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第三幕【お嬢様、推しを見つけました】
3-7【お嬢様、ピンチです(1)】
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夜のあぜ道を、私服姿のアデーレがとぼとぼと歩く。
空には三日月。
見慣れたロントゥーサ島の夜空は、日本では見ることも難しくなった満天の星空だ。
ぼんやりと空を眺めていると、ポケットの中から何かが飛び出す。
「お疲れ様だね、アデーレ」
目の前に現れたのは錠前……ヴェスタだ。
結局仕事中に一切喋ることはなく、アデーレも忙しさからその存在を忘れつつあった。
「うん……ヴェスタ様はずっとポケットの中でl窮屈《きゅうくつ》じゃなかったの?」
「はは。別にこれが僕の本体って訳じゃないから」
それもそうだとうなずくアデーレ。
だが、錠前越しにこちらを眺めているヴェスタの姿を思うと、のん気な神様だと呆れてしまうのだった。
「あ、今僕が神の世でのんびり観客決め込んでるって考えただろ」
「カンガエテマセン。ヴェスタサマ」
「神様に嘘とは感心できないね。まぁいいけど」
人間の考えることなどお見通しとは、さすが神様といったところか。
しかしこれではうかつなことは考えられない。
使用人と錠前によってプライベートが奪われていくことに、ため息を漏らす。
それもお見通しなのだろう。
錠前は笑っているかのようにカチャカチャと音を立て揺れる。
「ああそうだ、君が仕事をしている間に少し考えたんだけどね」
錠前がアデーレの顔の横に浮かぶ。
「君が僕のことをヴェスタって呼ぶの、何だか堅苦しくてよくないと思うんだ」
「はぁ……でもあなたはヴェスタ様な訳でして」
「そりゃあそうだけど。でも君らにとってヴェスタは火竜で、今の僕はただの錠前さ」
ただの錠前が喋ったり変身させたりするわけがないだろと、アデーレが心の中でツッコミを入れる。
「という訳で、君に新しい名前を付けてもらって、今後はお互いフランクに行こうと思うんだ」
「名前? 私が?」
名前を変えたところでフランクな関係になるとは思えない。
だがヴェスタ自身は大真面目にそう思っているようだ。
それに、名前を変えることで多少は堅苦しさが緩和されるというのには同意見だった。
やはり神の名前とは、それだけで深い意味を持つものだ。
「どうせなら、君の元いた世界にちなんだ名前がいいな」
「またそんなリクエストを。じゃあ……」
目の前に浮かぶ錠前を眺めながら、過去の記憶を頭に巡らせる。
(錠前……鍵……ロック…………)
我ながらイメージが貧困だと思うアデーレ。
とはいえ、わざわざ凝った名前を付けるのも面倒だ。
「今、面倒だと考えたね」
「仕方ないじゃないですか。実際にそうなんだし」
「なかなかはっきり言うね。まぁいいけど」
相も変わらずカチャカチャ揺れる錠前。
「はぁ……それじゃあ」
そんな錠前を手でつかみ、自分の顔から離して眺める。
「ロックン……アンロックン。それがあなたの名前ってことで」
鍵、イコールロックからの、アンロック。
ロックンとしたのは、アデーレなりの愛嬌だ。
「アンロックン。なるほど、いいじゃないか」
どうやら神様は納得したようだ。
アデーレの手の中で、カチャカチャと音を立てている。
「それじゃあ、今日から僕はアンロックンだ。改めてよろしく、アデーレ」
「うん、よろしく。お互いあんまり出番がないことを祈りたいところだけど」
「それもそうだっ」
そう言って笑う、喋る錠前アンロックン。
初対面の頃から神様らしからぬ言動には、それなりの癒しがあるようにも感じられる。
慣れぬ仕事で疲労困憊のアデーレ。
明日もあのお嬢様の傍で仕事かと思うと、それだけで気苦労が尽きない。
だから今は、新たに出来た相棒とひと時の談笑を楽しむのだった。
空には三日月。
見慣れたロントゥーサ島の夜空は、日本では見ることも難しくなった満天の星空だ。
ぼんやりと空を眺めていると、ポケットの中から何かが飛び出す。
「お疲れ様だね、アデーレ」
目の前に現れたのは錠前……ヴェスタだ。
結局仕事中に一切喋ることはなく、アデーレも忙しさからその存在を忘れつつあった。
「うん……ヴェスタ様はずっとポケットの中でl窮屈《きゅうくつ》じゃなかったの?」
「はは。別にこれが僕の本体って訳じゃないから」
それもそうだとうなずくアデーレ。
だが、錠前越しにこちらを眺めているヴェスタの姿を思うと、のん気な神様だと呆れてしまうのだった。
「あ、今僕が神の世でのんびり観客決め込んでるって考えただろ」
「カンガエテマセン。ヴェスタサマ」
「神様に嘘とは感心できないね。まぁいいけど」
人間の考えることなどお見通しとは、さすが神様といったところか。
しかしこれではうかつなことは考えられない。
使用人と錠前によってプライベートが奪われていくことに、ため息を漏らす。
それもお見通しなのだろう。
錠前は笑っているかのようにカチャカチャと音を立て揺れる。
「ああそうだ、君が仕事をしている間に少し考えたんだけどね」
錠前がアデーレの顔の横に浮かぶ。
「君が僕のことをヴェスタって呼ぶの、何だか堅苦しくてよくないと思うんだ」
「はぁ……でもあなたはヴェスタ様な訳でして」
「そりゃあそうだけど。でも君らにとってヴェスタは火竜で、今の僕はただの錠前さ」
ただの錠前が喋ったり変身させたりするわけがないだろと、アデーレが心の中でツッコミを入れる。
「という訳で、君に新しい名前を付けてもらって、今後はお互いフランクに行こうと思うんだ」
「名前? 私が?」
名前を変えたところでフランクな関係になるとは思えない。
だがヴェスタ自身は大真面目にそう思っているようだ。
それに、名前を変えることで多少は堅苦しさが緩和されるというのには同意見だった。
やはり神の名前とは、それだけで深い意味を持つものだ。
「どうせなら、君の元いた世界にちなんだ名前がいいな」
「またそんなリクエストを。じゃあ……」
目の前に浮かぶ錠前を眺めながら、過去の記憶を頭に巡らせる。
(錠前……鍵……ロック…………)
我ながらイメージが貧困だと思うアデーレ。
とはいえ、わざわざ凝った名前を付けるのも面倒だ。
「今、面倒だと考えたね」
「仕方ないじゃないですか。実際にそうなんだし」
「なかなかはっきり言うね。まぁいいけど」
相も変わらずカチャカチャ揺れる錠前。
「はぁ……それじゃあ」
そんな錠前を手でつかみ、自分の顔から離して眺める。
「ロックン……アンロックン。それがあなたの名前ってことで」
鍵、イコールロックからの、アンロック。
ロックンとしたのは、アデーレなりの愛嬌だ。
「アンロックン。なるほど、いいじゃないか」
どうやら神様は納得したようだ。
アデーレの手の中で、カチャカチャと音を立てている。
「それじゃあ、今日から僕はアンロックンだ。改めてよろしく、アデーレ」
「うん、よろしく。お互いあんまり出番がないことを祈りたいところだけど」
「それもそうだっ」
そう言って笑う、喋る錠前アンロックン。
初対面の頃から神様らしからぬ言動には、それなりの癒しがあるようにも感じられる。
慣れぬ仕事で疲労困憊のアデーレ。
明日もあのお嬢様の傍で仕事かと思うと、それだけで気苦労が尽きない。
だから今は、新たに出来た相棒とひと時の談笑を楽しむのだった。
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