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鬼ごっこ

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 昼休みになった時だった。僕は教室の中で本を読んでいた。

「ねぇ、京介君も一緒に鬼ごっこしない?」

 顔を上げると、榎本さん(姉の方)が僕に話しかけていた。

「鬼ごっこですか?」

「そう、鬼ごっこ。」

 後ろでは光くんや高音ちゃん、乃花ちゃん達が僕のことを見ていた。

 鬼ごっこはやりたくなかった訳では無いが、あまり運動は得意な方でない。

 なんとかして断ろう。そう思っていた矢先、

「鬼ごっこ、京介もやろうよ。」

 そう言われて、涼波に手を引っ張られた。

 その時、僕の手から文庫本が落ち、床を滑って行き、高音ちゃんたちの方にたどり着いた。

 高音ちゃんが右手を伸ばして、しゃがんで拾い上げてくれる。

「その本、買ったの?」

 本のタイトルはトーマス・ハーディの「呪われた腕」だった。

「昨日、図書館で借りたんです。」

 薫さんはへぇ、声に出して、

「この村に図書館があるなんて知らなかったな。」

 と言った。





 僕は校庭を走っている。後ろからは薫さんが追いかけていた。

 何もない校庭をいくら走ったところで鬼から逃げられるわけがない。それでも僕は必死に走る。

 その時、後ろで「タッチ」と声が聞こえた。

 背中に触られた感触はない。後ろを振り向くと、薫さんが立ち止まっている。

 どうやら、捕まってしまったらしい。

 僕は諦め、その場で倒れ込んだ。

「捕まった人は牢屋に行く。」

 そう言われて、僕は手を上げながら指さされた方向に向かった。

 もう使われていないサッカーゴールが牢屋らしい。

 その中には光くんがいた。

「高木さん、捕まりましたか?」

 僕は「捕まったよ」とだけ返して地面に座った。

 光くんは皆が走り回っているのをただただ見ていた。

「夏木さん、足速いですね。障害物がないのにあんなに逃げられるなんて……。」

「涼波は小学生の頃から足が速いよ。クラスで一位、二位を争うくらいには……。」

 そんなに足が速くても、涼波は運動には全く持って興味がないため、足の速さをぜんぜん活かせてない。

 中学生になったはじめの頃、運動部への勧誘が何件かあったらしいが、全部断ってたな。

 僕はこっそり懐に忍ばせていた文庫本を取り出した。

 勿論、さっきまで読んでいた「呪われた腕」である。

「用意が良いですね。」

「どーせ、すぐ捕まると思って……。」

 僕は栞が挟まっている所を開く。

「どんな話なんですか?」

「嫉妬の話かな。」

「面白そうですね。後で借りに行こうかな。」

 光くんと話していて感じたことだが、光くん、歳の割に大人びているような気がする。

 それとは対称的に今も元気良く、涼波を追いかけ回している薫さんは少し、子供らしいと言うか薫さんの方が妹のような印象を受ける。

「ところでさ、光くんと薫さんってこの村にどれぐらいいるの?」

 特に意味はない。

 ただ、ガートルードへの愛情が薄れていくロッジにやきもきして本を読むのを一旦止めて、少し光くんと話そうと思っただけだ。

 光くんは少し、声が詰まった後、

「二月くらいに来たので。この村に四ヶ月ぐらいですね。」

 と答えた。
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