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第三幕【お嬢様、推しを見つけました】

3-13【推しの正体、私なんですが(2)】

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 アデーレを指差し、高らかに叫ぶエスティラ。
 雷に打たれたような衝撃が、アデーレの身体を襲う。

「お、お嬢様。急に大声を出されては……」
「ロベルトは黙ってなさい!」

 今までにない鬼気迫る様子に、ロベルトも口をつぐむ。

 アデーレの方と言えば、今すぐこの場から逃げ出したい気分だった。
 恐れていた事態が、現実になってしまったのだから。
 これで使用人をクビになると確信し、空を仰ぐ。

「まったく、どうして気付かなかったのかしら……というか、よくも私の前に姿を現せたものねっ!」
「いや、それは……その……」
「黙りなさいっ! アンタに弁明の余地があると思ってるの!?」

 そもそも、あの時の出来事に関してはエスティラの方に非がある。
 何を弁明しなければならないのかと聞き返したいところだったが、今のエスティラに何を言っても無駄だろう。
 アデーレはうつむき、ただこの嵐が過ぎるのを耐えるだけだ。

 なぜか沈黙が続く。
 周囲の兵隊も、エスティラの怒鳴り声で閉口してしまっている。
 アデーレの耳に入るのは、波の音だけだ。

「あ、あの……」

 意を決して、アデーレが口を開く。

「昔のことは、今ここで謝罪するので」
「はぁ? 今更あの時の謝罪なんてさせたら、それこそ私が惨めじゃない!」
「え? ああ、それでは、えっと……」

 どうもエスティラの考えが読めないアデーレ。
 謝罪させるつもりがないということは、彼女が過去の行いを恥じているということだろうか。

 やはりメリナの言う通り、エスティラは昔よりも人間的に成長しているのかも知れない。

「で、出来ればクビだけは、ご勘弁願えませんか?」

 それは、一縷いちるの望みを賭けた一言だった。
 過去の因縁を覚えていたエスティラが、アデーレを傍に置こうなどとは考えないだろう。
 しかしあの屋敷は今でも人手不足。
 今後お付きの使用人になることはなくとも、雑務の為の人手として置いてもらえるかもしれない。

 使用人としてキャリアを積みたいわけではない。
 不作の時期を過ぎれば、今までのように家業を手伝いながら暮らせばいい。
 仕事のないこの期間だけでも使用人を続けていられれば、アデーレはそれでよかったのだ。

「はぁ?」

 そんなアデーレの言葉に、エスティラは眉をひそめる。

「バカ言ってるんじゃないわよ」

 やはりだめなのかと、アデーレが目をつむる。

「今更私が、アンタを逃がすとでも思ってるわけ?」

 一瞬の沈黙。

「……はい?」

 顔を上げ、首をかしげるアデーレ。

 エスティラが何を言っているのか、アデーレには理解できなかった。
 屋敷を追い出されると考えていたのに、返ってきた言葉はそれとは真逆なのだ。

 恐る恐るエスティラの顔に目線を送る。

 そこにあったのは、笑顔だった。
 悪魔も閉口するような、邪悪な笑みだ。
 これこそが、アデーレのイメージしていたエスティラの姿である。

「まさかあの時の小生意気な娘が、私の家のメイドに志願するなんてねぇ。フフフ……」

 腕組みをしながら、値踏みをするようにエスティラがアデーレを見つめる。

(この人、猫被ってたんだ……ッ)

 エスティラの気迫に押され、思わず後ずさるアデーレ。
 しかし、逆にエスティラの方が距離を詰めてくる。

 ついには、アデーレの視界がエスティラの顔で遮られてしまう。
 恐ろしい形相を浮かべていても容姿自体は端麗で、男なら魅了される者も多いだろう。
 元男性であるアデーレも、そんな美しい顔が目の前に迫ってきたことで、ほんの少しだけ胸が高鳴ってしまうのだった。

「アンタ、名前は?」
「は……はい?」
「間抜けな顔してんじゃないわよ。名乗りなさいって言ってるの」

 アデーレの顎先に、エスティラの右人差し指が触れる。
 ほんの僅か、アデーレの肩が震える。

「あ、アデーレ……です」
「フルネーム」
「……アデーレ・サウダーテ、です」

 名前を聞いて満足したのか、エスティラが背を向け離れていく。
 ほっと胸を撫で下ろすアデーレ。

 だが気を緩めたところに、エスティラが華麗に振り返る。

「アデーレ。アンタには今後、私直々にメイドの何たるかを仕込んであげるっ」

 アデーレを仰々しく指差しながら、高らかに宣言する。

「えっ?」
「二度とこの私に気安い態度が出来ないよう、徹っっっっっ底的に躾けてやるんだから!」

 白い歯を見せながら、エスティラがにやりと笑う。

「泣いても笑っても逃がさないわ。覚悟なさい!!」

 今日一番の笑い声が、高らかに響き渡る。
 周囲の人々は唖然とし、誰も口出しをすることは出来ない。

 ただ一人、アデーレは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われていた。
 てっきりクビにされると思っていた彼女にとって、この展開は全く予想していなかったのだ。
 むしろ、発言からしてクビになるよりも恐ろしい事になったとしか思えない。
 ただでさえ過酷だった使用人の仕事が、文字通りの地獄に変わった瞬間だった。


 勝ち誇るエスティラに言ってやりたいと、アデーレは思う。
 ヴェスティリアの正体は、この私だと。

 アデーレはただ、心の中で涙を流すことしかできなかった。
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