2 / 61
第一幕【火竜の巫女が守る島】
1-2【佐伯 良太、享年二十一歳(1)】
しおりを挟む
ある日の日本。曇天の町並み。
家族葬向けの小さな斎場の入り口に、葬儀が行わる人物が書かれた電子看板が置かれていた。
【故 佐伯 良太 儀 葬儀式場】
享年二十一歳。佐伯 良太は、あまりにも短い生涯を終えてしまった。
生まれは都会。幼少の頃より両親は不仲で、小学生の頃に二人は離婚した。
親権を有する母親には虐待癖があり、母子家庭という理由を加味したとしても、家庭環境は最悪だ。
朝食の用意は自分で行い、母が朝帰りする前に学校へと向かう。
恵まれない環境は自らの人間関係にも影響し、友人と呼べる相手は少なかった。
学校側も彼の置かれた状況を把握しつつ、有効な手段を取ることは出来ずに実質放置されていた。
朝早く家を出て、できるだけ遅く帰宅するという日々を送っていた良太。
当然このような生活は、人格形成に悪影響を及ぼす。
小学校高学年の頃には不登校も目立ち、結果的に周りからは悪童として疎まれるようになっていった。
中学生になってからの良太は、集団からのいじめの標的となっていた。
幸いと言えるのか、彼の粗暴な外見によって表立った暴力行為は周りが躊躇したが、代わりに表に出ない陰湿ないじめを多く受けてきた。
だが、他人に期待も信頼も抱いていなかった良太にとって、呆れ以外に思うところはなかった。
結局そのいじめも二年ほどで終わり、周囲が受験を意識する頃になると、良太のことを意識する者は誰もいなくなっていた。
転機が訪れたのは、高校二年の春だった。
地元の底辺高に通っていたある日の事、夜中に外出した母親がその日を境に蒸発したのだ。
前日、父が病死したという報告があったため、それが原因だったのかも知れない。
最初は事件性を疑われるも、手掛かりもなく表立った捜索は打ち切り。
保護者を失った良太は、疎遠になっていた父方の祖父母の家へ預けられることとなった。
良太にとって予想外だったのは、久しぶりに会った祖父母が、自分に対し謝罪してきたことだ。
今まで手を差し伸べて上げられなかったこと。真剣に身元を探すべきだったこと。
それは荒みきった良太に向けられた、初めての思いやりだったのだろう。
しかしその言葉を素直に受け入れることは出来ず、結局彼らと距離を取る生活を送っていた。
――夏休みのある日。
二日ほど前から、父の弟にあたる叔父が家族と祖父母宅に帰省していた。
その日は朝から大人たちは外出中。
良太は叔父の子供である兄妹と共に、畳の敷かれた居間で留守番をしていた。
「良太にーちゃん、これ見ていい?」
人懐っこい笑顔で語り掛けて来た少年の手には、初めて見る変身ヒーローが主役の特撮番組のDVDケースがあった。
このような児童向け番組に振れたことがない良太にとって、特撮の知識は有名な作品の名前くらいだ。
少年が持っていた作品については、名前すらも知らなかった。
「貸してみ」
断る必要もないと思った良太は、少年からケースを受け取り、テレビ台の棚に置かれたプレイヤーにディスクをトレイにセットする。
トレイをプレイヤーに戻し、再生ボタンを押す。
テレビには、制作会社のロゴやテレビを見るときの注意が映された後、オープニングなどを挟まずに本編が開始される。
(これ見ている間は、チビ達も静かにしてるだろ)
兄妹が画面にくぎ付けになっていることを確認し、良太は席を立とうとする。
その間も番組本編は進み、昆虫か何かをモチーフにした怪人の前に、主人公の青年が対峙するシーンが映る。
ふと、子供たちが向けるテレビ画面に視線を向ける。
これが、良太にとって初めての特撮番組だった。
画面の向こうで、自らの信念、決意を胸に戦うキャラクター達。
ヒーローと怪人の戦闘という視覚的娯楽と、人々とのふれあい。自分のあり方に対する葛藤。
そこには、こういった経験をしてこなかった良太だからこそ、素直に響くものがあったのかも知れない。
子供向けの番組だと思っていた良太にとって、そこにあったドラマには少なからず衝撃を受けていた。
その後は、子供たちと共にじっくり番組を見続けていた。
一巻分を見終わる頃には祖父母と叔父夫婦が帰宅し、付きっきりで子供たちの面倒を見てくれていたことに礼を言われた。
良太にとって初めて特撮に触れた時の出来事は、数少ない良い思い出として胸の中に残り続けていた。
だからこそ、高校卒業後の進路を考えたとき、この思い出が真っ先に頭を過ぎったのだろう。
動画配信であの夏に見た番組を最後まで見て、画面の向こうで戦う主人公たちに、強い共感の念を抱いていた。
フィクションの中で、自らの信念を貫こうとする彼らに憧れていたのだ。
いつしかその願いはアクション俳優という夢に変化し、高校卒業後は養成所のオーディションを受けつつ、学業とトレーニング、バイトの日々。
やがてその努力が実り、有名な芸能事務所が運営する養成所のオーディションに合格することが叶った。
……それが二十一歳。春の事だった。
家族葬向けの小さな斎場の入り口に、葬儀が行わる人物が書かれた電子看板が置かれていた。
【故 佐伯 良太 儀 葬儀式場】
享年二十一歳。佐伯 良太は、あまりにも短い生涯を終えてしまった。
生まれは都会。幼少の頃より両親は不仲で、小学生の頃に二人は離婚した。
親権を有する母親には虐待癖があり、母子家庭という理由を加味したとしても、家庭環境は最悪だ。
朝食の用意は自分で行い、母が朝帰りする前に学校へと向かう。
恵まれない環境は自らの人間関係にも影響し、友人と呼べる相手は少なかった。
学校側も彼の置かれた状況を把握しつつ、有効な手段を取ることは出来ずに実質放置されていた。
朝早く家を出て、できるだけ遅く帰宅するという日々を送っていた良太。
当然このような生活は、人格形成に悪影響を及ぼす。
小学校高学年の頃には不登校も目立ち、結果的に周りからは悪童として疎まれるようになっていった。
中学生になってからの良太は、集団からのいじめの標的となっていた。
幸いと言えるのか、彼の粗暴な外見によって表立った暴力行為は周りが躊躇したが、代わりに表に出ない陰湿ないじめを多く受けてきた。
だが、他人に期待も信頼も抱いていなかった良太にとって、呆れ以外に思うところはなかった。
結局そのいじめも二年ほどで終わり、周囲が受験を意識する頃になると、良太のことを意識する者は誰もいなくなっていた。
転機が訪れたのは、高校二年の春だった。
地元の底辺高に通っていたある日の事、夜中に外出した母親がその日を境に蒸発したのだ。
前日、父が病死したという報告があったため、それが原因だったのかも知れない。
最初は事件性を疑われるも、手掛かりもなく表立った捜索は打ち切り。
保護者を失った良太は、疎遠になっていた父方の祖父母の家へ預けられることとなった。
良太にとって予想外だったのは、久しぶりに会った祖父母が、自分に対し謝罪してきたことだ。
今まで手を差し伸べて上げられなかったこと。真剣に身元を探すべきだったこと。
それは荒みきった良太に向けられた、初めての思いやりだったのだろう。
しかしその言葉を素直に受け入れることは出来ず、結局彼らと距離を取る生活を送っていた。
――夏休みのある日。
二日ほど前から、父の弟にあたる叔父が家族と祖父母宅に帰省していた。
その日は朝から大人たちは外出中。
良太は叔父の子供である兄妹と共に、畳の敷かれた居間で留守番をしていた。
「良太にーちゃん、これ見ていい?」
人懐っこい笑顔で語り掛けて来た少年の手には、初めて見る変身ヒーローが主役の特撮番組のDVDケースがあった。
このような児童向け番組に振れたことがない良太にとって、特撮の知識は有名な作品の名前くらいだ。
少年が持っていた作品については、名前すらも知らなかった。
「貸してみ」
断る必要もないと思った良太は、少年からケースを受け取り、テレビ台の棚に置かれたプレイヤーにディスクをトレイにセットする。
トレイをプレイヤーに戻し、再生ボタンを押す。
テレビには、制作会社のロゴやテレビを見るときの注意が映された後、オープニングなどを挟まずに本編が開始される。
(これ見ている間は、チビ達も静かにしてるだろ)
兄妹が画面にくぎ付けになっていることを確認し、良太は席を立とうとする。
その間も番組本編は進み、昆虫か何かをモチーフにした怪人の前に、主人公の青年が対峙するシーンが映る。
ふと、子供たちが向けるテレビ画面に視線を向ける。
これが、良太にとって初めての特撮番組だった。
画面の向こうで、自らの信念、決意を胸に戦うキャラクター達。
ヒーローと怪人の戦闘という視覚的娯楽と、人々とのふれあい。自分のあり方に対する葛藤。
そこには、こういった経験をしてこなかった良太だからこそ、素直に響くものがあったのかも知れない。
子供向けの番組だと思っていた良太にとって、そこにあったドラマには少なからず衝撃を受けていた。
その後は、子供たちと共にじっくり番組を見続けていた。
一巻分を見終わる頃には祖父母と叔父夫婦が帰宅し、付きっきりで子供たちの面倒を見てくれていたことに礼を言われた。
良太にとって初めて特撮に触れた時の出来事は、数少ない良い思い出として胸の中に残り続けていた。
だからこそ、高校卒業後の進路を考えたとき、この思い出が真っ先に頭を過ぎったのだろう。
動画配信であの夏に見た番組を最後まで見て、画面の向こうで戦う主人公たちに、強い共感の念を抱いていた。
フィクションの中で、自らの信念を貫こうとする彼らに憧れていたのだ。
いつしかその願いはアクション俳優という夢に変化し、高校卒業後は養成所のオーディションを受けつつ、学業とトレーニング、バイトの日々。
やがてその努力が実り、有名な芸能事務所が運営する養成所のオーディションに合格することが叶った。
……それが二十一歳。春の事だった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる