SEVEN TRIGGER

匿名BB

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揺れる二つの銀尾《ダブルパーソナリティー》

揺れる二つの銀尾《ダブルパーソナリティー》10

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 激しい銃撃音と共に吐き出された5.56×45㎜ NATO弾が白いプラスチック製のトイレの個室扉を穴だらけにしていく。
 水平方向を交互にアサルトライフルを動かし、一番奥の個室内に20発の銃弾が無造作に叩き込んだところでようやく弾切れた。
 FBI捜査官は素早く空になった弾倉マガジンを地面に落としてから、新しい弾倉マガジンに交換してスコープ後ろのチャージングハンドルを引っ張った。
 チャキンッ!と小気味いい音を響かせ、そのリロードし終えた銃を右手に、左手でボロボロになったトイレの個室扉をバッと開けはなってから内部に向かって男は銃を向ける。
「ッ!……いない……!?」
 そこにあったのは人の死体ではなく粉々になった白い洋式便器だけだった。
「クソッ!ここじゃなかったかッ!」
 FBI捜査官は中に誰もいないことに毒づきながら駆け足で女子トイレをあとにした。

「……行ったみたいね……?」
「ああ、おかげでやり合わずに済んだな……」
 そう言い合ってから、アタシ達は
 途端トイレの個室同士を仕切る壁の上の何もない空間から、アタシ達の姿が胸の辺りから広がるようにして徐々に浮かび上がっていく。まるで乾いた布に垂らした水が生地全体に広がっていくかのようにして、アタシは6個目と7個目、フォルテは8個目と9個目のトイレを仕切る壁の上にそれぞれ姿を現してから互いに床に飛び降りた。 
「今時のアメリカ人は一般人がを着る趣味でも流行っているの?」
 アタシが訝し気な表情で着させられた、全身を包み込むような深緑色のポンチョのフードを外しつつ、自分の姿を交互に首を捻って確かめながらフォルテに問いかける。
「まさか、流石にそこまでアメリカも進んでないよ」
 フォルテは肩を竦めてそう答える。
 まあ当然のことだ。各国の軍で電磁ステルスやメタマテリアルとも呼ばれる光学迷彩の技術はまだ試作段階のレベルで止まっているはず……その完成形に近いものがこんなところに落ちているはずがない。
 一番奥のトイレの個室に二人で入ったあと、フォルテが便座の横に紙袋のようなものを発見して中身を広げてみると、そこに入っていたのは丁度今着ているこの深緑色のポンチョ二着だった。フォルテは「これを今すぐ着てこのスイッチを押せ」とそれをアタシに押し付けてから急いで着替え始めた。最初アタシはその意味が理解できなかったのだが、フォルテが光学迷彩を起動して姿が見えなくなったことに思わず声が出てしまいそうになるのを抑えながら、同じように急いで着替えてトイレの個室から出た。トイレの仕切りの上からFBI捜査官が個室をクリアリングしている姿を見るのは心臓に悪く、時折自分の姿がホントに見えてないか心配だったけど、なんとか銃弾で怪我することもなく、敵とも交戦せずにやり過ごせるという最良の結果を残すことできた。
「そうじゃないならこれは何なのよ?」
「それよりも追手が返ってくる前に早く逃げよう。詳しい話は逃げながら話すから」
「……分かった。とにかくあとでちゃんと説明しなさいよ?それで逃走ルートと、あと持ってきた荷物はどうするのよ?」
「ルートについてはいま情報が手に入ったからこの通りに逃げれば大丈夫だ、荷物についても心配するな、もうすでに回収してくれているらしい」
 そう言ってフォルテは小さな紙きれをピラピラと動かした。
 さっきの紙袋の中にでも入っていたのだろうか?それにあっちで回収?
 そのことについてアタシが聞こうとしたところで、フォルテが光学迷彩を起動してから女子トイレを出ようとしたので、同じようにアタシも起動させてあとに続こうとしたところでフォルテが何故か振り返った。
「セイナ、光学迷彩を使用するときの注意点を言い忘れてたんだけど……」
「なによ?」
「左の鏡で今の自分を見てみな?」
 どういうこと…?
 アタシは怪訝顔をしつつ言われた通り左の洗面台の大きな鏡に映った自分の姿を見た。
「ヒッ!?」
 再び大声を出しそうになった自分の口を両手で抑え、何とか声が出るのだけは防ぐことができた。
 そこに映っていたのは、フードを取ったせいで唯一隠れていなかったアタシの頭部だけが宙に浮かぶ加工無しのホラー映像だった。


「これがそうかな?」
 フォルテが紙きれと交互に見比べるようにして駐車場に止めてあった車を見た。
「他にそれらしい車は無いし、それにこの車、車体やガラス、タイヤまでもが全て防弾使用のようだからこれで間違いないでしょう」
 アタシは素材を確かめるよう止めてあったアメ車、黒色カラーブラックのキャデラックCTS-Vセダンをコンコンと軽くノックするように叩いた。
 地下のエアロトレイン駅で何とかFBIをやり過ごしたアタシ達は、光学迷彩を頼りに空港から抜け出し、周辺の敷かれた警察の包囲網を潜り抜けてから西南3㎞程離れたDullesダレスCornerコーナ―Baseball野球Fieldに隣接されている大型駐車場まで逃げてきた。
 というのもここに逃走用の車が用意してあるということがフォルテの持つメモに書いてあるらしく、二人で手分けして探すこと数分、ナンバーや見た目の特徴が一致する車がこのセダンだったのだ。
「とにかく早く乗りましょう。熱さで気が狂いそうだわ……」
 アメリカの五月は最近過ごしていた日本よりも少し熱い。しかも今日は雲一つない快晴により気温も30度近くある中を、私服の上にポンチョをさらに羽織って歩いたせいで体中が汗ばんで気持ち悪かった。
 イギリスの五月ならまだ20度もいかないというのに……
 だから早く車に乗りたいと思ったアタシが扉を開けようとしたが────
「あれ?でもこれ鍵が掛かっているわね……」
「おかしいな……確かにこれで合ってるはず────」
 ガチャッ!
「「ッ!」」
 突然扉が開いた。
 別に何か特別なことは二人ともしてないのに、まるで誰かが遠隔操作で開けたかのように勝手にロックが解除されてアタシ達は少し戸惑いを見せたが。
「ま、間違っては無かったようだな……とりあえずこれで目的地まで向かおう」
「え、ええ……」
 少し怪奇現象のようなその出来事に歯切れ悪くそう返事したアタシ達は、フォルテが運転席、アタシが助手席に乗って扉を閉めた。
「乗ったはいいけどどうやってエンジン────」
 ブゥゥゥゥン!!
 呟くフォルテに合わせて勝手にエンジンも掛ったことにアタシ達はゆっくりと互いに顔を見合わせた。
「流石に運転まではやってくれないよな……?」
 苦笑しながら肩を竦めたフォルテはそう呟いた。


「で?そろそろ教えなさいよ、この光学迷彩や用意してあったこの車のことを」
「あぁ、そうだったな」
 流石に運転は手動でやらなければならないらしく、目的地であるワシントンD.C.に向かうためにバージニア州のハイウェイを運転していたフォルテはこっちを見ずに答えた。
「このポンチョは俺がまだS.Tセブントリガーにいた時に使っていた光学迷彩「Invisibleインビジブル Camouflageカモフラージュ coatコート」通称ICコートって呼んでる装備だ」
「アメリカ軍の科学はすでにそこまでの技術が進んでいるのね……でも納得したわ、それでアンタはこれをいかにも知っているかのような口調で装備の説明ができたわけね……でもどうしてそんな超機密装備があんな所に置いてあったのよ?」
「どうやら騒ぎを起こした俺達のことを知ったトリガー3が、あそこに俺達が向かうことを予測して置いといてくれたらしい……」
「そんなウソでしょ?」
 アタシはフォルテの話しを聞いて思わず半笑いで肩を竦めた。
「じゃあこれを見て見ろ」
 そう言ってこちらを見ずに差し出してきたのは、さっきフォルテが熟読していた紙袋に入っていた小さな紙きれだった。アタシはそれを受け取って中身を読むとそこには大量の情報が箇条書きされていた。逃走経路やそれにかかる時間、FBIの人数や配置や装備、逃走用の車両についてなどなどアタシ達にとって有益な情報がびっしりと書き込まれていた。その中にはアタシ達の持ってきていた荷物についても触れられていて、二つのキャリーケースは回収済とだけ書かれていた。
 そしてその紙の一番下には────
S・Tセブントリガー TRIGGER3トリガー3より……そんな……ありえない……!?」
 いくら何でも無理があるというか、それはもう予測ではなく予言に近い。
「信じられないだろ?だけどアイツはこの程度のことなら軽々とやってのけるくらい頭が回る天才なんだ……そして、一癖も二癖もあるS・Tセブントリガーの部下の中でもトリガ―3は一位二位を争うくらいの癖のある奴だ。むかし俺も、アイツの考えを読むのに苦労した……正直今でも正しく理解できているか自信が無いんだけどな……」
「そうなんだ……」
 驚愕の表情を浮かべるアタシにフォルテは静かにそう語った。
 口では癖が強く大変だったとは言っているものの、その表情からはフォルテがそのトリガー3とやらを「信頼」していることがアタシにはよく分かった。
 まるで師匠がむかし手を焼いた弟子のことを思い出すかのようなそんな印象を感じさせた。
「とまあ、コイツICコートについての説明はそんなところだ、納得できたか?」
「うん、大体は。まだそのトリガー3については信じられない部分もあるけどね……」
 アタシは小さく頷いてからそう答えた。
 心の中にはまだ少しモヤッとしている部分もあるにはあるが、それよりもアタシはフォルテの言うその一癖も二癖もあるというトリガー3が一体どんな人物なのか少し気になっていた。容姿や性格、フォルテが天才という人物は一体どこに対して癖があるのだろうか、アタシは少しだけそれが楽しみになっている自分の気持ちに驚いた。
 今までそんな他人のことなどあまり考えたことなどなかったのに、どうして自分はそんなことを考えているのだろうか────
 伝説の部隊のメンバーに会えるからとか、もしかしたらヨルムンガンドに近づけるかもしれないとかそう言った感情とはまた少し違う。
 上手く言えないけど多分……フォルテが過去の仲間について語るときのその普段よりも楽しそうな表情をしていることに、もしかしたらアタシは惹かれているのかもしれない。
 フォルテのその作っていない無意識な笑顔がアタシは好き。そして、その笑顔を作る要因になっている仲間が一体どんな人物たちなのか興味を抱いているのかもしれない。
 あと、そんなフォルテを見ると同時にアタシはいつも、どうしてフォルテはそんな仲間たちとは別れてあんな島国に住んでいるのだろうかという疑問をかかえていた。かつて最強と呼ばれた部隊が何故解散しなければならなくなったのか?もしかしたらそれについてもトリガー3に詳しく話が聞けるかもしれないと淡い期待をいだいているのかもしれない。
 て、アタシは何を考えているの……?
 なんでこんなアタシはアイツのことについて知りたがっているのかしら……?
 そう思った瞬間、自分の顔が急に火照って熱くなるような感覚を感じたアタシは顔を少し俯かせた。どうしてか分からないが、その顔をフォルテに見られたくないとそう感じたのだ。
「ただ、今回は少し用心したほうが良いかもしれないな……」
 フォルテが低い声でそう言った言葉にアタシは自分の世界から引き戻された。
「用心?」
 顔を軽く振りつつ、金髪のポニーテールを揺らしながら余計な考えを振り払ってからアタシは聞いた。
「ああ、さっきのFBIの件で少し引っかかってな……」
「引っかかった?アタシ達がバレてからの対応が少し早すぎたところとか、その割には装備がしっかりしていたところとか?」
 アタシが率直に感じたことを述べると、フォルテはそれに深く頷いた。
「そうだ、セイナがそう感じたように、いくら俺が国際指名手配だからといって、密入国がバレてからのFBIの対応が早すぎだ。……」
「ま、まさか……!?」
「あぁ、多分どこかで情報が漏れたか、それとも盗聴されていたか……」
「一体どこから……?」
「いや……まだ確実にそうと決まったわけではないからはっきりと断定することはできない。それに仮に盗聴されていたら俺達が逃げたのを知ってFBIは追いかけてくるはずだが、今のところ尾行の気配がないことも含めてその線は薄いだろう……ただ……」
「ただ……?」
「それも含めて今回は用心したほうが良さそうだな……仮に仲間だと思っている奴でも、もしかしたらその周りには内通者がいるかもしれないということだ」
「それは……今から会いに行くトリガー3も含めてってこと?」
「そうだ、正直俺はトリガー3を信頼しているからあまりこういうことは言いたくないけど、アイツの意思とは関係なくの人間が情報を漏らした可能性もある。それにFBIだけではなく、もしかしたらまたヨルムンガンドが関与してくるかもしれない。そもそも俺たちはあのイギリスでのテロ事件以来奴らを追ってはいるが、そもそもあの組織の目的が何なのか俺たちはまだハッキリと知らない。なぜあの時セイナを狙ったのか、どうしてベルゼは盗まれた神器を所持していたか、そもそも神器を盗んだのがあの組織なのかもよく分かっていない。それでも今回は連中の持っていたあの神器を取り返すことと、あの組織についての実態を調べるためにわざわざアメリカまで俺たちはやってきた。できれば今回のこの旅で今後の俺達が戦うべき相手や敵をハッキリとさせたいと俺は考えている。だから情報管理については敵味方問わず用心しておいた方が良いだろう。余計な情報が洩れて味方が敵に回っても後味が悪いしな」
「分かったわ、気を付ける……ところで一つ聞きたかったんだけど?」
「どうした?」
「アタシ達っていまワシントンの何処に向かっているの?」
 トリガー3がアメリカ合衆国のワシントンD.C.にいるとは聞いていたけど、トリガー3が所属すると聞いて何処に向かっているのか気になったアタシはフォルテに問いかけた。
「ああ、言ってなかったっけ?ホワイトハウスだよ」
 アタシの言葉にキョトンとしたフォルテがまるで自分の実家のようにそう答えたので。
「ああ、ホワイトハウスね……」
 ふーんとアタシはオウム返しのように答えてから違和感に気づいた。
 えっ?ホワイトハウス?
「ホワイトハウスってあのホワイトハウスのこと!?」
 アタシがびっくりしてフォルテの方をバッと向きながら聞くと────
「他にどんなホワイトハウスがあるんだよ……?」
 とフォルテは笑いながら答えるのだった。
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