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第5章:魔法学園 入学騒乱編
第156話 『その日、冒険者ギルドに寄った』
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「……という事がありました」
「ふーん」
盗み聞きした内容を、翌日朝食をする傍らで聞いた。
場所は私達の私室で、食事を共にしているのはアリシア、ソフィー、アリスちゃん。そして私とツヴァイだ。報告がてら食事を一緒にするよう半分命令半分お願いをすると、席についてくれた。
ツヴァイはイイ子ね!
「学園にそのような輩が……」
「なんて奴ら……許せない」
ソフィーとアリスちゃんはその話を聞いて憤慨してくれているが、私は特に何も感じなかった。アリシアも、私が馬鹿にされてる内容の割にはあまり怒っている様子は無かった。
「私の昨日の演技がぶっ刺さったのね。思い付きでやったわりには結構効果があってビックリねー」
「震えるお嬢様は大変可愛らしいものでしたし、当然かと。むしろ勘違いしないものは頭が腐っております」
「そこまで言う!? でもありがと、嬉しいわ」
「お嬢様……」
「アリシア……」
「ちょっとちょっと、今のは2人の世界に入る流れじゃなかったでしょ!」
無詠唱の『ウォーターボール』が私とアリシアの間に浮かんだ。
ちょっと前にママによって止められた方法だったけど、それを真似たのね。私との関係に吹っ切れてからは、ソフィーの成長速度はグッと早まった。今では6属性の内、風と水と炎の3種は、ボール魔法の無詠唱が出来るようになっている。
ああもう、そんな努力の成果を見せられたら、ソフィーへの愛が止まらなくなるじゃない!
「ソフィー!」
「こっちきた!? しょ、食事! 食事が終わってからにしなさい!」
「あ……はぁい」
そうね、食事中にはしたなかったわね。
今は我慢しよう。
「……ここの食卓はにぎやかですね」
「お嬢様ですから」
「ふふ、姉様達が楽しそうでなによりです」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで、結局どうするのよ」
食後のデザートと紅茶を楽しんでいると、ソフィーが思い出したように言う。
「なにが?」
「何って、その連中の事よ。ナンバーズに追いかけさせたってことは、叩くなりおじ様に処罰してもらうなり、考えてるんでしょ?」
「え、しないよそんな事」
「はぁ? じゃあなんで……」
「今そいつらを潰したところで利点は無いわ。裏でひっそりと退場されたら、そいつらを公的にボコれないし、被害者たちの鬱憤は晴れないでしょ」
「……確かに、そうね」
そいつらの脅威度、私にとってはゼロだし。身近な誰かがそいつらのせいで酷い目に合ってるのなら、一刻も早く磨り潰すけど、今はその危険性も薄い。
ソフィー達は部屋でおとなしくするみたいだし、リリちゃん達も学友達と過ごすらしいもの。
「それに、そいつらを潰すことで他の連中に萎縮されても困るしね。ああ、ツヴァイ。その連中は招待客の中にいるのよね?」
「はい。全員もれなく」
「なら良いわ。今日もまた襲撃があるかもしれないけど、アリシアが居れば問題ないもの」
「お任せください。お嬢様には指一本触れさせません」
「と言う訳だから、心配無用よ。あ、でもソフィーやアリスちゃんが巻き込まれない保証はないからね、今日も悪いけど、学園内に居て欲しいの」
「……はぁ、あんたがそう言うなら従うわ。それに、あんたの教えてくれた調合もまだ完璧じゃないからね。アリスと一緒にスキル20を目指して頑張るわ」
「うん、比較的楽なレシピだから簡単だもんね。頑張って!」
「世間的にはスキル20もあれば中級薬師を卒業するって言われてるラインなんだけどね……」
まぁ人類最高峰がスキル40ちょっととか言われてる世界じゃあね。でもこれからは、スキル20は初心者に毛が生えたレベルになるんだから。
ただソフィーにとっては、調合に関して大して興味は無いらしくて、自分で魔力回復薬が作れたらいいなーくらいの気持ちらしい。魔法を使う以上、この薬が自作できるか否かは非常に大きいわよね。今後魔法科の生徒は、卒業条件に魔力回復薬の自作出来る事を条件に加え入れるべきかしら?
今度学園長や、陛下達にも相談しよーっと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これなんてどうかな?」
「はい。大変可愛らしいかと」
「じゃあコッチがアリシアので、これがソフィー、これがアリスちゃんの。それからー」
「はい、お客様用ですね。これなんて如何でしょう」
「おっ、良いわね!」
私達は今、部屋に合う家具の調達と同時に、室内用スリッパを買いに来ていた。
室内で靴を脱ぐという行為が、そこまで浸透していない文化圏だからか、スリッパの概念自体無いのではと危ぶんだ。けど、それは杞憂だったようで大きなお店にはしっかりと置いてあって安心したわ。
けどやっぱりと言うか、カワイらしい柄のものが少なくて、どうにも単調なものばかり。だからまずはベースとなるものを買って、あとは帰ってからお裁縫の要領で、改造することに決定した。これなら、多少のカワイげの無さには目を瞑れるわ。
私がもっともーっとカワイらしい姿に生まれ変わらせてあげるんだからっ!
「ではお嬢様、これからどちらに?」
「リディーに会いに行きたいところだけど、すれ違いになると大変だから、先に冒険者ギルドに行くわ」
「承知しました。それにしても、不快ですね」
アリシアはマップに目を落として、私達を取り囲むように監視する複数の赤丸を睨みつけた。
「そうねぇ。まさかこんなに見られてるなんて、舐められすぎるのもどうかと思うわね。ちょっと反省するわ」
「お嬢様……」
「じゃあ、近づき過ぎる奴が現れた場合は、脅して来て頂戴」
「承知しました。シチュエーションは如何しましょう」
「そうねー。真正面から急接近して、喉元に短剣を突き立てて、何か御用ですか? って感じでどうかなー」
「畏まりました。では早速、あちらで邪な視線を流してるゴミを払ってまいります」
そう言ってアリシアは、狙い定めた1人に向かって突撃した。まあ確かにそいつは、監視という名目も忘れて10メートルちょっとの近距離まで近づいてニヤニヤしてるもんね。流石にちょっと近すぎて鬱陶しく感じてたけど、それはアリシアも一緒だったか。
アリシアは先程私が口にした言葉を、とても丁寧かつ冷えた声で相手に告げた。勿論、短剣を喉元に突き刺して。あ、ちょっと刺さってる。
男は声にならない悲鳴をあげ、どこかに去っていった……と思いきや、赤丸の1つに向かって近寄って行く。彼我の距離は50メートルほどあるけれど、助けを求めてる様子が見て取れた。そしてその赤丸に該当する人物と目が合うと、気不味そうにそそくさと離れて行った。
うんまぁ1匹退治したらオマケでもう1匹追い払えたのか。僥倖ね。
短剣についた血を『浄化』で消し飛ばしたアリシアが、満足そうにやって来た。
「やりましたね、お嬢様」
「そうね。今のを警戒して、他の連中も結構距離を置いたみたいだし。それじゃ、買い物も済んだ事だし冒険者ギルドに行きましょうか」
「はい」
デートの邪魔をするものは居なくなったので、心置きなくアリシアとデートの続きを再開した。
んふ、アリシアと恋人繋ぎをして街を練り歩くのは幸せだわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここはいつも賑やかね」
「休日というのもあるのでしょう。冒険者を本業とする者より、副業とする者が多いと聞きますから」
「なるほどねー」
冒険者ギルドは、王都に到着した時と変わらない盛況ぶりだった。あの時は閣下と一緒だったけど、今はアリシアとの2人っきり。エルフのメイドを連れてる私は、輝く銀髪と、美少女具合も相まって、否応なく目立つというものだった。
クエストボードに目をやると、ランク別に依頼が張り出されていた。今のところ、ランクによって貼られている依頼の数も全然違うということもなく、どのランクもまばらに存在しているようだった。今はもうお昼前の良い時間だ。ここに残っているのはだいたい売れ残りなのだろう。
本当は簡単な依頼なら受けてみたいところなんだけど、今日はお買い物してから寄ってるし、この後も予定が詰まっていることもあって、手出しできそうに無いのよね。残念だわ。
私達は人のいないカウンターへと進み、職員に話しかける。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは。こちらは依頼の受注用窓口となりますが構いませんか?」
「構いません。筋肉バカかスメリアを呼んでいただけますか?」
「筋肉バカ……あっ、ギルマスの事でしょうか」
「はい、そのバカで合っています。私達が来たと知ればすっ飛んでくるかと」
そう言ってアリシアはギルドカードを取り出すので、私も職員のお姉さんに見せる。
「……承知しました。確認して参りますので少々お待ち下さい」
アリシアに聞いた話によると、Bランク以上の冒険者はギルドマスターや副ギルドマスターと直接話す権利が貰えるそうだ。
けど、大した用事ではなかったりすると仕事の邪魔をしたという理由でランクの降格やカードの剥奪もあり得るということで、あまりその制度を使用する人はいないんだとか。
まあ、私も大した用事では無いんだけど。
「そう言えば、ギルマスの名前ってなんだっけ?」
スメリアさんは思い出せたけど、ギルマスの名前はすっかりと抜け落ちてしまっていた。ムカついたからかな? 全く覚えてないのよね。
「あれの名前は筋肉バカです。覚える価値はありませんよ」
「そうー?」
「はい、そうなのです」
「ならそれで良いわね」
「良いわけないだろ」
声をかけられた方を見ると、2階部分からギルマスがこちらを見下ろしていた。なんだ、そこに居たのね。
「「あ、筋肉バカ」」
「主従揃ってハモるな! ったく、それで何しに来たんだお前達」
「冒険者がギルドに来たら変かしら」
「冒険者である前に、あんたは魔法学園の生徒だろう。学生なら学園にいろよ」
「知らないの? 今日は休みなのよ」
「お嬢様、筋肉バカはカレンダーが読めないのです」
「そんな! なんて可哀想なの……」
「おい、俺は忙しいんだ。茶化しに来たなら帰ってくれねえか」
冗談が通じないのね。よくこれからあの子が産まれたわね。いや、少し見る角度を変えれば、ポンコツと言えてしまうかも?
「例の解体をしに来たのよ。中々予定が合わなかったからついでにしようと思ってね」
「おお、そうか! 俺も見て行って良いか?」
「忙しいんじゃなかったの? 別に良いけど、離れたところで身を伏せて貰う必要があるわよ。近付いたり立ち上がって、そのあと調子崩しても面倒みきれないわ」
「構わんさ。さあ、早速行こうじゃないか!」
「無礼者、お嬢様に触れないで下さい」
ギルマスは私たちの背中を押そうとするも、即座にアリシアによって払い落とされる。そこへスメリアさんがやって来た。
「あらあら、ダメよアナタ。不用意に女の子に触ったら。またセクハラだって騒がれて慰謝料請求されても、今度は庇えないわよ?」
「うっ!!」
何してるのよコイツ。
まあフレンドリーな空気は感じられるけど、それは相手を選ぶべきね。少なくとも私への接触は、アリシアが許さないわ。
まあ私はセクハラを全力でするけど。
「スメリアさん、お久しぶりです」
スメリアさんのダイナマイトボディーに突撃すると、イングリットちゃん以上の弾力に出迎えられた。はぁー、フカフカだわー!
「ええ、久しぶりね。アリシアも元気そうで何よりだわ」
「お互いに。筋肉バカにもし愛想が尽きたら相談してください。全力で屠りますから」
「ええ、大丈夫よ。今のところは良好な関係だから」
スメリアさんが意味ありげな視線でギルマスを見ると、筋肉バカは萎縮してしまった。本当に何やってるのかしら、こいつは。
「スメリアさんも見ていかれますか?」
「うーん、とっても興味はあるんだけどまた今度にさせて貰うわ。仕事も溜まっているし、危なくない魔物の時はまた呼んでちょうだいね」
「はーい」
名残惜しいけどしょうがない。この魔性の魅力を手放すのは辛いけど、我慢しなきゃ……! 代わりにアリシアの身体を抱きしめ、頬擦りをする。
「ふふ、甘えん坊さんなのね」
「はい、とっても。お嬢様、行きますよ」
「うんー」
スメリアさんと別れて、ギルド内の解体部屋へと向かった。
その日、ギルマス夫婦と対等以上に対話し、誰もが憧れるスメリアとの熱いハグを交わし、ギルドマスターをぞんざいに扱うシラユキ達の噂は、瞬く間に冒険者達に広がって行ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドの敷地内には、もう1つ別の建物が存在している。そちらでは依頼によって集められた素材や、討伐された魔物が保管されており、価値の高い冷却系の魔道具を使って万全な保全体制が敷かれている。
その中でも、いくつかある解体場の内1つを占領して、シラユキちゃん主催の解体パーティーが始められようとしていた。
「注文通り、ここ第三解体場の人員。及び作業道具は全て退避させた。毒で危ないんなら、屋外でやれば良いんじゃないのか?」
「バカね。毒が外に舞ったら危ないじゃない。だから部屋の中から出さないようにして処理する必要があるのよ」
作業が終われば毒をまとめて『浄化』してしまえばいい。逆に外でしようとするならば、魔法で壁を作って毒素を外に逃さないよう工夫しながら、細心の注意を払いつつ解体する必要がある。
王城で陛下に見せた時のようなことを、解体しながらしなくてはならない。
それはちょっと大変というか面倒なのでやりたくないわね。
「じゃあ俺はここで見てるからよ。いつでも始めてくれや」
そう言って筋肉バカは、入り口に陣取った。仁王立ちなんかして、コイツ人の話聞いていたのかしら?
「毒竜の劇毒は空気に散布すると上に登りやすい性質をしているの。立ってたら死ぬわよ。そこに寝そべりなさい」
「むっ、仕方ねえな……」
バカはぶつくさ文句を言いながらも地に伏せた。これで毒にかかるようなら治してあげるわ。
「それじゃアリシア、準備は良いかしら」
「はい、いつでも構いません」
短剣を構えるアリシアに微笑み、彼女に毒への対抗手段をかける。
「『デバフアーマー』」
アリシアの身体を、淡い光が包み込む。
……ん? そう言えばこの魔法って……。
「『デバフアーマー』」
地に伏せる筋肉バカの身体を、淡い光が包み込む。
そうだったわ、やろうと思えば、パーティー外の人間にも掛けられるんだったわね。そう言えば以前にもそんなことをしていた記憶があるし、忘れてたわ。閣下にも無駄に毒を受けさせてしまった。反省反省。
うーん、なんだか随分と無駄に気を使い過ぎていたというか、回り道をしていた気がする。……なら。
「ナンバーズ集合」
「「「はっ」」」
「貴方達も危ないから部屋の中に居なさい。『デバフアーマー』」
「承知致しました」
見えない場所に隠れられては、毒から守ることもできないもの。せめて目に見える範囲にいてくれた方が助かるわ。
彼らも筋肉バカに倣って部屋の隅で屈み込むのを確認し、改めて本日のメインイベント、毒竜を取り出した!
『状態異常『激毒』レジスト』
早速ね! さあ、部屋が劇毒で腐り落ちる前に、急いで解体をして行くわよ!
『マスターったらうっかりさんなんだからー』
「ふーん」
盗み聞きした内容を、翌日朝食をする傍らで聞いた。
場所は私達の私室で、食事を共にしているのはアリシア、ソフィー、アリスちゃん。そして私とツヴァイだ。報告がてら食事を一緒にするよう半分命令半分お願いをすると、席についてくれた。
ツヴァイはイイ子ね!
「学園にそのような輩が……」
「なんて奴ら……許せない」
ソフィーとアリスちゃんはその話を聞いて憤慨してくれているが、私は特に何も感じなかった。アリシアも、私が馬鹿にされてる内容の割にはあまり怒っている様子は無かった。
「私の昨日の演技がぶっ刺さったのね。思い付きでやったわりには結構効果があってビックリねー」
「震えるお嬢様は大変可愛らしいものでしたし、当然かと。むしろ勘違いしないものは頭が腐っております」
「そこまで言う!? でもありがと、嬉しいわ」
「お嬢様……」
「アリシア……」
「ちょっとちょっと、今のは2人の世界に入る流れじゃなかったでしょ!」
無詠唱の『ウォーターボール』が私とアリシアの間に浮かんだ。
ちょっと前にママによって止められた方法だったけど、それを真似たのね。私との関係に吹っ切れてからは、ソフィーの成長速度はグッと早まった。今では6属性の内、風と水と炎の3種は、ボール魔法の無詠唱が出来るようになっている。
ああもう、そんな努力の成果を見せられたら、ソフィーへの愛が止まらなくなるじゃない!
「ソフィー!」
「こっちきた!? しょ、食事! 食事が終わってからにしなさい!」
「あ……はぁい」
そうね、食事中にはしたなかったわね。
今は我慢しよう。
「……ここの食卓はにぎやかですね」
「お嬢様ですから」
「ふふ、姉様達が楽しそうでなによりです」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで、結局どうするのよ」
食後のデザートと紅茶を楽しんでいると、ソフィーが思い出したように言う。
「なにが?」
「何って、その連中の事よ。ナンバーズに追いかけさせたってことは、叩くなりおじ様に処罰してもらうなり、考えてるんでしょ?」
「え、しないよそんな事」
「はぁ? じゃあなんで……」
「今そいつらを潰したところで利点は無いわ。裏でひっそりと退場されたら、そいつらを公的にボコれないし、被害者たちの鬱憤は晴れないでしょ」
「……確かに、そうね」
そいつらの脅威度、私にとってはゼロだし。身近な誰かがそいつらのせいで酷い目に合ってるのなら、一刻も早く磨り潰すけど、今はその危険性も薄い。
ソフィー達は部屋でおとなしくするみたいだし、リリちゃん達も学友達と過ごすらしいもの。
「それに、そいつらを潰すことで他の連中に萎縮されても困るしね。ああ、ツヴァイ。その連中は招待客の中にいるのよね?」
「はい。全員もれなく」
「なら良いわ。今日もまた襲撃があるかもしれないけど、アリシアが居れば問題ないもの」
「お任せください。お嬢様には指一本触れさせません」
「と言う訳だから、心配無用よ。あ、でもソフィーやアリスちゃんが巻き込まれない保証はないからね、今日も悪いけど、学園内に居て欲しいの」
「……はぁ、あんたがそう言うなら従うわ。それに、あんたの教えてくれた調合もまだ完璧じゃないからね。アリスと一緒にスキル20を目指して頑張るわ」
「うん、比較的楽なレシピだから簡単だもんね。頑張って!」
「世間的にはスキル20もあれば中級薬師を卒業するって言われてるラインなんだけどね……」
まぁ人類最高峰がスキル40ちょっととか言われてる世界じゃあね。でもこれからは、スキル20は初心者に毛が生えたレベルになるんだから。
ただソフィーにとっては、調合に関して大して興味は無いらしくて、自分で魔力回復薬が作れたらいいなーくらいの気持ちらしい。魔法を使う以上、この薬が自作できるか否かは非常に大きいわよね。今後魔法科の生徒は、卒業条件に魔力回復薬の自作出来る事を条件に加え入れるべきかしら?
今度学園長や、陛下達にも相談しよーっと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これなんてどうかな?」
「はい。大変可愛らしいかと」
「じゃあコッチがアリシアので、これがソフィー、これがアリスちゃんの。それからー」
「はい、お客様用ですね。これなんて如何でしょう」
「おっ、良いわね!」
私達は今、部屋に合う家具の調達と同時に、室内用スリッパを買いに来ていた。
室内で靴を脱ぐという行為が、そこまで浸透していない文化圏だからか、スリッパの概念自体無いのではと危ぶんだ。けど、それは杞憂だったようで大きなお店にはしっかりと置いてあって安心したわ。
けどやっぱりと言うか、カワイらしい柄のものが少なくて、どうにも単調なものばかり。だからまずはベースとなるものを買って、あとは帰ってからお裁縫の要領で、改造することに決定した。これなら、多少のカワイげの無さには目を瞑れるわ。
私がもっともーっとカワイらしい姿に生まれ変わらせてあげるんだからっ!
「ではお嬢様、これからどちらに?」
「リディーに会いに行きたいところだけど、すれ違いになると大変だから、先に冒険者ギルドに行くわ」
「承知しました。それにしても、不快ですね」
アリシアはマップに目を落として、私達を取り囲むように監視する複数の赤丸を睨みつけた。
「そうねぇ。まさかこんなに見られてるなんて、舐められすぎるのもどうかと思うわね。ちょっと反省するわ」
「お嬢様……」
「じゃあ、近づき過ぎる奴が現れた場合は、脅して来て頂戴」
「承知しました。シチュエーションは如何しましょう」
「そうねー。真正面から急接近して、喉元に短剣を突き立てて、何か御用ですか? って感じでどうかなー」
「畏まりました。では早速、あちらで邪な視線を流してるゴミを払ってまいります」
そう言ってアリシアは、狙い定めた1人に向かって突撃した。まあ確かにそいつは、監視という名目も忘れて10メートルちょっとの近距離まで近づいてニヤニヤしてるもんね。流石にちょっと近すぎて鬱陶しく感じてたけど、それはアリシアも一緒だったか。
アリシアは先程私が口にした言葉を、とても丁寧かつ冷えた声で相手に告げた。勿論、短剣を喉元に突き刺して。あ、ちょっと刺さってる。
男は声にならない悲鳴をあげ、どこかに去っていった……と思いきや、赤丸の1つに向かって近寄って行く。彼我の距離は50メートルほどあるけれど、助けを求めてる様子が見て取れた。そしてその赤丸に該当する人物と目が合うと、気不味そうにそそくさと離れて行った。
うんまぁ1匹退治したらオマケでもう1匹追い払えたのか。僥倖ね。
短剣についた血を『浄化』で消し飛ばしたアリシアが、満足そうにやって来た。
「やりましたね、お嬢様」
「そうね。今のを警戒して、他の連中も結構距離を置いたみたいだし。それじゃ、買い物も済んだ事だし冒険者ギルドに行きましょうか」
「はい」
デートの邪魔をするものは居なくなったので、心置きなくアリシアとデートの続きを再開した。
んふ、アリシアと恋人繋ぎをして街を練り歩くのは幸せだわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここはいつも賑やかね」
「休日というのもあるのでしょう。冒険者を本業とする者より、副業とする者が多いと聞きますから」
「なるほどねー」
冒険者ギルドは、王都に到着した時と変わらない盛況ぶりだった。あの時は閣下と一緒だったけど、今はアリシアとの2人っきり。エルフのメイドを連れてる私は、輝く銀髪と、美少女具合も相まって、否応なく目立つというものだった。
クエストボードに目をやると、ランク別に依頼が張り出されていた。今のところ、ランクによって貼られている依頼の数も全然違うということもなく、どのランクもまばらに存在しているようだった。今はもうお昼前の良い時間だ。ここに残っているのはだいたい売れ残りなのだろう。
本当は簡単な依頼なら受けてみたいところなんだけど、今日はお買い物してから寄ってるし、この後も予定が詰まっていることもあって、手出しできそうに無いのよね。残念だわ。
私達は人のいないカウンターへと進み、職員に話しかける。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは。こちらは依頼の受注用窓口となりますが構いませんか?」
「構いません。筋肉バカかスメリアを呼んでいただけますか?」
「筋肉バカ……あっ、ギルマスの事でしょうか」
「はい、そのバカで合っています。私達が来たと知ればすっ飛んでくるかと」
そう言ってアリシアはギルドカードを取り出すので、私も職員のお姉さんに見せる。
「……承知しました。確認して参りますので少々お待ち下さい」
アリシアに聞いた話によると、Bランク以上の冒険者はギルドマスターや副ギルドマスターと直接話す権利が貰えるそうだ。
けど、大した用事ではなかったりすると仕事の邪魔をしたという理由でランクの降格やカードの剥奪もあり得るということで、あまりその制度を使用する人はいないんだとか。
まあ、私も大した用事では無いんだけど。
「そう言えば、ギルマスの名前ってなんだっけ?」
スメリアさんは思い出せたけど、ギルマスの名前はすっかりと抜け落ちてしまっていた。ムカついたからかな? 全く覚えてないのよね。
「あれの名前は筋肉バカです。覚える価値はありませんよ」
「そうー?」
「はい、そうなのです」
「ならそれで良いわね」
「良いわけないだろ」
声をかけられた方を見ると、2階部分からギルマスがこちらを見下ろしていた。なんだ、そこに居たのね。
「「あ、筋肉バカ」」
「主従揃ってハモるな! ったく、それで何しに来たんだお前達」
「冒険者がギルドに来たら変かしら」
「冒険者である前に、あんたは魔法学園の生徒だろう。学生なら学園にいろよ」
「知らないの? 今日は休みなのよ」
「お嬢様、筋肉バカはカレンダーが読めないのです」
「そんな! なんて可哀想なの……」
「おい、俺は忙しいんだ。茶化しに来たなら帰ってくれねえか」
冗談が通じないのね。よくこれからあの子が産まれたわね。いや、少し見る角度を変えれば、ポンコツと言えてしまうかも?
「例の解体をしに来たのよ。中々予定が合わなかったからついでにしようと思ってね」
「おお、そうか! 俺も見て行って良いか?」
「忙しいんじゃなかったの? 別に良いけど、離れたところで身を伏せて貰う必要があるわよ。近付いたり立ち上がって、そのあと調子崩しても面倒みきれないわ」
「構わんさ。さあ、早速行こうじゃないか!」
「無礼者、お嬢様に触れないで下さい」
ギルマスは私たちの背中を押そうとするも、即座にアリシアによって払い落とされる。そこへスメリアさんがやって来た。
「あらあら、ダメよアナタ。不用意に女の子に触ったら。またセクハラだって騒がれて慰謝料請求されても、今度は庇えないわよ?」
「うっ!!」
何してるのよコイツ。
まあフレンドリーな空気は感じられるけど、それは相手を選ぶべきね。少なくとも私への接触は、アリシアが許さないわ。
まあ私はセクハラを全力でするけど。
「スメリアさん、お久しぶりです」
スメリアさんのダイナマイトボディーに突撃すると、イングリットちゃん以上の弾力に出迎えられた。はぁー、フカフカだわー!
「ええ、久しぶりね。アリシアも元気そうで何よりだわ」
「お互いに。筋肉バカにもし愛想が尽きたら相談してください。全力で屠りますから」
「ええ、大丈夫よ。今のところは良好な関係だから」
スメリアさんが意味ありげな視線でギルマスを見ると、筋肉バカは萎縮してしまった。本当に何やってるのかしら、こいつは。
「スメリアさんも見ていかれますか?」
「うーん、とっても興味はあるんだけどまた今度にさせて貰うわ。仕事も溜まっているし、危なくない魔物の時はまた呼んでちょうだいね」
「はーい」
名残惜しいけどしょうがない。この魔性の魅力を手放すのは辛いけど、我慢しなきゃ……! 代わりにアリシアの身体を抱きしめ、頬擦りをする。
「ふふ、甘えん坊さんなのね」
「はい、とっても。お嬢様、行きますよ」
「うんー」
スメリアさんと別れて、ギルド内の解体部屋へと向かった。
その日、ギルマス夫婦と対等以上に対話し、誰もが憧れるスメリアとの熱いハグを交わし、ギルドマスターをぞんざいに扱うシラユキ達の噂は、瞬く間に冒険者達に広がって行ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドの敷地内には、もう1つ別の建物が存在している。そちらでは依頼によって集められた素材や、討伐された魔物が保管されており、価値の高い冷却系の魔道具を使って万全な保全体制が敷かれている。
その中でも、いくつかある解体場の内1つを占領して、シラユキちゃん主催の解体パーティーが始められようとしていた。
「注文通り、ここ第三解体場の人員。及び作業道具は全て退避させた。毒で危ないんなら、屋外でやれば良いんじゃないのか?」
「バカね。毒が外に舞ったら危ないじゃない。だから部屋の中から出さないようにして処理する必要があるのよ」
作業が終われば毒をまとめて『浄化』してしまえばいい。逆に外でしようとするならば、魔法で壁を作って毒素を外に逃さないよう工夫しながら、細心の注意を払いつつ解体する必要がある。
王城で陛下に見せた時のようなことを、解体しながらしなくてはならない。
それはちょっと大変というか面倒なのでやりたくないわね。
「じゃあ俺はここで見てるからよ。いつでも始めてくれや」
そう言って筋肉バカは、入り口に陣取った。仁王立ちなんかして、コイツ人の話聞いていたのかしら?
「毒竜の劇毒は空気に散布すると上に登りやすい性質をしているの。立ってたら死ぬわよ。そこに寝そべりなさい」
「むっ、仕方ねえな……」
バカはぶつくさ文句を言いながらも地に伏せた。これで毒にかかるようなら治してあげるわ。
「それじゃアリシア、準備は良いかしら」
「はい、いつでも構いません」
短剣を構えるアリシアに微笑み、彼女に毒への対抗手段をかける。
「『デバフアーマー』」
アリシアの身体を、淡い光が包み込む。
……ん? そう言えばこの魔法って……。
「『デバフアーマー』」
地に伏せる筋肉バカの身体を、淡い光が包み込む。
そうだったわ、やろうと思えば、パーティー外の人間にも掛けられるんだったわね。そう言えば以前にもそんなことをしていた記憶があるし、忘れてたわ。閣下にも無駄に毒を受けさせてしまった。反省反省。
うーん、なんだか随分と無駄に気を使い過ぎていたというか、回り道をしていた気がする。……なら。
「ナンバーズ集合」
「「「はっ」」」
「貴方達も危ないから部屋の中に居なさい。『デバフアーマー』」
「承知致しました」
見えない場所に隠れられては、毒から守ることもできないもの。せめて目に見える範囲にいてくれた方が助かるわ。
彼らも筋肉バカに倣って部屋の隅で屈み込むのを確認し、改めて本日のメインイベント、毒竜を取り出した!
『状態異常『激毒』レジスト』
早速ね! さあ、部屋が劇毒で腐り落ちる前に、急いで解体をして行くわよ!
『マスターったらうっかりさんなんだからー』
0
1/19の20時の投稿で他サイトで投稿中のものに追いつきます。以後隔日で20:01頃投稿予定です。
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
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俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
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家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~
芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。
駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。
だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。
彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。
経験値も金にもならないこのダンジョン。
しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
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