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第15話 町の噂

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 マーナが採取ギルドの入口から入ると、喧騒で溢れていたホールがピタリと静まり返った。その後、ある者は舌打ちをして出てゆき、ある者はヒソヒソと話だし、ある者はざまあ見ろと言うように下卑た笑いを浮かべた。

「なにこの状態は?」
「アンタがちょっと噂になっていただけよ。仕事の材料が入手できなくて、困っているだろうって……ね」

 サキナはため息混じりの声で失望した様子を見せながら説明した。もちろんこの失望はマーナに対してではなく、あまりにも下衆な対応をして見せたハンターたちに対したものだった。

「おあいにく様。あたしは余計な雑事をやらないで済んで清々してるわ」

 普通の声音でマーナは話していたが、聞き耳を立てている連中には聞こえていたのだろう。マーナの言葉を強がりだと思ったか、また下卑た笑いをもらすヤツらが増えていた。

「そうね。ここにやってきたアンタの足取りを見れば、十二分に分かるわ」
「ホントくだらない。ところで、ジャクソンたちの過去数年分の採取記録を見せてもらいたいの」
「また……? まだ採取物に懸念点でもあるの?」

 さすがにジャクソンたちの余罪調査をまたやるのは勘弁して欲しいと、サキナは言外に告げていた。
 犯罪を犯したとは言えども、仕事をしていた相手の粗探しのような仕事は精神衛生上よくない。それはマーナも理解している。

「盗品とは今回は関係ないわ。今度は荘園にどうやって侵入したかの調査なの。別にアイツらの余罪を積み上げるためのものじゃないわ。どーせ増やしたって縛り首になることに変わりはないんだから、これ以上の余罪探しは無駄でしょ」
「じゃあ、資料を持っていくから、この前の個室で待ってて」

 窓口休止中の札を出してサキナが奥に引っ込んだため、マーナは言われた通り、以前ジャクソンについて話した個室に向かった。
 10分ほど待つと、サキナがジャクソンたちの売買履歴記を手に部屋に入ってきた。

「で、なにが知りたいの?」
「ジャクソンたちが過去に探索した遺跡が知りたいの。彼らがそこで得た魔道具を使って荘園に侵入したから、それに関係するなにかを売ってないか?」
「遺跡……か……。そう言えばアイツら、たまに古代王家の金貨とか売ってたわね」

 サキナはすぐに遺跡から得たらしき購入物のリストを見つけ出した。

「2ヶ所あるわね。ひとつは名無しの遺跡。もうひとつはアルバーニ遺跡ね」
「名無し?」
「名前が分からないくらい古い遺跡よ。幽霊が出ると評判の遺跡で、この時も遭遇したみたいね。エクトプラズムを素材売買に出してるわ」

 エクトプラズムと言われてマーナは少し考え込んだ。それは透明な粘液質の物質だ。あの箱の燃料は色がついていたが、それが主要物質である可能性が高い。

「もうひとつの遺跡は?」
「アルバーニ遺跡はダンジョンね。入口にアルバーニと書かれているからその名がついたの」
「どちらも魔道具が出る可能性は高いのね……」
「そうね……。アルバーニはまだ最深部にハンターも行ってないし。名無しはゴーストが怖くて行かない人が多いから、未発見の物も出るでしょうね」
「それ以外は無し?」
「無いわね。元々、金が無くなったら働くっていうような連中だから、真面目にコツコツとやってはいないわ。だから、探索や採取に出かける頻度も低いのよ」
「じゃあ、最近、遺跡素材を売りに出したのはどっちの遺跡?」
「そうね……名無しかな? それ以前だと、彼らが遺跡探索をしたのは7年も前になるわ」
「7年前からじゃもっと被害が出ていたはずよね。その名無しの遺跡で見つけたと考える方が自然だわ。他に魔道具を手に入れるルートはある?」
「錬金術師の荘園への侵入に魔道具を使ったのなら、遺跡から見つけたとする方があり得るかな? 町の道具屋で買った可能性もあるけど、アイツらにそんなお金があるとは思えない」
「それなら名無しの遺跡探索をした時に、彼らが売ったものはなに?」
「エクトプラズムと古代硬貨、あとは……あの遺跡でしか生えない屍人茸を売りに出してるわ」

 そうなってくるとあの箱は、その名無しの遺跡の産出物である可能性が高くなる。
可能ならそこに行って直接調査したいところだが、今のマーナはギアスのせいでそこに行くことが出来ない。
 ハンターを雇って代わりに調査に行ってもらうにしても、今のこの険悪な状態では誰もマーナの依頼を受けないだろう。

「困ったわね……。まずはエクトプラズム辺りで調べてみるか。教えてくれてありがとう」
「ははっ……。どういたしまして」

 マーナの素直なお礼の言葉にサキナはちょっと驚きそして笑って応じた。

「なによ……」
「アンタも素直にお礼を言えるのね」
「あたしは一貫して無礼な相手にしかぞんざいな態度をとっていないわ」
「そうね。オシロにも一応は丁寧に応じてたしね」
「そういうこと。礼儀作法の容量にも限りがあるから。サキナも気をつけてね。そうだ、エクトプラズムの販売在庫はある?」
「エクトプラズム? ザクソンたちが売りに出したものはもうないけど、他のハンターが確保したものなら少しあると思う」
「じゃあ、それを売ってくれない?」
「いいけど。その辺は販売窓口に行って」
「了解。じゃあね」

 部屋を出たマーナは販売窓口に行ってエクトプラズムを求めた。

「中々売りに出ないので、在庫があってよかったです」

 そう前置きして今日の窓口担当のルーシーという黒猫の獣人フェルパーが差し出したのは、200ミリリットルほどのガラスの小瓶に入った粘液だった。無色透明の粘液で、トロ味具合はあのグリーンの粘液に似てはいた。

「いくら?」
「5000ザラです」
「高っ! とはいえ、購入させていただくわ」
「ありがとうございます」

 マーナは財布にしている小袋の中をかき回して、1000ザラ硬貨を5枚引き抜いてトレイの上に並べた。

「ちなみに色つきのエクトプラズムって……ないよね?」
「色つき……ですか? だいたい無色透明か半白色のものが多いと思いますが……」
「そうよね……。変なことを訊いてゴメンなさい」

 差し出されたエクトプラズムが入った小瓶をマーナは受け取り、収納ポーチに押し込んだ。あの箱の燃料は、少なくともこのエクトプラズム単体ではなさそうだった。
 問題はなにが混ぜられているか……だ。

 ——帰ってから成分を調べるしかないか……。

 ホールは相変わらずハンターたちで溢れており、マーナが販売窓口で買い物をしている間、ここの空気はあまり良いとは言い難くなっていた。
 人の気持ちを永久にどうこう出来る錬金術など存在しないことを、マーナは理解している。薬でもぶちまけてこの場の人間の感情を今思い通りにしたとしても、その後の反動の激しさも理解している。
 今の段階でなにをしたところで、なにを言ったところで無駄なことだ。

 ——まぁ、いいんだけどね……。頭の悪いヤツらにつける薬はないし……。

 心の中でボソリと悪態を突いて、マーナはホールを出て家路へとついた。
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