異世界でもうちの娘が最強カワイイ!

皇 雪火

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第4章:魔法学園 入学準備編

第091話 『その日、美味しいものを食べた』

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 結局あの後、ほどほどのサイズのベッドを4人で使うことになった。
 多少狭苦しさはあったけれど、その分密着して眠れたので、すごく気持ち良く目覚めることが出来た。後ろにはフワフワマシュマロ。正面にはフワフワモコモコ。そしてモコモコとの間にはぬくぬくポカポカ。
 まだ肌寒い3月上旬だし、このぬくぬくサンドは癖になるわね。はぁ~。

 でも今日中には王都に着いちゃうだろうし、もう少し堪能しよっと。
 ポカポカを抱き込みつつ、モコモコを撫でていると、目の前のウサギが身じろぎした。

「……」
「……」

 兎さんと目が合った。正確には兎さんのお目々ではなくて、中身のお目々だ。
 ちょっとボンヤリ気味に、不思議そうな顔をしている。もしかしたら朝が弱いのかも。
 視線を無視してしばらくモコモコに顔を埋めていると、ウサギからスヤスヤと寝息が聞こえてきた。

 そして今度は腕の中のポカポカがモゾモゾし始める。リリちゃんも起きてきたかな。

「んにゅ……」
「ふふ」

 朝のリリちゃんは私かママに甘えてくる事が多い。まだまだ甘えたがりなのね。今日も薄っすらと目を開けて、私を視認したら、そのまま頬にスリスリしてきた。私もスリスリし返しながら、優しく頭を撫でてあげる。
 今日はうなされなかったという事は、怖い夢は見なかったという事ね。良い事だわ。
 シェルリックスのあの事件からまだ日が経っていないし、油断していたらまた暗闇に襲われるかもしれないけど……。今は、この子がぐっすりと眠れたことを祝福しよう。

 リリちゃんを可愛がっていると今度は後ろのマシュマロが強く押し当てられる。イングリットちゃんは朝が早いと聞いていたけど、もしかしたら私が目覚める前からずっと起きていた可能性があるのよね。
 そして案の定、アリシアは起きていてベッドにいないし、何なら朝一番のお仕事をする前にお茶を淹れているような、そんな空気の揺らぎを感じるわ。ママは向こうでカワイらしく欠伸をしているわ。目が合うと恥ずかしそうにはにかんだ。
 うん、今日も良い朝ね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「シラユキ様、このような時間に失礼します!」

 そんな朝の平和は、不躾なノックで壊された。

「何事でしょうか……」

 朝の挨拶を済ませ、ゆっくりとアリシアのお茶を飲んでいる時にそれは起きた。皆怪訝そうな顔をしているし、リリちゃんはまだ眠そう。そしてリディはまだ頭が寝てるわ。1度起きたはずなのに、兎ごと机に突っ伏している。
 不安そうな声を上げたイングリットちゃんの肩に手を置き、アリシアが扉の前へと向かった。

「このような時間に、如何されましたか」
「はい、本日も早朝より馬車を進めていたのですが、とある川に差し掛かったところ、橋が魔物の様な物で道を塞がれておりまして……」

 魔物の様な物? 曖昧な表現ね。擬態性の高い魔物なのかしら。

「この辺りに現れる魔物程度、子爵様の護衛でどうとでもなるのでは」
「それが、この辺りでは滅多に見かけない魔物のようなのです。子爵様からも、可能であればシラユキ様に判断してもらいたいと」
「そうですか……あっ」

 アリシアが振り向く前に、私が後ろからアリシアを抱きしめる。

「それで、その魔物は今にも襲ってきそうなの?」
「いいえ、まるで岩のごとく微動だにしていません」
「ふうん。なら準備して向かうと、閣下に伝えてくださいな」
「畏まりました!」

 『探査』を開き、御者さんが離れていくのを見る。
 確かに進行方向の先に、赤い丸が1つだけある。タップしても情報が出ないということは、この世界に来てからはまだ1度も拝んでいない魔物であることは間違いない。でもストーリーではここにそんな厄介なボスモンスターなんて居なかったはず。
 もしかしたら過去にだけ現れた奴かもしれないし、突発イベント的な何かかもしれない。面倒だけど、片づけなければ、王都には辿り着けないわ。

「アリシア、着替えをお願いね」

 アリシアに頬擦りしながら伝えた。もっと甘えていたいけど、魔物が出たんじゃしょうがないわ。

「んっ、はい。今日も可愛く仕上げさせて頂きます!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「お待たせしました、閣下」
「いや、問題ないさ。朝早くにすまないね、どうにも厄介な相手らしい」
「この辺では見かけない魔物なのですか?」
「そうだね。普段は深い川の中に潜っている魔物らしいのだが、今日は運悪く顔を出しているようでね。ひとまず、シラユキ君で対処出来るか確認して貰えるかな」

 一体何が行手を遮ってくれちゃっているのかしら? 最悪を想定するなら、中位竜でもある濁竜。こいつが居たとしたら撤退か悩むところね。でもこの辺には正史でもそんな奴はいなかったはず。
 考えられるなら、上流にひたすら登れば下位の水竜が居たような気もするけど、それ系統なら閣下はもっと慌てているはずだから、そこまででもないのかしら。

 ま、見た方が早いわね。

「どれどれ……」

 橋の入り口に鎮座しているのは、大きな岩だった。

『ギギギギ』

 いや、岩のように見えているのは、こいつの腹ね。上の方からはブクブクと泡が弾けている。私の接近に気付いたソレは、手足を広げて仁王立ち、もとい威嚇をしているわね。
 地面から手の先までは4、5メートルといったところかしら。

 あー、確かにこいつも上流の方にいたわ。主に水竜のおやつとして。でもこの個体は、随分とずんぐり太って……いえ、肥えているわね。これほどまで巨体に成長しちゃったら、水竜でも噛み砕けないでしょうね。
 さて、チェックしましょ。

**********
名前:ブルー・ストライクシザー
レベル:43
説明:人が寄り付かない深い森の奥地に潜む大型の蟹。本来の種の大きさを超えており、その巨体は水を飲みにきた猪や熊をも喰らう。その肉は大変美味だが、その価値を知るものはほとんどいない。
**********

「蟹だー!!」
「シラユキ君!?」

 よし狩ろう。すぐ狩ろう。即座に狩ろう。

 蟹に対して今、ものすごく食べたい欲求が顔を出した。
 でもそれは、リアルで好き好んで食べていたとかそういう事ではない。更に言えばリアルで食べた蟹に、あまりいい思い出がない。
 というのも、一緒に食べる相手が居ない中1人でモクモクと食べていた記憶しかないからだ。

 今思えば、1人鍋ほど寂しいものもないわね。寂し過ぎて味がよくわからなかったもん。
 でも今なら家族がいるし、美味しさを分かち合えるはず! だからこそ、食べたい!

「……じゅる」

 おっとヨダレが。

 うーん、でもどうやって倒そうかな。出来る限りその身を傷つけたくないわ。ダメにしたくもない。
 属性的に効果が高いのは雷か、もしくは火ね。火なら調理の手間も省けるけど、爆発系はNGね。せっかくの食材を駄目にしちゃう。

「……君」

 脳天にランスでもぶっさす? いやでも、カニミソがダメになっちゃったら勿体ないわね。正確にはカニミソは脳味噌じゃないけど。
 それじゃあ特大のウォーターボールに丸ごとぶちこんで、高温でジュワっと煮込んじゃいましょうか。ついでに泥抜きもしちゃいましょ。

「シラユキ君!」
「ひゃいっ!?」

 肩を叩かれて飛び上がる。んもう、敏感お肌なんだから、丁寧に扱って欲しいわ。

「す、すまない。長く考え事をしていたようだったのでな。それで、あれは倒せるのかね?」
「勿論です。倒して、それからあれを朝ごはんにしようかと」
「……は? た、食べるのかい!?」

 閣下の驚きが周りへと伝播して行き、周囲からは戸惑いの視線を受ける。まるでゲテモノを喜んで食べる人みたいな、奇特な目で見られている。
 失礼しちゃうわね!

「お、お嬢様……」

 うわ、アリシアからもだった。すごく……いえ、ものすっごく困惑しているわ。
 リリちゃんは食べられるのかママに聞いてるけど、ママは食べられるのかは知らないみたいね。
 リディは「またか……」って顔してるし、イングリットちゃんは何か知らないけどお祈りしてるわ。それ、何に祈ってるの?

「流石にその、巨大蜘蛛を食べるのは……。お願いですから、早まらないでください……!」

 懇願までされた! いや、まぁ蜘蛛に見えなくもないけど。
 ……あれ、ちょっと待って!? 思えばポルトの港に売られていた海産物。蟹……居なかった、わね?? それに烏賊と蛸と海老も、見かけなかったような……。
 もしかして、魚の形していない海産物は、下手物というか海産物扱いされてない?? あ、ありうる。
 思えば貝も見なかったわ。だからどの店にも、貴金属類に真珠や黒真珠が売っていなかったわけね。

 今までアリシアの料理、疑問もなく美味しく頂いていたけど、よくよく考えたらさっきの魚介類、食べた覚えがないわ!! これは一大事ね。

「アリシア」
「はい……」
「食べればわかるわ。絶対美味しいから」

 アリシアの両肩を掴み、目と目を合わせて自信満々に告げる。
 アリシアにはコレが一番効く。

「……お嬢様が、そこまで仰られるのでしたら。た、食べてみます」

 そうと決まればさっさと討伐しましょ。私達がこんなに騒いでいるのに、奴は威嚇のポーズのまま微動だにしない。
 強者の余裕かしら。でもコイツは誰に……何に対して威嚇をしているのかしら? 私とか?

「『職業神殿』。ぽちっとな」
「え、お嬢様?」

 アリシアの職業を『神官』に変えておく。ちょっと今からするのはパワーレベリングに近いものだけど、王都に着く前の餞別と考えればそれでいいや。

『パチン』

 指を鳴らして巨大な水の中に蟹を閉じ込める。

『ギギ!? ギギギギギギ!!』

 慌てて動き出そうとするが、私の魔力水の中で自由に動ける訳が無い。でも暴れられると魔法が解けてしまいかねないので、一気に過熱させる。

『パチン』

『ギイイイイ!!』

 蟹の青みが掛かっていた甲羅は見る見るうちに朱色へと染まり、次第に魔力水の中での抵抗もなくなる。

『パチン』

 魔力水に滲み出た出汁は少し勿体ないが、吐き出させた泥と一緒にその辺に放り捨てる。

「「「!!?」」」

 そして大量に流れる家族のレベルアップ通知。うん、数分の間鳴りやまなかったわ。

 長いので割愛するけど、アリシアは15から21に。ママは17から22に。リリちゃんは11から19に。
 特殊個体だったしようだし、かなり肥え溜めていたわ。その分経験値は多かった様ね。私は上がらなかったけど。

 皆、いいの? って顔してたけど、いいのいいの。って感じで手を振って返しておく。
 そのまま茹で上がった巨大蟹に近付き、匂いを嗅いでみた。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
 ヤバい、顔がにやける。

 ちょうどいい高さにあった脚の1本を、風魔法で切り落とした。そして次に、土魔法で大きめの岩の机を作ってから先程の脚を乗せ、赤く艶やかな甲殻を軽く叩いてみる。

『コンコン』

 熱したことで殻は脆くなっているようだったけど、さすがにそれなりの強さの魔物だけあって、殴るだけでは簡単に割れそうには無かった。なので魔法で切れ込みを入れて両手を使って豪快に開く。

『バキャッ!』

 すると、中から黄金に輝くカニ身が現れた。

「おお……すご」
「蜘蛛の中身は、美しいのですね……。なんだか複雑です」
「もう、アリシア。これは蜘蛛じゃ無いわ。蟹よ。かーにっ」
「か、かに? ですか?」

 初めて聞く単語を噛みしめるような、そんな反応。アリシアですら知らないとは……。ああでも、和国には蟹料理あったわよね。和国に行けば烏賊や蛸料理にも巡り合えるのかも。

「そうよ、とりあえず食べましょ」
「えっ、調理しなくて宜しいのですか?」
「蟹は結局、そのまま茹でた方がシンプルに味わえるの」

 多分だけど。

 アリシアからマイフォークを受け取り、皆が見守る中そのまま特大の切り身を頬張る。出遅れたアリシアも小さめの欠片を口に入れた。

「~~~!」

 濃厚! 噛み締める度に味わい深い汁が出てきて、噛めば噛む程幸せになって行く。
 あまりの衝撃に脳が直接殴られたかのような衝撃を受け、膝から崩れ落ちた。

 魔物の肉。
 だいぶ前に食べたワイルドラビットも美味しかったけれど、この蟹身はそれの比じゃないわ。きっと、強さが増すほどに美味しさの質も跳ね上がるのね。
 なら、この蟹を主食にしている水竜もそうだし、それと同等の下位竜の肉は、一体どれほど美味しいのかしら……! 期待が高まるわ!!
 ああ、白いご飯が欲しい。

 私を心配してママやリリちゃんが駆け寄って来るけど、正直それどころでは無い。隣にいるアリシアですら、私の状態に気付いていないのだから。
 頰は紅潮し、耳はピクピクしているわね。これはアリシアが喜びと驚愕、そして美味しいものを食べた時の詰め合わせ反応ね。
 気に入ってもらえて良かった。リリちゃんやママも、アリシアの反応に気付いたみたいね。

「シラユキ様、お気を確かに!」
「ちょっとシラユキ! どうしたっていうの、その……だらしない顔は」
「はふー、もうこの幸せな気持ちのまま眠りにつきたい気分よ」
「お姉ちゃん達、とっても幸せそうな顔してるの!」
「シラユキちゃん、私達も食べてみて良い?」
「勿論!」

 マイフォークを取り出した2人は、香りを嗅いだ後恐る恐る口へと運んだ。
 一噛みする度に2人の表情がふにゃっとなっていく。うんうん、美味しいもの食べればこうなるわよね。
 それをみていたリディが生唾を飲み込んだ。

「良いのよ、リディやイングリットちゃんも食べて」
「お、美味しそうに見えるけど、でも蜘蛛よ? 食べるのは勇気がいるわ……」
「だから蜘蛛じゃ無いってば。強靭な外骨格の中に美味しい食べ物がいっぱい詰まった、食材の山なのよ!」

 実演するために、風魔法でハサミを切り落とす。

「ほら、このハサミにすらお肉が詰まっているわ。ただ、このハサミは強力だから、油断して捕まれば人間くらい簡単に真っ二つにできるけどね。……あっ、切り口からお汁が。勿体無いわね、ズズズズズズ」

 音を立てて飲んでしまった。ちょっとはしたないけど……美味しいものの前では些細なことよ。いえ、どうせなら蟹を食べる文化がない事を逆手に取って、音を立てて食べるのが普通だとすれば私が恥を掻くことはない。うん、そうしよう。
 食べる文化がないのが悪いのよ。

「お、お嬢様……」
「アリシアも飲んで見る? はしたなくなんてないわ。これがなんだから」
「は、はい。アリシア、行きます! ズゾゾゾ」
「ふふ、良い飲みっぷりね」
「……はふ、とっても美味でございました……」

 ちょっと恥ずかしそうにしながらも、耳は嬉しそうにピコピコしている。アリシアはカワイイわね、ほんと。

「うう、アリシアさんがそこまで言うなら、私も……」

 リディが私の持つハサミへと手を伸ばす。

「あ、ダメよリディ。最初に食べるならそこの脚の身からにしなさい。そこで耐性を付けておかないと、お出汁の美味しさにショック死するわよ」
「そ、そこまで!?」

 アリシアも頷いている。このお出汁は危険だ。蟹を食べたことのない人には食べさせられないほどに。

「閣下も如何です?」
「うむ、頂こう」

 閣下や兵士さん、御者さんにメイドさん。全員に配っても脚は2本しか消費されそうになかった。大きいものね。
 残った胴体や脚は、マジックバッグに収納してしまいましょうか。

 閣下達に蟹身を配っている間、アリシアは巨大なハサミのお出汁を、リリちゃんやママが飲むのを手伝っているようだった。
 確かにちょっとハサミが大きすぎて、2人が持つのではバランスが悪い。だってハサミだけでも、2人の顔より大きいんだもの。

 お出汁を飲んで幸せそうな顔のママに、ちょっと確認してみよう。

「ねえまま、海ではここまで巨大ではないにしろ、蟹は獲れなかったの?」
「ううん、直接漁師さん達の漁について行くことはなかったけれど、この蟹っていう魚? に関しては話を聞いたことならあるわ」

 魚じゃないんだよなぁ……。
 皆、蟹に対する存在をよくわかっていないみたいね。いや、私も上手く説明できる自信は無いけど。

「このハサミで網が切られてしまって、それで獲物の魚に逃げられるって言ってたわ。そういう事だから、漁師さん達からすれば外敵扱いされているわね」
「腹いせに食べてやる! っていう気概のある人は居なかったのね」
「ふふ、そうね。そういう話は聞かないわね」

 まあ、あの海は獲物が尽きることはないらしいから、そこまで意地になって食べなくても食べ物には困らないんでしょうね。
 それにこの世界の蟹は、魔物でなくてもハサミがやたらと強烈だし。取って食うには危ないか。

「なるほど、理解したわ。ポルトの人達はこんな極上の食べ物を知らずに生きて来たのね」
「そうね、ここまで美味しいんだもの。多少の危険を冒しても獲る価値はありそうね」
「あ、でもここまで濃厚なのは、コイツが魔物で特殊個体だからよ。普通の蟹も美味しいけど、ここまでパンチが効いてないわ」
「そうなんですね。しかし蟹ですか……よもや食べ物まで、お嬢様に教えてもらうとは思ってもみませんでした。後程脚の一部をください。何かしら美味しい料理を作ってみせます」
「楽しみにしているわ」

 その後、のんびり起きてきたスピカに魔力水ついでに蟹身を食べさせ、皆でその反応を楽しむのだった。

『とっても美味しそう! 身体を得たら真っ先に食べてみたいわ!』
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