンミントンM700を構えていた。
昔このジャングルで本国が戦争していた時に活躍していたウィンチェスターM70に変わり、海兵隊に新しく支給された最強のボルトアクション式ライフルは、その圧倒的使いやすさに現在でも最前線を張る最高の銃だ。
それと、海兵隊最強と謳われる父さんの腕があればこの程度の狙撃を外すことは無いだろう。
でも仕事は仕事。それに、ずっと憧れだった父さんとの初任務。サボるなんてことしない。
だが────
「父さん、やっぱりあれって……」
「今は、父さんじゃないぞ二等軍曹、それに、相手が例え誰であろうと命令されたら迷わず撃つのが狙撃手だ。覚えておけ」
「す、すみませんでした……」
ターゲットに心当たりのあるボクは少し動揺したが、一等軍曹が静かに諭してきた言葉に我に返る。
────そうだ、仕事をしないと。
「距離1130m、風は11時の方角から1/4、左に2クリック、アングル下20度、調整なし」
「了解、二等軍曹」
スポッティングスコープでボクの伝えた情報に合わせて、一等軍曹はスコープのダイヤルをカチリ、カチリと動かした。
「現在の気温と湿度は?二等軍曹」
「気温33度、湿度は87度であります」
画面にべっとりと泥のついた腕時計の画面を指で擦ってから、表示された数値をボクが素早く伝えると、一等軍曹は銃口を微調整する。
スナイパーはただ照準に目標を合わせて撃てばいいものではない。
距離、温度、湿度、気温、風、塵、使用する弾丸、銃の種類などの他に、地球の自転などの複雑な条件を三角関数と合わせて計算。そのうえでさらに経験も合わせてターゲットに狙いを定める。
今時は魔術を併用し、発射時の威力、射距離、弾道を調整できる魔術弾というものもあるが、父さんはボクと違ってそんなものには頼らず、7.62×51㎜NATO弾を使用する、言わば職人だ。
「捕らえた……」
「いつでも」
「すうぅぅぅぅ……ふうぅぅぅぅ────」
一等軍曹が大きく深呼吸してからトリガーに指を掛ける。
呼吸と鼓動の狭間────スナイパーが一番狙いを定めやすいそのタイミングで人差し指を引き絞った瞬間────
バァァァァン!!
鳴り響いた銃声と共にジャングルに潜んでいた怪鳥が一斉に羽ばたいた────
「グァァ!!」
銃声のあとに聞こえてきた悲鳴はとても1㎞以上離れた人物のものとは思えないくらい大きく、右の耳元に生々しく聞こえてきた。
「と、父さんッ!?」
銃声の後に撃たれたのは隣にいた一等軍曹だった!?
肩に被弾したのか、ジャングルの斜面を雨水の混じった泥と一緒に鮮血が流れ落ちる。
思わず立ち上がってしまいそうになったボクはグッと堪え、一等軍曹に駆け寄る前に撃った敵を探した。
工場方面は隠れていた敵の兵士が銃声でわんさか現れ、適当にこちらに向かってアサルトライフルを乱射していた。
全員、敵がいることは分かってはいるが、場所までは把握してないといった感じだ。
────ということは撃ったのはこいつらじゃない?
その時ふと、ターゲットであるスーツを着た小太りの男の健全な姿がスポッティングスコープに映った瞬間────にやりと憎たらしい笑みをこちらに浮かべた。
バァァァァン!!
反対の山から小さくマズルフラッシュ────再びの銃弾が今度はボクに襲い掛かった!
「ッ!?」
ターゲットを視認した時の笑み、それを見たボクに生き物としての本能が「伏せろ」と告げていなければ今頃脳漿をぶちまけていただろう……
幸いぶちまけられたのは眼前にあったスポッティングスコープのみだった。
だが────
「川の向こうは中国じゃないのか!?それに、反対の山からここまで3㎞近く離れているに!?」
父さんを撃った正体────それに気づいたボクは毒づいた。
カウンタースナイプ、狙撃手を狩るための狙撃手。
本来スナイパーは動けないことを代わりに、長距離という理不尽を敵に押し付けることと、発見されにくいという圧倒的優位な状況で戦うことができるのだが、その対抗策として用いられるのが爆撃などの範囲攻撃とカウンタースナイプ。例え遠距離でも動けないということは格好の的であり、場所さえ把握できれば撃つのは簡単だが……それくらいボク達も警戒していた。しかし、その予測範囲を遥かに超える3㎞という距離からの狙撃は全く想定していなかった。
「お、俺を置いて逃げろ……アイリス……」
肩を抑えた父さんも敵の正体に気づいたのか、ボクに撤退を指示してきた。
「い、嫌だ!父さんも連れて行く!」
ボクが父さんに駆け寄って傷の具合を見た時に、思わず言葉を失った────
なんの弾が命中したのかは知らないが、右肩には大穴が開いて、血で真っ赤に染まっていた右腕は、引っ付いているのかいないのか分からない状態だった。
落ちていた帽子、それについていたトレードマークの白い羽に父さんの真っ赤な血がしみ込んでいく。
ワザとだ────
相手の狙撃手は頭ではなくワザと父さんの右肩を狙ったんだ……致命傷を与え、ボクが混乱している間に歩兵に距離を詰めさせようとして……
その時点で相手との差は歴然────勝てる相手ではない……
────それでも!
「よ……よせ……お前じゃ勝てない……」
レミントンM700の弾倉を抜いたボクに、父さんが痛々しい声でそう告げてきた。
「……うるさい……少し黙ってて……」
集中するボクの五感に激しく反応した父さんの言葉を、静かに遮った。
生まれて14年、初めて父さんに反抗したかもしれないな……
思春期を自覚したボクの頭は、父さんが横で撃たれたというのにも関わらず、恐ろしいくらい冷静だった。
慣れた手つきでマガジンの内部に、ポケットから取り出した黒い一発の魔術弾を押し込んで、装填。ボルトレバーを引く。
勝負はお守り代わりに持っていたこの一発……これを外したら勝ち目はない……
ボクのいる山の斜面の向こう側では、銃弾が草刈り機のようにジャングルを一掃していた。
さっきよりも精度が上がっているところから、おそらく前進してきているのだろう……時間も余り残ってないだろう……
冷静に、とにかく冷静になったボクの脳内で状況を素早く整理し、作戦をコンマ数秒で立てる。
「よし……」
一言そう言ったボクはバッと立ち上がろうとした瞬間────
バァァァァン!!
三発目の銃弾がさっきまで被っていたボクの帽子を後方に吹っ飛ばした。
ボクが囮代わりに木の棒一本で上げた帽子を。
「そこか……」
相手に撃たせたことでの位置を把握、間髪入れずに今度は本当にボクが顔を上げてレミントンM700を構えた。
ダァァァァン!!
バァァァァン!!
山と山の間で敵の銃弾とボクの黒い魔術弾の二つの銃弾がすれ違うように交差した────
ガシャァァァァン!!
「ッ!?」
持っていたレミントンM700のスコープは中央のガラスを弾け飛ばし、咄嗟に顔を背けたボクの頬を深々と抉った。
頭部の直撃は避けたはずだが、どうやら銃弾が顔の近くを掠めたことで脳震盪を起こしたらしい……
後ろ、敵とは反対側の山の斜面に倒れたボクの意識が遠のいていく。
結局、音と銃弾の角度のみで撃ったボクの銃弾が、父さんを撃った敵に当たったか、その時は分からなかった。
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