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第三幕【お嬢様、推しを見つけました】

3-8【お嬢様、ピンチです(2)】

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 アデーレがエスティラの傍に付くようになってから数日。
 肉体的にも精神的にも過酷な仕事を続けたアデーレは、いつもに増してクールというか、不愛想になっていた。

「ちょっとあなた、いつまでそんな顔してるのよ。シャキッとなさい」

 エスティラが振り返り、不甲斐ないアデーレをジト目で睨む。
 隣に立つロベルトが背筋を伸ばして立っていると、アデーレのだらけ具合がより際立っている。

 現在彼女達が来ているのは、ロントゥーサ島唯一の港。
 主に漁船や客船が停泊することを目的とした港で、他には島外からの貨物船も寄港する。
 しかし、今日はそんな港に、島民には馴染みのない軍艦が停泊していた。
 帆柱はなく、煙突を有することから蒸気船だろう。

 先日の怪鳥襲来後、島に常駐するわずかな衛兵では備えが不十分であることが判明した。
 そのため、シシリューア島から共和国軍の一部が派兵されることとなり、この艦はその第一陣である。
 そんな兵士たちを、現状島のトップであるエスティラが直々に出迎えることとなったのだ。
 ちなみに、その提案をしたのは当のエスティラ本人である。

『私の身の安全を任せるのだから、挨拶くらいはしておかないと』

 というのが、エスティラの弁である。
 島の守備増強ではないかという疑問もあったが、アデーレはあえてそれを口にしなかった。

「これはこれは、バルダート家のご令嬢が直々に出迎えてくださるとはっ」

 部下の兵隊を連れて港に降り立ったのは、三角帽がトレードマークの青い軍服姿の男。
 彼は埠頭で待っていたエスティラに対し、帽子を脱いで深々とお辞儀をする。
 きっとこの船の艦長か、部隊の指揮官だろう。

「ご苦労様。こちらの船、見慣れませんけど最新のものかしら?」
「おお、さすがの着眼点ですなっ。こちら工廠で完成したばかりの溶鉄鉱式蒸気船の最新型でして」

 エスティラの反応に気をよくしたのか、帽子を被りなおした男が軍艦の説明を始める。
 説明を受けるエスティラと言えば、愛想笑いを浮かべている辺りそれほど興味はないのだろう。

(溶鉄鉱?)

 立って待たされているアデーレは、この世界に来て初めて聞く名前に首をかしげる。
 その時、彼女の頭の中に聞き慣れた声が割り込んできた。

(熱を帯びた状態で採掘される、この世界の鉱物だよ。炉に入れると高温を発生させるんだ)
(……急に脳内で語り掛けてくるの、勘弁して欲しいんだけど)
(まぁまぁ、君も暇だろ? ちなみに溶鉄鉱の元は僕達火竜の身体だよ)
(僕達? 火竜ってそんなたくさんいるの? というか身体って……)

 ポケットの中で、ロックンがわずかに揺れる。

(そうだよ。大昔の戦いで僕の眷属と一緒に顕現したんだ)
(はぁ……で、身体はこっちに置いてきたって訳?)
(その通り。神の世に肉体は必要ないからね)

 つまりこの世界の蒸気機関は、石炭の代わりに火竜の身体をそれとは知らず燃料にしているという事らしい。
 この世界に石炭がないのか、それとも石炭より有利な点があるのか。それは分からない。

 そんな話をしていると、エスティラ達の方も話を終えたのか、二人が並んで町の方へ歩いていく。

「行きましょうか」

 促すように、ロベルトがアデーレに声をかける。
 この後は、指揮官の男を交えて屋敷での昼食会が予定されている。
 今頃屋敷の方では、同僚や料理人たちが準備を進めている頃だろう。

 この後の給仕への気苦労を思い浮かべながら、アデーレがエスティラの後に続こうとする。

 真横の海面に、巨大な水柱が立った。

「っ!?」

 その場にいた全員が、目を見開きながら音の方に目をやる。
 しかし、水柱の跡と思われる泡が海面で揺れているだけのようだ。
 
 その時、埠頭のあちこちに丸い影が差す。
 頭上から、何かが降ってくる……。

「エスティラ様っ!」

 指揮官の男が、エスティラを庇うように立つ。
 直後彼らの目の前に、巨大な巻貝の殻が落ちて来た。
 殻は石の埠頭に落ちたというのに割れることはなく、口から何かがうごめきながら外に出てくる。

 それはまるで二足歩行能力を得たタコかイカのような怪物だ。
 背中に巻貝の殻を背負う姿は、まるで特撮に出てくる怪人のようにも見える。
 それが十匹……いや、二十匹はいるだろうか。

(まずいね。召喚された魔獣だよ)

 ロックンが脳内に語り掛ける。
 外見は全く違うが、どうやら数日前の怪鳥と同族らしい。

「くっ、怪物め!」

 周囲にいた兵士たちが、長銃の先端に取り付けた銃剣を怪物に向ける。
 人が集まるこの状況では、銃を撃つことは出来ないだろう。

「ロベルト殿、あなたはエスティラ様を連れて安全な場所へ!」

 腰に下げたサーベルを抜きながら、指揮官の男が叫ぶ。
 ロベルトはすぐさまエスティラの傍に立ち、彼女の手を取って走り出す。

(私もいるんだけど……まぁいいか)

 人目の多い場所で変身は出来ない。
 アデーレは怪物に挑む人々に背を向け、エスティラ達と共に埠頭から逃げ出すのだった。
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