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第三幕【お嬢様、推しを見つけました】

3-12【推しの正体、私なんですが(1)】

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 ひとしきり言い争いをしたアデーレは、埠頭の方へ続く道を急いでいた。
 黒い髪を振り乱し、ロングスカートをなびかせながら。
 目指す先は当然、雇い主であるエスティラの元だ。

(そういえば、キャップが戻ってない……)

 変身解除と同時に服装が元に戻ると思っていたアデーレ。
 しかし、キャップは瓦礫を避けた際に脱げてしまい、今頃は瓦礫の下敷きだろう。

 ヴェスティリアに変身した際に被る帽子は、キャップが変化したものではなかったらしい。
 そんなどうでもいいことを考えながら、アデーレは波音が強くなる方に向けて走る。
 そして、目の前の角を右に曲がったところで、視界が一気に開ける。

「おおっとっ。大丈夫かい、メイドさん?」

 出会い頭に、一人の兵士とぶつかりそうになる。
 これをアデーレは、何とか回避する。

「申し訳ございません。エスティラお嬢様はどちらにいらっしゃいますか?」

 深々と頭を下げるアデーレ。

「いやいや、そんなかしこまらないで。お嬢様だったらほら、あそこだよ」

 兵士の指さす方に目を向けると、先ほど屋根で遭遇した時と変わらぬ場所で、エスティラは立ち尽くしていた。
 その表情は、どこか恍惚とでもいうのだろうか。そんな感じだった。

「ありがとうございます」

 兵士に改めて頭を下げ、エスティラの元へ駆け出すアデーレ。

 目の前を駆けてゆく使用人を、兵士たちは目で追いかけていく。
 周囲の視線を集めながら、アデーレはエスティラの傍へ辿り着いた。

「お、お嬢様、ロベルトさん、ご無事ですか?」

 とは言うものの、既にエスティラ達が無事なのは確認済みである。
 そんな社交辞令を交えつつ、アデーレはエスティラの様子を改めて確認する。

「おお、あなたこそ。よくぞご無事で」

 アデーレの声に気付いたロベルトが、彼女の無事に胸を撫で下ろす。

「はぁ……素敵」

 対するエスティラ。
 アデーレの言葉を一言も聞いていないようで、相変わらず上の空だ。
 その視線は、先ほどまでアデーレが立っていた場所に向けられている。

 先ほどの、屋根で遭遇した時の様子を思い出す。
 もしかすると、エスティラは変身したアデーレの姿に魅了されでもしたのではないだろうか。
 そんなことを考えていると、傍にいたロベルトがエスティラに耳打ちをする。

 その言葉ではっとしたエスティラが、勢いよくアデーレの方を向く。

「あっ。ちょっとあなた、どこ行ってたのよ! 心配かけないでよね!」

 五体満足のアデーレを前にして、エスティラは怒りだす。
 心配という言葉が社交辞令なのか本心なのかは不明だ。

「申し訳ございません。あの後別の怪物に追いかけられて、お嬢様達とは別方向に逃げ出したもので」
「そ、そう。まあいいわ」

 冷静さを装うアデーレを前にして、エスティラが落ち着きを取り戻す。
 そんな彼女の視線が、アデーレのつま先から頭の先端まで向けられる。

「……逃げていた割には、綺麗なモンね。というか」

 エスティラが、アデーレの頭頂部を注視する。

「キャップ脱いだ姿は初めて見たけど…………」

 何かを考えこむエスティラ。
 今のアデーレは、母親お墨付きの長い黒髪をそのまま下ろした状態だ。
 使用人としては少々だらしない格好と思われかねないが、状況が状況だったために致し方ない。

 だが、エスティラはそういうことを注意しようという様子ではない。
 むしろ、今のアデーレの姿を見て、何かを思い出そうとしているようだった。

 その時、アデーレの顔が青ざめる。
 今、自分は大失態を犯してしまったのではないだろうか……と。

「……思い出したわ」

 エスティラの目が見開かれる。
 いよいよ、アデーレは確信してしまった。

 今の自分の容姿は、過去にエスティラと出会った時と瓜二つなのだと。

「あなた、昔気安く口を挟んできた小娘じゃないっ!!」
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