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第6章:魔法学園 授業革命編
閑話6-7 『ケーキと思い出』
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ついに明日、ソフィーとの初デートを決行する。
その為に、シラユキちゃんと小雪の最強カワイイ2人でデートプランを考えるのだ!
そんな感じの話題を続ける事数十分。
喫茶店の話になったところで、小雪が足の間でモゾモゾする。
「ねーねー、マスター」
「んー?」
「マスターはね、あっちの世界で、ケーキって食べたことある?」
「あるよ。どうしたの?」
「どうだった? 味は美味しかった?」
「んー? どうだったかな……」
ケーキかぁ。記憶に残ってる中では、あの時くらいしか思い出せないけど……味はどうだっただろうか。
「あ、記憶に残ってないとか? マスターって元々、好き嫌いが特別無いもんね」
「そうね、アリシアがなんでも美味しく調理してくれるからね。あとこの身体になった前と後で、色々と感覚が研ぎ澄まされたけど、味覚に関しては大きく変わらなかったのも影響してるかな」
「ふうん、そうなんだ。じゃあじゃあ、今日はケーキを食べた時の話を聞かせてよ!」
小雪とは、いつも他愛ない話に花を咲かせて語り明かす。
今日の議題は、私の……昔食べたケーキの話になりそう。
「……良いよ。そうだなぁ、記憶に残ってるケーキは、やっぱりあのとんでもない量のケーキかなぁ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうだシラユキ。この前ね、都内に良い雰囲気の喫茶店が出来たんだけど、そこのケーキがね、見た目が可愛い上にとっても美味しいの。シラユキならきっと気に入ると思うわ。紹介してあげるから、行ってみない?」
そんな感じのことをミーシャに言われて、リアルの紹介なんて珍しいと思いつつも、実際興味がない訳では無かったから、行くことにしたんだよね。
ただ、久しぶりの外出だったからか、着て行く物に困った。
シラユキに似合うカワイイ服はすぐに思い浮かぶし、コーディネートして色々と買ったりするんだけど、リアルな自分が着ていく服には毛ほどの興味も湧かなかったから、ファッションセンスは絶望的だった。というかそもそも、出る用事がないから服の用意が無かった。
後は、いい歳した男が喫茶店に1人で入るというシチュエーションをまるで想定していなかった事も、注目を集める要因になったと思う。
真っ黒なスーツとサングラスという、いかにもな格好で喫茶店へと向かう事になったのだ。
今思い返せば、喫茶店以前に、街を歩いている時点で色々と注目を浴びていたと思うけど、当時の自分はまるで気にも止めていなかった。本当に、自分へと向けられる視線に興味がなかったんだと思う。
「ここ、かな」
地図アプリを頼りに目的地へと辿り着くと、長蛇の列が出来ていた。その殆どが女の子だったと思う。1時間ほど待たされたが、それはまあ苦では無かった。
なにせ、表で配られていたメニュー表をチェックしたり、並ぶ女子達を眺めたりして今流行りのアクセサリーや服装、髪型なんかを確認して、世情のカワイイを調べていれば、時間は勝手に溶けていったからだ。
まあこの行動も、今思えば怪しさ満点だったと思う。
黒尽くめの妙な奴が女の子が身に付けている物を覗き見しては何かを呟いてるんだから。
よく通報されなかったものだ。
そして自分の番となり、店内へと足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
最初そいつを見た時に思ったのは「なんか変なのがいる」だったわね。でもそれ以上に目を引いたのが、そいつが注文していたケーキセットだったわ。
なんせ、私がつい1日前に大親友にオススメした3種類のケーキがセットドリンクと共にテーブル一杯に並べられていて、当の本人はそれを食べるでもなくいろんな角度で眺めては「ふむ……」とか呟いているんだもの。
まさかとは思ったわ。
「可愛い」を教えたら、釣られてきてくれるかも! なんて淡い希望を抱いてはいたけど、現れたのがまさかこんな変な奴だなんて、信じたくはなかった。
自慢じゃないけど私は当時、その喫茶店には毎日のように通っていて、店員さんにも常連として覚えられていたわ。そんな私がその黒服野郎は見たことが無かったし、仲の良い店員さんも初めて見るらしかった。
しかも、少なくとも30分以上そいつはケーキと睨めっこをしているようだ。
初めて入る店で3つもケーキセットを頼む上に、こんな行動を取るなんて、絶対頭がおかしいと思うのよね。そんな常識外れの事を仕出かす奴と考えて、真っ先にアイツが浮かんだわ。
でも、それは無いと思うことにした。だって、いくらアイツが変で、コイツも変でも、同一人物とは考えたく無いもの。
本来ならMMOの世界でリアルを問い詰めるのも、リアルで凸するのもナンセンスではあるんだけど、気になって仕方がなかった。私の大親友は一体どんなやつで、どんな顔をしているのかを。私にだけは普段他の人に話さない内容の事も教えてくれていたから、コイツはリアルでお金持ちで、それを使ってキャラクター作成時に大金を注ぎ込んだ事も聞いている。
だから、大親友の性別がリアルでは違う可能性も、想定はしていたわ。でもだからって、コレはないと思いたかった。
だからかな。その時私は、ただの偶然である懸念を捨てて、勇気を振り絞ってそいつに言ったの。
「相席、良いかしら」
「ん? ……どうぞ? ああ、混んでるもんなぁ」
そいつは最初ぽかんとしていたけど、周りを見て勝手に納得していた。まあ確かに混んでいるけど、写真撮ったりする子が多いから多少の長居は許されるんだけどね。
教えなかったけど。
「ねえアンタ、この店は初めて?」
「ああ、初めてだ」
「でしょうね。こんなに注文して食べ切れるの? 結構量があるわよ」
「……自信はないな。友人に聞いていた通りの注文をしたんだが、まさかこんなに出てくるとは」
「……ご友人からはなんて聞いていたのかしら?」
「えーっと確か……」
コイツはアイツじゃない。そんな期待はすぐに裏切られた。
だってコイツの口から出てきたのは、昨日私が教えたおススメのセットで、更にはその時の言葉を丸々言い当てたから。
「何かの呪文かと思ったが、とりあえず噛まずに言えた自分を褒めてやりたい気分だ」
「……私ここの常連なの。紹介した人ってどんな人なのかしら。もしかしたら知ってる人かもね」
「んー、なんというかお節介焼きで変わった奴だけど……。ま、いい奴だし、大事な友達だよ」
頭を抱えた。そして確信した。
口調は違えど、こんな事を嬉しげに言って退けるのはあのおバカくらいだと。
「しっかし、アイツはいつもこんなに喰ってるのか……。バカだなぁ、こんなん絶対太るぞ」
「……バカはアンタでしょ」
「ん?」
「何でもないわ。独り言よ」
「そうか」
コイツに聞こえない様ため息を吐く。
まあコイツがバカな事を忘れて、注意しなかった私が悪いかもしれないし? ちょっとくらい手伝ってあげるべきよね?
そんな風に自分に言い訳をして、なんとかコイツを助ける口実を見つけようと必死だった。今思い出せば、私もバカみたいね。
「とりあえず、ココはお持ち帰りが許されてるわ。でも、注文して食べずに全部持ち帰るなんて失礼でしょ。私が1個手伝ってあげるから、アンタも1個くらいは食べなさいよね」
「そうなのか? 助かる」
そうして私は、ソイツと仲良く1個ずつケーキを食べた。余ったケーキは写真を撮ったら満足したのか、私にくれた。
まあ、自宅でケーキを食うって柄じゃ無いか、コイツの場合。
そうして私とアイツとの、2度と起きない邂逅は幕を閉じたのだった。
翌日、ゲーム内でアイツは楽しそうにケーキが可愛かったと笑って見せた。言われた通りに注文したら3つのケーキが出て来た事も、優しい人が手伝ってくれた事も、嬉しそうに……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「とまあそんな事があったわけ」
ケーキを突きながら、過去の思い出話に花を咲かせる。
この世界でのケーキは、リアルで食べるのと遜色ないほどに美味しく洗練されている。
私の手元にあるのは、あの時食べていたのと同じケーキだった。偶然にも。
「はぇー! 先輩って、リアルでも先輩だったんですね!」
「もう、失礼よサキ」
「でもお姉だってそう思ってるでしょ」
「それは、まあ……」
「フ……」
いつもの姉妹の掛け合いに、ハルトはひっそりと微笑む。
ミキとサキの姉妹は、あれから色々とあったけど、今ではアイドル活動に精を出している。本人達は贖罪の為として、アイツお気に入りのコーデで活動をしているけど、ゲームの公式PVにまで起用されたのをアイツが知れば、それだけで喜ぶと思う。
ハルトはあれ以来、寡黙になった。まあ私達といる時は普段通りなんだけど、それ以外では基本的に沈黙を貫いている。
私は……。
特に何もやれてない、かな。
趣味の家具造りもあまり、前みたいに集中出来ないし。
こんな風に皆を呼んで、思い出を探す様に未練がましくアイツの事を忘れないように必死になってる。
本当に、どこに行ったのよ、アイツ。
アイツの事を思い出へと消化して、踏ん切りをつけることも、このゲームを離れる事も、できやしない。
中途半端ね、私。
「あれから3ヶ月か。2人の活躍を聞けばひょっこり顔を出すんじゃ無いかと思っていたけど、やっぱり音沙汰ないのよね」
「こっちも無いですよー。運営にバレないようひっそり呼びかけてはいるんですけど」
「サキ。アレでこっそりのつもりだったのですか?」
「え?」
「運営も、姫に対し非があるから注意出来なかっただけでしょう。私から見てもバレバレでしたね」
「ええっ!?」
「皆気付いてたけど言わなかっただけよ」
「がーん!」
焼け跡からは、何も見つからなかった。
人がいた痕跡は確かにあるのに、どこかへ忽然と、姿を消してしまっていた。確かにあの瞬間、あの時まで。あの場所からアクセスしていた記録は残っているのに。
まあアイツ、金だけは無駄にあるみたいなこと言ってた事あるし、誰にもバレない様情報を消して逃げ回る事が出来るのかもしれないけど……。でもだからって、あんなに大事にしていたシラユキのデータまで、ゲームから消す事ないじゃない。
運営に問い合わせてもアイツが落ちた瞬間に消えたとしか答えてくれなかったし……。
「まあでも、先輩の事ですから、きっと何処かで楽しくやってますよ」
「そうね。先輩なら、姿や場所を変えたとしても、人気者になってそう」
「姫の姿に固執していたあの方に、他の姿を纏うなど想像出来ませんが……そうですね。そう願いたいものです」
「……」
皆、アイツの幸せを願ってる。
私も、それを願っているつもりだけど……。アイツの姿や思い出を追いかけてるのは、私だけなのかも。
「……ちょっと席を外すわ」
そう告げて、ある場所へと向かう。
皆、私が向かう先を見て、何も言う事はなく見送ってくれた。
その玉座は、あの時私がプレゼントした時のまま、そこに鎮座していた。唯一の違いは、座っている者は誰もなく、代わりに無数の花束が献花されていることくらい。
リアルではアイツ、行方不明だし。データさえない以上、お墓と呼べる物も存在しない。代わりとして、最後にいたこの場所が、壮大な墓標となってしまった。
週に一回、アイツが好きだった花を供えてはいるけど、私も少しは距離を置くべきなのかな。いつまでも引きずってたら、アイツに笑われるかも。
……なんて。アイツはそんなことで笑ったりしないか。アイツにとって、可愛いか可愛くないか。そんな謎基準で評価されるのよね。
今の私は、アイツにとっては可愛いかな。それとも、可愛くないのかな……。
「……?」
そんな事を考えていると、玉座に見慣れない物が浮かんでいた。
献花の為に供えられたアイテムとは違う。シラユキの所持物でも、見たことがない。まるで空間にポッカリと空いた暗闇みたいな、漆黒の珠。
よくわからないけど、けれど無性に興味が惹かれる。私は、吸い込まれるかの様にそれに手を伸ばした。
「なに、コレ……」
世界が暗転したーーー。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんな感じかなー」
「ねえマスター、その一緒に食べてくれた女の子って、もしかして……」
「ん?」
「……はぁ、何でもないわ」
マスターって、意外と鈍感系なのね。
……ううん、マスター自身に対してのみ鈍感なのであって、私になったマスターはむしろ鋭敏な方かも。本当に興味なかったのね。
「えー、なになに?」
「そんな事より。マスターにとってケーキって、その思い出だけなのね」
「そうだねー」
「なら、まずはソフィーとの思い出に使わないとね! その後は、皆との思い出で埋めていけばいいわ」
「うん、そうするー」
こればかりは仕方ないわ。最初の思い出は、貴女に譲ってあげる。
だから、その後の思い出はマスターの婚約者達で埋めて行くことにするわ。貴女には悪いけど、マスターは私たちと一緒にいるんだもの。許してほしいわ。
「ふふっ、マスター。私とのデート、楽しみね」
「うん、そうだね!」
「でもその前にソフィーとのデートよ。退屈させたりしたら許さないんだから」
「任せて! 作戦を考えてるのよ。まずは普段しない様な男装をして」
「うんうん」
夢は続く。
私が世界に現出し、マスターと触れ合う。その日まで……。
その為に、シラユキちゃんと小雪の最強カワイイ2人でデートプランを考えるのだ!
そんな感じの話題を続ける事数十分。
喫茶店の話になったところで、小雪が足の間でモゾモゾする。
「ねーねー、マスター」
「んー?」
「マスターはね、あっちの世界で、ケーキって食べたことある?」
「あるよ。どうしたの?」
「どうだった? 味は美味しかった?」
「んー? どうだったかな……」
ケーキかぁ。記憶に残ってる中では、あの時くらいしか思い出せないけど……味はどうだっただろうか。
「あ、記憶に残ってないとか? マスターって元々、好き嫌いが特別無いもんね」
「そうね、アリシアがなんでも美味しく調理してくれるからね。あとこの身体になった前と後で、色々と感覚が研ぎ澄まされたけど、味覚に関しては大きく変わらなかったのも影響してるかな」
「ふうん、そうなんだ。じゃあじゃあ、今日はケーキを食べた時の話を聞かせてよ!」
小雪とは、いつも他愛ない話に花を咲かせて語り明かす。
今日の議題は、私の……昔食べたケーキの話になりそう。
「……良いよ。そうだなぁ、記憶に残ってるケーキは、やっぱりあのとんでもない量のケーキかなぁ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうだシラユキ。この前ね、都内に良い雰囲気の喫茶店が出来たんだけど、そこのケーキがね、見た目が可愛い上にとっても美味しいの。シラユキならきっと気に入ると思うわ。紹介してあげるから、行ってみない?」
そんな感じのことをミーシャに言われて、リアルの紹介なんて珍しいと思いつつも、実際興味がない訳では無かったから、行くことにしたんだよね。
ただ、久しぶりの外出だったからか、着て行く物に困った。
シラユキに似合うカワイイ服はすぐに思い浮かぶし、コーディネートして色々と買ったりするんだけど、リアルな自分が着ていく服には毛ほどの興味も湧かなかったから、ファッションセンスは絶望的だった。というかそもそも、出る用事がないから服の用意が無かった。
後は、いい歳した男が喫茶店に1人で入るというシチュエーションをまるで想定していなかった事も、注目を集める要因になったと思う。
真っ黒なスーツとサングラスという、いかにもな格好で喫茶店へと向かう事になったのだ。
今思い返せば、喫茶店以前に、街を歩いている時点で色々と注目を浴びていたと思うけど、当時の自分はまるで気にも止めていなかった。本当に、自分へと向けられる視線に興味がなかったんだと思う。
「ここ、かな」
地図アプリを頼りに目的地へと辿り着くと、長蛇の列が出来ていた。その殆どが女の子だったと思う。1時間ほど待たされたが、それはまあ苦では無かった。
なにせ、表で配られていたメニュー表をチェックしたり、並ぶ女子達を眺めたりして今流行りのアクセサリーや服装、髪型なんかを確認して、世情のカワイイを調べていれば、時間は勝手に溶けていったからだ。
まあこの行動も、今思えば怪しさ満点だったと思う。
黒尽くめの妙な奴が女の子が身に付けている物を覗き見しては何かを呟いてるんだから。
よく通報されなかったものだ。
そして自分の番となり、店内へと足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
最初そいつを見た時に思ったのは「なんか変なのがいる」だったわね。でもそれ以上に目を引いたのが、そいつが注文していたケーキセットだったわ。
なんせ、私がつい1日前に大親友にオススメした3種類のケーキがセットドリンクと共にテーブル一杯に並べられていて、当の本人はそれを食べるでもなくいろんな角度で眺めては「ふむ……」とか呟いているんだもの。
まさかとは思ったわ。
「可愛い」を教えたら、釣られてきてくれるかも! なんて淡い希望を抱いてはいたけど、現れたのがまさかこんな変な奴だなんて、信じたくはなかった。
自慢じゃないけど私は当時、その喫茶店には毎日のように通っていて、店員さんにも常連として覚えられていたわ。そんな私がその黒服野郎は見たことが無かったし、仲の良い店員さんも初めて見るらしかった。
しかも、少なくとも30分以上そいつはケーキと睨めっこをしているようだ。
初めて入る店で3つもケーキセットを頼む上に、こんな行動を取るなんて、絶対頭がおかしいと思うのよね。そんな常識外れの事を仕出かす奴と考えて、真っ先にアイツが浮かんだわ。
でも、それは無いと思うことにした。だって、いくらアイツが変で、コイツも変でも、同一人物とは考えたく無いもの。
本来ならMMOの世界でリアルを問い詰めるのも、リアルで凸するのもナンセンスではあるんだけど、気になって仕方がなかった。私の大親友は一体どんなやつで、どんな顔をしているのかを。私にだけは普段他の人に話さない内容の事も教えてくれていたから、コイツはリアルでお金持ちで、それを使ってキャラクター作成時に大金を注ぎ込んだ事も聞いている。
だから、大親友の性別がリアルでは違う可能性も、想定はしていたわ。でもだからって、コレはないと思いたかった。
だからかな。その時私は、ただの偶然である懸念を捨てて、勇気を振り絞ってそいつに言ったの。
「相席、良いかしら」
「ん? ……どうぞ? ああ、混んでるもんなぁ」
そいつは最初ぽかんとしていたけど、周りを見て勝手に納得していた。まあ確かに混んでいるけど、写真撮ったりする子が多いから多少の長居は許されるんだけどね。
教えなかったけど。
「ねえアンタ、この店は初めて?」
「ああ、初めてだ」
「でしょうね。こんなに注文して食べ切れるの? 結構量があるわよ」
「……自信はないな。友人に聞いていた通りの注文をしたんだが、まさかこんなに出てくるとは」
「……ご友人からはなんて聞いていたのかしら?」
「えーっと確か……」
コイツはアイツじゃない。そんな期待はすぐに裏切られた。
だってコイツの口から出てきたのは、昨日私が教えたおススメのセットで、更にはその時の言葉を丸々言い当てたから。
「何かの呪文かと思ったが、とりあえず噛まずに言えた自分を褒めてやりたい気分だ」
「……私ここの常連なの。紹介した人ってどんな人なのかしら。もしかしたら知ってる人かもね」
「んー、なんというかお節介焼きで変わった奴だけど……。ま、いい奴だし、大事な友達だよ」
頭を抱えた。そして確信した。
口調は違えど、こんな事を嬉しげに言って退けるのはあのおバカくらいだと。
「しっかし、アイツはいつもこんなに喰ってるのか……。バカだなぁ、こんなん絶対太るぞ」
「……バカはアンタでしょ」
「ん?」
「何でもないわ。独り言よ」
「そうか」
コイツに聞こえない様ため息を吐く。
まあコイツがバカな事を忘れて、注意しなかった私が悪いかもしれないし? ちょっとくらい手伝ってあげるべきよね?
そんな風に自分に言い訳をして、なんとかコイツを助ける口実を見つけようと必死だった。今思い出せば、私もバカみたいね。
「とりあえず、ココはお持ち帰りが許されてるわ。でも、注文して食べずに全部持ち帰るなんて失礼でしょ。私が1個手伝ってあげるから、アンタも1個くらいは食べなさいよね」
「そうなのか? 助かる」
そうして私は、ソイツと仲良く1個ずつケーキを食べた。余ったケーキは写真を撮ったら満足したのか、私にくれた。
まあ、自宅でケーキを食うって柄じゃ無いか、コイツの場合。
そうして私とアイツとの、2度と起きない邂逅は幕を閉じたのだった。
翌日、ゲーム内でアイツは楽しそうにケーキが可愛かったと笑って見せた。言われた通りに注文したら3つのケーキが出て来た事も、優しい人が手伝ってくれた事も、嬉しそうに……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「とまあそんな事があったわけ」
ケーキを突きながら、過去の思い出話に花を咲かせる。
この世界でのケーキは、リアルで食べるのと遜色ないほどに美味しく洗練されている。
私の手元にあるのは、あの時食べていたのと同じケーキだった。偶然にも。
「はぇー! 先輩って、リアルでも先輩だったんですね!」
「もう、失礼よサキ」
「でもお姉だってそう思ってるでしょ」
「それは、まあ……」
「フ……」
いつもの姉妹の掛け合いに、ハルトはひっそりと微笑む。
ミキとサキの姉妹は、あれから色々とあったけど、今ではアイドル活動に精を出している。本人達は贖罪の為として、アイツお気に入りのコーデで活動をしているけど、ゲームの公式PVにまで起用されたのをアイツが知れば、それだけで喜ぶと思う。
ハルトはあれ以来、寡黙になった。まあ私達といる時は普段通りなんだけど、それ以外では基本的に沈黙を貫いている。
私は……。
特に何もやれてない、かな。
趣味の家具造りもあまり、前みたいに集中出来ないし。
こんな風に皆を呼んで、思い出を探す様に未練がましくアイツの事を忘れないように必死になってる。
本当に、どこに行ったのよ、アイツ。
アイツの事を思い出へと消化して、踏ん切りをつけることも、このゲームを離れる事も、できやしない。
中途半端ね、私。
「あれから3ヶ月か。2人の活躍を聞けばひょっこり顔を出すんじゃ無いかと思っていたけど、やっぱり音沙汰ないのよね」
「こっちも無いですよー。運営にバレないようひっそり呼びかけてはいるんですけど」
「サキ。アレでこっそりのつもりだったのですか?」
「え?」
「運営も、姫に対し非があるから注意出来なかっただけでしょう。私から見てもバレバレでしたね」
「ええっ!?」
「皆気付いてたけど言わなかっただけよ」
「がーん!」
焼け跡からは、何も見つからなかった。
人がいた痕跡は確かにあるのに、どこかへ忽然と、姿を消してしまっていた。確かにあの瞬間、あの時まで。あの場所からアクセスしていた記録は残っているのに。
まあアイツ、金だけは無駄にあるみたいなこと言ってた事あるし、誰にもバレない様情報を消して逃げ回る事が出来るのかもしれないけど……。でもだからって、あんなに大事にしていたシラユキのデータまで、ゲームから消す事ないじゃない。
運営に問い合わせてもアイツが落ちた瞬間に消えたとしか答えてくれなかったし……。
「まあでも、先輩の事ですから、きっと何処かで楽しくやってますよ」
「そうね。先輩なら、姿や場所を変えたとしても、人気者になってそう」
「姫の姿に固執していたあの方に、他の姿を纏うなど想像出来ませんが……そうですね。そう願いたいものです」
「……」
皆、アイツの幸せを願ってる。
私も、それを願っているつもりだけど……。アイツの姿や思い出を追いかけてるのは、私だけなのかも。
「……ちょっと席を外すわ」
そう告げて、ある場所へと向かう。
皆、私が向かう先を見て、何も言う事はなく見送ってくれた。
その玉座は、あの時私がプレゼントした時のまま、そこに鎮座していた。唯一の違いは、座っている者は誰もなく、代わりに無数の花束が献花されていることくらい。
リアルではアイツ、行方不明だし。データさえない以上、お墓と呼べる物も存在しない。代わりとして、最後にいたこの場所が、壮大な墓標となってしまった。
週に一回、アイツが好きだった花を供えてはいるけど、私も少しは距離を置くべきなのかな。いつまでも引きずってたら、アイツに笑われるかも。
……なんて。アイツはそんなことで笑ったりしないか。アイツにとって、可愛いか可愛くないか。そんな謎基準で評価されるのよね。
今の私は、アイツにとっては可愛いかな。それとも、可愛くないのかな……。
「……?」
そんな事を考えていると、玉座に見慣れない物が浮かんでいた。
献花の為に供えられたアイテムとは違う。シラユキの所持物でも、見たことがない。まるで空間にポッカリと空いた暗闇みたいな、漆黒の珠。
よくわからないけど、けれど無性に興味が惹かれる。私は、吸い込まれるかの様にそれに手を伸ばした。
「なに、コレ……」
世界が暗転したーーー。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんな感じかなー」
「ねえマスター、その一緒に食べてくれた女の子って、もしかして……」
「ん?」
「……はぁ、何でもないわ」
マスターって、意外と鈍感系なのね。
……ううん、マスター自身に対してのみ鈍感なのであって、私になったマスターはむしろ鋭敏な方かも。本当に興味なかったのね。
「えー、なになに?」
「そんな事より。マスターにとってケーキって、その思い出だけなのね」
「そうだねー」
「なら、まずはソフィーとの思い出に使わないとね! その後は、皆との思い出で埋めていけばいいわ」
「うん、そうするー」
こればかりは仕方ないわ。最初の思い出は、貴女に譲ってあげる。
だから、その後の思い出はマスターの婚約者達で埋めて行くことにするわ。貴女には悪いけど、マスターは私たちと一緒にいるんだもの。許してほしいわ。
「ふふっ、マスター。私とのデート、楽しみね」
「うん、そうだね!」
「でもその前にソフィーとのデートよ。退屈させたりしたら許さないんだから」
「任せて! 作戦を考えてるのよ。まずは普段しない様な男装をして」
「うんうん」
夢は続く。
私が世界に現出し、マスターと触れ合う。その日まで……。
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1/19の20時の投稿で他サイトで投稿中のものに追いつきます。以後隔日で20:01頃投稿予定です。
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しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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