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揺れる二つの銀尾《ダブルパーソナリティー》

揺れる二つの銀尾《ダブルパーソナリティー》30

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「どいてくれッ!!」
 人混みをかき分けながら俺は歩道を駆け抜けていく。
 歩道横の道路には、ミサイル警報の混乱によりできた車の大渋滞が道の先まで続いていて、動けないことに対して激しいクラクションがあちこちで鳴り響く中、俺よりも数十メートル先をCIAの職員の三十代くらいの若い男性、コードネーム牧師パスターが白い箱を抱えたまま逃走していた。
 牧師パスターは俺がまだS.Tセブントリガーにいた時、仕事で何度か顔を合わせたことがある人物で、CIAの職員のほとんど知らない俺が知る数少ない人物の一人だった。
 茶髪の短い髪に顎髭を蓄えた穏やかな顔つきのその白人は、好戦的な人物の多いCIA職員の中では比較的温厚な性格で、正に牧師パスターというコードネームに相応しい人物だった。
 その誰にも好かれる人柄と、職員の中では割と古株ということもあって組織からも信頼の厚い彼が今は別人と化していた。
「どけッ!!」
 牧師パスターは女子供関係なしに道行く通行人を跳ね飛ばしながら、L'Enfantランファン Plazaプラザ Stationの線路横にある道路脇の歩道を東、大西洋方面に向かって走っていく。
「きゃッ!?」
 牧師パスターに押し飛ばされた若いブロンドの女性が短い悲鳴を上げ地面に倒れる。
 まるで悪魔にでも取りつかれたかのような血相で走る姿は、彼を知る者にとってはとても信じがたい姿だった。
 俺は地面に倒れた若いブロンドの女性に近づいて身体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ……」
 ただでさえミサイル警報で街全体が混乱しているというのに、それに加えて牧師パスターに突き飛ばされたことでかなり困惑した表情をしながらそのブロンドの女性は答えた。
「クッ……!」
 人助けで止まっている間にも牧師パスターは一歩も止まらずに走っていく姿を見た俺は悪態をついた。
 今持っている俺の装備はHK45ハンドガンと数本のマガジン、あとは腰に装備した小太刀、村正改だけだ。
 本当だったら今すぐにでも左のレッグホルスターから銃を抜いて動きを止めたいのだが、周りに一般人が多すぎるせいで誤射の可能性が高く、撃つことができずにいた。
 そのため走って追いかけているのだが、牧師パスターが道行く人を乱しながら逃げるせいでなかなか追いつくことができない。
 寧ろだんだん差が開いてるんじゃないか……?
 そう感じながらも俺は再び走り出し、思考を巡らせる。
 牧師パスター何処に向かって逃げているんだ────?
 そもそも何故裏切ったりしたのか────?
 正直、数年前から牧師パスターを知っている俺は、彼が簡単に裏切るような人物だと思っていない。
 まさか、一か月前のケンブリッジ大学の時のようにヨルムンガンドに操られているのか……?
 そうだとしたらマズイ────
 その仮定が正しいとしたら、ここで逃してしまうとヨルムンガンドにあの雷神トールの神器、ヤールングレイプルが奪われてしまうことになる。
 どうやって回収するのかは分からないが、とにかく急いで捕まえないと────
 そう思った俺は走りながら右眼に意識を集中させ、魔眼、悪魔の紅い瞳レッドデーモンアイを発動させる。
 紅く染まった瞳によって3倍に身体能力を上げた俺は、歩道から車で渋滞する道路に向かって跳躍した。
 ガゴンッ────!
 俺は道路上で停車していたタクシー会社イエローキャブの黄色いプジョー505フランス自動車の上に着地し、そのまま渋滞を利用して車から車に飛び移りながら前に進んでいく。
 これなら歩道の一般人をかき分ける必要が無く、前を走る牧師パスターよりも速く移動することができる。
 まあ当然これは違法なので、踏み越えていった車のドライバーが窓を開けたり、扉を開けて出てきたりしながら俺に向かって罵声やらクラクションを浴びせてくるが、今は非常事態なので仕方ない。副次的な被害コラテラルダメージということで心の中で謝罪しておこう……
 そんなことを考えているうちに俺はようやく牧師パスターの少し後方の辺りにまで近づいた。
「止まれ牧師パスターッ!!」
 俺が車から車に飛び移りながらそう叫ぶが牧師パスターは止まらない。
 まるで、俺の声など全く聞こえてないかのようにこちらの声には反応せず、そのまま歩道を駆け抜けていく。
 なら────!
「ッ!!」
 俺は足に力を入れて再び跳躍した。
 人が道路から飛んできたということで、歩道の人混みが慌てて輪のように避けた中心に俺は着地する。
 丁度、牧師パスターの行く手を阻むような位置だ。
牧師パスターッ!」
 俺は呼びかけながら、銃が使えないかわりに右手で腰の村正改を抜いて逆手持ちで構える。
 するとそれを見た牧師パスターは俺から5m位の位置でピタッと止まり、左腕で白いケースを抱えたまま、右手をスーツの胸元へと忍び込ませた。
 チャキッ────!
 あろうことか、ショルダーホルスターから一丁の黒光りするハンドガンを取り出してこちらに向けた。
 嘘だろッ!?
 俺の後ろには多くの一般人が居るというのに牧師パスター減音器サプレッサー付のM9ベレッタM92Fをこちらに向けて何の躊躇もなく無造作に発砲した。
 ────クソッ!!
 ツュン────ツュン────ツュン────と空気を裂くように放たれた三発の9㎜パラベラム弾を前に、俺は逃げずに一発目を義手で、二発目を小太刀で、三発目は右足の脛で銃弾を受け止めた。
「うぐッ……!!」
 右足の脛の痛みに喘ぐ俺の前に、潰れた9㎜パラベラム弾がパラパラと音を立てて地面に落ちていった。
 .45ACP弾のようにバットで殴られるような痛みではなかったが、例え9㎜パラベラム弾という比較的軽い銃弾とはいえその威力は強力だ。
 防弾性の服を着ているおかげで貫通こそしなかったが、固い木の棒で突かれたような鋭い衝撃に一瞬態勢がぐらりと傾いた俺の周りで、その異変に気付いた通行人が悲鳴を上げ、蜘蛛の子散らすようにその場から逃げ出した。
 車のクラクションから人の悲鳴が飛び交う中、俺は自分の後方に血を流している人物がいないことを確認する。
 良かった……どうやら誰にも銃弾は当たってないらしい。
 そんな俺を他所に牧師パスターM9ベレッタM92Fをショルダーホルスターにしまってから、入り乱れる通行人を盾にしながら道路の方に駆け出し車を踏み台に跳躍、歩道とは反対側にある人の背丈の二倍程ある石垣をよじ登っていく。
 どうやら、L'Enfantランファン Plazaプラザ Stationの線路の方に逃げようとしているらしい。
「ッ!」
 石垣をボルダリングのようにして登っている牧師パスターに向かって銃を構えたが、周りで混乱した一般人が歩道で立ち止まっている俺に四方からぶつかってくるせいで狙いが定まらない……!
 まるで洗濯機の中にでも放り込まれたような感じだ。
 狙いだ定められない間に石垣を登り終えた牧師パスターがその上の小さな鉄柵を飛び越えていく。
「チッ!」
 バンッ!!バンッ!!バンッ!!
 舌打ち混じりに牧師パスターではなく、空中に向けてHK45を発砲すると周りの通行人が悲鳴を上げて俺から離れてくれたので、さっきと同じように魔眼で強化した身体能力を生かして跳躍し、三段跳びのように道路の車を踏み越えてさらに空中を舞い、石垣の最上段に両手を掛ける。伸ばした両腕に力を入れ、懸垂の要領で石垣の上によじ登り、鉄柵の向こう側、三本の線路の並んだ道の真ん中を牧師パスターが走っているのが見えた。
 いたッ!
 俺がそう思って鉄柵を軽く飛び越えた瞬間────全身を殴られたような衝撃が走った。
「ッッ!?」
 唐突なその衝撃に驚いた俺は数歩後じさった。
 というのもここは線路。当たり前だが、その上を走る電車が俺のすぐ目の前ギリギリを牧師パスターとの間に割って入るようにして走ってきたのだ。
 銃弾の痛みで鈍った感覚や、周りの怒号や悲鳴のせいで近くに接近していたことに気づいていなかった。
 幸い直接激突こそしなかったが、それでも数センチ身体の横を通り過ぎていった電車の風圧は凄まじく、一瞬ホントに激突したかと思ったぜ……
 しかし、これではまた牧師パスターに距離を離されてしまう────!
 焦れた気持ちの中、俺は焦っても仕方ないと開き直ってから、一か八か走る電車の向こう側にいる牧師パスターに向けてHK45を構えた。
 大して長さのない小さな電車のはずなのに、目の前を通り過ぎる時間がいつもよりも長く、恐ろしく長く感じる。
 その永遠のように感じる時間の中で、俺は深呼吸しながら狙いを定める。
 体感数十分、実際は数秒だろうけど……ようやく電車が通り過ぎ、その向こう側に鉄柵をよじ登っている牧師パスターが見えた────!
 バンッ!!
 狙い定めた一発は、三本の線路の上を走り、鉄柵の間をすり抜け、鉄柵から飛び降りていた牧師パスターの防弾スーツからはみ出した右足首に見事に炸裂し、鮮血が空中に飛び散って銀色の鉄柵を赤く染める。
 そのまま牧師パスターは鉄柵の向こう側、さっき登った方とは反対側の石垣の下に落下していった。
 数十メートル離れた鉄柵の間に一瞬だけ姿を見せたターゲットを撃ち抜いた俺は特に感想を述べることなく、「ふぅ……」と一度ため息をついてから銃を左のレッグホルスターにしまい、今度はしっかり電車が来てないことを確認してから線路を小走りで駆けていった。
 鉄柵を飛び越えて石垣の下を見ると、歩道にうずくまる血まみれの牧師パスターが数人の通行人に囲まれていた。
 生きてはいるみたいだが、2m近い石垣から落下し、頭を打って気絶しているようだ。
 俺は牧師パスターのすぐ横に飛び降りてから傷の具合を見つつ、近くに彼が抱えていた白いケースを見つけてそれを引き寄せると────
「ん……?」
 それほど大きくないはずのケースがやけに重いと違和感を感じた。
 何か嫌な予感がした俺は治療の手を止め、ケースの留め具をパチンッ!と外してから恐る恐る開けるとそこには────
「ば、爆弾ッ!?」
 ノートパソコン程のサイズの白いケースの中にありったけのC4爆薬とご丁寧にタイマーまでついた時限式爆弾がそこには入っていた。もちろん神器は何処にも入っていない。
 軽く見積もっても戦車を吹っ飛ばせるくらいの爆薬が詰め込まれたケースというだけでもヤバいのだが、なによりそれに付いていたタイマーを見て俺は愕然とした。
 あと30秒しかない────!
 一応爆弾解除をやろうと思えばできなくもないが、たった30秒ではお話にならない。
 液体窒素、またはそれに匹敵するくらいの水、または氷の魔術を持つ人間がいればタイマーを止めることもできなくもないが、そんな都合のいい物や人物が近くにいるわけがない……
 かくなる上は、何処か人のいないところにでも俺が運んで────
「うぁああああ!!」
 爆弾を前に一瞬考え込んでしまった俺の横から、奇声を上げて牧師パスターがゾンビのように再び立ち上がり、俺の動きを封じるように両腕両足で抱え込まれてしまう。
「しまッ!?」
 そのままうつ伏せの状態で地面にねじ伏せられた俺は、その上から覆いかぶさるようにして牧師パスターが身体を絡ませてくる。
 その時、俺は牧師パスターの目的にそこで初めて気づいた。
 コイツは神器を運搬していたわけでも、囮なんかでもない、初めから俺を殺すために行動していたんだ……!
 顔を上げた先、俺の眼前でピッ!ピッ!ピッ!と無感情な電子音が規則的に鳴り響き、死へのカウントダウンを始める。
 爆発まで残り25秒。
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