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#02 虚ろなる学院生活
第9話
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「────なんか先日も出たらしいな。『ストレガドッグ』」
「昔はあんなに物騒じゃなかったのにな」
講義室の机に早朝から突っ伏していた俺の耳元にそんなクラスメイトの噂話が舞い込んでくる。どうせ昨日と同じくマスコミが挙って特集でも組んだのだろうな。くだらない。
「でも三年前くらいに似たような殺人鬼が居たよね?」
「あぁ、あれね。三百人も殺しちゃった未成年のやつね。あれって確か俺らと歳一緒だったって話しだよな」
「でも確か捕まって死刑になっちゃったんじゃなかったっけ?」
「ふーん、まぁどっちにしても俺はそんな人生じゃなくて良かったわ」
何気なくそう言ってクラスメイト達は席へと戻っていた。
そんな……人生ね。
俺は机に突っ伏したまま、ぼんやりとそんな言葉を反芻していると、頭上より覇気の無い女性の声が降りかかる。
「あのー……イチル君」
栗茶の髪を緩く巻き黒縁眼鏡を掛けたうら若き女性。
このクラスの担任である『柳美羽』その人だ。
「もうHR始まっているから……その、顔を上げてくれないかしら……」
震えた声で諭すように彼女はそう告げる。
まるで怯えた子犬みたいな印象だが、実はこの学院を飛び級で卒業した後スカウトされたという異色の経歴の持ち主らしく、数代重ねてようやくその座に付けるとされる教授達の中でも一代目二十六歳でそれを成し遂げた凄い人物らしい※注釈(伊嶋談)。
でもそんなこと、昨日の仕事で疲れた俺の身体には関係のないことだ。気付かないふりしてそのまま寝ようと試みる。
「おいイチル、ちょっとくらい悪びれた態度を取った方がいいんじゃないか?」
そんな俺の安眠を邪魔するように伊嶋が肘で小突いてくる。
イラッとして深い隈の入った眼を見せつけるように一度睨むと、伊嶋も口籠ったままそれ以上何かを言うことはなくなった。
「ぐすんっ……それじゃあ、スンっ……全員集まったところで、スンっ……朝のHRを始めます」
晴れ晴れした朝日には不釣り合い過ぎる悲痛な呼び掛け。
他クラスメイトからの嫌悪な視線が俺へと集まったが、その中でも一際目立つ気配が一つ、ギシリッと拳を握りしめた。それはまるで風船のように膨れ上がっていく憤怒の気配。限界を迎え、遂には破裂して席を立つ寸前といった手前、この場にいる全員が耳を疑う発言を柳教授は呟いた。
「今日はその……早速ですが、新しい編入生がいます」
向けられていたヘイトが一瞬で霧散し、クラスメイト達はガヤガヤと騒ぎ出す。
初日ならまだしもまさか新学部になり、たった二日目で編入生が来るなんてありえない。
「────朝から教師を泣かせてまで惰眠を貪ろうなんて、やっぱり躾がなってないんじゃないかしら?」
遠巻きに呟かれたその一言に俺の身体がビクンッと大きく跳ね上がる。
入眠時による筋肉収縮などでは断じてない。その声を聞いた瞬間、本能に刻まれた危険センサーが作動し、どんな方法を使ってでも身体を起こす必要が則判断したのだ。
愉悦に満ちた猫のようなその囁きに。
「柳教授、私の席、アイツの隣にするわ」
部屋の中だというのにダークフリルの日傘を差していたソイツは、ラッセルレース調の黒グローブに包み込んだ指先で俺の隣を指した。
「ミ、ミーアさん、それは幾ら何でも……」
「あら、何か不都合でもあって?それとも教授は先程私がお伝えした件、もう忘れてしまったのかしら」
寒気がするような満面の笑顔でそう呟かれた柳教授は、ただでさえ気弱で薄白の肌を更に青ざめさせていく。
(別に私はバラしてしまっても構わないのですよ。貴方が学院には内緒でイケナイ実験をしていることを報告しても────)
周りには聞き取れない悪魔の囁きを受け、柳教授は涙目のまま白旗を振った。
「いやちょっと待てぇッ!!」
まるで初めからクラスの一員であったかのように我が物顔で闊歩するその人物へ向け、俺は情けない声を上げながら指を指す。
「なんでお前がこのクラスに編入してくるんだよ!?ミーア・獅子峰・ラグナージ!!」
何が起きているのか未だに理解できていないクラスメイト達が俺の一喝で我に返る。
というよりも、彼女に対し、そのあまりにも無礼な愚行に恐怖の念を抱いて慄いていると言った方が正しい。
しかし、いい加減に俺が動転する姿に辟易したような様子で、昨日二度も襲ってきたその人物は、慇懃無礼な八方美人風の笑顔を解き、心底ゴミを見るような視線をこちらへと向ける。
「相変わらず騒がしい男ね。さっき教授が言ってくださったでしょ?私は編入生だって。あとその長ったらしい呼び方はなんか不愉快だから、これからはミーアと呼びなさい。それと指を指すのは止めて、私の犬となるのだから礼儀作法には気を配る様に」
「はぁ?!犬ってなんの話しだよ?そんなこと言った覚えはないぞ俺は!」
「あら、昨日話したことをもう忘れたのかしら?私に勝るとも劣らないその実力を貸して欲しい。そう頼んだはずだけど?」
(あの学年主席のミーア様が不良生徒と話している)
(嘘だろ、俺なんて会話どころか視界にすら入れて貰えたことないんだぞ)
(それよりも聞いたか?あの一縷っていう編入生、ミーア嬢と実力が互角らしいぞ)
(そう言えば昨日も他のクラスの連中が言っていたような、ミーア様に触れた上に無傷で逃げ切った男子生徒が居たって)
(嘘でしょ?外部編入生程度が、名家推薦のミーア様と互角なんてありえないよ?)
誤解を招く物言いに、講義室が途端に喧騒に近い騒めきに包まれ出す。
マズい……昨日は何とか誤魔化せていたのだが、衆人観衆の前でこうもあらぬ噂を立てられては溜まったもんじゃない。
この学院に来た理由を果たすためにも、下手に目立つことだけは避けないと。
「お、俺はその頼みを了承した覚えはないぞ」
「要らないわ。私が勝手に決めるだけだもの」
「……あのなぁ、人には人権ていうものがあってだな」
「犬に人権があると思って?」
「……」
ダメだ。この我儘お嬢様を口で黙らせる技術を俺も持ち合わせていない。
「……おいイチル、何がどういうことだ?」
「知らねーよ、寧ろこっちが聞きたいくらいだ」
囁く伊嶋に俺ががなり立てる。
その間にも小さきモンスターはゆっくりと、ゆっくりと、獲物の逃げ場を塞ぐように頬を吊り上げながら近づいてくる。
「や、柳教授……」
突然の来訪者に皆が阿鼻叫喚している中、ここで意外な人物が手を上げた。
先日会話をした亜人種のリアが、極度の緊張の中で震える指先を伸ばしつつ、この場の誰もが思っている疑問を提示してみせる。
「い、一体、何がどうなっているのです?」
「えっと、実は……」
柳教授はゆっくりと昨日あったことを語らい始める。
事の発端は昨日へと遡る。
◇ ◇ ◇
「そんなの罷り通る訳がないだろ」
特徴的な囁き声と色艶の良い黒の長髪を靡かせる、女性にしては長身かつ細身な体躯に男装風スーツを纏うその人物こそ、学院長、嶺白麗花その人だ。学生と一回り程度しか変わらない年端にして、この学院の資金面を担う有名財団ご令嬢の側面も持つ彼女は、ムスッと口をへの字に曲げて腕組をする。
「違うクラスへ変更したいなんて、幾ら君が優秀だからといってそんな横暴を赦すわけにはいかないよ。それに君はもう少しこの学院の顔としての自覚をだね────」
「分かりました、では退学します」
「……はい?」
何故か彼女に呼び出されて話しを聞かされていた柳教授は二人の隣で眼を丸くする。
学院長の机に差し出された紅い校章と一枚の紙面。
それは、ミーア・獅子峰・ラグナージの退学書類だった。
「私、ミーア・獅子峰・ラグナージは、本日を持ちましてこの学院を退学します」
それと同時にもう一つの書面を差し出す。
「それと、明日より御校に編入させて頂きたいのですが、よろしいですよね学院長殿?」
柳教授はその示唆する意味を理解して思わず腰を抜かした。
ミーアが差し出したのは一ー三への編入届。
学院側が用意した難問試験さえ突破できれば、誰であろうと学院に通うことのできる正式な手続き書類だ。
学院長は投げ出された資料を一瞥してからミーアの表情を覗き込む。
「いいのか?仮に編入できたとしても、飛び級で大学部まで卒業できる君の単位は全て剥奪される。それに見合うものがこの書面にあるのか?」
「えぇ、もちろん。この程度で欲しかったものが手に入るのであれば、安いものです」
◇ ◇ ◇
「その後、ミーアさんは試験を無事に合格し、本日より学院に編入するという形でこの一ー三に転入となりました。皆さん急なことで戸惑いもあるかと思いますが、仲良くしてくださいね」
ふふんっと、どこか誇らしげにまっ平らで、そして色気こそ無いものの淑女としては慎ましい胸を張り、ドヤ顔を披露するミーア。その胸元には柳教授の話を裏付けるよう、昨日付けていた紅い校章から、俺と同じ蒼の校章へと変貌を遂げていた。
だとしてもだ。そんな横暴が許されて良いはずが無い。
「いやいやいや柳教授、そんなバカな話しが罷り通って良いはずがないでしょ?この女がどれだけ優秀かは知らないけど、学院のルールを破って自分の入りたいクラスを選ぶなんて。何とも思わないんですか?」
「お前もさっきまでずっと一人だけ寝ていただろ……」
伊嶋の正論に俺は何も言い返せなくなる。
周りの視線からも誰も擁護してくれるものはおらず、皆が羨望の眼差しで彼女を受け入れている。
だがしかし、二度殺されかけた身としては冗談抜きで死活問題なんだよ。ほんとに。
頼みの綱である、このクラスを受け持つ柳教授へ助け舟の視線を送るものの。
(イチル君、私も教職と今月のお給料が掛かってるから……その、ごめんなさい)
酷く申し訳なさそうにキュッと渋面を作り、パチンと両手を合わせた。
ダメだ。完全に心を折られている表情をしている。
「い、いい伊嶋君!お、俺の隣が良いと君は言っていたよね?そうだよね!?」
後の無い俺は汗ダラダラのまま隣の席の大男を見たが、奴はいつの間にか小柄に見えるくらい遠くの席まで退避し、呑気に手を振っていた。
ば、万策尽きた……。
「さ、楽しい愉しい学院生活を始めましょ」
非合法に近い合法手段で獲物を部屋の隅に追いやったきまぐれ猫が、恍惚と舌なめずりするように嗤ってみせた。
「昔はあんなに物騒じゃなかったのにな」
講義室の机に早朝から突っ伏していた俺の耳元にそんなクラスメイトの噂話が舞い込んでくる。どうせ昨日と同じくマスコミが挙って特集でも組んだのだろうな。くだらない。
「でも三年前くらいに似たような殺人鬼が居たよね?」
「あぁ、あれね。三百人も殺しちゃった未成年のやつね。あれって確か俺らと歳一緒だったって話しだよな」
「でも確か捕まって死刑になっちゃったんじゃなかったっけ?」
「ふーん、まぁどっちにしても俺はそんな人生じゃなくて良かったわ」
何気なくそう言ってクラスメイト達は席へと戻っていた。
そんな……人生ね。
俺は机に突っ伏したまま、ぼんやりとそんな言葉を反芻していると、頭上より覇気の無い女性の声が降りかかる。
「あのー……イチル君」
栗茶の髪を緩く巻き黒縁眼鏡を掛けたうら若き女性。
このクラスの担任である『柳美羽』その人だ。
「もうHR始まっているから……その、顔を上げてくれないかしら……」
震えた声で諭すように彼女はそう告げる。
まるで怯えた子犬みたいな印象だが、実はこの学院を飛び級で卒業した後スカウトされたという異色の経歴の持ち主らしく、数代重ねてようやくその座に付けるとされる教授達の中でも一代目二十六歳でそれを成し遂げた凄い人物らしい※注釈(伊嶋談)。
でもそんなこと、昨日の仕事で疲れた俺の身体には関係のないことだ。気付かないふりしてそのまま寝ようと試みる。
「おいイチル、ちょっとくらい悪びれた態度を取った方がいいんじゃないか?」
そんな俺の安眠を邪魔するように伊嶋が肘で小突いてくる。
イラッとして深い隈の入った眼を見せつけるように一度睨むと、伊嶋も口籠ったままそれ以上何かを言うことはなくなった。
「ぐすんっ……それじゃあ、スンっ……全員集まったところで、スンっ……朝のHRを始めます」
晴れ晴れした朝日には不釣り合い過ぎる悲痛な呼び掛け。
他クラスメイトからの嫌悪な視線が俺へと集まったが、その中でも一際目立つ気配が一つ、ギシリッと拳を握りしめた。それはまるで風船のように膨れ上がっていく憤怒の気配。限界を迎え、遂には破裂して席を立つ寸前といった手前、この場にいる全員が耳を疑う発言を柳教授は呟いた。
「今日はその……早速ですが、新しい編入生がいます」
向けられていたヘイトが一瞬で霧散し、クラスメイト達はガヤガヤと騒ぎ出す。
初日ならまだしもまさか新学部になり、たった二日目で編入生が来るなんてありえない。
「────朝から教師を泣かせてまで惰眠を貪ろうなんて、やっぱり躾がなってないんじゃないかしら?」
遠巻きに呟かれたその一言に俺の身体がビクンッと大きく跳ね上がる。
入眠時による筋肉収縮などでは断じてない。その声を聞いた瞬間、本能に刻まれた危険センサーが作動し、どんな方法を使ってでも身体を起こす必要が則判断したのだ。
愉悦に満ちた猫のようなその囁きに。
「柳教授、私の席、アイツの隣にするわ」
部屋の中だというのにダークフリルの日傘を差していたソイツは、ラッセルレース調の黒グローブに包み込んだ指先で俺の隣を指した。
「ミ、ミーアさん、それは幾ら何でも……」
「あら、何か不都合でもあって?それとも教授は先程私がお伝えした件、もう忘れてしまったのかしら」
寒気がするような満面の笑顔でそう呟かれた柳教授は、ただでさえ気弱で薄白の肌を更に青ざめさせていく。
(別に私はバラしてしまっても構わないのですよ。貴方が学院には内緒でイケナイ実験をしていることを報告しても────)
周りには聞き取れない悪魔の囁きを受け、柳教授は涙目のまま白旗を振った。
「いやちょっと待てぇッ!!」
まるで初めからクラスの一員であったかのように我が物顔で闊歩するその人物へ向け、俺は情けない声を上げながら指を指す。
「なんでお前がこのクラスに編入してくるんだよ!?ミーア・獅子峰・ラグナージ!!」
何が起きているのか未だに理解できていないクラスメイト達が俺の一喝で我に返る。
というよりも、彼女に対し、そのあまりにも無礼な愚行に恐怖の念を抱いて慄いていると言った方が正しい。
しかし、いい加減に俺が動転する姿に辟易したような様子で、昨日二度も襲ってきたその人物は、慇懃無礼な八方美人風の笑顔を解き、心底ゴミを見るような視線をこちらへと向ける。
「相変わらず騒がしい男ね。さっき教授が言ってくださったでしょ?私は編入生だって。あとその長ったらしい呼び方はなんか不愉快だから、これからはミーアと呼びなさい。それと指を指すのは止めて、私の犬となるのだから礼儀作法には気を配る様に」
「はぁ?!犬ってなんの話しだよ?そんなこと言った覚えはないぞ俺は!」
「あら、昨日話したことをもう忘れたのかしら?私に勝るとも劣らないその実力を貸して欲しい。そう頼んだはずだけど?」
(あの学年主席のミーア様が不良生徒と話している)
(嘘だろ、俺なんて会話どころか視界にすら入れて貰えたことないんだぞ)
(それよりも聞いたか?あの一縷っていう編入生、ミーア嬢と実力が互角らしいぞ)
(そう言えば昨日も他のクラスの連中が言っていたような、ミーア様に触れた上に無傷で逃げ切った男子生徒が居たって)
(嘘でしょ?外部編入生程度が、名家推薦のミーア様と互角なんてありえないよ?)
誤解を招く物言いに、講義室が途端に喧騒に近い騒めきに包まれ出す。
マズい……昨日は何とか誤魔化せていたのだが、衆人観衆の前でこうもあらぬ噂を立てられては溜まったもんじゃない。
この学院に来た理由を果たすためにも、下手に目立つことだけは避けないと。
「お、俺はその頼みを了承した覚えはないぞ」
「要らないわ。私が勝手に決めるだけだもの」
「……あのなぁ、人には人権ていうものがあってだな」
「犬に人権があると思って?」
「……」
ダメだ。この我儘お嬢様を口で黙らせる技術を俺も持ち合わせていない。
「……おいイチル、何がどういうことだ?」
「知らねーよ、寧ろこっちが聞きたいくらいだ」
囁く伊嶋に俺ががなり立てる。
その間にも小さきモンスターはゆっくりと、ゆっくりと、獲物の逃げ場を塞ぐように頬を吊り上げながら近づいてくる。
「や、柳教授……」
突然の来訪者に皆が阿鼻叫喚している中、ここで意外な人物が手を上げた。
先日会話をした亜人種のリアが、極度の緊張の中で震える指先を伸ばしつつ、この場の誰もが思っている疑問を提示してみせる。
「い、一体、何がどうなっているのです?」
「えっと、実は……」
柳教授はゆっくりと昨日あったことを語らい始める。
事の発端は昨日へと遡る。
◇ ◇ ◇
「そんなの罷り通る訳がないだろ」
特徴的な囁き声と色艶の良い黒の長髪を靡かせる、女性にしては長身かつ細身な体躯に男装風スーツを纏うその人物こそ、学院長、嶺白麗花その人だ。学生と一回り程度しか変わらない年端にして、この学院の資金面を担う有名財団ご令嬢の側面も持つ彼女は、ムスッと口をへの字に曲げて腕組をする。
「違うクラスへ変更したいなんて、幾ら君が優秀だからといってそんな横暴を赦すわけにはいかないよ。それに君はもう少しこの学院の顔としての自覚をだね────」
「分かりました、では退学します」
「……はい?」
何故か彼女に呼び出されて話しを聞かされていた柳教授は二人の隣で眼を丸くする。
学院長の机に差し出された紅い校章と一枚の紙面。
それは、ミーア・獅子峰・ラグナージの退学書類だった。
「私、ミーア・獅子峰・ラグナージは、本日を持ちましてこの学院を退学します」
それと同時にもう一つの書面を差し出す。
「それと、明日より御校に編入させて頂きたいのですが、よろしいですよね学院長殿?」
柳教授はその示唆する意味を理解して思わず腰を抜かした。
ミーアが差し出したのは一ー三への編入届。
学院側が用意した難問試験さえ突破できれば、誰であろうと学院に通うことのできる正式な手続き書類だ。
学院長は投げ出された資料を一瞥してからミーアの表情を覗き込む。
「いいのか?仮に編入できたとしても、飛び級で大学部まで卒業できる君の単位は全て剥奪される。それに見合うものがこの書面にあるのか?」
「えぇ、もちろん。この程度で欲しかったものが手に入るのであれば、安いものです」
◇ ◇ ◇
「その後、ミーアさんは試験を無事に合格し、本日より学院に編入するという形でこの一ー三に転入となりました。皆さん急なことで戸惑いもあるかと思いますが、仲良くしてくださいね」
ふふんっと、どこか誇らしげにまっ平らで、そして色気こそ無いものの淑女としては慎ましい胸を張り、ドヤ顔を披露するミーア。その胸元には柳教授の話を裏付けるよう、昨日付けていた紅い校章から、俺と同じ蒼の校章へと変貌を遂げていた。
だとしてもだ。そんな横暴が許されて良いはずが無い。
「いやいやいや柳教授、そんなバカな話しが罷り通って良いはずがないでしょ?この女がどれだけ優秀かは知らないけど、学院のルールを破って自分の入りたいクラスを選ぶなんて。何とも思わないんですか?」
「お前もさっきまでずっと一人だけ寝ていただろ……」
伊嶋の正論に俺は何も言い返せなくなる。
周りの視線からも誰も擁護してくれるものはおらず、皆が羨望の眼差しで彼女を受け入れている。
だがしかし、二度殺されかけた身としては冗談抜きで死活問題なんだよ。ほんとに。
頼みの綱である、このクラスを受け持つ柳教授へ助け舟の視線を送るものの。
(イチル君、私も教職と今月のお給料が掛かってるから……その、ごめんなさい)
酷く申し訳なさそうにキュッと渋面を作り、パチンと両手を合わせた。
ダメだ。完全に心を折られている表情をしている。
「い、いい伊嶋君!お、俺の隣が良いと君は言っていたよね?そうだよね!?」
後の無い俺は汗ダラダラのまま隣の席の大男を見たが、奴はいつの間にか小柄に見えるくらい遠くの席まで退避し、呑気に手を振っていた。
ば、万策尽きた……。
「さ、楽しい愉しい学院生活を始めましょ」
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