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Prologue
Prologue9
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「で、プランはあるの?」
バッキンガム宮殿から出たアタシ達は、宮殿から66.3マイルも離れたケンブリッジ大学に向かうためTX4のタクシーを捕まえて移動している最中だった。
「プラン?まだなんも考えてないよ」
タクシーのトランクに武器などの入ったジュラルミンケースやバックパックなどの荷物を入れ、乗り込んできたフォルテはさも当たり前かのようにそう答えた。
「えっ?プランゼロ!?そんなんでホントに大丈夫なの?」
これから大型な人質救出作戦を行うというのに、かなり落ち着いていた様子のフォルテを見て、アタシはてっきり何か策があるのだと思い込んでいた。が、返ってきた答えがまさかのプランゼロという言葉にアタシは驚愕する。
「大丈夫だからそう焦んなよ、まだ時間ある」
そう言ってフォルテは「ふぁ~」とあくびをしたかと思えば、あろうことかそのまま顔を肩に乗せて寝てしまった。
開いた口が塞がらなかった。いくらケンブリッジ大学まで距離があるとはいえ、作戦前に寝るような奴なんてアタシは今まで見たことなかった。
これは余裕と言っていいのかしら?
それとも不安を妨げようとしているのかしら?
どちらにせよフォルテの行動にアタシは驚愕を通り越して呆れてしまう。
(本当にこんなやつで大丈夫なのかしら?)
アタシはそんなフォルテを余所にタクシーの時計で時刻を確認した。
(今の時刻は11時37分、バッキンガム宮殿からケンブリッジ大学までは約66マイルだから乗車時間は大体1時間半。早くても14時に現場到着して、作戦を立ててミーティングなんて呑気にやってたら日が暮れる。少しでも早く作戦を立てて、日中か夜中に仕掛けるかを判断しないといけないし、人質の状態によっては早急に仕掛けなければならない場合だってある。全く、なにが時間があるから大丈夫よ!!全然足りないじゃない!!)
「お客さん、本当にケンブリッジ大学に行くのかい?」
アタシは情報を整理しつつ、心の中でフォルテに文句を言っていると、相方が寝たせいで車内に会話が無くなり気まずくなったのか、40代くらいのおじさん運転手が不意に話しかけてきた。
「えッ!?えぇ……そうですけど何か?」
いきなり話しかけられて一瞬ビックリしたアタシは、運転手をバックミラー越しに見ながらそう答えた。
「今日は行かないほうがいいと思うよ、嘘か本当か知らないけど、今さっきケンブリッジ大学をテロリストが襲撃して、王女様を人質に立て籠もっているってニュースで見たし、2人は観光できたのかな?もしそうなら今回は諦めたほうがいいと思うよ」
帽子を深くかぶっていて表情がよく分からないが、運転手の男性は心配そうに言った。
「ご心配なく、観光ではなく仕事で行くので」
アタシはあくまで冷静を保ってる風を装ってそう答えた。本当だったら今すぐこの運転手に代わって、アタシが交通ルールギリギリの全速力走行でケンブリッジ大学に向かいたいとこだが、善良な市民に対して流石にそれはできないし、かと言って早く運転しろと煽って事故を起こされても困るのであくまで、あくまで冷静にそう答えた。
(抑えろ、抑えろアタシ、今イライラしても到着時間は変わらないんだし。そうだ!ここは戦闘のイメージトレーニングでも…)
「そうですか、とにかく気をつけ……ヒィッ!?」
運転手のおじさんが話している最中にバックミラー越しのアタシを見て悲鳴をあげる。
冷静を装ってるつもりのアタシの顔は、焦りやストレスを無理矢理抑えようとして目と口角は釣り上がり、眉の間にはシワも寄って、どうやらとんでもない顔になっていたらしい。そんな運転手のおじさんなどには目もくれず、アタシはイメージトレーニングを続ける。リリーを、妹を絶対に救うために……
イギリスの外の空気は日本に比べて肌寒く、そして乗り込んだタクシーの車内がこうも暖かく快適だとついつい眠気を催してしまう。
もういっそこのまま寝てしまおうか。そう思ったのも束の間、俺の左頬に激痛が走る。
「コラァッ!!もう着いたわよ!いつまでも寝てないでとっとと起きなさい!」
俺の隣の席に乗っていたセイナがモーニングコールとともに左頬を千切れるかと思うくらい抓っていた。
「いだだだだだだだ!!わふぁったはら!!おひる、おひるはら!!」
左頬を抓られた状態で上手く話せてない俺が起きたことを確認して、ようやくセイナは手を離した。全く何トンの力で抓ってんだよッ!!マジで引きちぎれるかと思ったぜ……
「さっさと行くわよ。どこかで早く建物内の情報を集めないと……」
俺が左頬が取れていないか確認しているなか、1人先に降りたセイナは、着ていた白いブラウスと黒いプリーツスカートと同色のニーソックスのしわを上から順番に直していき、腰まである長い黄金色の金髪をポニーテールに結び直して自分の荷物を持ってスタスタと歩いて行ってしまった。
「ちょっと待てッ!!まだ金も払ってないんだからッ」
ここまで運転してくれたタクシーのおじさんに俺は支払いが330€のところを適当に500€《ユーロ》を出して「釣りは要らないからッ!」と言って車から飛び出し自分の荷物を抱えてセイナを追いかける。
「はぁ……はぁ……」
ケンブリッジ大学、言わずとも知れた世界でも指折りの超エリート大学で、イギリス伝統のカレッジ制をとっていることでも有名な大学である。カレッジとは国によっては色々な意味があるのだが、ここでのカレッジは大学を構成する学寮であることをさしている。そのうちの寮の1つがこのキングス・カレッジ、特徴としては世界屈指のチャペル、いわゆる礼拝堂があり、その歴史は深く、中世の時代に歴代のイングランド王が何十年もの歳月を費やして作ったとされているもので、今から約500年以上も前の建物である。イギリスの観光地としても有名で、普段だったらこの辺は観光客が大勢訪れ、人で溢れているところなのだろうが、今は観光客は1人も見当たらない。代わりにいるのは大量の軍用車両やパトカーに救急車、そして大勢の警察と救急隊員でごった返しになっており、現場は混沌と化していた。
「クソッ!あいつどこ行きやがった!?」
俺はセイナを見失ってしまう。大量の人で入り乱れている大学の広場の中を、セイナはその小柄な体格を生かしてスイスイと前へ通り抜けていってしまったのである。
とりあえず人をかき分けながら、セイナの歩いて行った方向に俺は進んでいくと、広場に設置された警察や救急隊員のテントがいくつも立ち並ぶ場所まで出る。
(このテントのどれかに入っていったのか?)
白く立ち並んだテントを俺は端から見て回る。テントは全て、外から中が見えないシェルター式の医療テントだったので中から聞こえてくる声や音を確かめながらセイナがいないか確認していく。
負傷した人のうめき声、治療をするためあちこち奔走する人の声、人質の家族が心配して泣いている声、様々な声を聴き分けながら、五番目のテントを通りかかった時に聞き覚えのある少女の声がして、俺はそのテントの側面まで行って耳を澄ませた。
「こらこら、ここは部外者は立ち入り禁止なんだよ。ましてや君みたいな少女はこんな場所に来ちゃいけないんだよ」
「アタシはイギリス軍の軍人。ただの少女なんかではありません!」
「はいはい、だったら向こうにイギリス軍のテントあるからそっちの方に行ってくださいね。警察も忙しいからね。君たち、彼女をここから出しなさい」
「こ、こらッ!?腕を掴んで持ち上げるな!!アタシは仮にも階級は大尉なのよ!!引っ張るな!!」
あー完全に見た目で子ども扱いされて、情報提供はおろか、全く話しも聞いてくれなかった感じか…
俺はテントの横に隠れながらセイナを覗きながら見る。両腕を掴まれて外に運び出された姿は、盗みに入ったのがバレて追い出された哀れな子猫のようだった…
「大丈夫か?」
テントの外にどさっとセイナを下ろした警官2人が離れるのを確認してから、地面に人魚座りのように地べたに座り込んでいたセイナに俺は歩み寄って手を差し伸べる。
「遅いわよ!大体、見てたんだったら助けなさいよ!」
顔をプイッと俺から背けながら、差し伸べた手を受け取らずセイナは立ち上がる。
子ども扱いされているところを俺に見られたのが相当嫌だったのだろう。
「なんでわざわざ警察の方のテントで情報収集してたんだ?イギリス軍のテントの方に行けばよかったんじゃないか?」
警察のテントに入ったところで全員に情報を提供してくれるわけじゃない、テロリストはもちろん、マスコミや報道陣に漏れて情報が流出しないように警察もシビアになっているはず。そこへ軍人と名乗る、ただの17歳の小柄な小娘が行ったところで情報提供どころか多分追い出されてしまうのは想像できたはず。
「アタシ、一応イギリス軍所属だけど、アタシのこと知っている人って軍の中でもごく一握りなのよね……だから先に目の前にあった警察のテントに入って情報収集しようと思ったのよ」
イギリス軍、警察、どちらに聞いても結局は同じ反応をされるってことか。
「セイナ、お前ドックタグは持っていないのか?」
軍人を識別するためのドックタグがあれば、警察は信用しないかもしれないが、同じ軍隊だったら信用してくれるはず。
「ドックタグ?ああID DISKのこと?もちろんあるわよ」
セイナは「ドックタグなんてアメリカ軍くらいしか言わないから、一瞬なんのことか分からなかったわ」
なんて言いながら着ていた白いブラウスに胸元から手を入れてドックタグを出そうとする。
「ッ!?」
セイナがなんの躊躇もなくブラウスの隙間に手を入れたことにより、俺の身長は178㎝、セイナは目測155㎝位なのでちょうど身長差で上から覗き込める位置にいた俺は、セイナの下着が見えそうになって思わず顔を逸らした。男として見たい気持ちが無いと言えば嘘になる。性格は置いといて、見た目はそこらの女性に比較にならないくらいセイナは可愛い。エリザベス三世の女性的な綺麗と違ってアイドルやアニメキャラ的な可愛さがある。だが仮にもし見たとして、それがもしセイナにバレたら、銃弾かグングニルが俺に飛んできかねない。まだ銃弾とグングニルだったらなんとか対処できるかもしれない、バレた時に何が一番怖いって────
(娘の下着を覗き見たなんてもしエリザベス3世に知られたら何されるか分かったもんじゃない……)
親バカエリザベス3世に知られた暁には、死よりも恐ろしい生き地獄を味わされるに違いない。だから見たいけど見ないように俺は我慢しているのだッ。そんな俺の心理など知らずにセイナはドックタグ探す。だが
「あれ、あれ!?ID DISKがどこにも無い……あッ!!」
胸元を探していたセイナは何かを思い出したのか短く声をあげる。
「アタシ地下部屋に入れられた時にセバスにID DISK取られたこと忘れてた……」
セイナは俺のことを見上げながらそう言ってきた。
てか、セイナさん胸元に手を入れたままこっち向くのやめてもらっていいですか?そっちが気になって全然話も入ってこないし振り向けないんだけど……
「ポ、ポケットとかに何か身分を証明できるようなもの入っていないのか?」
手を胸元に入れたままのセイナに話しかけられて焦った俺は、セイナの方を見ずに若干噛みながらも、ぎこちなくそう返して明後日の方向を見る。
「ちょっと待ってて……」
セイナは俺に言われて胸元から手を離してスカートのポケットの中身を探す。ふう…なんとか手を胸元から移動させることができたぜ…これでやっと振り返れ…
(ぶッ!?)
胸元の脅威が無くなり、振り返ろうとした俺は心の中で吹き出した。なんとセイナはスカートを両手で持ってたくし上げるようなポーズをとっていた。そのままセイナは上にスカートを持ち上げていき、細い脚に履いていた黒いニーソックスとスカートとの間から太ももが見えてくる。白く透き通った肌が黒いニーソックスと相まって、余計にその絶対領域を強調させる。そしてそのままパンツまで見えそうになったところで
「お、お前公衆の面前で何しようとしてんだ!?」
思わず俺はスカートを持ち上げようとしていたセイナの左手を抑えた。するとセイナは俺の行動に理解できないといった表情をしながら呆れたように口を開く。
「スカートの裏に隠しポケットがあるからそっちを調べようとしただけなんだけど……なに勘違いしてるか知らないけど、変な妄想しないでくれるこの変態……」
熱湯が一瞬で凍るような冷たい目線と吐き捨てるような声でセイナに軽蔑される。
「あ、そうですか……ごめんなさい……」
俺はしょんぼりした声でそう答えた。
なんだよッこっちは色々気を遣って心配してやったのに骨折り損じゃねーかッ!
「ごめん、代わりになるようなものも持ってなかったわ……」
スカートの裏ポケットも調べ終わったセイナはやや俯いた状態で残念そうに言った。
「分かった、じゃあちょっとここで待っとけ、俺が情報を聞いてくるから」
セイナがドックタグを持っていないことを一応は想定していた俺は、あとですぐ合流できるようにセイナをその場に待機させ、別の手段で警察から情報を得るために警察のテント近づく。
「聞くって、どうやって?」
俺を信用していないセイナは心配そうにテントの方に歩いて行った俺の後ろから声をかける。
「まあ、任しとけって」
歩いたままセイナの方を振り返らずに右手だけ上げて返事を返す。
(さて……)
俺はさっきセイナが入っていったテントとは別の警察のテントに大体10mくらいの距離まで近づいた。テントの入り口には2人の警官が監視していて関係者以外は迂闊に近づけない状態だった。
(はぁッ!!)
不審に思われない位置まで近づいた俺は、警察にバレないように悪魔の紅い瞳を発動する。そして能力を使って聴覚だけを3倍強化させて警察テント内部の音を聞こうとする。
「クソッ!!奴らの要求が全くわからん、一体何が目的なんだ!!」
「要求を聞いても「すでに要求内容は伝えてある」の一点張りでこっちには何を言っているかさっぱりですよ」
「人質の何人かは負傷しているらしい、早く助けないと…」
「テロリストは礼拝堂の中心に立て籠もっているだけなんですよね?我々だけで作戦実行できるのでは?」
「ダメだ!!理由は知らんが上は「指示があるまで待機」と命令している。勝手なことはできない」
「それに礼拝堂は歴史的建物…傷つけないで人質奪還作戦なんて至難の技ですよ」
「イギリス軍も似たような状況みたいですね…できれば協力して作戦を進めたいんですけどね…」
「そういえば、さっき情報を聞きに来たあのガスマスクの2人はどこに行ったんですかね?」
丁度なかで現場の会議でもやっていたのか、聞きたい情報が大体手に入った。
情報収集を終えた俺は、悪魔の紅い瞳を解除させ、セイナのところに戻る。
ちなみに悪魔の紅い瞳は今のように部分的強化も可能で、通常よりも身体に対する疲労を抑えられる利点はあるのだが、欠点としては、普通に能力を使用するよりも高い集中力が必要になるため、その場から動けなくなってしまうのだ。
「あら、早かったわね。収穫はあったの?」
近くにベンチに座っていたセイナが帰ってきた俺に気づいてこっちに近づいてきた。
「まあぼちぼちかな」
俺は警察のテントで聞いた情報の要点だけまとめて話した。
「じゃあ今は警察もイギリス軍も両方動けない状況なの?」
セイナは俺の持ってきた情報を聞いて、左手で右腕の肘を抑え、右手を顎の下に当てて考える人のようなポーズをとり、俺の顔を見上げながらそう言った。
「おそらくな、テロリストの奴ら、軍の方にしか本当の目的を伝えてないらしい。これはあくまで俺の推測だが、多分軍の中でもセイナの情報が漏洩しないよう一部の人間だけが要求の内容を知っている状況になっているんだと思う。警察の方には至っては要求内容すら伝えてないみたいだしな。警察サイドはテロリスト側の要求が曖昧なせいで交渉がなかなか進まずに困っているんだろう。軍の方も作戦を実行したいけど、礼拝堂に立て籠もっているせいでそれができないんだろうな」
「なんで礼拝堂立て籠もっていることが問題なの?」
聞いた情報を整理しながら俺が説明していると、セイナは礼拝堂に立て籠もっていることの問題点が分からずに、キョトンとした顔をする。
「礼拝堂は500年近い歴史のある建物なんだろ?そんな世界的遺産を仮に傷つけ、ましてや壊しましたなんて言ってみろ、誰が責任取るんだよ。こんな歴史的建造物の責任取れる奴なんて軍や警察の中にはほとんどいないってことさ」
「なッ!?」
セイナは俺の言葉にキョトンからの驚愕した表情を見せ、次第にそれは怒りの色に変わっていき……
「人の命がかかっているのよ!?歴史的建造物がどうとか言ってる場合じゃないでしょう!!」
周りに人がいることも気にしないせず、両手を握りしめて激怒した。
「怒る気持ちは分かる、だがそれが人間ってやつなんだよ…結局最後に大切なのはみんな自分自身で、ハイリスクローリターンでは基本的に人間は動かない。そりゃあそうさ、そんなでかい責任、誰も取れないから、てめー以外のやつにそれを押し付けようとする…責任が取れるっていう奴が現れるまでな。それでもやろうとする奴はバカと英雄だけだよ」
「ッ……!」
セイナは、込み上げてきた感情を抑えるためにか俯いた状態で歯を食いしばった。軍や警察への怒りと悲しみが恐らく自分の中で葛藤しているのであろう。
「許してやれとは言わないが、警察1人1人にも家庭はある。責任を取らせれて職を失えば、養うべき家族も路頭に迷ってしまう。彼らもお前と一緒で自分以外にも守りたいものがあるってことさ…それに、そういう連中のために俺たちがいるんだろう?」
感情的になってフルフル震えていたセイナの肩に手を置いて優しく俺は言った。
「軍や警察が動けないなら、俺のようなバカが乗り込んで人質を救出し、お前が英雄になればいいだけの話、たったそれだけさ」
セイナは少し涙目になっていた顔を上げて俺の方を見る。
「なにそれ、それで慰めたつもり?」
少し涙声になりながらも涙目を見られるのが嫌だったのか右手で雑に目を擦りながら、さっきまでとは違う、キリッとしたブルーサファイアの瞳に戻ったセイナが言った。
「フォルテ、あなた今アタシに英雄になれって言ったけど、それはちょっと違うわ。あんなテロリストには英雄なんて必要ない。アタシたちのようなバカどもで十分だわ」
片足に体重を乗せ、左手を腰に当て、右手でその長い金髪のポニーテールをなびかせながら、セイナは力強い眼でそう宣言した。言い回しはあまり良くなかったが、なんとかセイナの落ち着きは取り戻せたようだ。
「よし、じゃあ俺たち以外のバカを集めるから、セイナ、協力してくれるか?」
「アタシ達以外のバカ?いいけど、アタシは何をすればいいの?」
「とりあえずついて来れば分かるよ」
セイナはまだ気づいてないが、実はここに俺たちの味方をしてくれるであろう人物が2人すでに到着しているのを耳にしていた。(さっき警察のテント内の情報収集をしていた時に)そいつらの居る場所も悪魔の紅い瞳を使用している時に聞き取ることができたので、とりあえずそっち方面を目指して歩いていると
「これかな?」
警察と救急隊員でごった返していた広場からちょっと北に進んだところの道沿いにイギリス軍用車であるランドローラーウルフが一台だけポツンと止まっていた。窓はスモークガラスになっていて中は見えない仕様になっていて誰が乗っているのか分からない状態だった。
「あれ?これって……」
隣にいたセイナがどっかで見たことあるような反応をしているのを横目に俺は「開けるぞ」と言いながら扉を開く。
チャキ……
車の扉を開けて出てきたのは人間ではなく銃口だった。見慣れた黒いSIG SAUER P226の銃口が俺の額に当てられる。突然の出来事にセイナも応戦しようとレッグホルスターのDesert Eagleを引き抜こうとした。
「待て!!大丈夫だから……」
俺は銃を抜こうとしたセイナを制止し、銃口を突きつけた相手を見る。
「なんだあんたか」
俺に銃口を突きつけた男はそう言うと、銃口を下ろして車から降りてきた。
「こんなところで何をしている?ここは関係者以外近寄ることはできないはずだが?って隊長!?」
ガスマスクをつけた、黒色の野戦服の男は銃をホルスターに閉まい、俺の隣にいたセイナに驚きながらそう言ってきた。
「やっぱりこれSASの軍用車両だったのね。ジェームス隊員、それにロバート隊員。現場に来ているのはあなたたちだけ?」
ガスマスクをつけていても、一緒の部隊のメンバーなだけあってセイナはすぐに気づいようだ。
そう、彼らは俺の襲撃作戦に参加していたセイナと同じSAS訓練小隊の隊員の2人で、女王陛下の指示でケンブリッジ大学に来ていたらしい。
「はい!!女王陛下の指示で救出作戦を行うため、負傷中のアーノルド隊員以外の我々2人で現場に待機していたいた次第です!!しかし隊長も来ているとは聞かされていなかったので驚きましたよ!!」
あーそれにはちょっと事情があってね……」
自分の部隊の隊長に気づいて俺とは対照的な態度をとるジェームス隊員に対し、地下部屋を抜け出してきたとは言えず、右の人差し指で顔の頬を掻きながらセイナは目を逸らして誤魔化すように言った。
「まあ、そんなことよりも俺たち2人に力を貸して欲しい」
詳しい事情を話せず、気まずそうにしているセイナに助け舟を出すべく俺はSASの2人に提案する。
「はっ?なんでお前のようなどこの馬の骨とも知らない奴に助けなんて…」
「アタシからもお願い、彼とアタシに力も貸して欲しいの」
「はッ!!隊長の頼みとあれば喜んで!!」
セイナはどうやら俺のさっき言った手伝って欲しい内容を察してくれたようで、俺の頼みが断られそうになって今度はセイナが助け舟を出してくれた。お陰でこいつらも含めて作戦に使える人数は4人になった。
隊長の頼みだとこいつチョロいな……
「でも、具体的に何をすればいいのですか?」
さっき俺に銃口を俺に向けてきたジェームス隊員とは別のロバート隊員が俺に問いかけてきた。
「別に難しいことをやるつもりは無い、俺たち4人で奇襲攻撃をかける」
バッキンガム宮殿から出たアタシ達は、宮殿から66.3マイルも離れたケンブリッジ大学に向かうためTX4のタクシーを捕まえて移動している最中だった。
「プラン?まだなんも考えてないよ」
タクシーのトランクに武器などの入ったジュラルミンケースやバックパックなどの荷物を入れ、乗り込んできたフォルテはさも当たり前かのようにそう答えた。
「えっ?プランゼロ!?そんなんでホントに大丈夫なの?」
これから大型な人質救出作戦を行うというのに、かなり落ち着いていた様子のフォルテを見て、アタシはてっきり何か策があるのだと思い込んでいた。が、返ってきた答えがまさかのプランゼロという言葉にアタシは驚愕する。
「大丈夫だからそう焦んなよ、まだ時間ある」
そう言ってフォルテは「ふぁ~」とあくびをしたかと思えば、あろうことかそのまま顔を肩に乗せて寝てしまった。
開いた口が塞がらなかった。いくらケンブリッジ大学まで距離があるとはいえ、作戦前に寝るような奴なんてアタシは今まで見たことなかった。
これは余裕と言っていいのかしら?
それとも不安を妨げようとしているのかしら?
どちらにせよフォルテの行動にアタシは驚愕を通り越して呆れてしまう。
(本当にこんなやつで大丈夫なのかしら?)
アタシはそんなフォルテを余所にタクシーの時計で時刻を確認した。
(今の時刻は11時37分、バッキンガム宮殿からケンブリッジ大学までは約66マイルだから乗車時間は大体1時間半。早くても14時に現場到着して、作戦を立ててミーティングなんて呑気にやってたら日が暮れる。少しでも早く作戦を立てて、日中か夜中に仕掛けるかを判断しないといけないし、人質の状態によっては早急に仕掛けなければならない場合だってある。全く、なにが時間があるから大丈夫よ!!全然足りないじゃない!!)
「お客さん、本当にケンブリッジ大学に行くのかい?」
アタシは情報を整理しつつ、心の中でフォルテに文句を言っていると、相方が寝たせいで車内に会話が無くなり気まずくなったのか、40代くらいのおじさん運転手が不意に話しかけてきた。
「えッ!?えぇ……そうですけど何か?」
いきなり話しかけられて一瞬ビックリしたアタシは、運転手をバックミラー越しに見ながらそう答えた。
「今日は行かないほうがいいと思うよ、嘘か本当か知らないけど、今さっきケンブリッジ大学をテロリストが襲撃して、王女様を人質に立て籠もっているってニュースで見たし、2人は観光できたのかな?もしそうなら今回は諦めたほうがいいと思うよ」
帽子を深くかぶっていて表情がよく分からないが、運転手の男性は心配そうに言った。
「ご心配なく、観光ではなく仕事で行くので」
アタシはあくまで冷静を保ってる風を装ってそう答えた。本当だったら今すぐこの運転手に代わって、アタシが交通ルールギリギリの全速力走行でケンブリッジ大学に向かいたいとこだが、善良な市民に対して流石にそれはできないし、かと言って早く運転しろと煽って事故を起こされても困るのであくまで、あくまで冷静にそう答えた。
(抑えろ、抑えろアタシ、今イライラしても到着時間は変わらないんだし。そうだ!ここは戦闘のイメージトレーニングでも…)
「そうですか、とにかく気をつけ……ヒィッ!?」
運転手のおじさんが話している最中にバックミラー越しのアタシを見て悲鳴をあげる。
冷静を装ってるつもりのアタシの顔は、焦りやストレスを無理矢理抑えようとして目と口角は釣り上がり、眉の間にはシワも寄って、どうやらとんでもない顔になっていたらしい。そんな運転手のおじさんなどには目もくれず、アタシはイメージトレーニングを続ける。リリーを、妹を絶対に救うために……
イギリスの外の空気は日本に比べて肌寒く、そして乗り込んだタクシーの車内がこうも暖かく快適だとついつい眠気を催してしまう。
もういっそこのまま寝てしまおうか。そう思ったのも束の間、俺の左頬に激痛が走る。
「コラァッ!!もう着いたわよ!いつまでも寝てないでとっとと起きなさい!」
俺の隣の席に乗っていたセイナがモーニングコールとともに左頬を千切れるかと思うくらい抓っていた。
「いだだだだだだだ!!わふぁったはら!!おひる、おひるはら!!」
左頬を抓られた状態で上手く話せてない俺が起きたことを確認して、ようやくセイナは手を離した。全く何トンの力で抓ってんだよッ!!マジで引きちぎれるかと思ったぜ……
「さっさと行くわよ。どこかで早く建物内の情報を集めないと……」
俺が左頬が取れていないか確認しているなか、1人先に降りたセイナは、着ていた白いブラウスと黒いプリーツスカートと同色のニーソックスのしわを上から順番に直していき、腰まである長い黄金色の金髪をポニーテールに結び直して自分の荷物を持ってスタスタと歩いて行ってしまった。
「ちょっと待てッ!!まだ金も払ってないんだからッ」
ここまで運転してくれたタクシーのおじさんに俺は支払いが330€のところを適当に500€《ユーロ》を出して「釣りは要らないからッ!」と言って車から飛び出し自分の荷物を抱えてセイナを追いかける。
「はぁ……はぁ……」
ケンブリッジ大学、言わずとも知れた世界でも指折りの超エリート大学で、イギリス伝統のカレッジ制をとっていることでも有名な大学である。カレッジとは国によっては色々な意味があるのだが、ここでのカレッジは大学を構成する学寮であることをさしている。そのうちの寮の1つがこのキングス・カレッジ、特徴としては世界屈指のチャペル、いわゆる礼拝堂があり、その歴史は深く、中世の時代に歴代のイングランド王が何十年もの歳月を費やして作ったとされているもので、今から約500年以上も前の建物である。イギリスの観光地としても有名で、普段だったらこの辺は観光客が大勢訪れ、人で溢れているところなのだろうが、今は観光客は1人も見当たらない。代わりにいるのは大量の軍用車両やパトカーに救急車、そして大勢の警察と救急隊員でごった返しになっており、現場は混沌と化していた。
「クソッ!あいつどこ行きやがった!?」
俺はセイナを見失ってしまう。大量の人で入り乱れている大学の広場の中を、セイナはその小柄な体格を生かしてスイスイと前へ通り抜けていってしまったのである。
とりあえず人をかき分けながら、セイナの歩いて行った方向に俺は進んでいくと、広場に設置された警察や救急隊員のテントがいくつも立ち並ぶ場所まで出る。
(このテントのどれかに入っていったのか?)
白く立ち並んだテントを俺は端から見て回る。テントは全て、外から中が見えないシェルター式の医療テントだったので中から聞こえてくる声や音を確かめながらセイナがいないか確認していく。
負傷した人のうめき声、治療をするためあちこち奔走する人の声、人質の家族が心配して泣いている声、様々な声を聴き分けながら、五番目のテントを通りかかった時に聞き覚えのある少女の声がして、俺はそのテントの側面まで行って耳を澄ませた。
「こらこら、ここは部外者は立ち入り禁止なんだよ。ましてや君みたいな少女はこんな場所に来ちゃいけないんだよ」
「アタシはイギリス軍の軍人。ただの少女なんかではありません!」
「はいはい、だったら向こうにイギリス軍のテントあるからそっちの方に行ってくださいね。警察も忙しいからね。君たち、彼女をここから出しなさい」
「こ、こらッ!?腕を掴んで持ち上げるな!!アタシは仮にも階級は大尉なのよ!!引っ張るな!!」
あー完全に見た目で子ども扱いされて、情報提供はおろか、全く話しも聞いてくれなかった感じか…
俺はテントの横に隠れながらセイナを覗きながら見る。両腕を掴まれて外に運び出された姿は、盗みに入ったのがバレて追い出された哀れな子猫のようだった…
「大丈夫か?」
テントの外にどさっとセイナを下ろした警官2人が離れるのを確認してから、地面に人魚座りのように地べたに座り込んでいたセイナに俺は歩み寄って手を差し伸べる。
「遅いわよ!大体、見てたんだったら助けなさいよ!」
顔をプイッと俺から背けながら、差し伸べた手を受け取らずセイナは立ち上がる。
子ども扱いされているところを俺に見られたのが相当嫌だったのだろう。
「なんでわざわざ警察の方のテントで情報収集してたんだ?イギリス軍のテントの方に行けばよかったんじゃないか?」
警察のテントに入ったところで全員に情報を提供してくれるわけじゃない、テロリストはもちろん、マスコミや報道陣に漏れて情報が流出しないように警察もシビアになっているはず。そこへ軍人と名乗る、ただの17歳の小柄な小娘が行ったところで情報提供どころか多分追い出されてしまうのは想像できたはず。
「アタシ、一応イギリス軍所属だけど、アタシのこと知っている人って軍の中でもごく一握りなのよね……だから先に目の前にあった警察のテントに入って情報収集しようと思ったのよ」
イギリス軍、警察、どちらに聞いても結局は同じ反応をされるってことか。
「セイナ、お前ドックタグは持っていないのか?」
軍人を識別するためのドックタグがあれば、警察は信用しないかもしれないが、同じ軍隊だったら信用してくれるはず。
「ドックタグ?ああID DISKのこと?もちろんあるわよ」
セイナは「ドックタグなんてアメリカ軍くらいしか言わないから、一瞬なんのことか分からなかったわ」
なんて言いながら着ていた白いブラウスに胸元から手を入れてドックタグを出そうとする。
「ッ!?」
セイナがなんの躊躇もなくブラウスの隙間に手を入れたことにより、俺の身長は178㎝、セイナは目測155㎝位なのでちょうど身長差で上から覗き込める位置にいた俺は、セイナの下着が見えそうになって思わず顔を逸らした。男として見たい気持ちが無いと言えば嘘になる。性格は置いといて、見た目はそこらの女性に比較にならないくらいセイナは可愛い。エリザベス三世の女性的な綺麗と違ってアイドルやアニメキャラ的な可愛さがある。だが仮にもし見たとして、それがもしセイナにバレたら、銃弾かグングニルが俺に飛んできかねない。まだ銃弾とグングニルだったらなんとか対処できるかもしれない、バレた時に何が一番怖いって────
(娘の下着を覗き見たなんてもしエリザベス3世に知られたら何されるか分かったもんじゃない……)
親バカエリザベス3世に知られた暁には、死よりも恐ろしい生き地獄を味わされるに違いない。だから見たいけど見ないように俺は我慢しているのだッ。そんな俺の心理など知らずにセイナはドックタグ探す。だが
「あれ、あれ!?ID DISKがどこにも無い……あッ!!」
胸元を探していたセイナは何かを思い出したのか短く声をあげる。
「アタシ地下部屋に入れられた時にセバスにID DISK取られたこと忘れてた……」
セイナは俺のことを見上げながらそう言ってきた。
てか、セイナさん胸元に手を入れたままこっち向くのやめてもらっていいですか?そっちが気になって全然話も入ってこないし振り向けないんだけど……
「ポ、ポケットとかに何か身分を証明できるようなもの入っていないのか?」
手を胸元に入れたままのセイナに話しかけられて焦った俺は、セイナの方を見ずに若干噛みながらも、ぎこちなくそう返して明後日の方向を見る。
「ちょっと待ってて……」
セイナは俺に言われて胸元から手を離してスカートのポケットの中身を探す。ふう…なんとか手を胸元から移動させることができたぜ…これでやっと振り返れ…
(ぶッ!?)
胸元の脅威が無くなり、振り返ろうとした俺は心の中で吹き出した。なんとセイナはスカートを両手で持ってたくし上げるようなポーズをとっていた。そのままセイナは上にスカートを持ち上げていき、細い脚に履いていた黒いニーソックスとスカートとの間から太ももが見えてくる。白く透き通った肌が黒いニーソックスと相まって、余計にその絶対領域を強調させる。そしてそのままパンツまで見えそうになったところで
「お、お前公衆の面前で何しようとしてんだ!?」
思わず俺はスカートを持ち上げようとしていたセイナの左手を抑えた。するとセイナは俺の行動に理解できないといった表情をしながら呆れたように口を開く。
「スカートの裏に隠しポケットがあるからそっちを調べようとしただけなんだけど……なに勘違いしてるか知らないけど、変な妄想しないでくれるこの変態……」
熱湯が一瞬で凍るような冷たい目線と吐き捨てるような声でセイナに軽蔑される。
「あ、そうですか……ごめんなさい……」
俺はしょんぼりした声でそう答えた。
なんだよッこっちは色々気を遣って心配してやったのに骨折り損じゃねーかッ!
「ごめん、代わりになるようなものも持ってなかったわ……」
スカートの裏ポケットも調べ終わったセイナはやや俯いた状態で残念そうに言った。
「分かった、じゃあちょっとここで待っとけ、俺が情報を聞いてくるから」
セイナがドックタグを持っていないことを一応は想定していた俺は、あとですぐ合流できるようにセイナをその場に待機させ、別の手段で警察から情報を得るために警察のテント近づく。
「聞くって、どうやって?」
俺を信用していないセイナは心配そうにテントの方に歩いて行った俺の後ろから声をかける。
「まあ、任しとけって」
歩いたままセイナの方を振り返らずに右手だけ上げて返事を返す。
(さて……)
俺はさっきセイナが入っていったテントとは別の警察のテントに大体10mくらいの距離まで近づいた。テントの入り口には2人の警官が監視していて関係者以外は迂闊に近づけない状態だった。
(はぁッ!!)
不審に思われない位置まで近づいた俺は、警察にバレないように悪魔の紅い瞳を発動する。そして能力を使って聴覚だけを3倍強化させて警察テント内部の音を聞こうとする。
「クソッ!!奴らの要求が全くわからん、一体何が目的なんだ!!」
「要求を聞いても「すでに要求内容は伝えてある」の一点張りでこっちには何を言っているかさっぱりですよ」
「人質の何人かは負傷しているらしい、早く助けないと…」
「テロリストは礼拝堂の中心に立て籠もっているだけなんですよね?我々だけで作戦実行できるのでは?」
「ダメだ!!理由は知らんが上は「指示があるまで待機」と命令している。勝手なことはできない」
「それに礼拝堂は歴史的建物…傷つけないで人質奪還作戦なんて至難の技ですよ」
「イギリス軍も似たような状況みたいですね…できれば協力して作戦を進めたいんですけどね…」
「そういえば、さっき情報を聞きに来たあのガスマスクの2人はどこに行ったんですかね?」
丁度なかで現場の会議でもやっていたのか、聞きたい情報が大体手に入った。
情報収集を終えた俺は、悪魔の紅い瞳を解除させ、セイナのところに戻る。
ちなみに悪魔の紅い瞳は今のように部分的強化も可能で、通常よりも身体に対する疲労を抑えられる利点はあるのだが、欠点としては、普通に能力を使用するよりも高い集中力が必要になるため、その場から動けなくなってしまうのだ。
「あら、早かったわね。収穫はあったの?」
近くにベンチに座っていたセイナが帰ってきた俺に気づいてこっちに近づいてきた。
「まあぼちぼちかな」
俺は警察のテントで聞いた情報の要点だけまとめて話した。
「じゃあ今は警察もイギリス軍も両方動けない状況なの?」
セイナは俺の持ってきた情報を聞いて、左手で右腕の肘を抑え、右手を顎の下に当てて考える人のようなポーズをとり、俺の顔を見上げながらそう言った。
「おそらくな、テロリストの奴ら、軍の方にしか本当の目的を伝えてないらしい。これはあくまで俺の推測だが、多分軍の中でもセイナの情報が漏洩しないよう一部の人間だけが要求の内容を知っている状況になっているんだと思う。警察の方には至っては要求内容すら伝えてないみたいだしな。警察サイドはテロリスト側の要求が曖昧なせいで交渉がなかなか進まずに困っているんだろう。軍の方も作戦を実行したいけど、礼拝堂に立て籠もっているせいでそれができないんだろうな」
「なんで礼拝堂立て籠もっていることが問題なの?」
聞いた情報を整理しながら俺が説明していると、セイナは礼拝堂に立て籠もっていることの問題点が分からずに、キョトンとした顔をする。
「礼拝堂は500年近い歴史のある建物なんだろ?そんな世界的遺産を仮に傷つけ、ましてや壊しましたなんて言ってみろ、誰が責任取るんだよ。こんな歴史的建造物の責任取れる奴なんて軍や警察の中にはほとんどいないってことさ」
「なッ!?」
セイナは俺の言葉にキョトンからの驚愕した表情を見せ、次第にそれは怒りの色に変わっていき……
「人の命がかかっているのよ!?歴史的建造物がどうとか言ってる場合じゃないでしょう!!」
周りに人がいることも気にしないせず、両手を握りしめて激怒した。
「怒る気持ちは分かる、だがそれが人間ってやつなんだよ…結局最後に大切なのはみんな自分自身で、ハイリスクローリターンでは基本的に人間は動かない。そりゃあそうさ、そんなでかい責任、誰も取れないから、てめー以外のやつにそれを押し付けようとする…責任が取れるっていう奴が現れるまでな。それでもやろうとする奴はバカと英雄だけだよ」
「ッ……!」
セイナは、込み上げてきた感情を抑えるためにか俯いた状態で歯を食いしばった。軍や警察への怒りと悲しみが恐らく自分の中で葛藤しているのであろう。
「許してやれとは言わないが、警察1人1人にも家庭はある。責任を取らせれて職を失えば、養うべき家族も路頭に迷ってしまう。彼らもお前と一緒で自分以外にも守りたいものがあるってことさ…それに、そういう連中のために俺たちがいるんだろう?」
感情的になってフルフル震えていたセイナの肩に手を置いて優しく俺は言った。
「軍や警察が動けないなら、俺のようなバカが乗り込んで人質を救出し、お前が英雄になればいいだけの話、たったそれだけさ」
セイナは少し涙目になっていた顔を上げて俺の方を見る。
「なにそれ、それで慰めたつもり?」
少し涙声になりながらも涙目を見られるのが嫌だったのか右手で雑に目を擦りながら、さっきまでとは違う、キリッとしたブルーサファイアの瞳に戻ったセイナが言った。
「フォルテ、あなた今アタシに英雄になれって言ったけど、それはちょっと違うわ。あんなテロリストには英雄なんて必要ない。アタシたちのようなバカどもで十分だわ」
片足に体重を乗せ、左手を腰に当て、右手でその長い金髪のポニーテールをなびかせながら、セイナは力強い眼でそう宣言した。言い回しはあまり良くなかったが、なんとかセイナの落ち着きは取り戻せたようだ。
「よし、じゃあ俺たち以外のバカを集めるから、セイナ、協力してくれるか?」
「アタシ達以外のバカ?いいけど、アタシは何をすればいいの?」
「とりあえずついて来れば分かるよ」
セイナはまだ気づいてないが、実はここに俺たちの味方をしてくれるであろう人物が2人すでに到着しているのを耳にしていた。(さっき警察のテント内の情報収集をしていた時に)そいつらの居る場所も悪魔の紅い瞳を使用している時に聞き取ることができたので、とりあえずそっち方面を目指して歩いていると
「これかな?」
警察と救急隊員でごった返していた広場からちょっと北に進んだところの道沿いにイギリス軍用車であるランドローラーウルフが一台だけポツンと止まっていた。窓はスモークガラスになっていて中は見えない仕様になっていて誰が乗っているのか分からない状態だった。
「あれ?これって……」
隣にいたセイナがどっかで見たことあるような反応をしているのを横目に俺は「開けるぞ」と言いながら扉を開く。
チャキ……
車の扉を開けて出てきたのは人間ではなく銃口だった。見慣れた黒いSIG SAUER P226の銃口が俺の額に当てられる。突然の出来事にセイナも応戦しようとレッグホルスターのDesert Eagleを引き抜こうとした。
「待て!!大丈夫だから……」
俺は銃を抜こうとしたセイナを制止し、銃口を突きつけた相手を見る。
「なんだあんたか」
俺に銃口を突きつけた男はそう言うと、銃口を下ろして車から降りてきた。
「こんなところで何をしている?ここは関係者以外近寄ることはできないはずだが?って隊長!?」
ガスマスクをつけた、黒色の野戦服の男は銃をホルスターに閉まい、俺の隣にいたセイナに驚きながらそう言ってきた。
「やっぱりこれSASの軍用車両だったのね。ジェームス隊員、それにロバート隊員。現場に来ているのはあなたたちだけ?」
ガスマスクをつけていても、一緒の部隊のメンバーなだけあってセイナはすぐに気づいようだ。
そう、彼らは俺の襲撃作戦に参加していたセイナと同じSAS訓練小隊の隊員の2人で、女王陛下の指示でケンブリッジ大学に来ていたらしい。
「はい!!女王陛下の指示で救出作戦を行うため、負傷中のアーノルド隊員以外の我々2人で現場に待機していたいた次第です!!しかし隊長も来ているとは聞かされていなかったので驚きましたよ!!」
あーそれにはちょっと事情があってね……」
自分の部隊の隊長に気づいて俺とは対照的な態度をとるジェームス隊員に対し、地下部屋を抜け出してきたとは言えず、右の人差し指で顔の頬を掻きながらセイナは目を逸らして誤魔化すように言った。
「まあ、そんなことよりも俺たち2人に力を貸して欲しい」
詳しい事情を話せず、気まずそうにしているセイナに助け舟を出すべく俺はSASの2人に提案する。
「はっ?なんでお前のようなどこの馬の骨とも知らない奴に助けなんて…」
「アタシからもお願い、彼とアタシに力も貸して欲しいの」
「はッ!!隊長の頼みとあれば喜んで!!」
セイナはどうやら俺のさっき言った手伝って欲しい内容を察してくれたようで、俺の頼みが断られそうになって今度はセイナが助け舟を出してくれた。お陰でこいつらも含めて作戦に使える人数は4人になった。
隊長の頼みだとこいつチョロいな……
「でも、具体的に何をすればいいのですか?」
さっき俺に銃口を俺に向けてきたジェームス隊員とは別のロバート隊員が俺に問いかけてきた。
「別に難しいことをやるつもりは無い、俺たち4人で奇襲攻撃をかける」
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