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第二幕【特撮ヒーロー? 魔法少女?】
2-6【魂、目覚めよ】
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礼拝堂を後にしたアデーレは、一人バルダート家の屋敷に続く坂道を上っていた。
この道は港から続く大通りで、島では唯一石畳によって舗装された道が続いている。
バルダートのお嬢様と最悪の出会いを果たしたのも、この場所である。
バルダート家がこの地に別邸を持ったのは、避暑の為である。
シシリューア島は周囲の島に比べると、地熱の影響により気温が高い。
だからロントゥーサ島の、風通しが良く港からも近い土地に屋敷を建てたそうだ。
(だからって、歩いて通うのにこの坂はちょっとめんどいけど)
額に汗をにじませながら、アデーレは屋敷へ続く坂道を上る。
勾配は緩やかだが、それでも今日の晴天はほどほどに疲労を蓄積させてくる。
これが夏本番になると、気温はさらに上昇する。
こうなると、例え実家が近いとはいえ、屋敷の使用人部屋で住み込みという選択肢も出てくる。
なお、その場合の父の反応については推して図るべしといったところだ。
そんな、アデーレ・サウダーテとしての日常。
これまでを振り返り、そしてこれからに思いを馳せ……。
時折思うのは、この先自分はどういう人生を送るのだろうということだ。
今はまだ、佐伯 良太として歩んだ時間の方が長い。
だが後十年も経たずに、アデーレは良太が命を落としたときの年齢を超えることとなる。
きっと、アデーレとしてそれらしい人生を送るのだろうなと、想像することは出来る。
では、過去に置いてきた良太の人生……夢はどうなってしまうのだろうか。
(終わったことだってのは、分かってはいるんだけど……)
あの時、テレビの中のヒーローと出会い、そして自分も彼らに命を吹き込む側になりたいと願った。
この世界でその夢が叶うことは、まずないだろう。
だが、今もその時の記憶や感覚を、はっきりと思い出せてしまうのだ。
そして夢を叶えようと努力した、佐伯 良太の日々を。
叶わないのなら、最初から思い出したくはなかった。
ただのアデーレ・サウダーテとして、優しい人々との幸せな人生を送りたかった。
二度と叶わぬ良太の夢は、アデーレにとっては呪いのようにまとわりつく枷に過ぎないのだ。
「……考え過ぎってのは、分かるんだけどね」
誰に言う訳でもなくつぶやく。
見上げた空は、相変わらず雲一つない突き抜けた青だ。
――空を、巨大な影が通り過ぎる。
「えっ?」
自然とその影を目で追いかけるアデーレ。
直後、先の道から巨大な炸裂音が響いた。
飛び散る石畳。土が煙のように舞い、道の先が見えなくなる。
周囲の人々は悲鳴を上げ、続々と土煙の中からアデーレの方に向けて逃げ去る。
突然のことに、アデーレは動くことが出来なかった。
人々が出てくる土煙の先から、目が離せない。
何か、巨大な影がその中にあったのだ。
「ウオオォォォォォォッ!!」
土煙の中から、人のものとは思えない雄たけびが響く。
その雄たけびに土煙が吹き飛ばされ、周囲の視界がクリアになる。
「なっ……」
アデーレの顔が、一瞬で青ざめる。
土煙の先にいた影の正体は、巨大な翼を持つ首長の怪鳥だった。
大きさは三メートルほどか。虹色の羽毛で覆われた体と、鋭いかぎ爪が目立つ脚。
頭部には赤いとさかがあり、黄色に光のない黒点が目立つ目玉は、嫌でも恐怖心を掻き立てる。
まるで金属を思わせる光沢のあるくちばしが、命を奪う事だけに特化したものであることは明らかだ。
こんな怪物が、なぜこの島に来たのか。
混乱するアデーレ。だがそれ以上に、この場を離れなければ命が危ない。
ようやく体の硬直が解け、後ずさるアデーレ。
「ああ、何で気付いちゃうんだろう」
振り返ろうとしたその瞬間、怪鳥の足元にいる小さな影に気が付いてしまった。
それは、栗毛の似合う少年だった。
服装は地元民と比べると少々身なりはいい。避暑の為に家族と島に来たのだろうか。
そんな少年が、この世のものとは思えない怪鳥に睨まれていた。
少年は動くことも声を上げることもせず、へたり込んで怪鳥を見上げている。
その姿を見て、アデーレは良太の最期を思い出す。
誰かを助けるために、命を落としたあの瞬間。
(後悔しているのかな、自分は)
無謀の末に、夢を失った。
後悔はしていない……いや、そんなはずはない。今も未練がある。
それでも、良太は自分の行動を悔いてはいない。
アデーレとして生まれ変わったからこそ、あの時の良太が抱く複雑な感情を知ってしまった。
気付いたときには、アデーレは手にした荷物を投げ捨て、子供の方へと駆け出していた。
(間に合えッ!)
怪鳥の視線は、子供の方へ向けられている。
アデーレは信じる。まだ助けられるはずだと。
あの時と同じ光景を、もう一度繰り返している。
例え生まれ変わっても、やはり空想のヒーローに対するあこがれを、捨てきれてはいなかった。
佐伯 良太は過去の人間なのに、その魂はアデーレの中で生き続けていた。
怪鳥が頭を上げ、少年めがけてくちばしを振り下ろそうと構える。
アデーレの距離はまだ遠く、少年には手が届かない。
それでも脚は止めない。まだ間に合うと信じて、アデーレは手を伸ばす。
少年が生きている限り、諦めたくはないと願う。
(間に合え……間に合え……!)
だが、無情にも怪鳥の首が振り下ろされる。
アデーレの手は、まだ届かない。
それでも走り、手を伸ばし続ける。
(間に合ってッ!!)
……それは、二つの魂が同じ願いを叫んだようで。
伸ばした手の先が強い熱を帯び、視界をまばゆい光が遮った。
この道は港から続く大通りで、島では唯一石畳によって舗装された道が続いている。
バルダートのお嬢様と最悪の出会いを果たしたのも、この場所である。
バルダート家がこの地に別邸を持ったのは、避暑の為である。
シシリューア島は周囲の島に比べると、地熱の影響により気温が高い。
だからロントゥーサ島の、風通しが良く港からも近い土地に屋敷を建てたそうだ。
(だからって、歩いて通うのにこの坂はちょっとめんどいけど)
額に汗をにじませながら、アデーレは屋敷へ続く坂道を上る。
勾配は緩やかだが、それでも今日の晴天はほどほどに疲労を蓄積させてくる。
これが夏本番になると、気温はさらに上昇する。
こうなると、例え実家が近いとはいえ、屋敷の使用人部屋で住み込みという選択肢も出てくる。
なお、その場合の父の反応については推して図るべしといったところだ。
そんな、アデーレ・サウダーテとしての日常。
これまでを振り返り、そしてこれからに思いを馳せ……。
時折思うのは、この先自分はどういう人生を送るのだろうということだ。
今はまだ、佐伯 良太として歩んだ時間の方が長い。
だが後十年も経たずに、アデーレは良太が命を落としたときの年齢を超えることとなる。
きっと、アデーレとしてそれらしい人生を送るのだろうなと、想像することは出来る。
では、過去に置いてきた良太の人生……夢はどうなってしまうのだろうか。
(終わったことだってのは、分かってはいるんだけど……)
あの時、テレビの中のヒーローと出会い、そして自分も彼らに命を吹き込む側になりたいと願った。
この世界でその夢が叶うことは、まずないだろう。
だが、今もその時の記憶や感覚を、はっきりと思い出せてしまうのだ。
そして夢を叶えようと努力した、佐伯 良太の日々を。
叶わないのなら、最初から思い出したくはなかった。
ただのアデーレ・サウダーテとして、優しい人々との幸せな人生を送りたかった。
二度と叶わぬ良太の夢は、アデーレにとっては呪いのようにまとわりつく枷に過ぎないのだ。
「……考え過ぎってのは、分かるんだけどね」
誰に言う訳でもなくつぶやく。
見上げた空は、相変わらず雲一つない突き抜けた青だ。
――空を、巨大な影が通り過ぎる。
「えっ?」
自然とその影を目で追いかけるアデーレ。
直後、先の道から巨大な炸裂音が響いた。
飛び散る石畳。土が煙のように舞い、道の先が見えなくなる。
周囲の人々は悲鳴を上げ、続々と土煙の中からアデーレの方に向けて逃げ去る。
突然のことに、アデーレは動くことが出来なかった。
人々が出てくる土煙の先から、目が離せない。
何か、巨大な影がその中にあったのだ。
「ウオオォォォォォォッ!!」
土煙の中から、人のものとは思えない雄たけびが響く。
その雄たけびに土煙が吹き飛ばされ、周囲の視界がクリアになる。
「なっ……」
アデーレの顔が、一瞬で青ざめる。
土煙の先にいた影の正体は、巨大な翼を持つ首長の怪鳥だった。
大きさは三メートルほどか。虹色の羽毛で覆われた体と、鋭いかぎ爪が目立つ脚。
頭部には赤いとさかがあり、黄色に光のない黒点が目立つ目玉は、嫌でも恐怖心を掻き立てる。
まるで金属を思わせる光沢のあるくちばしが、命を奪う事だけに特化したものであることは明らかだ。
こんな怪物が、なぜこの島に来たのか。
混乱するアデーレ。だがそれ以上に、この場を離れなければ命が危ない。
ようやく体の硬直が解け、後ずさるアデーレ。
「ああ、何で気付いちゃうんだろう」
振り返ろうとしたその瞬間、怪鳥の足元にいる小さな影に気が付いてしまった。
それは、栗毛の似合う少年だった。
服装は地元民と比べると少々身なりはいい。避暑の為に家族と島に来たのだろうか。
そんな少年が、この世のものとは思えない怪鳥に睨まれていた。
少年は動くことも声を上げることもせず、へたり込んで怪鳥を見上げている。
その姿を見て、アデーレは良太の最期を思い出す。
誰かを助けるために、命を落としたあの瞬間。
(後悔しているのかな、自分は)
無謀の末に、夢を失った。
後悔はしていない……いや、そんなはずはない。今も未練がある。
それでも、良太は自分の行動を悔いてはいない。
アデーレとして生まれ変わったからこそ、あの時の良太が抱く複雑な感情を知ってしまった。
気付いたときには、アデーレは手にした荷物を投げ捨て、子供の方へと駆け出していた。
(間に合えッ!)
怪鳥の視線は、子供の方へ向けられている。
アデーレは信じる。まだ助けられるはずだと。
あの時と同じ光景を、もう一度繰り返している。
例え生まれ変わっても、やはり空想のヒーローに対するあこがれを、捨てきれてはいなかった。
佐伯 良太は過去の人間なのに、その魂はアデーレの中で生き続けていた。
怪鳥が頭を上げ、少年めがけてくちばしを振り下ろそうと構える。
アデーレの距離はまだ遠く、少年には手が届かない。
それでも脚は止めない。まだ間に合うと信じて、アデーレは手を伸ばす。
少年が生きている限り、諦めたくはないと願う。
(間に合え……間に合え……!)
だが、無情にも怪鳥の首が振り下ろされる。
アデーレの手は、まだ届かない。
それでも走り、手を伸ばし続ける。
(間に合ってッ!!)
……それは、二つの魂が同じ願いを叫んだようで。
伸ばした手の先が強い熱を帯び、視界をまばゆい光が遮った。
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