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第四幕【シシリューア共和国】
4-10【アデーレとエスティラ(1)】
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次の日の朝。
アデーレはロベルトと共に、使用人室を訪れたアメリアの前にいた。
「アデーレさんをあなたの補佐に、ですか」
「はい。現在は執事の補佐もおりません故、人手が足りぬことも多いもので」
それは、ロベルト直々の頼みだった。
使用人というのは、受け持つ仕事によって上司が変化する。
屋敷の掃除や調度品の手入れを行う使用人は、この屋敷であればラヴィニアが彼女達の上司に当たる。
これと同じように、厨房の仕事を受け持つ使用人はコックに従い、子供の育児を担当する者は乳母に従う。
現在のアデーレは、エスティラの命令により主人の身の回りを世話する役割を与えられている。
そんな彼女の上司は、侍女を兼任する家政婦のアメリアなのだ。
「そのご意見は最もですが……しかし珍しいですね。あなたが急にこんな申し出をしてくるとは」
「申し訳ありません。急な相談になってしまい」
「それは構いませんが……」
表情を変えることもなく、口元に手を当てながら、ロベルトの方を見つめるアメリア。
「お嬢様の意に反する提案でもありませんし。いいでしょう、彼女はあなたに預けます」
「ありがとうございます。スィニョーラ」
深々と頭を下げるロベルトに合わせて、アデーレも慌てて一礼する。
アメリアの言う通り、執事と侍女は主人の世話を行うという共通の役割がある。
担当するのが男主人か女主人かという違いはあるのだが、この屋敷の主人はエスティラであるため、男性であるロベルトも差し支えのない範囲で彼女の世話を行っている。
そんな彼の補佐にアデーレが就くということは、結局のところこれまでと仕事の内容は変わらないということだ。
「アデーレさん」
「は、はいっ」
声を掛けられ、ゆっくりと頭を上げるアデーレ。
アメリアの顔からは、相変わらず内心が伺えなかった。
「執事の補佐となると、通常の使用人には与えられない難しい仕事もあります」
実際は、既に魔獣討伐という一般人は絶対行わない使命を与えられている。
そのことを思うと、アデーレは心の中で苦笑を浮かべてしまう。
「ですが、あなたは優秀です。良い務めが果たせるよう、精進してください」
アメリアの言葉からは、新米であるアデーレに対する思いやりも感じられる。
そういう点からも、やはり彼女は信頼できるとアデーレは心に思うのだった。
「それでは、急ぎの仕事がありますので。失礼いたします」
二人に向けて一礼し、そのまま使用人室を後にするアメリア。
その後ろ姿を、アデーレは扉が閉じられるまで見送る。
「素敵な方ですよね、アメリアさん」
誰に語るわけでもなくつぶやくアデーレ。
「彼女は、エスティラお嬢様が最も信頼している方なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。幼少の頃からお世話を続けられておりますから。お嬢様にとっては母に等しい存在なのです」
ふと、アメリアに接するエスティラの様子を思い出す。
普段の様子とは違う、どこか子供っぽさも感じられたエスティラ。
最初は疑問に思うアデーレだったが、ロベルトの言葉で合点がいった。
貴族の子供は、実の母ではなく使用人によって育てられるのがほとんどだ。
そういった環境であれば、自分の世話をしてくれた使用人を慕うことも珍しい話ではない。
エスティラにとって、アメリアとはそういう存在なのだろう。
(今のお嬢様には、一番大切な存在なんだろうな)
もう一度、扉の方へ視線を向ける。
「では、我々も仕事を始めましょうか」
隣に立つロベルトが、扉の方へと歩み出す。
その言葉に従い、アデーレもその後に続くのだった。
アデーレはロベルトと共に、使用人室を訪れたアメリアの前にいた。
「アデーレさんをあなたの補佐に、ですか」
「はい。現在は執事の補佐もおりません故、人手が足りぬことも多いもので」
それは、ロベルト直々の頼みだった。
使用人というのは、受け持つ仕事によって上司が変化する。
屋敷の掃除や調度品の手入れを行う使用人は、この屋敷であればラヴィニアが彼女達の上司に当たる。
これと同じように、厨房の仕事を受け持つ使用人はコックに従い、子供の育児を担当する者は乳母に従う。
現在のアデーレは、エスティラの命令により主人の身の回りを世話する役割を与えられている。
そんな彼女の上司は、侍女を兼任する家政婦のアメリアなのだ。
「そのご意見は最もですが……しかし珍しいですね。あなたが急にこんな申し出をしてくるとは」
「申し訳ありません。急な相談になってしまい」
「それは構いませんが……」
表情を変えることもなく、口元に手を当てながら、ロベルトの方を見つめるアメリア。
「お嬢様の意に反する提案でもありませんし。いいでしょう、彼女はあなたに預けます」
「ありがとうございます。スィニョーラ」
深々と頭を下げるロベルトに合わせて、アデーレも慌てて一礼する。
アメリアの言う通り、執事と侍女は主人の世話を行うという共通の役割がある。
担当するのが男主人か女主人かという違いはあるのだが、この屋敷の主人はエスティラであるため、男性であるロベルトも差し支えのない範囲で彼女の世話を行っている。
そんな彼の補佐にアデーレが就くということは、結局のところこれまでと仕事の内容は変わらないということだ。
「アデーレさん」
「は、はいっ」
声を掛けられ、ゆっくりと頭を上げるアデーレ。
アメリアの顔からは、相変わらず内心が伺えなかった。
「執事の補佐となると、通常の使用人には与えられない難しい仕事もあります」
実際は、既に魔獣討伐という一般人は絶対行わない使命を与えられている。
そのことを思うと、アデーレは心の中で苦笑を浮かべてしまう。
「ですが、あなたは優秀です。良い務めが果たせるよう、精進してください」
アメリアの言葉からは、新米であるアデーレに対する思いやりも感じられる。
そういう点からも、やはり彼女は信頼できるとアデーレは心に思うのだった。
「それでは、急ぎの仕事がありますので。失礼いたします」
二人に向けて一礼し、そのまま使用人室を後にするアメリア。
その後ろ姿を、アデーレは扉が閉じられるまで見送る。
「素敵な方ですよね、アメリアさん」
誰に語るわけでもなくつぶやくアデーレ。
「彼女は、エスティラお嬢様が最も信頼している方なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。幼少の頃からお世話を続けられておりますから。お嬢様にとっては母に等しい存在なのです」
ふと、アメリアに接するエスティラの様子を思い出す。
普段の様子とは違う、どこか子供っぽさも感じられたエスティラ。
最初は疑問に思うアデーレだったが、ロベルトの言葉で合点がいった。
貴族の子供は、実の母ではなく使用人によって育てられるのがほとんどだ。
そういった環境であれば、自分の世話をしてくれた使用人を慕うことも珍しい話ではない。
エスティラにとって、アメリアとはそういう存在なのだろう。
(今のお嬢様には、一番大切な存在なんだろうな)
もう一度、扉の方へ視線を向ける。
「では、我々も仕事を始めましょうか」
隣に立つロベルトが、扉の方へと歩み出す。
その言葉に従い、アデーレもその後に続くのだった。
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