お嬢様。あなたの推し巫女、私なんですが ~TSメイド、異世界繁忙記~

蕪菁

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第二幕【特撮ヒーロー? 魔法少女?】

2-4【バルダート家のメイドさん(2)】

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 普通、何事にも段取りというものがあるはずだ。
 就職なら面接とか、掃除ならばまずは上からとか。
 だが、アデーレは自らが置かれた現状に、ただただ困惑していた。

 アデーレは、生まれて初めて貴族の屋敷へ足を踏み入れることとなった。
 まず大きな格子門の先には、ロントゥーサでは珍しい芝生の敷かれた広い前庭が広がっていた。
 前庭を中央から貫くように敷かれた白い道の先には、大きな両開きのドアを有する三階建ての屋敷が待ち構えている。

(どれだけ広いんだ……)

 思わず心の中でつぶやくアデーレ。
 本日の彼女の格好は、作業に適した物が良いという母の提案から、木綿の青いワンピースだ。
 とはいえ、決して裕福ではない家だ。他の服装もこれと大した差はないのだが。

「アデーレ、どうしたの? ほら付いてきて」

 アデーレの前を歩くのは、ピンク色のワンピースに、白いキャップとエプロンを纏ったメリナだ。
 現代日本の記憶を持つアデーレからすると、彼女の格好は自分が知るメイド服というものからは逸脱している。
 しかし母やメリナの話を聞いてみると、午前中はこういった作業のしやすい服装だとのこと。

「それにしても、アデーレが来てくれて本当に助かるよー」

 そう言うメリナの顔には、明らかに疲れの色が見える。
 屋敷の方を見ても、数名の使用人が掃除道具や籠を持って屋敷前をせわしなく移動しているのが見える。

「随分と忙しそう」
「お嬢様が来るのが決まったのが急だったからね。三日前からずっとこんな感じだよ」
「うわ……」

 つまり、お嬢様を迎え入れるための準備が完璧ではなかったということだ。
 なのに昨日の段階で既に屋敷入りしているという。
 これは、なかなかにハードな状況と言わざるを得ないだろう。

「とりあえずアデーレは、今日一日私と一緒にいてね。仕事覚えてもらうから」
「え? ちょっ、こういうのってまずは責任者の人とかに会って色々……」
「今は特例っ。その辺は私の判断でいいってことになってるから」

 いつもせわしない、知り合いのお姉さんというのがアデーレが抱くメリナの印象だ。
 しかしどうやら、バルダート家の使用人としてはそれなりの立場にあったらしい。
 使用人としてのキャリアを重ねてきた賜物なのだろう。

「難しいことはしなくていいから。とにかく今は私の手伝い、お願いねっ」

 疲れが見え隠れする笑顔をアデーレに向けるメリナ。
 そんな彼女を前にして、段取りがどうとか言うのは野暮だと、アデーレは言葉を飲み込んだ。



 三階建ての屋敷というのは、ロントゥーサ島では灯台に次いで高い建物だ。
 だがそれ以上に、バルダート別邸は敷地が広い。とにかく広い。
 吹き抜けのエントランス。床一面に敷かれたワインレッドのカーペット。
 白を基調とした美しい内装は、慣れないアデーレには眩しく映る。

「アデーレっ、手が止まってるよ!」

 窓ふき用の布を手にしたアデーレを、メリナが顔を向けずに叱責する。

 アデーレは今、廊下の窓の乾拭きをメリナと共に進めていた。
 しかし、ここは貴族の屋敷だ。自宅の数枚の窓を綺麗にするのとはわけが違う。
 とにかく長く伸びる廊下には、前庭が伺える窓が十何枚と並んでいる。
 この全てを使用人たちで綺麗にしていかないといけないのだ。

 使用人たち……とはいうが、この場にいるのはアデーレとメリナ。
 それと、廊下の反対側から作業を進める二人の使用人だけだ。

「メリナさん……これ、いつ終わるんですか?」
「いつなんて考えないっ」

 隣の窓を拭くメリナの手際は、恐ろしい程に良い。
 腕を一杯に伸ばして、上から下に向けて窓を磨き上げていく。
 その手は角のわずかな汚れ一つ見逃さず、ペースもアデーレの倍ほどの速さだ。

 アデーレが一枚の窓を終わらせる頃には、メリナは三枚目の窓に取り掛かっていた。

「今日のうちに三階までの窓終わらせなきゃいけないんだから、余計な事考えてる暇ないよっ」

 「ああ……」と、アデーレは思わずため息を漏らす。
 それはそうだ。この上階には、現在受け持ってるのと同じ長さの廊下があるはずだ。

 使用人控室に通されたと思えば、そのまま掃除用具を持たされ、こうして掃除をさせられているアデーレ。
 その顔には、間違いなく使用人の仕事を舐めていたことによる後悔の念が浮かんでいた。

 ふと、頭の中に母サンドラの顔が思い浮かぶ。

『危ないと思ったら、いつでもお母さんに相談してね』

 今は、そんな母の優しい言葉が恋しく思う。
 家の家事など基礎の基礎。いつもどおりが通用しない、屋敷の掃除。

 今はただ、不作をもたらした気象に対し、恨み言を念じることしかできなかった。
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