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揺れる二つの銀尾《ダブルパーソナリティー》
揺れる二つの銀尾《ダブルパーソナリティー》35
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正面に立つ薄い水色の髪の魔女娘にアタシはコルト・カスタムを放つ。
貴重な情報源として殺せないので、負傷させるために狙った右肩の一発は。
────キーンッ!
甲高い音とともに弾かれた。
「……ッ!?」
よく見ると、アルシェと名乗った少女の持つ杖の先端が眩く青白い光を放ち、その前に正方形の大きな氷の壁が展開されていた。
.45ACP弾はその氷の壁を軽く傷つけただけだった。
「アイスシールド展開」
アタシよりも幼い子供のような声で短くそう言ったアルシェは、右手に持っていた白いケースを後方に投げ捨ててから、右の手の平に円錐状の氷のツララを作り出した。
「アイススピアッ!」
アルシェが右手を前に突き出した瞬間、銃弾を貫通させなかった壁をすり抜けて、氷のツララが数本飛来してきた。
「……クッ!」
アタシはそれを側方受け身で避ける。飛来した氷のツララがまるでゼリーにでも突き刺したように、アタシが立っていたアスファルトの地面に深々と突き刺さった。
思ってたよりも威力が高い────!
アタシは態勢を立て直しつつコルト・カスタムで反撃するが。
「無駄だよ」
アルシェは逃げるそぶりを一切見せずにその氷の壁で.45ACP弾を受ける。
両肩両太腿を狙った銃弾はその半透明な壁を軽く傷つける程度で全て弾かれてしまう。
純度の高い氷の壁の向こうでアルシェが小さく頬を緩ませるのが見えた。
「魔術の盾というわけ……?」
スライドオープンしたコルト・カスタムをリロードしつつ、顔を顰めてボソリと呟いた。
「えぇ、そうよ。この盾をそんな科学のチープな玩具で破ることはできないわ……」
アルシェはアタシよりも無い貧相な胸を張りながら自慢げにそう答えた。
────厄介ね……
アタシは心の中で舌打ちした。
魔女のような見た目と、マーリンの加護を授かっているというだけあって、やはりアルシェは魔術の扱いに長けているらしい。
正直アタシは魔術に精通した相手が苦手。
科学の武器、銃や刃物はその攻撃を予測できるけど、魔術は変幻自在に変化するため予測することができない。
現に今のアルシェの放った氷の攻撃も、躱せたのは偶然……今まで培ってきた戦闘経験からの直感が働いたおかげだった。
「本当にそうか試してあげるわッ……!」
アタシは銃をしまってから背中に両手を伸ばし、装備していたグングニルを片槍ずつ握り、左右から水平に放り投げた。
「ツインスピニングスラッシュ!」
二つのグングニルは高速で回転しながらブーメランのようにアルシェに襲い掛かる。
正面のみを守るアイスシールドを躱すように飛んできた槍を、アルシェは着ていた紫のフリルスカートをふんわりと浮かばせながら後方に大きくバックステップした。
────平面がダメなら立体的に……!
飛んだアルシェの足元、杖について行くようにして動いた氷の壁の下を狙ってアタシはコルト・カスタムを放つ。
.45ACP弾がアスファルトの地面をぶつかり、氷の壁の下で角度を変えてアルシェの足に襲いかかった。
「……ッ!?」
髪色と同じ薄い水色の幼い瞳が魔女帽子の下で見開かれる。
銃弾がアルシェの靴底をかすめて後方に飛んでいった。
以前フォルテが新宿のヤクザ狩りの時に敵の手榴弾を撃ち落としたのを真似た跳弾撃ちだ。
見よう見まねでやったせいで精度が悪かったみたいだけど……
「へぇ~やるじゃない……」
アルシェは強気な姿勢を崩さずにそう答えた。
どうやらこの前のケンブリッジ大学の時の女と違って身体への物理攻撃は通じるらしい。
「アンタ、魔術には長けていても戦闘には慣れていないようね?」
帰ってきた二つのグングニルをキャッチしてアタシは背中に戻した。
「言ってくれるじゃないッ……!こっちが手加減してやっているとも知らずに……!」
煽り耐性が低いのか、アルシェは魔女帽子のつばの下に瞳を隠し、肩と一緒に声を震わせてそう言った。
「良いわよ……そこまで言うなら見せてあげるわ、私の魔術……」
子供のような見た目とは裏腹に威圧感のある声でそう呟いたアルシェが杖を正面に構えて何かの呪文を呟きだした。
魔力を高めているのか、氷の壁の向こうでアルシェの薄い水色の髪がふさぁ……と浮き上がり、着ていた紫のドレスがバサバサと揺れた。
「……ッ!」
風が吹いている訳では無い、アルシェから溢れ出た強力な魔力に周囲の大気が反応しているんだ。
何度か魔術師とは戦ったことがあったが、ここまで変化が目に見えるほど強大な魔力を有する人物を見るのは初めてだった。
「くらえ……私の詠唱魔法……ブルーム────!」
その時だった────!
ブゥゥゥゥゥゥゥン!!
アルシェが詠唱していた最中に、アタシの数十m後方からけたたましいエンジン音を響かせてクリーム色のオープンカー、キャデラックが、明らかに速度違反なスピードで突っ込んできた。
「クッ!?」
アタシは間一髪で突っ込んできたキャデラックを躱し、道路の脇に止めてあったSUVの裏へと逃げた。
キャデラックはそのままハンドルを切って車体をアスファルトの地面に滑らせ、高いブレーキ音とゴムの焼ける臭いを漂わせながら、詠唱中だったアルシェの真横に止まった。
「ちょっと……いま良いところなんだけど?」
仲間なのか、アルシェはやや不機嫌気味にそう呟く声が聞こえてきた。
誰も乗っていないSUVの裏からアタシが様子を伺っていると、聞き間違うはずのないあの声がアタシの耳に響いた。
「予定が変わった……ターゲットは諦めてブツを回収するぞ……」
運転手の人物、ショートボブの黒髪の先を外側にはねた、黒いドレスの東洋人。間違いない……ケンブリッジ大学の時の主犯の東洋人の女だッ!
「ッ!!」
バンッ!!バンッ!!
アタシが車体から顔を出して銃を撃とうとした瞬間、東洋人の黒髪女は運転席からこちらに向かって発砲した。
アメリカ製のSUVの裏に隠れていたおかげで銃弾が貫通することは無かったが、これでは頭を上げることができない……
数的不利に場所の不利、そのせいで妹に危害を加えた奴がすぐ近くにいるのにも関わらず、攻撃できない歯がゆさにアタシは唇を噛む。
「行くぞ、道を作れ……」
「全く……アンタがもう少し時間を稼げれば、あの子を篭絡できそうだったのに、随分と上から目線ね?」
「うるさい、無駄口は後にしろ……それに、お前の力で私が来る時間は予測できたはずじゃないのか?」
「あーはいはいはいはい、分かりました分かりました。私の能力が悪かったですね」
仲間同士でもあまり仲がよろしくないのか、二人はケンカ腰にそうやり取りしながらバタンッ!と車の扉を閉めてからエンジン音を響かせた。
「……ま、待てッ!!」
アタシはSUVのボンネットを腕を乗せながら、逃げようとしていたキャデラックのタイヤを撃ったが、防弾性らしく貫通しない。
────ゴロンッ!
「……ッ!?」
黒髪女が何かをSUVの前に放り投げた。
それは、あの時と同じものだとアタシは直感で感じてすぐにSUVの裏から走って逃げた。
バァァァァァァン!!
「きゃッ……!!」
激しい爆発音と共にSUVが火柱を上げて宙を舞った。
爆風で吹き飛ばされて軽く地面を転がる。
鼓膜が刺激され、キーンッとして耳鳴りを起こし、平衡感覚が狂う。
ケンブリッジ大学の時にフォルテがくらった手榴弾による爆発だ。
────アイツ……またやったわね……
すぐに避けたおかげで軽症で済んだアタシはヨレヨレと立ち上がって後方を見る。そこにはもうキャデラックの姿は無かった……いや、よく見ると道路の端に車一台が通れるほどの氷の道ができていた。
千鳥足になりながらそれを確認すると、氷の道は下のハイウェイに伸びていて、その先を黒髪女とアルシェの乗ったクリーム色のキャデラックが走っていた。
「最悪だわッ……!」
そう呟いてアタシは敵を逃したこと、そして再び神器を奪われた悔しさから、横にあった氷の道をグーで叩いた。
五月のアメリカの暑い日差しの中、じんわり伝わってくる冷たい感触。だがその氷がアタシのこの熱くなった感情を冷やしてくれることは無かった。
貴重な情報源として殺せないので、負傷させるために狙った右肩の一発は。
────キーンッ!
甲高い音とともに弾かれた。
「……ッ!?」
よく見ると、アルシェと名乗った少女の持つ杖の先端が眩く青白い光を放ち、その前に正方形の大きな氷の壁が展開されていた。
.45ACP弾はその氷の壁を軽く傷つけただけだった。
「アイスシールド展開」
アタシよりも幼い子供のような声で短くそう言ったアルシェは、右手に持っていた白いケースを後方に投げ捨ててから、右の手の平に円錐状の氷のツララを作り出した。
「アイススピアッ!」
アルシェが右手を前に突き出した瞬間、銃弾を貫通させなかった壁をすり抜けて、氷のツララが数本飛来してきた。
「……クッ!」
アタシはそれを側方受け身で避ける。飛来した氷のツララがまるでゼリーにでも突き刺したように、アタシが立っていたアスファルトの地面に深々と突き刺さった。
思ってたよりも威力が高い────!
アタシは態勢を立て直しつつコルト・カスタムで反撃するが。
「無駄だよ」
アルシェは逃げるそぶりを一切見せずにその氷の壁で.45ACP弾を受ける。
両肩両太腿を狙った銃弾はその半透明な壁を軽く傷つける程度で全て弾かれてしまう。
純度の高い氷の壁の向こうでアルシェが小さく頬を緩ませるのが見えた。
「魔術の盾というわけ……?」
スライドオープンしたコルト・カスタムをリロードしつつ、顔を顰めてボソリと呟いた。
「えぇ、そうよ。この盾をそんな科学のチープな玩具で破ることはできないわ……」
アルシェはアタシよりも無い貧相な胸を張りながら自慢げにそう答えた。
────厄介ね……
アタシは心の中で舌打ちした。
魔女のような見た目と、マーリンの加護を授かっているというだけあって、やはりアルシェは魔術の扱いに長けているらしい。
正直アタシは魔術に精通した相手が苦手。
科学の武器、銃や刃物はその攻撃を予測できるけど、魔術は変幻自在に変化するため予測することができない。
現に今のアルシェの放った氷の攻撃も、躱せたのは偶然……今まで培ってきた戦闘経験からの直感が働いたおかげだった。
「本当にそうか試してあげるわッ……!」
アタシは銃をしまってから背中に両手を伸ばし、装備していたグングニルを片槍ずつ握り、左右から水平に放り投げた。
「ツインスピニングスラッシュ!」
二つのグングニルは高速で回転しながらブーメランのようにアルシェに襲い掛かる。
正面のみを守るアイスシールドを躱すように飛んできた槍を、アルシェは着ていた紫のフリルスカートをふんわりと浮かばせながら後方に大きくバックステップした。
────平面がダメなら立体的に……!
飛んだアルシェの足元、杖について行くようにして動いた氷の壁の下を狙ってアタシはコルト・カスタムを放つ。
.45ACP弾がアスファルトの地面をぶつかり、氷の壁の下で角度を変えてアルシェの足に襲いかかった。
「……ッ!?」
髪色と同じ薄い水色の幼い瞳が魔女帽子の下で見開かれる。
銃弾がアルシェの靴底をかすめて後方に飛んでいった。
以前フォルテが新宿のヤクザ狩りの時に敵の手榴弾を撃ち落としたのを真似た跳弾撃ちだ。
見よう見まねでやったせいで精度が悪かったみたいだけど……
「へぇ~やるじゃない……」
アルシェは強気な姿勢を崩さずにそう答えた。
どうやらこの前のケンブリッジ大学の時の女と違って身体への物理攻撃は通じるらしい。
「アンタ、魔術には長けていても戦闘には慣れていないようね?」
帰ってきた二つのグングニルをキャッチしてアタシは背中に戻した。
「言ってくれるじゃないッ……!こっちが手加減してやっているとも知らずに……!」
煽り耐性が低いのか、アルシェは魔女帽子のつばの下に瞳を隠し、肩と一緒に声を震わせてそう言った。
「良いわよ……そこまで言うなら見せてあげるわ、私の魔術……」
子供のような見た目とは裏腹に威圧感のある声でそう呟いたアルシェが杖を正面に構えて何かの呪文を呟きだした。
魔力を高めているのか、氷の壁の向こうでアルシェの薄い水色の髪がふさぁ……と浮き上がり、着ていた紫のドレスがバサバサと揺れた。
「……ッ!」
風が吹いている訳では無い、アルシェから溢れ出た強力な魔力に周囲の大気が反応しているんだ。
何度か魔術師とは戦ったことがあったが、ここまで変化が目に見えるほど強大な魔力を有する人物を見るのは初めてだった。
「くらえ……私の詠唱魔法……ブルーム────!」
その時だった────!
ブゥゥゥゥゥゥゥン!!
アルシェが詠唱していた最中に、アタシの数十m後方からけたたましいエンジン音を響かせてクリーム色のオープンカー、キャデラックが、明らかに速度違反なスピードで突っ込んできた。
「クッ!?」
アタシは間一髪で突っ込んできたキャデラックを躱し、道路の脇に止めてあったSUVの裏へと逃げた。
キャデラックはそのままハンドルを切って車体をアスファルトの地面に滑らせ、高いブレーキ音とゴムの焼ける臭いを漂わせながら、詠唱中だったアルシェの真横に止まった。
「ちょっと……いま良いところなんだけど?」
仲間なのか、アルシェはやや不機嫌気味にそう呟く声が聞こえてきた。
誰も乗っていないSUVの裏からアタシが様子を伺っていると、聞き間違うはずのないあの声がアタシの耳に響いた。
「予定が変わった……ターゲットは諦めてブツを回収するぞ……」
運転手の人物、ショートボブの黒髪の先を外側にはねた、黒いドレスの東洋人。間違いない……ケンブリッジ大学の時の主犯の東洋人の女だッ!
「ッ!!」
バンッ!!バンッ!!
アタシが車体から顔を出して銃を撃とうとした瞬間、東洋人の黒髪女は運転席からこちらに向かって発砲した。
アメリカ製のSUVの裏に隠れていたおかげで銃弾が貫通することは無かったが、これでは頭を上げることができない……
数的不利に場所の不利、そのせいで妹に危害を加えた奴がすぐ近くにいるのにも関わらず、攻撃できない歯がゆさにアタシは唇を噛む。
「行くぞ、道を作れ……」
「全く……アンタがもう少し時間を稼げれば、あの子を篭絡できそうだったのに、随分と上から目線ね?」
「うるさい、無駄口は後にしろ……それに、お前の力で私が来る時間は予測できたはずじゃないのか?」
「あーはいはいはいはい、分かりました分かりました。私の能力が悪かったですね」
仲間同士でもあまり仲がよろしくないのか、二人はケンカ腰にそうやり取りしながらバタンッ!と車の扉を閉めてからエンジン音を響かせた。
「……ま、待てッ!!」
アタシはSUVのボンネットを腕を乗せながら、逃げようとしていたキャデラックのタイヤを撃ったが、防弾性らしく貫通しない。
────ゴロンッ!
「……ッ!?」
黒髪女が何かをSUVの前に放り投げた。
それは、あの時と同じものだとアタシは直感で感じてすぐにSUVの裏から走って逃げた。
バァァァァァァン!!
「きゃッ……!!」
激しい爆発音と共にSUVが火柱を上げて宙を舞った。
爆風で吹き飛ばされて軽く地面を転がる。
鼓膜が刺激され、キーンッとして耳鳴りを起こし、平衡感覚が狂う。
ケンブリッジ大学の時にフォルテがくらった手榴弾による爆発だ。
────アイツ……またやったわね……
すぐに避けたおかげで軽症で済んだアタシはヨレヨレと立ち上がって後方を見る。そこにはもうキャデラックの姿は無かった……いや、よく見ると道路の端に車一台が通れるほどの氷の道ができていた。
千鳥足になりながらそれを確認すると、氷の道は下のハイウェイに伸びていて、その先を黒髪女とアルシェの乗ったクリーム色のキャデラックが走っていた。
「最悪だわッ……!」
そう呟いてアタシは敵を逃したこと、そして再び神器を奪われた悔しさから、横にあった氷の道をグーで叩いた。
五月のアメリカの暑い日差しの中、じんわり伝わってくる冷たい感触。だがその氷がアタシのこの熱くなった感情を冷やしてくれることは無かった。
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