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第四幕【シシリューア共和国】

4-7【同情か、怒りか(1)】

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 シシリューア共和国は、かつて大陸を発祥とする大帝国から独立した、十数の小国の一つである。
 建国時は国王の統治による君主制国家だったが、主に産業によって力を付けた貴族たちの台頭により王家は求心力を失い、現在の貴族議会による共和制国家となった。

「バルダート家は主に鉱山業で財を成し、現在の地位を確立していきました」

 淡々と語るロベルトの言葉に、静かに耳を傾けるアデーレ。

「蒸気機関の誕生により、シシリューアの特産でもある溶鉄鉱の需要は増大しました。最初はその特需に沸きましたが……」
「うまくはいかなかったんですか?」
「ええ。大陸各所で採掘が活発になると、シシリューア産の溶鉄鉱は輸出から国内消費が主になりました」

 前に溶鉄鉱が竜の身体であると教わったことを思い出す。
 つまり、この世界にはそんな竜の身体があちこちに存在し、それを現在の人類は燃料として利用しているようだ。

「このままでは国際的な競争力を失うと考えた旦那様は、技術開発に注力する方針へと転換しました」
「技術……それはうまく行ったんですか?」

 アデーレの問いに、ロベルトは首を縦に振る。

「溶鉄鉱は、燃料として使用すると冷えた鉄くずのようなものが残されます。これを製錬し、素材として再利用する技術を確立しました」

 そこまで話したロベルトが、おもむろにポケットから何かを取り出す。
 テーブルに置かれたそれは、懐中時計と思われる丸く滑らかな金属だった。

「この金属は【シシリュアン鋼】と名付けられ、特に熱に対して強い耐性を持っております」
「熱に強い……ということは、蒸気機関の部品に使いやすいってことですね」
「その通りです。アデーレさんはこの手の機械にも詳しいのですか?」
「えっ? ええっと、まぁ。なんとなくそうなのかなと」

 転生以前に見聞きした知識で発言してしまったことに気付き、思わず苦笑でごまかすアデーレ。

 この世界における教育基準では、庶民に対して蒸気機関の仕組みを詳しく教えることは早々ない。
 ロベルトの話に、一島民であるアデーレが理解を示せば、それだけ注目されるのは当然だ。

 とはいえ、転生や別世界の話を持ち出してしまえば、それこそ話の方向性がおかしくなってしまう。
 ここはあえて詳しい説明を避け、愛想笑いで軽く流すことにした。

「シシリュアン鋼の精錬や加工の技術は門外不出とされており、部品生産等は全てバルダート家の所有する工場で行われております」

 元いた世界でいえば、特許や独占に関する話だろう。
 しかしこの手のことに、良太は一切興味がなかった。

「現在では、シシリュアン鋼の技術は国を支える柱の一つです。そしてこれらの技術を狙う組織もまた、多く存在します」
「それが、国家の分断に関わっているということですか?」
「その通りです」

 深いため息をつくロベルト。
 その表情からも、深刻な状況であることは明白だった。

「ここ数年、現状維持を支持する共和派に対し、王政復古を目指す王党派の動きが活発になってきております」
「えっ? い、今更?」
「そう思われて当然でしょう。ですが産業革命の時代に、先進技術で優位に立つ我が国がより高い地位に立つには、優れた為政者による統治こそが必要と考える者達が確実にいるということです」

 転生者であるアデーレにとって、君主制は古い政治体制という印象が強いのは当然である。
 現在の貴族議会というのも馴染みのない体制ではあるのだが。

「バルダート家においても、先代当主を中心に王党派への転換を目指す動きがありまして……」

 ロベルトの表情が、より深刻さを増したように見えた。

「旦那様の後継者……長女のエスティラ様と、弟のアルフォンソ様が、彼らの標的となっているのです」
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