エリジウムズ・エッジ~楽園境界~

くしまちみなと

文字の大きさ
上 下
6 / 43
第1章:バウント

第6話:焼け跡から見えるもの

しおりを挟む
 ジャイアント・スラッグ。
 “基本的に”死骸を骨まで食べる地上の掃除屋だが、凶暴な性格で生きているものを死骸にすることも率先して行っていく怪物だった。サイズこそ違えど見た目はナメクジそっくりだが、想像の百倍素早く動き、時には空中を飛んで移動する。
 手斧の投てきを喰らって金切り声を上げたか、それは痛みからというより獲物が刃向かった怒りからという雰囲気だった。
 伸びた目の軸が虹色に色が混ざり合う不可解な寄生虫に取り憑かれたカタツムリの目を思い浮かべるが、こいつに限ってはこれが正常状態で、それを明滅させて攻撃対象を催眠状態に陥れるとも言われている。

「コイツが遺跡を腐食させたと思う!?」

 アルフィンはクレーンからネビルの隣りに飛び降りて訊ねた。

「いや、コイツには無理だ! コイツがこれだけの規模を溶かすには何百年もかかるだろう!」
「じゃあ別物がいるってことか!?」

 もっそりと壁を乗り越えてこちらに向かってくるスラッグに矢を放ちながら、ユクシーが続けて質問を放ち、それに頷きながらネビルは剣を引き抜いた。

「そういうことだ。さっさと片付けるぞ!」

 ユクシーの矢を受けつつも平然と身体を丸め、その巨体を宙に浮かせてネビルに向かって跳びかかった。
 バシッ! という音が響き、誰よりも速く動いたアルフィンの鞭がスラッグの顔を叩き、その衝撃で触手が縮んでスラッグは空中でバランスを崩した。
 その隙を突いてネビルが斬りかかり、同時にユクシーがスラッグの眼を射た。虹色に眼を輝かせかけていたスラッグの眼は引っ込み、重い震動と共に地面に墜落した。
 だが、すぐさま身体をくねらせてネビルに口腔にびっしりと鋭い突起が生えた口を向けてきた。掠めただけで皮膚が削り取られてしまう口を間一髪のところでネビルは回避し、もう一度剣を叩きつけた。
 どれほど剣や鞭で叩かれて皮膚が裂けようと、痛覚がないスラッグは退くこと無く襲いかかってくる。生命が失われるまで戦うことを止めない凶獣そのものであり、戦士たちが戦いたがらない怪物のひとつだった。

「ベル! さっさとなんとかしてくれ!」

 一人御者台で精霊言語を歌いあげていたベルの髪がペールグリーンに輝いた瞬間、カッと見開いた眼差しの視線を辿って高熱が走り、彼女が睨みつけたスラッグの皮膚が燃え上がった。火はベルの視線のままに燃え広がり、瞬く間にスラッグを炎で包み込んだ。
 スラッグはのたうち周りながら金切り声を上げたが、魔法の火は消えることなくスラッグの身体を蝕み続け炭化させていった。

「ふぅ……。さすがベル姉さん」
「あはん。まぁね。ふふふふ……」

 ユクシーの褒め言葉に素直に喜び、微笑んだものの、その顔はそれほどお気楽そうなものではなかった。それにユクシーが気づく前にネビルが口を開いた。

「撒き餌でも撒かれたか?」
「どういうこと?」

 怪訝そうな顔を見せたアルフィンにネビルは剣の鋒で地面をさして見せた。

「ジャイアント・スラッグが這い出してくるにしちゃ、地面が湿気ってねえんだ」

 大きさはさておき、ナメクジである以上湿気った場所を好む性質がスラッグにはある。遺跡はそれなりに湿度はあるが、地面に焼け焦げた痕跡が残っているような乾燥気味の場所に好んで出てくるのは考え難い。

「いくらご馳走の死体があったとしてもなぁ……」

 地面に残されている賞金稼ぎたちの遺品は、スラッグたちの食べ物にならない金属や陶器類ばかりだった。フォートレスのパーツなど見向きもされておらず、焼け焦げが残ったまま放置されていた。

「確かに妙ね……」

 アルフィンは壊れたフォートレスのパーツを調べながら呻くように言葉をもらした。

「どうかしたのか?」

 声を聞きつけて寄ってきたユクシーにアルフィンはフォートレスのパーツを指さし、そしてあちこちに散らばる遺品を指さした。

「壊れたものしか残ってないわ」
「あらあら……使えそうな物は、あらかた賊にでも持って行かれちゃったってことかしら?」
「多分、そういうことだよね……。賊……かどうかは分からないけど……」

 普通ならわずかにでも使えそうなものが残されているはずだった。
 ところが焼け残ったものや、焼けずに残ったものの中に使えそうなものはなにひとつ残されていない。

「この焦げ跡を見ると……一回以上湿気ってるから、朝露は浴びてるな……。とすると、このうねりの主も近くにはいねえだろう。その後、ここに手癖の悪い奴らが現れた」
「確かに……気にしてみてなかったけど、調べれば朝露がついた後にこの土を踏んだ奴らがいるな……。多くても6人」
「つまり、用心しておいた方がよさそうだな」

 ネビルの言葉に全員頷きつつ、この激しい戦闘の痕跡の調査に乗り出した。
 その調査の結果、ここで戦った〝なにか〟は恐ろしい巨体だということが判明した。

「背中に一〇発のジェネレーターっていうのも、あながち嘘じゃないかもね……。じゃなければ、恐ろしくデカイ蛇がここで戦ったか……」
「あらあら……そんなに大きいのぉ?」
「うん。胴回りで四メートルくらいはありそうよ」

 蛇のようにうねって移動する存在なら、地面に残された痕跡の凹み方から大体の胴回りは想像できる。しかし、四メートルの胴回りというと、全長で二〇メートルは優に超える巨体の蛇になる。

「うふふふ。エスパダも呑まれてしまいますわねぇ」
「う……確かに……」

 六メートルの体高を持つエスパダでさえも、足から簡単に呑まれかねない大きさだった。

「それにしても……。ユクシー、なにか見える?」
「いや、今のところ動く物はない」
「戦闘範囲って、どれくらいありそう?」

 一人、クレーンの上に登って周囲を見張っているユクシーは改めて辺りを見回した。
 熱に溶かされた壁は薙がれたように扇状に広がっている。そのすべてを戦闘範囲に入れるなら半径三〇〇メートルは戦場と言えるだろうが、ユクシーもバカではない。
 巨大ななにかがひっくり返した壁。
 薙ぎ倒した跡。
 地面に残された巨大なものがうねった痕跡。
 擱坐したフォートレスの残骸。
 これらから戦闘範囲を割り出した。

「実際の戦闘範囲は……半径で一〇〇メートル程度だね。恐ろしくでかい!」

 ユクシーの報告にアルフィンはため息をつくしかなかった。

「結論。逃げ帰らない?」
「なんだ、アルフィン。怖じ気づいたのか!? 俺はお前をそんな風に育てた憶えはねえぞ!」
「いや待って。冷静に考えてよね。もしもこの痕跡が本当にバジュラムのものなら、得体の知れない熱攻撃をする想像以上に超弩級なフォートレスよ?」
「だからなんだってんだ? 狙った獲物を途中で諦めるには、まだちと早くねえか?」
「もし、これが私の想像通りなら、体長が四〇メートル近くある巨大な蛇よ。どうやって戦うのよ!」
「そりゃあ……なんだ……」

 詰め寄られてネビルは考え込んだ。そして――

「努力と根じょ……」
「却下!」
「ちょっと待て! せめて最後まで言わせろ!」
「聞くまでもないわ! 努力と根性で攻略できたら苦労しないのよ! バッカじゃないの!? バーカバーカ!」

 睨み合い顔を突き合わせてはじめた親子ゲンカを黙ってニコニコと見守っていたベルは、パンと両手を鳴らして提案した。

「ここでいがみ合っていてもしかたありませんもの、とりあえずバジュラムを遠目にでも確認するまで結論はお預けにしませんかぁ?」
「それがいい! さすがベル! 俺の相棒だ!」
「ダメよ! この脳筋親父は、絶対に見たら挑むと張り切るわ!」
「でもぉ~……せっかくここまで来たわけですしぃ。うふん。経費だってかかってますわよぉ~?」
「ぐっ……」
「そうだかけた金を取り返さないなんざ、アルフィンとも思えねえ所業ってことになるぞ? お前、そんな汚名を受けてもいいのか?」
「ぐぐっ……」

 救いを求めるようにアルフィンがクレーンの上のユクシーを見上げると、こちらも見もせずに大げさに肩を竦めて『あきらめろ』とゼスチャーを送ってきた。

「分かったわ。撤収の提案は見るまでお預けにしておくわ。でも、見つけて条件反射で攻撃しないでよね!」
「分かった分かった。じゃあ、さっさと移動を開始するぞ。ユクシー。クレーンを下ろすぞ」

 毛長牛が落ち着いたことを確認してから、一行は再び荷車での移動を開始した。
 謎の巨大存在が待つ場所に向かって――
しおりを挟む
『エリジウムズ・エッジ~楽園境界~』の世界観を使ったゲームを制作していただけることになりました。シェアワールド方式で世界を拡張創造していくというweb3.0のために企画された次世代ファンタジーゲームになる予定で、株式会社フロンティアワークス様と株式会社ヴァンガード様のご協力で進められるとのことです。皆様、引き続き応援のほどよろしくお願いいたします。
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

杜の国の王〜この子を守るためならなんだって〜

メロのん
ファンタジー
 最愛の母が死んだ。悲しみに明け暮れるウカノは、もう1度母に会いたいと奇跡を可能にする魔法を発動する。しかし魔法が発動したそこにいたのは母ではなく不思議な生き物であった。  幼少期より家の中で立場の悪かったウカノはこれをきっかけに、今まで国が何度も探索に失敗した未知の森へと進む。  そこは圧倒的強者たちによる弱肉強食が繰り広げられる魔境であった。そんな場所でなんとか生きていくウカノたち。  森の中で成長していき、そしてどのように生きていくのか。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

処理中です...