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第三幕【お嬢様、推しを見つけました】
3-11【その名は、ヴェスティリア】
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海を飛び出したアデーレは、近くの岩礁に着地した。
巨大魔獣が爆散した海域は波がうねり、渦が巻いている。
「うぅ……まだしびれてる」
自らの体を介した強力な電撃は、アデーレの体にも相当な負担がかかっていた。
彼女はこわばる体を落ち着かせるように自身の腕をさすりながら、荒れる海を眺めていた。
「でも何とかなったし、良かったじゃないか」
「そりゃあそうだけど……はぁ」
ようやく体の感覚が戻ってきたのか、何度か手首を振るアデーレ。
「というか、あんな能力があるなんて聞いていないんだけど」
「ごめんごめん。ちなみに僕の方で頼んでみて借りれた場合に、アデーレに渡すことができるんだよ」
「ええ……そんな軽い感じなの? 神様のやり取りって」
「君らが賛美し過ぎなんだよ。僕らの事を」
けらけら笑うロックンを、アデーレは呆れた表情で見つめる。
だが、この笑っている神の交渉一つで、自分が神の力の一端を利用できるというのだ。
手にしている力の強大さを思うと、改めて力を正しく扱わなければいけない責任を認識させられる。
アデーレの身に起きている事態は、世界に影響を及ぼすほどに重大なことなのかもしれない。
「あっ、ところでアデーレ」
物思いにふけっていると、ロックンが声をかけてくる。
「そろそろ君の雇い主の様子を見に行った方がいいんじゃないのかい?」
「……あ」
戦いに必死だったあまり、エスティラのことが頭の中から抜けていたことを気付かされる。
アデーレはロントゥーサ島の方を振り返ると、ようやくしびれの抜けた体に力を込め、跳躍した。
剣から発せられる炎の噴射を利用し、アデーレは埠頭近くの建物の屋根に着地する。
そこでは、先ほどまで戦っていた兵隊が、倒した魔獣の亡骸を片付けている最中だった。
あれは燃やすしかないだろうと、アデーレはため息を漏らした。
「あ、君の雇い主がいたよ」
ロックンの言葉に促され、人だかりを確認する。
その言葉の通り、エスティラとロベルトがアデーレの立つ建物の方に歩いてくる。
周囲には、二人を守るように兵士が取り囲んでいる。
兵士の一人が、アデーレの方に視線を向ける。
「あっ! な、何者だ!?」
その言葉に反応した兵士たちが、一斉にアデーレの方を見上げる。
兵士たちは手にしていた長銃を構え、屋根の上に向ける。
「……撃たれても大丈夫だよね?」
「人間の銃なんかに、僕の力が敗れるわけないだろう?」
小声で話している間にも、兵士たちは殺気立った様子で睨みつけてきている。
その時、兵士たちに囲まれていたエスティラが屋根の方を見上げ、驚きの表情を見せる。
「あっ! ちょっと、早く銃を下ろしなさい!!」
エスティラのよく通る声が周囲に響く。
兵士たちは彼女の言葉に戸惑いながらも、銃口をアデーレの方から外す。
しかし、どの兵士もすぐに銃を発射できるよう備えているのは、アデーレの目にも明らかだ。
「彼女は化け物に追い詰められた私達を助けてくれた恩人よ。あなた、そうでしょ?」
そう語りかけてくるエスティラの表情は、どこか嬉しそうにも見えた。
アデーレは返事をせず、首を一度縦に振った。
声で正体がばれないようにという考えだが、容姿でばれないのなら大丈夫かもしれない。
「ほらやっぱり! ロベルト、あなたも見てたでしょうっ」
「え、ええ。確かに彼女でしたが」
対するロベルトは、どこか困惑した様子でアデーレを見つめていた。
「ねぇ、教えて。あなたは一体何者なの? あなたのような超常の力を持つ騎士なんて、一度も見たことがないわ」
エスティラの質問はもっともだ。
しかし、何者と尋ねられてどう答えればいいのか。
アデーレはその答えを持ち合わせていなかった。
自身ですら、自分が何者に変身しているのか分かっていないのだから。
その時、フラムディウスが勝手に動き、アデーレは必然的に剣を太陽に向けて掲げる形となった。
「彼女の名は火竜の巫女(ヴェスティリア)! ヴェスタより力を授けられた者だ!」
まさかのロックンが、彼女の名を声高らかに叫んだ。
ヴェスティリアという名前自体は、ヴェスタ信仰において実際に呼ばれる巫女のことではある。
なので間違ってはいないのだが、アデーレ自身は巫女などという自覚は一切ない。
急に巫女として扱われるのは、アデーレにとっても困惑せざるを得ないことだ。
「ヴェスティリア……そう、あなたは火竜に仕える巫女なのね」
そして、エスティラの方はなぜか納得したかのように首を縦に振っている。
今まで誰にも見せたことのない、どこか年相応にも見える無邪気な笑顔に、アデーレは困惑を深める。
「人間たちよ。この島における魔獣の出現は、今後も続くことになるだろう」
どよめく兵士たち。
「しかし、かつて神が共にあった時代よりも、君達は強くなった。そして同時に、神の力を授かる巫女もいるっ」
「ちょっと、あんまり好き勝手なこと……」
「いいから任せなって……だからこそ! 君達はこれからも研鑽を重ね、そして正しき心で人々を守ってくれたまえ!」
仰々しく喋るロックンを、アデーレが睨みつける。
しかしロックンは止まらない。すっかり悦に浸っているようだ。
「そして忘れないでくれたまえ。火竜の巫女と、彼女の振るう炎の剣、フラムディウスのことを!」
フラムディウスから炎が吹き上がり、アデーレの身体を包み込む。
どこか悲鳴にも似た声が響く。
「我々は常に、君達を見守っているぞ! それでは、また会おうッ!!」
炎の消滅と同時に、アデーレの身体は人々の死角へと瞬時に移動する。
あの大げさな炎の演出は、その場から撤退するための目くらませだったようだ。
倉庫と倉庫の間にある、人気のない道に着地するアデーレ。
直後に変身は解かれ、元の使用人の制服に戻った。
「さぁて。お疲れアデーぶぇっ!?」
目の前に浮いていたロックンを、アデーレが乱暴につかみ取る。
その顔には、滅多に見せない怒りがにじみ出ていた。
「……何、さっきのバカみたいな演説は」
「い、いや、君達の言うヒーローって、こういうものなんじゃないの?」
「違っ……いや、違わないかもしれないけど、私はそういうキャラじゃないから!」
「いいじゃないかっ。ああいうのだってかっこいいじゃん!」
「恥ずかしいの! あんな目立ち方、恥ずかしくて人前に出られなくなるでしょうが!!」
アデーレがすぐにでもエスティラの元に戻らなければと気が付くのは、それから数分後の事だった。
巨大魔獣が爆散した海域は波がうねり、渦が巻いている。
「うぅ……まだしびれてる」
自らの体を介した強力な電撃は、アデーレの体にも相当な負担がかかっていた。
彼女はこわばる体を落ち着かせるように自身の腕をさすりながら、荒れる海を眺めていた。
「でも何とかなったし、良かったじゃないか」
「そりゃあそうだけど……はぁ」
ようやく体の感覚が戻ってきたのか、何度か手首を振るアデーレ。
「というか、あんな能力があるなんて聞いていないんだけど」
「ごめんごめん。ちなみに僕の方で頼んでみて借りれた場合に、アデーレに渡すことができるんだよ」
「ええ……そんな軽い感じなの? 神様のやり取りって」
「君らが賛美し過ぎなんだよ。僕らの事を」
けらけら笑うロックンを、アデーレは呆れた表情で見つめる。
だが、この笑っている神の交渉一つで、自分が神の力の一端を利用できるというのだ。
手にしている力の強大さを思うと、改めて力を正しく扱わなければいけない責任を認識させられる。
アデーレの身に起きている事態は、世界に影響を及ぼすほどに重大なことなのかもしれない。
「あっ、ところでアデーレ」
物思いにふけっていると、ロックンが声をかけてくる。
「そろそろ君の雇い主の様子を見に行った方がいいんじゃないのかい?」
「……あ」
戦いに必死だったあまり、エスティラのことが頭の中から抜けていたことを気付かされる。
アデーレはロントゥーサ島の方を振り返ると、ようやくしびれの抜けた体に力を込め、跳躍した。
剣から発せられる炎の噴射を利用し、アデーレは埠頭近くの建物の屋根に着地する。
そこでは、先ほどまで戦っていた兵隊が、倒した魔獣の亡骸を片付けている最中だった。
あれは燃やすしかないだろうと、アデーレはため息を漏らした。
「あ、君の雇い主がいたよ」
ロックンの言葉に促され、人だかりを確認する。
その言葉の通り、エスティラとロベルトがアデーレの立つ建物の方に歩いてくる。
周囲には、二人を守るように兵士が取り囲んでいる。
兵士の一人が、アデーレの方に視線を向ける。
「あっ! な、何者だ!?」
その言葉に反応した兵士たちが、一斉にアデーレの方を見上げる。
兵士たちは手にしていた長銃を構え、屋根の上に向ける。
「……撃たれても大丈夫だよね?」
「人間の銃なんかに、僕の力が敗れるわけないだろう?」
小声で話している間にも、兵士たちは殺気立った様子で睨みつけてきている。
その時、兵士たちに囲まれていたエスティラが屋根の方を見上げ、驚きの表情を見せる。
「あっ! ちょっと、早く銃を下ろしなさい!!」
エスティラのよく通る声が周囲に響く。
兵士たちは彼女の言葉に戸惑いながらも、銃口をアデーレの方から外す。
しかし、どの兵士もすぐに銃を発射できるよう備えているのは、アデーレの目にも明らかだ。
「彼女は化け物に追い詰められた私達を助けてくれた恩人よ。あなた、そうでしょ?」
そう語りかけてくるエスティラの表情は、どこか嬉しそうにも見えた。
アデーレは返事をせず、首を一度縦に振った。
声で正体がばれないようにという考えだが、容姿でばれないのなら大丈夫かもしれない。
「ほらやっぱり! ロベルト、あなたも見てたでしょうっ」
「え、ええ。確かに彼女でしたが」
対するロベルトは、どこか困惑した様子でアデーレを見つめていた。
「ねぇ、教えて。あなたは一体何者なの? あなたのような超常の力を持つ騎士なんて、一度も見たことがないわ」
エスティラの質問はもっともだ。
しかし、何者と尋ねられてどう答えればいいのか。
アデーレはその答えを持ち合わせていなかった。
自身ですら、自分が何者に変身しているのか分かっていないのだから。
その時、フラムディウスが勝手に動き、アデーレは必然的に剣を太陽に向けて掲げる形となった。
「彼女の名は火竜の巫女(ヴェスティリア)! ヴェスタより力を授けられた者だ!」
まさかのロックンが、彼女の名を声高らかに叫んだ。
ヴェスティリアという名前自体は、ヴェスタ信仰において実際に呼ばれる巫女のことではある。
なので間違ってはいないのだが、アデーレ自身は巫女などという自覚は一切ない。
急に巫女として扱われるのは、アデーレにとっても困惑せざるを得ないことだ。
「ヴェスティリア……そう、あなたは火竜に仕える巫女なのね」
そして、エスティラの方はなぜか納得したかのように首を縦に振っている。
今まで誰にも見せたことのない、どこか年相応にも見える無邪気な笑顔に、アデーレは困惑を深める。
「人間たちよ。この島における魔獣の出現は、今後も続くことになるだろう」
どよめく兵士たち。
「しかし、かつて神が共にあった時代よりも、君達は強くなった。そして同時に、神の力を授かる巫女もいるっ」
「ちょっと、あんまり好き勝手なこと……」
「いいから任せなって……だからこそ! 君達はこれからも研鑽を重ね、そして正しき心で人々を守ってくれたまえ!」
仰々しく喋るロックンを、アデーレが睨みつける。
しかしロックンは止まらない。すっかり悦に浸っているようだ。
「そして忘れないでくれたまえ。火竜の巫女と、彼女の振るう炎の剣、フラムディウスのことを!」
フラムディウスから炎が吹き上がり、アデーレの身体を包み込む。
どこか悲鳴にも似た声が響く。
「我々は常に、君達を見守っているぞ! それでは、また会おうッ!!」
炎の消滅と同時に、アデーレの身体は人々の死角へと瞬時に移動する。
あの大げさな炎の演出は、その場から撤退するための目くらませだったようだ。
倉庫と倉庫の間にある、人気のない道に着地するアデーレ。
直後に変身は解かれ、元の使用人の制服に戻った。
「さぁて。お疲れアデーぶぇっ!?」
目の前に浮いていたロックンを、アデーレが乱暴につかみ取る。
その顔には、滅多に見せない怒りがにじみ出ていた。
「……何、さっきのバカみたいな演説は」
「い、いや、君達の言うヒーローって、こういうものなんじゃないの?」
「違っ……いや、違わないかもしれないけど、私はそういうキャラじゃないから!」
「いいじゃないかっ。ああいうのだってかっこいいじゃん!」
「恥ずかしいの! あんな目立ち方、恥ずかしくて人前に出られなくなるでしょうが!!」
アデーレがすぐにでもエスティラの元に戻らなければと気が付くのは、それから数分後の事だった。
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