SEVEN TRIGGER

匿名BB

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紫電の王《バイオレットブリッツ》

紫電の王《バイオレットブリッツ》9

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「報告は以上です。小山さん」
 俺はヤクザ狩りについての詳細をデスクを挟んで椅子に腰かけた中年の男性に向けて口頭でそう言った。
 ここは千代田区にある警察庁のオフィスの一角だ。さっきのヤクザの事務所とは少し異なり、部屋の中は各職員の机や椅子以外にファイルをまとめてある鉄製の棚やそこにしまわれていない山積みになった書類、コピー機にホワイトボードなどの雑貨でゴテゴテとしており、その散らかった部屋から警察官の普段の忙しい様子が何となく伝わってくる。
 魔術中毒者を倒したあと、辺りに敵がいないことを確認した俺たちは、違法魔術の証拠を発見し、部屋で伸びていたヤクザたちを全員縛り上げてから仕事を依頼した人物に連絡し、銃痕やら手榴弾やらで無茶苦茶になったビルの七階の部屋をあとにしていた。ビルから出たタイミングで迎えにきた大型のワンボックスカーに血まみれの俺たちはそれに乗り込んでここまでやってきた。
 依頼人の秘書官である、眼鏡をかけたショートの茶髪で、眼の色は黒で肌は対照的に白く、バストやヒップは大きいのにウエストは細い所謂いわゆるボンキュッボンで、こげ茶のスーツを着た色っぽさのある二十代前半くらいの女性が運転するワンボックスカーに乗ること五分。ヤクザの事務所で戦闘していた時の時間と大して変わらないはずのその五分という時間が、車に乗る全員が無言の車内の中で、ボケッと変わりゆく夜の東京の街並みを窓から眺めていた俺にとっては、それが戦闘していた時に比べてもの凄く長い時間のように感じた。時折、窓の外から視線を車内戻し、俺の左隣に座っていたセイナの方を見ると、セイナも俺と同様に窓のふちに置いた片肘の上に顎を乗せたまま無言で外の景色を眺めていた。
 警視庁前で降りた血みどろの俺たちに対して、ワンボックスカーを運転していた秘書官は気を利かせて「報告前にシャワーはいかかですか?」と言ってきた。断る理由のない俺たちは一切相談することなくそのまま互いに分かれてシャワーを浴びて身体に付着した血や火薬の臭いを落とし、用意してもらった服に着替えて俺がシャワー室から出ると、秘書官が一人で待っていた。
「フォルテ様、こちらに」
 そう言われて秘書官の後をついて行こうとした俺は一瞬、セイナが出てくるまで待つとその秘書官に言おうとしたが、女性の風呂は長いからアイツが出てくる前に用事を済ませようという考えがその言葉を引っ込めさせた。別にこの建物内なら多少ほっといても大丈夫だろ、と心の中でそう思いながら俺は秘書官について行き、そして今に至ると……
「なるほど、大体の事情は理解したよ……」
 俺の話を聞いて、今回のヤクザ狩りの依頼主である警察官の「小山 剛士こやまごうし」警部はそう言った。年齢は30を超えたくらいの男性で、髪の色は黒で俺以上に伸びたくせっ毛の髪は、額のところが見えるように分けてあるくらいであとは適当にまとめてあった。肌は少しだけ焼け、薄い茶色の瞳と顔に無精髭ぶしょうひげが薄く生えており、長袖のシャツを織り込んで半袖にした黒のYシャツと胸元の紺色のネクタイ、スーツのズボンと合わせて見ると、その印象はどこにでもいるような日本の中年男性のようであった。だが、着ていた黒のYシャツの上からでも分かる、そのごつい筋肉質な体型が、同時に威厳のようなものを感じさせていた。ただ……
「まっしょうがないんじゃないかな?魔術中毒者となると治療は難しいし、妥当な判断じゃないかな……身柄の方はこっちで適当に処理しておくから、心配しないで大丈夫!」
 ニコッと笑いながら右の人差し指を顔の横に立てながら小山はそう言った。
 威厳を感じるといったのは嘘ではないが、知り合った時からこの人はのだ。
 最近では居酒屋やキャバクラ、ホストでも銃を持つし、雇った用心棒バウンサーが銃を持っていることはおかしくない、そして警察でも、極悪事件の犯人や裏取引しているヤクザに対して検挙を現場の警察官に直接対応させるのではなく、傭兵を雇って仕事を代わりにさせるという制度ができていた。警察の方に名前などの個人情報を登録するだけで、一般人の麻薬取り締まり手伝いのような簡単な仕事から、殺し屋や武装したヤクザの検挙などの命の危険を高い仕事まで、いろいろな種類の仕事の中から自分で選んで受けることができる。報酬額は、どの仕事も命の保証はしないという条件があるので、依頼された仕事の危険度に合わせて下は数万、上は数百万とピンキリである。
「迷惑かけて申し訳ない、小山さん」
「やだなー君と僕との関係じゃないか、別に今は周りに他の警官もいないし、そんなにかしこまんなくていいよ」
 頭を下げて謝罪した俺に対して小山は右手を前に振りながら笑みを崩さずにそう言ってきた。
 俺が日本に帰ってきた一年前の最初のころ、仕事をもらうために警察の傭兵の仕事をしようとした際、アメリカから国際指名手配されている俺は個人情報の登録できず、仕事をもらうことができないでいたのだが、その時たまたま知り合ったこの人が秘密裏に俺に仕事をくれるようになったのだ。俺の身分を他の警官に隠す代わりに、危険な仕事をこなしてもらうという名目で…それから時折小山さんの部下が出払っている時などにちょくちょく仕事をもらっていたのだが、ここ半年くらいは珈琲店の方が軌道に乗って安定していたので最近は仕事をもらっていなかった。
 今回の仕事は、半年ぶりに小山さんに連絡した俺に対して用意してくれた高額依頼で、違法魔術を扱っているというヤクザの事務所を襲撃して証拠を見つけるというものを部下に頼もうとしたところ、急用で全員が出払ってしまったらしく、それを俺に回してくれたのだ。
「にしても……まさか魔術中毒者を鉄砲玉として使うとね……」
 小山は椅子に背中を預けながら呟くように言ってから、黒のYシャツの胸ポケットからMEVIUSメビウス煙草タバコを一本取り出して吸おうとする。黒のYシャツを捲った半袖の先から見えるその筋張った太い腕は総合格闘技の選手と言って差支えが無いくらい力強く見えた。彼がよく言っている「昔は現場で頑張っていたんだよ~」というのもあながち嘘ではないのだろう。今の中身や性格からはその姿は想像できないが、昔はもっと違う性格をしていたのかもしれない。
「こんなとこで吸ったら翔子さんに怒られるよ?」
 俺は小山さんの秘書官の名前を出して喫煙を止めるように促した。
 小山さんはその言葉に少しだけバツが悪いような顔をして
「大丈夫、大丈夫、いつも誰もいないときはここで吸っているし、彼女は君の報酬を用意しているはずだから問題ないよ」
 と言いながら百均ライターでMEVIUSメビウスに火をつけようとしていた。
 彼の秘書官は俺をここに案内した後、部屋には入らずにどこかに今回の報酬を取りに行ってしまっていた。
 おいおい、本当にあんた警察官か?
 俺は心の中で喫煙ルールを守らないズボラな小山警部に対してそう思いながら、ふと別のことを考えていた。
 ここのオフィスには何度か足を運んだことがあるのだが、一度もここで小山さんと秘書官以外の人が働いているのを見たことが無いのだ。それにここのオフィスの入り口には部署の名前が貼ってない。小山さんと知り合って早一年経つが、未だに彼がどこの部署で仕事をしているのかよく知らないのだ。かといって詳しく詮索しようとしても、彼のやんわりしたいつもの態度で「別に大したところではないさ」と微笑みながら返されるのだ。一度詳しく調べようとしたこともあったが、いくら調べてもこの人の詳しいデータを得ることはできなかった。俺を秘密裏に雇うあたりこの人もタダものではないんだろうが、その正体は全く持って謎であった。
「あれほど部屋で煙草タバコは止めてくださいと言ったじゃないですか?」
 小山さんから視界を外し、色々辺りを見渡しながらそんなことを考えていた俺は、その声を聞いて驚いて身体をビクッとさせた。考え事を中断させて小山さんの方に向き直ると、いつの間にいたのか、彼の秘書官である「天笠 翔子あまかさしょうこ」が横に立ち、片手で眼鏡をくいッと持ち上げながらもう片方の手で小山さんの煙草タバコを奪っていた。
「は、早いじゃないか、翔子君……い、いつからそこに?」
「ずっと居ましたよ、警部が話し始めたあたりから」
 俺と同様に驚いていた小山に対して秘書官の翔子は持った煙草タバコをくるくると指で回しながらそう答えた。
 彼女が言っていることが本当なら、俺が事件について話し始めたあたりからこの部屋のどこかに居たということになる。俺ですら全然気配を感じなかったんだが……
「フォルテ様…」
「は、はいッ」
 急に話しを振られて俺は若干噛みながら返事をした。
 この小山の秘書官である天笠 翔子あまかさしょうこはどこかミステリアスの雰囲気のあるお姉さんであった。その静かで落ち着いた雰囲気はとても歳が近い女性とは思えない俺はついつい敬語で話しをしてしまう。決して嫌いとかそういうわけではないが、俺の中で何となくやりづらい女性である。
「こちらが報酬になります。詳細はこちらに」
「あ、ありがとうございます」
 小さなアタッシュケースに入った札束数個を翔子に見せてもらい、俺はぎこちなくお礼を言いながらそれを受け取った。
「けど、君から高額の仕事を受けたいなんて言うなんて珍しいね、SEVENセブン TRIGGERトリガーを引退した君はもうこの手の仕事は受ける気はないんじゃなかったのか?」
 煙草タバコを取られて口をへの字に曲げて腕組をしていた小山さんが俺にそう聞いてきた。
 俺は何となく明後日の方向を向きながら
「まあ、色々とあって……今はそのためにお金が欲しいんです」
 借金したせいで使える金が無いんですとは言えなかった俺は、適当にごまかそうとしてそう言ったのだが、流石は腐っても警部といったところか
「借金だったら、いい金融会社を教えようか?」
 と小山はスマートフォンを取り出して、誰かに電話をかけようとする。
「いや、そういうわけではないので……」
「そうか?良いところ何件か知っているからいつでも言ってくれ」
 と再びにこやかな笑みでそう返してきた小山さんに、俺はここ数日で何百回目か、それとももう何千回目か分からないため息をついてから言った。
「あんたのそれ、絶対闇金だろ」
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