異世界でもうちの娘が最強カワイイ!

皇 雪火

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第4章:魔法学園 入学準備編

閑話4-1 『救われたとある令嬢の話』

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「すまない、フェリスフィア。私が不甲斐ないばかりに、お前には、苦労をかける……」

 お父様は、憔悴しきった顔でお姉様にそう宣告した。
 まるでそれは、お姉様に永遠の別れを告げているようで。……いえ、あんなとこに行くだなんて、人としても女性としても、死ぬのと同義よ!

「お父様! 本当に、本当にどうにもならないの!?」
「ソフィアも今の状況では、他に手立てがないことを知っているだろう。我が西側の領地の、散々な状況を。資金源でもあり、王国の繁栄を担っていたシェルリックスとナイングラッツは魔物によって滅び、グラードを含めた穀倉地帯は、領主を含めた重臣達の相次ぐ失踪、死亡事故」
「……」
「それによって発生した家臣達の遺族への見舞金だけなら何とかなった。だが、相次いで領内で発生する魔物が問題だ。冒険者ギルドでも捌ききれないあの魔物達によって戦貨は嵩む一方。中には未知の魔物まで……。家財のほとんどを売り払ったが、それでも足りない。最初は兄上も支援してくれていたが、最近どこか様子がおかしい……。そんな現状を知ってか、彼は条件付きだが、人手も金銭も全て支援すると言ってくれているのだ」

 ……わかってる。
 私だって子供じゃない、もうどうしようもないくらい追い詰められていて、もうそれしか手が残っていないくらい、ギリギリに追い詰められてる事くらい……。
 でも、だとしても、お姉様はあそこに行くべきじゃない。絶対良くないことが起きる。

「でも! だからって何であの人の所なの? お姉様が行くところが、一体どんなところなのか。奉公に行った子達は誰1人として戻って来ていないって噂、お父様も聞いているでしょ!?」
「ソフィア、噂で物を言うもんじゃない。自分の領地だって厳しい状況になっているはずなのに、それでも彼は、私たちを助けてくれようと手を差し伸べてくれているんだ。根も葉もない噂を信じるだなんて、彼に失礼だぞ」
「お父様はあの人の事を信用しすぎだわ! あいつはそんな立派な奴じゃない。私達を見る時の、アイツの目を知らないの? 飢えた獣みたいに、身も心もしゃぶり尽くそうと、舌舐めずりをしているのよ!」
「ソフィア、何てことを言うんだ!!」

 ああ、違う。
 こんなことが言いたいんじゃない。
 お父様と口論がしたいわけじゃないの。

 ただ、私は。
 貴族じゃなくなっても良いから。
 3人で何処かに、逃げてしまえたらって……。

「ソフィア、私は大丈夫だから」

 そう微笑むお姉様は、私を心配させまいと、気丈にも笑って見せた。

 待って、駄目よ。行っちゃ駄目!!

 私が伸ばした手は、お姉様には届かず、何も掴めなかった。



 ー皆さま、聞きまして? フェリス様のお話
 ーええ。なんでも領内に侵入して来た魔物を、1人で食い止めようとして、逆に食い殺されてしまったって
 ーあら、そんなの表向きの話に決まってますわ。私が聞いたところによると、例の人の拷問に耐えきれずに舌を噛んだとか
 ーわたくしが聞いたのとは違いますわね。例の男がいつもの癇癪を起こして殴り殺したって……
 ーあらあら、私が聞いた話ですと……


 もうやめて!! 聞きたくない!!



 ー聞きまして? 例の紛い物の話
 ーええ。なんでも行方不明だとか
 ーあら、わたくしは見るも無惨な姿で、顔も判別出来ない死体が部屋で見つかったと聞きましたが
 ーまあ、恐ろしいですわ
 ー本当ですわ。でも、良かったですわね。死んだのがあの化け物で
 ーふふ、本当ですわ。あの子、何の才能もない上にあの風貌でしたもの。きっと魔族の一員に違いありませんわ
 ーええ本当に! あれが王女だなんて、目障りなことこの上無かったんですもの。いなくなってせいせいしたわ
 ー王族もあれの扱いには、ほとほとに困り果てていたとか。いなくなって丁度よかったのではありませんこと?
 ーそれにしても見ました? 陛下のあの憔悴しきったお顔
 ーええ、あんな無能を憐れむだなんて、陛下はなんと心が広いのでしょう。慰めて差し上げなくては
 ーあら、次の王妃はわたくしですのよ。貴女の席はありませんわ。
 ーその顔で何を言ってるんですの。ちゃんと鏡をご覧なさいな、オホホホホ!



 ……あの子は、無能なんかじゃない。
 誰よりも努力をして、勤勉家で、自慢の……大事な妹よ。
 だけどその努力は、結局実を結ぶ事は無かった。

 どうしてあの子が死ななくちゃいけないの。
 あの子がどれだけ頑張って来たか、私たちはちゃんと知ってるのに、どうして……。



「犯人探し? 協力したいところだが、今は無理だ。王宮内も例の事件だけでなく、色々とゴタついている。父上もあれ以来ずっと落ち込んでるし、そちらに手を貸す余裕はない。それにお前も、領内のトラブルはまだ燻っているんだろ? 大人しくしてろよ」
「あの子は自殺をするような子じゃない。それはわかってる。でも、僕達じゃきっと、何も出来やしないよ。……それよりも姉さんの方が心配だよ。あ、ちょっと! 待ってよ姉さん!」

 あの子はあんたたちの、実の妹なんじゃ無かったの!?
 なのにどうして、そんなに平然としていられるのよ。

 私たちが何をしたって言うのよ。お姉様も、あの子も、どうして死ななきゃいけなかったの!?

 ……誰か、助けて。

 助けて……。



「……フェリスが遺してくれた遺産も、あと僅かとなった。彼は今、ソフィアを御所望だ。彼のところへと行けば、彼は領地に支援をしてくれると、約束してくれた」

 ……お父様、酷い顔。
 何日も眠っていないみたいに目が窪んでいるし、髪もボサボサ。無精ひげも……。
 服も荒れているのに、なぜか首輪だけが妙に輝いて見える。あんな趣味の悪い首輪、お父様には絶望的に似合わないわ……。

 昔から見てた、あの自慢のお父様は、もう、どこにも残っていなかった……。

「ええ、そうです。ソフィアさん、あとは君さえ頷いてくれれば、僕達はランベルト家を立て直せるくらいの支援を約束しましょう。ぐふふ」

 奴の息子。
 オークが服を着て歩いてる。
 最初に聞いた時は、随分と悪意のこもった呼び名だと思ったけれど、今となってはそれが正解だわ。本当にこいつら親子は、悪辣で下劣な視線で、私たち姉妹を嬲って来た。

 お姉様は、コイツらに殺された。

 お父様も、コイツらのせいでおかしくなった。

 大事な妹も、きっと全部コイツらの所為よ……。

 そんな連中が喜ぶことなんて、絶対にしてやるもんですか!

「……絶対にお断りよ! あんたみたいな豚と結婚なんて、死んだ方がマシね!!」

 そう言い放って、私は屋敷を飛び出した。
 もう世話する人もいない、瓦礫の山から。

 着の身着のまま飛び出した私は、すぐに動けなくなった。
 誰も寄り付かなくなった、倒壊した孤児院の中。
 私はうずくまり、ただ追手が来るのを怯えて待つしか無かった。

 昔は褒められていた魔法も、お姉様ほど冴えてはいないし、自慢出来るほど凄いわけでもなくなった。

 何も出来ない。
 何も為せない。
 死んでしまった、大切な姉妹を、弔うことも出来ない。

 私は、なんて無力なんだろう。
 誰か、お願いよ。私をここから……。


 ああ、足音が近づいてくる。
 きっとこれは追っ手のもの。私は、結局何も出来ず、復讐することも、仕返しすることも出来ず、あいつらに好き放題されて、死ぬのね……。

「こんな辛気臭いところで何してるの?」
「……え?」
「貴女みたいな子に、こんな陰気な場所は似合わないわ。ここから出ましょ!」

 手が差し伸ばされる。
 ……誰だろう、逆光で顔が見えない。

「あなたは……?」
「私? そうねぇ、貴女を助ける者よ!」

 手を掴まれ、勢いよく引っ張られる。
 フラつきながらも立ち上がると、その人の顔がボンヤリと、輪郭が浮かんできた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『999年3月7日 未明』

「……!!」

 目を開けると、そこは良く知る王城の一室だった。

「……今のは、夢? ……夢、よね。あんな、あんな未来……!」
「ソフィア、大丈夫?」
「あっ、お姉、様……!」

 そこには、生き別れになったはずの、最愛の姉がいた。
 ううん、あれは夢だったのよ。そう、悪い夢。
 あんな酷いことになんて、ならなかったんだから!

 その感触を確かめるように、お姉さまの胸に飛び込む。久しく、お姉様に抱きついたりなんてしなかった気がする。暖かくて、心地良い……。
 その感触が懐かしくて、堪えていた涙が溢れてくる。

「貴女がこうして甘えてくるなんて、いつぶりかしら。よほど怖い夢を見てしまったのね……。でも大丈夫。私はここにいるし、貴女も、お父様も。みんな無事よ」
「お姉様……? もしかして、お姉様も、怖い夢を見たの?」

 お姉様の顔には、薄らと涙の痕が見えた。

「……ええ、今日は色んな話を聞いてしまったからかしら。そんな、もしかしたらこうなっていた、なんて。そんな凄惨な未来を想像してしまって、夢にまで見てしまったのかもしれないわね」
「お姉様も……」

 先ほど見た夢は、本当に起きたかもしれない出来事だったと思う。漠然とした感じだけど、何故か確信を持って言えるわ。
 あれは、私たちの身に降り掛かるはずだった災厄だったのだろう、と。

 そんな最悪の未来を、1人で抱えたままにするのが怖くなった私たちは、お互いに夢の内容を事細かに説明した。
 奇妙なことに、お姉様が奴の元へと無理やり嫁がされるまでの話は完全に一致していた。
 その後は、お互いに悲しくなる出来事ばかりだった。

「不思議な体験だわ。まるで私達が、その未来から救われたみたいね」
「……うん。あの子、シラユキによって」
「そう、シラユキちゃん。あの子は美人で可愛らしい、とてもいい子よね」
「う、うん……」

 あの子と出逢ったのはまだ昨日だけど、これだけはわかる。あの子、相当変わってるわ。
 だって、私達公爵家の窮地を救ったっていうのに、恩着せがましくあれこれ要求もせずに、ただ私と友達になりたいだなんて……。

 友達、かぁ。
 そういえば夢でも、友達と呼べる人も、頼れる人も、誰もいなかったな……。

「……ねえソフィア。ソフィアはあの子のこと、苦手?」
「に、苦手とかそう言うんじゃないわ。ただ、いきなり友達って言われても、困ると言うか……。どう接すれば良いのか分からないの」
「うーん。私の場合、モニカがちょっと独特な子だから付き合い方の参考には出来ないわね……。でもそうね、友達ならやっぱりお買い物に誘えば良いと思うの」
「お、お買い物……」
「すぐに2人でっていうのは難しいと思うから、あの子の家族と一緒に行けば大丈夫よ。それに私も一緒に行くから。ね?」
「う、うん……」

 シラユキは、女の私から見ても、キラキラと輝いていて、とっても可愛い。その上、魔法の技術や魔法の知識に関しては飛び抜けて高くて、今まで世界一凄い魔法使いだと思っていた、お姉様やアリシア姉様を軽々と超えた先の、さらに高みにいる。

 それだけで友達になるのは気後れしちゃうけど、問題はあの竜だ。
 私が幼い頃、おじ様が竜を倒して凱旋していた時のことは、今でもハッキリと覚えている。巨大な荷台に積まれ、激戦の跡が残る、燃えるように赤い竜の遺骸。
 あの時は、それを倒したおじ様と、こんな怪物が外の世界に蔓延っている事実に、私は胸が躍った。いつか、私もおじ様のようになりたいと。

 でも、昨日見せられたアレから感じたのは、得体の知れない恐怖だった。シラユキは、どんな方法を用いて戦ったのかは不明だけど、普段から武器は持ち歩いていないみたいだし、きっと魔法を使って倒したんだろう。
 あんな怪物、私では歯が立たない。

 それをたった1人で、誰の支援も無く倒してのける彼女。
 無邪気に、私と友達になりたいと接してくる彼女。
 そして、全てを魅了するような純白のドレスを纏い、美しく輝く彼女。

 一体、彼女はなんなのだろう……。
 きっと、お姉様も同じように考えているはず。

 でも、分からないことだらけの彼女に対して、これだけは分かる。

 あの子は、敵じゃない。
 純粋に私たちの事が好きで、手を差し伸べてくれているのだと。

 ……少し、気恥ずかしいけれど。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 一夜明けると、あの子はまたとんでも無いことをしでかした。

 今まで、本当か分からない良い噂と、真実味が強すぎる悪い噂ばかり耳にして来た諸悪の根源。夢に見たばかりの最悪の災厄。あのアブタクデを、呼び寄せて迎え討ってやろうと言うのだ。
 アレは放置したところで被害者が増えるだけで、百害あって一利なし。そう言った彼女に、私もお姉様も賛同した。珍しく攻撃的な意志を示す私達に、おじ様も乗り気になってくれた。

 特に心優しいお姉様が、人の事を悪く言ったのが決定的だったみたい。
 まだアブタクデの事を心のどこかで信じようとしていたお父様も、重い腰を上げてくれた。

 おじ様達によってすぐさま、アイツを呼び出す口実がでっち上げられ、その日の午前中には準備が整えられ、すぐさま作戦は実行された。

 その場に居合わせては危険だからと言うことで、シラユキとリディエラさんだけを護衛とし、他は離れた別室で待機してるようにと言われた。でも、私とお姉さまは、反対するおじ様やお父様を押し切って、暗部の人達が普段使っている秘密の通路で覗き見することにした。
 だって、アイツがどういう風に裁かれるのか、ハッキリとこの目で見ておかないと、安心できそうに無いんだもの。そう伝えると、お父様達も納得してくれた。

 そしてアイツがやって来て、決められた通りに会話を進めていくと、慌てた奴は何かを取り出し、突然魔物へと変貌した。
 正直言って、人間が魔物に成るだなんて、かなり怖かった。奴から漏れ出る、魔物特有の邪悪な気配と、生理的な嫌悪感に、小さく悲鳴が漏れ出てしまった。
 歴戦の冒険者であるリディエラさんが、腰を抜かしてしまうのも仕方のない事だわ。

 ……と言うか、あの場にいたのが私なら、淑女として、はしたない事になっていたかも。……行かなくて良かった。

 そうこう思っているうちに戦いが始まった。
 いえ、戦いというのも烏滸がましいほどに、シラユキは淡々と迎え撃っていた。街の防壁さえ吹き飛ばしてしまいそうな拳を、何でもない事のように魔法の刃で受け止め、切り裂く。
 彼女が動くたびに、美しい銀の髪と純白のドレスが風を受け、まるで物語に出てくるような女神が舞を踊っているようで。
 もうその頃には、奴に感じていた嫌悪感は吹き飛び、美しく舞うシラユキに夢中になっていた。

 戦いの場が外に移っても、彼女の優勢が覆されることはなく、見た事のない魔法が天から降り注ぎ、見惚れるほどに美しい青い鳥が、奴を完全に焼き尽くした。
 これで完全に終わったのね。もう、アイツの影に怯える必要も、アイツの視線に嬲られる心配もない。夢に見て、枕を濡らす必要もない。……私達、本当にあの子に、助けられたんだ……。

 そう感慨深く思っていると、いつの間にか周りに沢山の観戦者が居た。その中でも一際大はしゃぎをしていたのが、シラユキの家族であり、弟子でもあるリリちゃん。
 リリちゃんは元気よく飛び跳ねて、シラユキの魔法に目を輝かせて絶賛していた。

 普段の私ならそんなことはしないはずなんだけど、その時の私はテンションがハイになっていたんだと思う。一緒に盛り上がって、シラユキの凄さと魔法の格好良さを話し合って、戻ってきたシラユキに一緒になって問い詰めて。

 ああもう。私、どんどん彼女から目が離せなくなってるわ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして1日開けた翌日。
 今日は、王国に初めてやって来たというシラユキ達を連れて、色んな場所を見て回った。と言っても、王都はとても広い。
 たったの1日で全てを回りきるなんて出来っこない。それでも一押しの洋服店には連れて行くことが出来た。友達が出来たらやってみたい事の1つが出来て、とっても嬉しかったわ……!

 それにしてもアリシア姉様ったら、シラユキが見ていないところでとっても大胆な下着を買うのね。
 ……え? それシラユキ用なの!? ふ、ふーん……。そうなんだ……。コレを、シラユキが……。
 ……何故だか知らないけど、ドキドキして来たわ。

 昼食を頂くために、お姉様一押しのレストランにも足を運んだ。なんでもモニカ様とよく一緒に来られるみたい。
 そしてそこで、私達はシラユキの魔法に対する価値観を知ることとなった。
 そこでの出来事はあまりにもショッキングな内容が多かったわ。だって私が読ませて貰った魔法書だって、原本がダンジョンから見つかれば、それだけで一財産築けると言われるほどに高価なものだったんだから。
 それをあの子は、ホイホイと目の前で量産していくんだもの。
 価値観、壊れるわ。

 その光景が信じられなくて周りの反応を伺った。すると、アリシア姉様とリリちゃんは慣れっこみたいで素直に称賛していたけど、あの子のお母様。リーリエさんは諦めたみたいな遠い目をしていたわ。
 リーリエさんは、先月だと言うし、この1ヶ月ずっと、シラユキの価値観に振り回されて来たのね。同情するわ……。

 そしてシラユキが欲しがっていた魔物素材。
 一番の品揃えを誇ると言われている冒険者ギルド直営店を案内したけど、品揃えはあまりお気に召さなかったみたい。確かにシラユキの実力を考えたら、このお店に並んでいる物は片手間で倒せるだろうし、しょぼく見えちゃうのかも。
 一番の目玉である魔法書なんて、言うまでもないわね。

 時間はこれからいくらでもある。まだまだ案内をしてあげたい場所は尽きないけれど、彼女とは来月から、同じ学校に行って、恐らく同じクラスの同級生になれる。
 焦る必要なんてないわ。

 そう思って、彼女達を案内させるようお父様達から言われていた盗賊ギルドへと連れていく。
 するとまた、事件が起きた。

 アブタクデの息が掛かった連中を追っていた騎士団が、その背後にいた魔人と遭遇してしまったらしいのだ。

 魔人なんて、御伽噺に出てくるような悪役で、竜を操ると噂もある人類の敵。そんな存在が現れるなんて、あまりに現実味が無かったけれど、あの子にとっては何の変哲もない出来事だったみたい。
 まるで、ちょっと買い物に行ってくるみたいな軽い空気のまま、窓から飛び出して現地へと救援に向かって行ってしまった。
 それを見ていた中で一番シラユキを知る少女、リリちゃん。この子は、慌てる私たちとは対照的に非常に落ち着いていて、飴玉を堪能した笑顔で言ってのけた。

「リリ達は、アリシアお姉ちゃんのところに行くの!」

 その落ち着きように、私達は頷くしか出来なかった。
 あんなぶっ飛んだ存在であるシラユキと1ヶ月も行動を共にして来たんだもの。もしかしたらこの子も、見た目にそぐわないような修羅場を潜って来てるのかもしれないわね。

 そして私達がメイドギルドへと到着すると、受付の人と話し込んでいたアリシア姉様を見つけた。そしてリリちゃんからシラユキが別行動をすることとなった理由を聞くと。

「そうですか、魔人が……。それが相手では天下のミカエラ様でも手に負えないでしょう。ですが、お嬢様が向かったなら安心ですね。私達はここで待機しておきましょう」

 過保護なまでにシラユキを甘やかしているアリシア姉様でさえ、シラユキを心配していなかった。もうそこまで来たら、私も心配するのはやめようと思った。
 ……でも、早く帰ってきて、無事な姿を見せて欲しいわ。

「ではちょうど良い機会ですし、これから過ごされる時間の多い御二方には、お嬢様の取扱説明を致しましょうか」
「「え?」」

 取扱説明……?

「まずお嬢様は、ご存知の通りとてつもなく強く、知識も豊富にお持ちであり、大変美しく、時には愛らしい……。見た目上完璧な存在です。ここまでは宜しいですね」
「ええ、そうね」
「そうですね……」

 改めて認識させられると、本当にとんでもない存在ね、あの子。

「ですがそんなお嬢様にも、いくつか弱点があります。その中でも突出して危ないのが、時々情緒が不安定になるところです」
「それって……暴力的になるから危ないって事なの?」

 うそ、信じられない。シラユキがそんな風になるなんて。

「いえ、危ないのはそう言う類のものではありません」

 ほっ。なんだ、違うのね。

「えっ? じゃあ危険って……?」
「お嬢様は時たま……泣かれるのです」
「「泣く……?」」

 まあ、そうよね。シラユキだって女の子だもん。
 泣いちゃうことくらい、あるわよね。うん。私もつい最近泣いちゃったばかりだし……。

「アリシア姉さん、それの何が危ないのかしら? シラユキちゃんと出会ってまもない私達では、泣いてる姿は想像出来ないけれど、何が危ないのか見当がつかないわ」

 そうね。泣くついでに暴れるならまだしも、そう言う危険じゃないみたいだし。
 泣いてるシラユキかぁ。あの子には悪いけど、絵になりそうよね。

「あの美しくも愛らしいお嬢様が、泣かれるのですよ? 分かりませんか!?」
「「???」」

 アリシア姉様が驚いた顔をしてるけど、何を驚いてるのかわからない。
 どう言うこと……?

「あのね、お姉ちゃんが泣くとね、リリ達もすっごく悲しくなるの。胸がキュッって締め付けられるの。呼吸も苦しくなるの。何とかしなくちゃって、それだけで頭がいっぱいになるの」
「……うーん、ごめんなさいね、リリちゃん。やっぱり想像出来ないわ」
「そうね。……ねえリリちゃん、シラユキはどう言う風に泣くの?」
「お姉ちゃんは……ギャン泣きなの」
「「ギャン泣き!?」」

 啜り泣くとか、悔し涙を流すとか、淑女の泣き方を想像していたけど、そうじゃないんだ。
 想像したものとのギャップ差が激しいわね。

 それにしても、シラユキのギャン泣きかぁ……。

「「……」」

 あ、ダメだ。これはダメだ。
 絶対にほっとけなくなる奴じゃない、それは。だって、想像するだけで胸がざわつくんだもの。
 それはお姉様も同じだったみたいで、見る見る哀しそうな顔になっていった。

「想像出来たようですね。そうです、お嬢様が泣いてしまった時はすぐにでも落ち着かせなければ、我々の身が持ちません」
「……理解したわ。落ち着かせ方は?」
「まずはその場にいる全員で抱きしめます。次に全力で甘やかします。最後に、泣く事になった原因に対する解決策、もしくは回避策を提示してあげることです。あとはお嬢様が納得さえすれば、泣き止まれたり、疲れて眠られたりします」
「……分かりました、覚悟しておきます」
「私も可能な限りお嬢様の側から離れませんが、もしもの時はよろしくお願いします」

 アリシア姉様もそうだけど、シラユキだってアリシア姉様にベッタリだもの。
 2人が離れるだなんて想像も出来ないわ。

「それで、アリシア姉様。時々って言っていたけど、何かきっかけとかあるの? それとも、完全に唐突にやって来るの?」
「まだお嬢様と関わってから1ヵ月ほどしか経過していませんが、大体の見当はついています。1つはレベルが上がった直後。もしくはそれからの数日間。もう1つが長時間寂しい思いをされた時ですね」
「「レベル……?」」

 ……え、レベルって言った?
 それって、あののこと、よね?

「ア、アリシア姉様。もしかしてシラユキは、あの強さでまだ成長途中なのですか!?」
「はい。驚きですよね」
「「……」」

 開いた口が閉じないとはこの事だ。
 今日は何度もシラユキに驚かされたけど、今日一番驚いたかも。
 シラユキの強さは、完成された強さだと思っていた。だと言うのに、まだまだあの子には『先』があるだなんて!

「お嬢様の正確なレベルに関しては、私達家族しか知りません。更に、数値化された強さ。総戦闘力に関しては、私しか知りません。あまりにも力量が離れすぎているため、お嬢様のご意向により内緒にされているのです。ただ、レベルに関しては御二方であれば教えてくださるかと思いますので、覚悟が出来れば、直接聴いてみては如何でしょうか。お嬢様なら、喜んで教えてくださるかと」

 喜んで教えてくれるんだ。……ああ、でもそっか。規模が違うけど、私も似たような経験があるわ。
 あまりにも周りと差がありすぎると、誰も自分の力を正確に把握できないからか、急に孤独を感じてしまうのよね。シラユキの魔法スキルがいくら高くても、友達になるって宣言した時、あの子、すっごく嬉しそうだったもの。
 今はもう、あの子は私の大事な友達だもの。寂しい思いなんてさせないわ。

 ……でも、ギャン泣きかぁ。
 想像したけど、想像通りに泣くのかしら。ちょっと怖いもの見たさで興味があるけど、泣いてるあの子は見たくないわね……。

 結局その日はそう思う事にして、シラユキの帰りを待つ事にしたんだけど……。まさかその数日後に、泣いてる場面に出くわすだなんて、思いもしなかったわ。
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平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

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