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第五幕【ヒーローの夢】

5-13【その心、その志、その雄姿(2)】

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 ついに、イェキュブの口から町民たちへの死の宣告が下される。
 その言葉に合わせ、巨大なムカデは体に付けた小型の魔獣を、屋敷中にばら撒くよう体を大きく揺らす。
 ムカデの身体に付いていた昆虫魔獣たちが、地上に向けて降り注ぐ。
 まるで、臨戦態勢の落下傘部隊を思わせる恐ろしい光景だ。

「ロックン、雷の鍵を」

 それらと共に落下するアデーレが、左手を前にかざす。

「いいのかい? 体がしびれて思うように動けなくなるよ」
「分かってる。でもあの鍵の使い方、ちょっとだけ分かってきたから」
「なるほど。いいね、適応力が高いのは感心するよっ」

 なぜか嬉しそうなアンロックンの言葉と共に、アデーレの左手にわずかな電流が走る。
 痺れを感じた直後、海の魔獣の時に使った金色の鍵を握っていた。

 竜紋の口が解放され、鍵穴が姿を現す。

「よしッ」

 それを確認したアデーレは、躊躇することなく雷の鍵をフラムディウスに差し込み、右に回す。
 先ほどまでの炎が消失し、刃がむき出しになるフラムディウス。
 その直後、今度はアデーレの身体から電流がほとばしり、それがフラムディウスの刃を輝かせる。

 当然、アデーレの体には多量の電流が流れ、全身にしびれを覚える。
 この状態では、細やかな動きを行う事は叶わない。

 しかし、この状態だからこそ出来るかなり無茶な動きが一つ、アデーレの頭にイメージされていた。

「電光……石火!!」

 しびれる体に気合を入れるよう、アデーレが叫ぶ。
 すると、フラムディウスに再び炎が宿り、それがアデーレに帯電する大量の電気と合わさる。
 その状態から、先ほどと同じく炎が噴き出し、アデーレの身体を加速する。

 ……が、その加速が先ほどの比ではない。
 まず、吹き出す炎が先ほどまでの赤色ではない。紫色だ。
 その上噴出する速度が尋常ではなく、常人からは紫色に輝く一筋の閃光が、屋敷の上空を縦横無尽に駆け巡っているようにしか見えない。

「なっ!?」

 人知を超えた速度に、イェキュブが驚愕の声を上げてしまう。

 アデーレは、雷神の力が持つ強大な電力を、炎と合わせることで超加速に利用することを思いついたのだ。
 電気を制御できるかは一発勝負だったため、成功する保証は一切なかった。
 しかし、テレビやネットで見ただけの知識を無理やりこねくり合わせた一世一代の大勝負は、電光石火の超加速という形で実を結んだ。

 だが、その制御は極めて難しい。
 ヴェスティリアの力であっても、この加速状態のフラムディウスを振るうことは不可能だ。
 その上全身をしびれが襲う状態は続いており、現状これを利用した攻撃方法はただ一つ。

 前方に剣を突き出し、そのまま魔獣へと突撃する……完全なイノシシ戦法だ。

「――――ッ!!!」

 声を出すことも出来ないアデーレは、歯を食いしばりながら必死に進む方向を制御していく。
 周囲の光景は見たこともない速度で過ぎていき、時折屋敷の敷地外まで飛び出してしまう。
 しかし、その猛烈な突撃は確実に攻撃に役立っていた。

 地面に降り注ぐ昆虫型の魔獣を次から次へと貫いていく。
 力と速度の合わさった突きの破壊力はすさまじく、切っ先に触れた魔獣の身体は、それだけで粉砕される。
 そんな紫の閃光が巨大ムカデの周囲を飛び回り、降り注ぐ小型魔獣の落下を食い止めていく。
 しかし、それでも全てを倒しきることは出来ず、徐々に着地に成功する魔獣も現れる。
 それらは残された牛の魔獣と共に、屋敷の壁を破壊しながら人々がいる前庭の方へ向かっていく。

 このままでは町民を守り切れないのは明白だ。

(この力を一気に開放するんだ!)

 普通に話しかけても会話にならないと判断したのか。
 アデーレの脳内に、アンロックンの声が直接響く。

 その言葉に応じ、アデーレは放出する電気を緩め、減速をかける。
 全身を襲うしびれが緩み、少しだけ剣を動かすことができるようになる。
 巨大ムカデの身体に沿って飛び回っていたアデーレは、フラムディウスをその硬い外骨格に突き刺し、強引にブレーキをかける。

 巨大ムカデの悲鳴が、空気を揺るがす轟音となって周囲を襲う。
 完全に停止したアデーレは、今だ帯電しながら燃え盛るフラムディウスを引き抜きながら、外骨格の上に立つ。

「はああぁぁぁっ!!」

 引き抜いた勢いそのままに、アデーレは剣を横に構えたまま一回転。
 刃から雷神と竜神の力を合わせた紫の閃光を放ち、巨大ムカデの上半身とその周囲の昆虫魔獣を飲み込む。
 その閃光は想像を絶する高温を放っており、その中に飲まれた魔獣たちは全て、完全に蒸発してしまった。

「うわ……冗談みたいな威力だね」

 これにはさすがのアンロックンも想定外だったのだろう。
 その言葉だけで、驚いていることがはっきりと理解できた。

 残されたムカデ魔獣の下半身が地面に落ちる。
 その上に立っていたアデーレは、落下の反動を利用し大きく跳躍。
 屋敷の穴に群がる魔獣たちを、フラムディウスで薙ぎ払った。

「それ以上、近付くなあぁぁぁ!!!」

 あの先には、戦う力を持たない人々がいる。
 あの先には、共に働く友人、仲間がいる。

 あの先には、心優しき両親がいる。

 アデーレは剣を振るい、魔獣を切り裂きながら前進する。
 屋敷の中に人の気配はなく、ロベルトが無事皆を外に出してくれていたことを確認。
 それはこの先の前庭に皆が集まっており、魔獣によって追い詰められようとしているという事。

 ――誰一人として、犠牲者を出さない。

 身体の痺れなど感じている場合ではなかった。
 渾身の力を込めて魔獣を討伐し、歩みを進めるアデーレ。
 魔獣に破壊された玄関の大扉を抜け、ついに前庭へと足を踏み入れた。

 その瞬間、目に入った光景。

 塀の方に追い詰められた人々に迫る、数匹の魔獣

 魔獣の目指す先にいる、二人の人物。

 それは両親……ヴェネリオとサンドラだった。

「ッ!!!」

 アデーレの目が見開かれる。
 声にならない短い悲鳴が、口から洩れる。

 目前まで迫りくる魔獣。
 跪く両親。ヴェネリオは、妻の肩をしっかりと抱きしめている。

 ついに目の前まで追い詰めたカマキリ型の魔獣が、人間など容易く切り裂くであろう大鎌を掲げ……。
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