29 / 61
第三幕【お嬢様、推しを見つけました】
3-13【推しの正体、私なんですが(2)】
しおりを挟む
アデーレを指差し、高らかに叫ぶエスティラ。
雷に打たれたような衝撃が、アデーレの身体を襲う。
「お、お嬢様。急に大声を出されては……」
「ロベルトは黙ってなさい!」
今までにない鬼気迫る様子に、ロベルトも口をつぐむ。
アデーレの方と言えば、今すぐこの場から逃げ出したい気分だった。
恐れていた事態が、現実になってしまったのだから。
これで使用人をクビになると確信し、空を仰ぐ。
「まったく、どうして気付かなかったのかしら……というか、よくも私の前に姿を現せたものねっ!」
「いや、それは……その……」
「黙りなさいっ! アンタに弁明の余地があると思ってるの!?」
そもそも、あの時の出来事に関してはエスティラの方に非がある。
何を弁明しなければならないのかと聞き返したいところだったが、今のエスティラに何を言っても無駄だろう。
アデーレはうつむき、ただこの嵐が過ぎるのを耐えるだけだ。
なぜか沈黙が続く。
周囲の兵隊も、エスティラの怒鳴り声で閉口してしまっている。
アデーレの耳に入るのは、波の音だけだ。
「あ、あの……」
意を決して、アデーレが口を開く。
「昔のことは、今ここで謝罪するので」
「はぁ? 今更あの時の謝罪なんてさせたら、それこそ私が惨めじゃない!」
「え? ああ、それでは、えっと……」
どうもエスティラの考えが読めないアデーレ。
謝罪させるつもりがないということは、彼女が過去の行いを恥じているということだろうか。
やはりメリナの言う通り、エスティラは昔よりも人間的に成長しているのかも知れない。
「で、出来ればクビだけは、ご勘弁願えませんか?」
それは、一縷の望みを賭けた一言だった。
過去の因縁を覚えていたエスティラが、アデーレを傍に置こうなどとは考えないだろう。
しかしあの屋敷は今でも人手不足。
今後お付きの使用人になることはなくとも、雑務の為の人手として置いてもらえるかもしれない。
使用人としてキャリアを積みたいわけではない。
不作の時期を過ぎれば、今までのように家業を手伝いながら暮らせばいい。
仕事のないこの期間だけでも使用人を続けていられれば、アデーレはそれでよかったのだ。
「はぁ?」
そんなアデーレの言葉に、エスティラは眉をひそめる。
「バカ言ってるんじゃないわよ」
やはりだめなのかと、アデーレが目をつむる。
「今更私が、アンタを逃がすとでも思ってるわけ?」
一瞬の沈黙。
「……はい?」
顔を上げ、首をかしげるアデーレ。
エスティラが何を言っているのか、アデーレには理解できなかった。
屋敷を追い出されると考えていたのに、返ってきた言葉はそれとは真逆なのだ。
恐る恐るエスティラの顔に目線を送る。
そこにあったのは、笑顔だった。
悪魔も閉口するような、邪悪な笑みだ。
これこそが、アデーレのイメージしていたエスティラの姿である。
「まさかあの時の小生意気な娘が、私の家のメイドに志願するなんてねぇ。フフフ……」
腕組みをしながら、値踏みをするようにエスティラがアデーレを見つめる。
(この人、猫被ってたんだ……ッ)
エスティラの気迫に押され、思わず後ずさるアデーレ。
しかし、逆にエスティラの方が距離を詰めてくる。
ついには、アデーレの視界がエスティラの顔で遮られてしまう。
恐ろしい形相を浮かべていても容姿自体は端麗で、男なら魅了される者も多いだろう。
元男性であるアデーレも、そんな美しい顔が目の前に迫ってきたことで、ほんの少しだけ胸が高鳴ってしまうのだった。
「アンタ、名前は?」
「は……はい?」
「間抜けな顔してんじゃないわよ。名乗りなさいって言ってるの」
アデーレの顎先に、エスティラの右人差し指が触れる。
ほんの僅か、アデーレの肩が震える。
「あ、アデーレ……です」
「フルネーム」
「……アデーレ・サウダーテ、です」
名前を聞いて満足したのか、エスティラが背を向け離れていく。
ほっと胸を撫で下ろすアデーレ。
だが気を緩めたところに、エスティラが華麗に振り返る。
「アデーレ。アンタには今後、私直々にメイドの何たるかを仕込んであげるっ」
アデーレを仰々しく指差しながら、高らかに宣言する。
「えっ?」
「二度とこの私に気安い態度が出来ないよう、徹っっっっっ底的に躾けてやるんだから!」
白い歯を見せながら、エスティラがにやりと笑う。
「泣いても笑っても逃がさないわ。覚悟なさい!!」
今日一番の笑い声が、高らかに響き渡る。
周囲の人々は唖然とし、誰も口出しをすることは出来ない。
ただ一人、アデーレは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われていた。
てっきりクビにされると思っていた彼女にとって、この展開は全く予想していなかったのだ。
むしろ、発言からしてクビになるよりも恐ろしい事になったとしか思えない。
ただでさえ過酷だった使用人の仕事が、文字通りの地獄に変わった瞬間だった。
勝ち誇るエスティラに言ってやりたいと、アデーレは思う。
ヴェスティリアの正体は、この私だと。
アデーレはただ、心の中で涙を流すことしかできなかった。
雷に打たれたような衝撃が、アデーレの身体を襲う。
「お、お嬢様。急に大声を出されては……」
「ロベルトは黙ってなさい!」
今までにない鬼気迫る様子に、ロベルトも口をつぐむ。
アデーレの方と言えば、今すぐこの場から逃げ出したい気分だった。
恐れていた事態が、現実になってしまったのだから。
これで使用人をクビになると確信し、空を仰ぐ。
「まったく、どうして気付かなかったのかしら……というか、よくも私の前に姿を現せたものねっ!」
「いや、それは……その……」
「黙りなさいっ! アンタに弁明の余地があると思ってるの!?」
そもそも、あの時の出来事に関してはエスティラの方に非がある。
何を弁明しなければならないのかと聞き返したいところだったが、今のエスティラに何を言っても無駄だろう。
アデーレはうつむき、ただこの嵐が過ぎるのを耐えるだけだ。
なぜか沈黙が続く。
周囲の兵隊も、エスティラの怒鳴り声で閉口してしまっている。
アデーレの耳に入るのは、波の音だけだ。
「あ、あの……」
意を決して、アデーレが口を開く。
「昔のことは、今ここで謝罪するので」
「はぁ? 今更あの時の謝罪なんてさせたら、それこそ私が惨めじゃない!」
「え? ああ、それでは、えっと……」
どうもエスティラの考えが読めないアデーレ。
謝罪させるつもりがないということは、彼女が過去の行いを恥じているということだろうか。
やはりメリナの言う通り、エスティラは昔よりも人間的に成長しているのかも知れない。
「で、出来ればクビだけは、ご勘弁願えませんか?」
それは、一縷の望みを賭けた一言だった。
過去の因縁を覚えていたエスティラが、アデーレを傍に置こうなどとは考えないだろう。
しかしあの屋敷は今でも人手不足。
今後お付きの使用人になることはなくとも、雑務の為の人手として置いてもらえるかもしれない。
使用人としてキャリアを積みたいわけではない。
不作の時期を過ぎれば、今までのように家業を手伝いながら暮らせばいい。
仕事のないこの期間だけでも使用人を続けていられれば、アデーレはそれでよかったのだ。
「はぁ?」
そんなアデーレの言葉に、エスティラは眉をひそめる。
「バカ言ってるんじゃないわよ」
やはりだめなのかと、アデーレが目をつむる。
「今更私が、アンタを逃がすとでも思ってるわけ?」
一瞬の沈黙。
「……はい?」
顔を上げ、首をかしげるアデーレ。
エスティラが何を言っているのか、アデーレには理解できなかった。
屋敷を追い出されると考えていたのに、返ってきた言葉はそれとは真逆なのだ。
恐る恐るエスティラの顔に目線を送る。
そこにあったのは、笑顔だった。
悪魔も閉口するような、邪悪な笑みだ。
これこそが、アデーレのイメージしていたエスティラの姿である。
「まさかあの時の小生意気な娘が、私の家のメイドに志願するなんてねぇ。フフフ……」
腕組みをしながら、値踏みをするようにエスティラがアデーレを見つめる。
(この人、猫被ってたんだ……ッ)
エスティラの気迫に押され、思わず後ずさるアデーレ。
しかし、逆にエスティラの方が距離を詰めてくる。
ついには、アデーレの視界がエスティラの顔で遮られてしまう。
恐ろしい形相を浮かべていても容姿自体は端麗で、男なら魅了される者も多いだろう。
元男性であるアデーレも、そんな美しい顔が目の前に迫ってきたことで、ほんの少しだけ胸が高鳴ってしまうのだった。
「アンタ、名前は?」
「は……はい?」
「間抜けな顔してんじゃないわよ。名乗りなさいって言ってるの」
アデーレの顎先に、エスティラの右人差し指が触れる。
ほんの僅か、アデーレの肩が震える。
「あ、アデーレ……です」
「フルネーム」
「……アデーレ・サウダーテ、です」
名前を聞いて満足したのか、エスティラが背を向け離れていく。
ほっと胸を撫で下ろすアデーレ。
だが気を緩めたところに、エスティラが華麗に振り返る。
「アデーレ。アンタには今後、私直々にメイドの何たるかを仕込んであげるっ」
アデーレを仰々しく指差しながら、高らかに宣言する。
「えっ?」
「二度とこの私に気安い態度が出来ないよう、徹っっっっっ底的に躾けてやるんだから!」
白い歯を見せながら、エスティラがにやりと笑う。
「泣いても笑っても逃がさないわ。覚悟なさい!!」
今日一番の笑い声が、高らかに響き渡る。
周囲の人々は唖然とし、誰も口出しをすることは出来ない。
ただ一人、アデーレは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われていた。
てっきりクビにされると思っていた彼女にとって、この展開は全く予想していなかったのだ。
むしろ、発言からしてクビになるよりも恐ろしい事になったとしか思えない。
ただでさえ過酷だった使用人の仕事が、文字通りの地獄に変わった瞬間だった。
勝ち誇るエスティラに言ってやりたいと、アデーレは思う。
ヴェスティリアの正体は、この私だと。
アデーレはただ、心の中で涙を流すことしかできなかった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
DIVA LORE-伝承の歌姫-
Corvus corax
恋愛
たとえ世界が終わっても…最後まであなたと共に
恋愛×現代ファンタジー×魔法少女×魔法男子×学園
魔物が出没するようになってから300年後の世界。
祖母や初恋の人との約束を果たすために桜川姫歌は国立聖歌騎士育成学園へ入学する。
そこで待っていたのは学園内Sクラス第1位の初恋の人だった。
しかし彼には現在彼女がいて…
触れたくても触れられない彼の謎と、凶暴化する魔物の群れ。
魔物に立ち向かうため、姫歌は歌と変身を駆使して皆で戦う。
自分自身の中にあるトラウマや次々に起こる事件。
何度も心折れそうになりながらも、周りの人に助けられながら成長していく。
そしてそんな姫歌を支え続けるのは、今も変わらない彼の言葉だった。
「俺はどんな時も味方だから。」
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
クラスでカースト最上位のお嬢様が突然僕の妹になってお兄様と呼ばれた。
新名天生
恋愛
クラスカースト最下位、存在自体録に認識されていない少年真、彼はクラス最上位、学園のアイドル、薬師丸 泉に恋をする。
身分の差、その恋を胸に秘め高校生活を過ごしていた真。
ある日真は父の再婚話しを聞かされる、物心付く前に母が死んで十年あまり、その間父一人で育てられた真は父の再婚を喜んだ。
そして初めて会う新しく出来る家族、そこに現れたのは……
兄が欲しくて欲しくて堪らなかった超ブラコンの義妹、好きで好きで堪らないクラスメイトが義理の妹になってしまった兄の物語
『妹に突然告白されたんだが妹と付き合ってどうするんだ』等、妹物しか書けない自称妹作家(笑)がまた性懲りも無く新作出しました。
『クラスでカースト最上位のお嬢様が突然僕の妹になってお兄様と呼ばれた』
二人は本当の兄妹に家族になるのか、それとも……
(なろう、カクヨムで連載中)
異世界転生 剣と魔術の世界
小沢アキラ
ファンタジー
普通の高校生《水樹和也》は、登山の最中に起きた不慮の事故に巻き込まれてしまい、崖から転落してしまった。
目を覚ますと、そこは自分がいた世界とは全く異なる世界だった。
人間と獣人族が暮らす世界《人界》へ降り立ってしまった和也は、元の世界に帰るために、人界の創造主とされる《創世神》が眠る中都へ旅立つ決意をする。
全三部構成の長編異世界転生物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる