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第2章:鉱山の街シェルリックス編
第051話 『その日、大蚯蚓に出会った』
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リリちゃんと入れ替わりでアリシアがやってくる。
「お嬢様、外のは片付いたのですか?」
「ええ。でもあれは子供みたいなものよ。本体がまだいるわ」
「あれで子供なのですか!?」
長生きしたアリシアでもマンイーターは初めて見たようね。やっぱり、アレが人里にいるのは珍しい事みたいで安心したわ。アレが現れるのは当たり前のような反応をされたらどうしようかと思ったわ。
「とりあえず外にいる連中からは素材を回収しておきたいの。手伝ってくれる?」
「仰せのままに」
私はアリシアを連れ立ってテントの外に出た。『ライトボール』で照らされた醜悪な魔物達の亡骸に、アリシアはちょっとビビったみたい。こっそりと私の袖を掴んでるわ。……無意識なのかも。カワイイわね。
アリシアはいつもスマしてて怖いものはなさそうだけど、蟲はねぇ……生理的にキツイわよね。
「し、死んでるんですよね?」
「ええ。全員首を落としたわ。それに『探査』に反応がないでしょ? つまり死体よ。スキルは嘘を吐(つ)かないわ」
スキルを騙してくる敵もいるが。今は安心させてあげよう。
「……わかりました。ではこいつらの討伐証はなんでしょうか」
「わかんないわ」
「わ、わかんない……ですか」
「基本的に辺境に住む魔物だもの。ギルドで定められているかも怪しいわ。一応頭を切り落としたからそれを丸ごと持って帰りましょう」
「畏まりました」
アリシアはマジックバッグに頭を詰め込み始めた。一度相手を素材と見なすと、あとは怖がらないのよね、アリシアって。
「あと、今日掘った鉱石類とテラーコングの手だけど、圧迫するからマジックテント内のコンテナに全部預けておいて」
「はい」
マンイーターの成体を持ち上げ、ひっくり返す。ブヨブヨしてて気持ち悪いが、我慢だ我慢。
この体躯だと、恐らく体重は数百キロはくだらないだろう。それを軽々と持ち上げられるのもこのステータスのおかげね。
「『ウィンドソード』」
……最近魔法剣が便利すぎて、『始まりの剣』をまるで使ってないわね。ファッションアイテムと化してる気がするわ。
風の魔法剣で腹を掻っ捌く。中から胃袋やらどどめ色というか、得体の知れない青っぽい液体が流れて来た。キモイ!
「ヒェ……『浄化』『浄化』!」
本来は1回で良いのだが、気分的に我慢出来なかった。私が認識する汚れが取り除かれ、胃袋だけが出てきている状態となった。
『浄化』の効果か、キラキラ光ってる気がする。胃袋なのに。
「目当ての素材はこの胃袋と、その中身よ。こいつらは魔力のある物なら何でもかんでも取り込むわ。強い魔力を持っている人間は巣に持って帰る習性があるみたいだけど、そうでないものは基本的にその場で食べるの。そしてその中には鉱石類も含まれているわ」
「なるほど、力のある鉱石ならば消化されずに残っている可能性があると」
「そういうことよ。あと、たまに人骨とかも出たりするかもね」
「……」
アリシアの顔が若干引きつる。まあそうよね、私も正直出てきてほしくはない。
でも、名前からしてマンイーターだしなぁ……。
中の清掃は一度にやることにして、他の幼生体のマンイーター達から胃袋を摘出した。そしてそれを1カ所に集めた。
そして覚悟を決め、中の物をぶちまける。胃袋自体も素材として活用するので切り口は小さめだ。
「「……ほっ」」
幸い人の死骸はなかった。魔物の死骸らしきものは山ほど出てきたが。それに隠れるようにいくつかの鉱石が見つかった。
「『浄化』、と。さあて、お宝はあるかしら」
死骸や胃液やら、謎の液体やらを全て『浄化』で塵へと変換し、鉱石を並べていく。
「鉄が少々、黒鉄にミスリル、白金もあるわね。うんうん、豊作豊作」
「おお、希少な鉱石が沢山……」
「『探査』……ふふっ、ほら見てアリシア。ここら一帯、ミスリルや白金が沢山あるわよ」
店では見られなかった鉱石類を初めて認識したことで、『探査』の情報が更新された。
MAPデータを広げ、表面上に見える範囲だけでも、良質な鉱石が無数にあることが分かる。ママの本職『探査』ならいったいどれだけ見つかる事やら。
「本当ですね! かなり下へと降りましたし、地層が違うのでしょうね」
「そしてここ。いるでしょう? 大量のマンイーターが1体の赤点を囲うように広がっている。恐らくここが巣で、中央のコイツが親でしょうね」
リリちゃんが連れて行かれそうになっていた方向の広間には、数えるのが億劫なほどの赤点があった。
ほとんどが幼生なのだが、成体も混じっている。
「うっ……すごい数ですね。これらが全て活動を始めたら、大変な事になりますよ」
「テラーコング騒動が可愛く見える事になるでしょうね。こんなのが長い間、この地に眠っていたなんて」
もしかしたら、元の世界でも隠しボスとして存在していたのかも。
さて、雑談はこのくらいにして、本題に移りましょうか。
「さて、アリシア。いくつか伝達事項があるわ。よく聞いてね」
「拝聴します」
「私は今からマンイーターを殲滅してくるわ。あなたはまず、ママにこの鉱石類を見せたら、胃袋を含めて素材は全てコンテナに収納。直近で必要なさそうなものもね。その後は3人でテント内で待機。ママの『探査』で状況を見つつ、巣から敵の反応が無くなったら拠点を撤収して私のところまで3人で来なさい」
「畏まりました。こいつらの死骸はどうなさいますか?」
「洞窟内で燃やすわけにもいかないし、このまま放置で良いわ。暇なら『浄化』の練習に使っても良いんじゃない?」
「畏まりました、お嬢様。お気をつけて……んっ」
アリシアを抱きしめ、長めのキスをする。やる気充填! よし、頑張るわ!
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
巣に向かう道中、人が全く寄り付かなかった結果だろう。大量の魔獣が出迎えてくれた。
その姿形からしてリリちゃんを襲った連中だろう。どうみても上層の強力版ばかりだ。
**********
名前:ブラックバット
レベル:15
説明:廃鉱山に住う真っ黒なコウモリ。暗闇に身を隠し、背景と同化している為発見が困難。また、集団で襲いかかってくるため大変危険。集団で羽ばたくことで位置を特定させず、対象を混乱状態に陥らせる事がある。音に敏感。
**********
名前:ブラックマンティス
レベル:16
説明:廃鉱山に住む真っ黒なカマキリ。ブラックバットを主食としているが人間も食べる。両腕に生えた鎌を擦り合わせ、その音で対象を恐怖状態に陥らせる事がある。要駆除対象。音に敏感。
**********
名前:ブラックマウス
レベル:12
説明:廃鉱山に住む真っ黒なネズミ。集団戦を得意とし、ブラックバットやブラックマンティスとは常に食い合いをしている。音と匂いに敏感。
**********
廃鉱山、ね。ここまで地下に降りたんだもの、アリシアは地層が異なる可能性を挙げていたけれど、別の鉱山の可能性もあったか。その発想は無かったわね。
となると、出口の場所もきっと別にあるってことになるのよね。塞がれていればこじ開ければいいし。安心して掘り進めるためにも、元凶である奴らは根絶する必要がある。
本来であれば素材の為にもコイツらは丁寧に倒すところなのだが、素材をいちいち回収するほど時間に余裕はない。
マンイーター達は私の行動で、長い眠りから目覚めてしまった可能性がある。まだ全てが目覚めているわけではないのかもしれないが、奴らがもしも全て目覚めたら暴食の限りを尽くすだろう。そうなっては鉱山の素材は食い尽くされ、街にも現れかねない。
タイムリミットがわからない以上、急いでいく必要があるが、可能な限り敵は有効活用もしたい。魔法の行使は……さっき使っちゃったけど、ここからは抑えていかなきゃね。だからここは、先程出番がないと考えていた『始まりの剣』の出番であった。
最近戦闘に関してはもっぱらママとリリちゃんの母娘ペアに任せっきりで鬱憤が溜まっていた。しかし参加するにしても、魔法のスキルは今のレベルではカンストしているため、これ以上成長のしようが無い。正直言って暇だった。
しかし今回は剣スキルを上げるには絶好の機会。何故なら敵を丁寧に倒す必要がこれっぽっちもないのだから。……これからは素振りを日課に加え入れることを検討しようかなぁ。
襲いかかる敵を剣で斬り払う。殴りつける。打ち落とす。ホームランする。回転斬りする。叩きつける。串刺しにしてぶん回す。
うーん、雑に倒すのも楽しいわね。ダンジョンなら消し炭にしても宝箱から素材が出るから好きに倒せるけど、外だとどうしても素材が勿体なく感じて、魔法で綺麗に倒したくなるのよね。ただコイツらは、マンイーターを殲滅した後、改めて脱出する際にいくらでも狩ることになるだろう。素材はきっと余り出すわよね。
どれだけ殺しても向こうから襲いかかってくる。コイツらに高度な知性が無いのか、恐怖という感情がないのかしら。それともマンイーター達が動き回って興奮している? 何にせよ、わざわざ死にに来るなんて、哀れな連中ね。
「暴れるのってキモチー!」
暫く殲滅劇を楽しんでいたところで、敵の猛襲が途切れる。ここまで無双してきたけど、武器スキルは上がれど職業レベルは上がらなかった。先が思いやられるわねぇ。
そして『探査』の反応から見て、今いる通路を越えた先が、ゴールであることが分かった。
「ここが奴らの巣ね」
巣の中を見てみようと覗き込むと、そこは『ライトボール』の必要がないほどに明かりに満ちていた。部屋の明かりとなっているのは、ミスリルの原石達だ。地面や壁、天井から結晶化した鉱石が生えていて、光を放っている。部屋の高さは10メートル以上あり、奥行きも広すぎて計り知れない。
「……綺麗ね。観光地になりそうじゃない? ……奴らがいなければ」
その景色を邪魔する存在もまた、異様な程に存在感を発していた。それは見た目が醜悪だとか、周囲の魔物より強そうだという感覚もあるのだが、そんな事が些細に思えるほどにデカかった。いったいどれだけ長生きすればここまで巨大になれるというのか。
メートルで大きさを測るのも億劫になる巨大さだ。例えるならそうね……シロナガスクジラが目の前で眠ってるくらいにはインパクトがあるかしら。もしかしたらそれ以上かも。いったい何トンあるやら。
**********
名前:ピシャーチャ【ネームド】
レベル:68
説明:数千年の時を生きる伝説の怪物。生まれた時から魔力を喰らい、他者を喰らい、仲間すらも喰らい続けた。周囲に魔力が溢れるたびに目を覚まし、魔力源を喰らい尽くしては眠りについている。その周期は数百年ごとであると言われている。休眠の際に卵を無数に産み、次の目覚めの際に子を食らう事で魔力を回収する。蓄え続けた膨大な魔力は土の属性を帯び、行き場をなくして常に漏れ出ている。その力は鉱石を生み出し、目覚めればそれを喰らうというサイクルを繰り返している。
**********
「ネームド……!」
魔物の中でも名を冠した魔物は、その危険性から得られる経験値も本来よりも数倍高くなるよう設計されており、ドロップアイテムも専用の物が用意されている事がある。
しかしその分、ステータスに強力な補正がかかっており、HPに至っては本来の3倍以上となっているため長期戦は免れない。また、魔法の行使が可能となり、本来行わない行動パターンの追加など討伐に苦労するようになっている。
その上、属性に対する耐性すら持ち合わせている。レベル1~40は耐性1つ。41~60は耐性2つ。61~75は耐性3つ。76~90は耐性4つ。91~100は耐性5つ。しかも残った属性は弱点である保証もない。
……それにしてもこの大きさで、このレベル。ラスボスの魔王より強くないかしら? いわゆる裏ボスってやつね。
今のステータスなら魔王は倒せてもコイツは、正直ちょっと厳しいかもしれないわ。しかも目覚めたら同族を食べて成長するんでしょ? やばすぎない?
「いえ、先に雑魚を私の経験値に変えてしまえば問題ないわね。むしろワンチャン私のレベルが上がれば余裕が出来るかも? ……アリね。それに私の行動で目覚めたわけではないみたいね。どちらかというと活動していた個体が寄ってきただけみたい」
ピシャーチャを囲むように、マンイーターの卵、幼体、成体が部屋の外周部に並んでいる。どいつもこいつも休眠しているのか動く気配がない。
私の行動でこいつらも目を覚ましていたとしたらヤバかったわ。土の魔力が好物みたいだし、もっと大規模な魔法を使っていたら一巻の終わりだったわね。それこそ……ん? 土の魔力って、最近見たような……。
……やっぱりあの坊ちゃんが戦犯だった!? よし、帰ったらこいつらの死体を突き出して反省させてやらなきゃ。
「さて、余計な事はこの辺りにして、どうやってこいつらを倒すのかを考えないとね。……というかマンイーターって、目がないから寝てるのかいまいち判りにくいわね」
近づいて頭を落とす? ダメね。眠りの深さが分からない以上近づいたら目覚めるかも。それに殺すためには魔法が必要になる。物理で攻撃して、確殺出来る自信がないわ。あのブヨブヨの皮膚……物理に対して耐性があったはず。そして魔法を使えば周囲の連中が目覚めるわ。
遠距離からチマチマと倒す? これも同じ理由でダメね。それに、トドメをさせずに起きた連中が私を襲う分には問題ないけれど、周囲に散ってしまったら追撃が困難だわ。土の中はこいつらの土俵。危険は冒せない。
となれば……広範囲魔法で一気に殺しきるしかないか。ピシャーチャへの先制は出来なくなるけれど、それはもう仕方がないわ。諦めましょう。
「この部屋全体を対象にして、なおかつミスリルをダメにしない方法となれば……氷プラス氷の『結合魔法』かな」
ピシャーチャも巻き込むか考えたけど、耐性を考えたらやめておくべきね。
耐性にも種類があり、『半減』『無効化』『吸収』だ。『半減』と『無効化』はまだ良い。無尽蔵の魔力が減るだけで大して痛くはない。ただ、『吸収』は本当に厄介だ。
文字通り攻撃魔法の魔力を吸うため、回復してしまう。その上、魔力を糧とするタイプの魔物に吸われた場合、最悪レベルが上がってしまう事がある。ただでさえ強い魔物がさらに強力になるのだ。弱い個体にわざと吸わせて、経験値を上昇させ狩る手法もあるが、ボスにそれをするのは自殺行為だ。
ピシャーチャのレベルからして耐性の数は3つ。3つが全部吸収とは限らないが、あまりにもリスキーすぎる。耐性がわからない相手に強力な魔法は使わない。ネームド戦における鉄則である。
『WoE』で戦ったことのあるボスは把握しているけれど、ピシャーチャは戦ったことがないので情報がないのよね。ただ、土属性は確実に『吸収』だろう。
仕方ない。諦めて周りの掃除をしよう。両手に氷の魔力を纏い、力を籠めていく。
強い魔力が両手に宿ったことで、感知したマンイーター達が『むくり』と起き上がり、こちらに顔を向ける。顔と言っても口しかないのだが。
内側に何重にも歯がビッシリと生え、剥き出しになった口が、いくつもこちらに向けられている光景というのは、中々に恐怖を覚える光景だ。正直夢に見そう。
ワンテンポ遅れて、ピシャーチャもゆっくり頭を上げ始めた。デカイから動きが緩慢に見えるが、存在感は圧倒的だ。
数百年ぶりの寝起きで、こいつが寝ぼけている間に決着をつけなければ。
「さあ、凍てつきなさい! 『結合魔法』『氷結の棺』!」
こちらへ食らいつこうと動き始めたマンイーター達が凍り付く。卵も、幼生も、成体も全てが凍り付いた。
死んでしまえば、その体に宿った魔力は全て経験値へと変わり、私に食らいつくされる!
その事実に気付いたのか、ピシャーチャが怒り狂ったように吠えた。
『GYOAAAAA!!』
『状態異常『発狂』レジスト』
『状態異常『恐慌』レジスト』
『状態異常『恐怖』レジスト』
『状態異常『絶望』レジスト失敗。魔法効果により無効化されました。デバフアーマーは効果を失いました』
『状態異常『混乱』レジスト』
『状態異常『眩暈』レジスト』
危なっ!? このステータスで貫通してくるとか、ほんと化け物みたいね。
しかも何よこのデバフの数。ただの咆哮でこれはヤバすぎるでしょ!?
しかも洞窟内を反響するほどの大音量。状態異常じゃないけど耳が痛いわ!
「『デバフアーマー』『探査』」
防壁を張り直し、ピシャーチャの動きを警戒しつつマンイーター達の反応を見る。
赤い点が徐々に減っていっている。このまま時間が経てば死滅しそうね。凍り付いてもしぶとく生きているのは成体の連中みたいね。
『GYIAA!!』
まだ生き残りが居る事に気付いたのか、ピシャーチャが成体の下へと這っていく。って動きはや!
「させないわ、『ゲイルランス』!」
風魔法スキル65、ランスシリーズの強化版だ。突風を纏った風の槍が、瞬時にマンイーターの頭を捉え粉砕する。
着弾した瞬間籠められた風のエネルギーが爆発し、周囲に突風が巻き起こる。そんな突風の中、ピシャーチャは茫然と立ち尽くしていた。
あの突風に攻撃性能はない。風の力に怯んだ? 少なくとも吸収や無効化の反応なら構わず突っ込むはず。
いえ、氷には構わず突っ込んでいた。氷は耐性持ちだ! 『探査』から反応が無くなった順に氷魔法を解いていく。
「とにかく、風なら安全ってことね! 再起動される前に殲滅させるわ! 『ゲイルランス』!」
次々と凍り付いたマンイーターの頭部を粉砕し、『探査』の反応を1つ1つ潰していく。最後のマンイーターを殺しつくしたところでシステムメッセージが聞こえてきた。今はソロのようなものだ。ボスとの戦闘中でも、経験値は入ってくる!
『レベルが9になりました。各種上限が上昇しました』
「よし!」
『やっちゃえマスター!』
「お嬢様、外のは片付いたのですか?」
「ええ。でもあれは子供みたいなものよ。本体がまだいるわ」
「あれで子供なのですか!?」
長生きしたアリシアでもマンイーターは初めて見たようね。やっぱり、アレが人里にいるのは珍しい事みたいで安心したわ。アレが現れるのは当たり前のような反応をされたらどうしようかと思ったわ。
「とりあえず外にいる連中からは素材を回収しておきたいの。手伝ってくれる?」
「仰せのままに」
私はアリシアを連れ立ってテントの外に出た。『ライトボール』で照らされた醜悪な魔物達の亡骸に、アリシアはちょっとビビったみたい。こっそりと私の袖を掴んでるわ。……無意識なのかも。カワイイわね。
アリシアはいつもスマしてて怖いものはなさそうだけど、蟲はねぇ……生理的にキツイわよね。
「し、死んでるんですよね?」
「ええ。全員首を落としたわ。それに『探査』に反応がないでしょ? つまり死体よ。スキルは嘘を吐(つ)かないわ」
スキルを騙してくる敵もいるが。今は安心させてあげよう。
「……わかりました。ではこいつらの討伐証はなんでしょうか」
「わかんないわ」
「わ、わかんない……ですか」
「基本的に辺境に住む魔物だもの。ギルドで定められているかも怪しいわ。一応頭を切り落としたからそれを丸ごと持って帰りましょう」
「畏まりました」
アリシアはマジックバッグに頭を詰め込み始めた。一度相手を素材と見なすと、あとは怖がらないのよね、アリシアって。
「あと、今日掘った鉱石類とテラーコングの手だけど、圧迫するからマジックテント内のコンテナに全部預けておいて」
「はい」
マンイーターの成体を持ち上げ、ひっくり返す。ブヨブヨしてて気持ち悪いが、我慢だ我慢。
この体躯だと、恐らく体重は数百キロはくだらないだろう。それを軽々と持ち上げられるのもこのステータスのおかげね。
「『ウィンドソード』」
……最近魔法剣が便利すぎて、『始まりの剣』をまるで使ってないわね。ファッションアイテムと化してる気がするわ。
風の魔法剣で腹を掻っ捌く。中から胃袋やらどどめ色というか、得体の知れない青っぽい液体が流れて来た。キモイ!
「ヒェ……『浄化』『浄化』!」
本来は1回で良いのだが、気分的に我慢出来なかった。私が認識する汚れが取り除かれ、胃袋だけが出てきている状態となった。
『浄化』の効果か、キラキラ光ってる気がする。胃袋なのに。
「目当ての素材はこの胃袋と、その中身よ。こいつらは魔力のある物なら何でもかんでも取り込むわ。強い魔力を持っている人間は巣に持って帰る習性があるみたいだけど、そうでないものは基本的にその場で食べるの。そしてその中には鉱石類も含まれているわ」
「なるほど、力のある鉱石ならば消化されずに残っている可能性があると」
「そういうことよ。あと、たまに人骨とかも出たりするかもね」
「……」
アリシアの顔が若干引きつる。まあそうよね、私も正直出てきてほしくはない。
でも、名前からしてマンイーターだしなぁ……。
中の清掃は一度にやることにして、他の幼生体のマンイーター達から胃袋を摘出した。そしてそれを1カ所に集めた。
そして覚悟を決め、中の物をぶちまける。胃袋自体も素材として活用するので切り口は小さめだ。
「「……ほっ」」
幸い人の死骸はなかった。魔物の死骸らしきものは山ほど出てきたが。それに隠れるようにいくつかの鉱石が見つかった。
「『浄化』、と。さあて、お宝はあるかしら」
死骸や胃液やら、謎の液体やらを全て『浄化』で塵へと変換し、鉱石を並べていく。
「鉄が少々、黒鉄にミスリル、白金もあるわね。うんうん、豊作豊作」
「おお、希少な鉱石が沢山……」
「『探査』……ふふっ、ほら見てアリシア。ここら一帯、ミスリルや白金が沢山あるわよ」
店では見られなかった鉱石類を初めて認識したことで、『探査』の情報が更新された。
MAPデータを広げ、表面上に見える範囲だけでも、良質な鉱石が無数にあることが分かる。ママの本職『探査』ならいったいどれだけ見つかる事やら。
「本当ですね! かなり下へと降りましたし、地層が違うのでしょうね」
「そしてここ。いるでしょう? 大量のマンイーターが1体の赤点を囲うように広がっている。恐らくここが巣で、中央のコイツが親でしょうね」
リリちゃんが連れて行かれそうになっていた方向の広間には、数えるのが億劫なほどの赤点があった。
ほとんどが幼生なのだが、成体も混じっている。
「うっ……すごい数ですね。これらが全て活動を始めたら、大変な事になりますよ」
「テラーコング騒動が可愛く見える事になるでしょうね。こんなのが長い間、この地に眠っていたなんて」
もしかしたら、元の世界でも隠しボスとして存在していたのかも。
さて、雑談はこのくらいにして、本題に移りましょうか。
「さて、アリシア。いくつか伝達事項があるわ。よく聞いてね」
「拝聴します」
「私は今からマンイーターを殲滅してくるわ。あなたはまず、ママにこの鉱石類を見せたら、胃袋を含めて素材は全てコンテナに収納。直近で必要なさそうなものもね。その後は3人でテント内で待機。ママの『探査』で状況を見つつ、巣から敵の反応が無くなったら拠点を撤収して私のところまで3人で来なさい」
「畏まりました。こいつらの死骸はどうなさいますか?」
「洞窟内で燃やすわけにもいかないし、このまま放置で良いわ。暇なら『浄化』の練習に使っても良いんじゃない?」
「畏まりました、お嬢様。お気をつけて……んっ」
アリシアを抱きしめ、長めのキスをする。やる気充填! よし、頑張るわ!
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
巣に向かう道中、人が全く寄り付かなかった結果だろう。大量の魔獣が出迎えてくれた。
その姿形からしてリリちゃんを襲った連中だろう。どうみても上層の強力版ばかりだ。
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名前:ブラックバット
レベル:15
説明:廃鉱山に住う真っ黒なコウモリ。暗闇に身を隠し、背景と同化している為発見が困難。また、集団で襲いかかってくるため大変危険。集団で羽ばたくことで位置を特定させず、対象を混乱状態に陥らせる事がある。音に敏感。
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名前:ブラックマンティス
レベル:16
説明:廃鉱山に住む真っ黒なカマキリ。ブラックバットを主食としているが人間も食べる。両腕に生えた鎌を擦り合わせ、その音で対象を恐怖状態に陥らせる事がある。要駆除対象。音に敏感。
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名前:ブラックマウス
レベル:12
説明:廃鉱山に住む真っ黒なネズミ。集団戦を得意とし、ブラックバットやブラックマンティスとは常に食い合いをしている。音と匂いに敏感。
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廃鉱山、ね。ここまで地下に降りたんだもの、アリシアは地層が異なる可能性を挙げていたけれど、別の鉱山の可能性もあったか。その発想は無かったわね。
となると、出口の場所もきっと別にあるってことになるのよね。塞がれていればこじ開ければいいし。安心して掘り進めるためにも、元凶である奴らは根絶する必要がある。
本来であれば素材の為にもコイツらは丁寧に倒すところなのだが、素材をいちいち回収するほど時間に余裕はない。
マンイーター達は私の行動で、長い眠りから目覚めてしまった可能性がある。まだ全てが目覚めているわけではないのかもしれないが、奴らがもしも全て目覚めたら暴食の限りを尽くすだろう。そうなっては鉱山の素材は食い尽くされ、街にも現れかねない。
タイムリミットがわからない以上、急いでいく必要があるが、可能な限り敵は有効活用もしたい。魔法の行使は……さっき使っちゃったけど、ここからは抑えていかなきゃね。だからここは、先程出番がないと考えていた『始まりの剣』の出番であった。
最近戦闘に関してはもっぱらママとリリちゃんの母娘ペアに任せっきりで鬱憤が溜まっていた。しかし参加するにしても、魔法のスキルは今のレベルではカンストしているため、これ以上成長のしようが無い。正直言って暇だった。
しかし今回は剣スキルを上げるには絶好の機会。何故なら敵を丁寧に倒す必要がこれっぽっちもないのだから。……これからは素振りを日課に加え入れることを検討しようかなぁ。
襲いかかる敵を剣で斬り払う。殴りつける。打ち落とす。ホームランする。回転斬りする。叩きつける。串刺しにしてぶん回す。
うーん、雑に倒すのも楽しいわね。ダンジョンなら消し炭にしても宝箱から素材が出るから好きに倒せるけど、外だとどうしても素材が勿体なく感じて、魔法で綺麗に倒したくなるのよね。ただコイツらは、マンイーターを殲滅した後、改めて脱出する際にいくらでも狩ることになるだろう。素材はきっと余り出すわよね。
どれだけ殺しても向こうから襲いかかってくる。コイツらに高度な知性が無いのか、恐怖という感情がないのかしら。それともマンイーター達が動き回って興奮している? 何にせよ、わざわざ死にに来るなんて、哀れな連中ね。
「暴れるのってキモチー!」
暫く殲滅劇を楽しんでいたところで、敵の猛襲が途切れる。ここまで無双してきたけど、武器スキルは上がれど職業レベルは上がらなかった。先が思いやられるわねぇ。
そして『探査』の反応から見て、今いる通路を越えた先が、ゴールであることが分かった。
「ここが奴らの巣ね」
巣の中を見てみようと覗き込むと、そこは『ライトボール』の必要がないほどに明かりに満ちていた。部屋の明かりとなっているのは、ミスリルの原石達だ。地面や壁、天井から結晶化した鉱石が生えていて、光を放っている。部屋の高さは10メートル以上あり、奥行きも広すぎて計り知れない。
「……綺麗ね。観光地になりそうじゃない? ……奴らがいなければ」
その景色を邪魔する存在もまた、異様な程に存在感を発していた。それは見た目が醜悪だとか、周囲の魔物より強そうだという感覚もあるのだが、そんな事が些細に思えるほどにデカかった。いったいどれだけ長生きすればここまで巨大になれるというのか。
メートルで大きさを測るのも億劫になる巨大さだ。例えるならそうね……シロナガスクジラが目の前で眠ってるくらいにはインパクトがあるかしら。もしかしたらそれ以上かも。いったい何トンあるやら。
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名前:ピシャーチャ【ネームド】
レベル:68
説明:数千年の時を生きる伝説の怪物。生まれた時から魔力を喰らい、他者を喰らい、仲間すらも喰らい続けた。周囲に魔力が溢れるたびに目を覚まし、魔力源を喰らい尽くしては眠りについている。その周期は数百年ごとであると言われている。休眠の際に卵を無数に産み、次の目覚めの際に子を食らう事で魔力を回収する。蓄え続けた膨大な魔力は土の属性を帯び、行き場をなくして常に漏れ出ている。その力は鉱石を生み出し、目覚めればそれを喰らうというサイクルを繰り返している。
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「ネームド……!」
魔物の中でも名を冠した魔物は、その危険性から得られる経験値も本来よりも数倍高くなるよう設計されており、ドロップアイテムも専用の物が用意されている事がある。
しかしその分、ステータスに強力な補正がかかっており、HPに至っては本来の3倍以上となっているため長期戦は免れない。また、魔法の行使が可能となり、本来行わない行動パターンの追加など討伐に苦労するようになっている。
その上、属性に対する耐性すら持ち合わせている。レベル1~40は耐性1つ。41~60は耐性2つ。61~75は耐性3つ。76~90は耐性4つ。91~100は耐性5つ。しかも残った属性は弱点である保証もない。
……それにしてもこの大きさで、このレベル。ラスボスの魔王より強くないかしら? いわゆる裏ボスってやつね。
今のステータスなら魔王は倒せてもコイツは、正直ちょっと厳しいかもしれないわ。しかも目覚めたら同族を食べて成長するんでしょ? やばすぎない?
「いえ、先に雑魚を私の経験値に変えてしまえば問題ないわね。むしろワンチャン私のレベルが上がれば余裕が出来るかも? ……アリね。それに私の行動で目覚めたわけではないみたいね。どちらかというと活動していた個体が寄ってきただけみたい」
ピシャーチャを囲むように、マンイーターの卵、幼体、成体が部屋の外周部に並んでいる。どいつもこいつも休眠しているのか動く気配がない。
私の行動でこいつらも目を覚ましていたとしたらヤバかったわ。土の魔力が好物みたいだし、もっと大規模な魔法を使っていたら一巻の終わりだったわね。それこそ……ん? 土の魔力って、最近見たような……。
……やっぱりあの坊ちゃんが戦犯だった!? よし、帰ったらこいつらの死体を突き出して反省させてやらなきゃ。
「さて、余計な事はこの辺りにして、どうやってこいつらを倒すのかを考えないとね。……というかマンイーターって、目がないから寝てるのかいまいち判りにくいわね」
近づいて頭を落とす? ダメね。眠りの深さが分からない以上近づいたら目覚めるかも。それに殺すためには魔法が必要になる。物理で攻撃して、確殺出来る自信がないわ。あのブヨブヨの皮膚……物理に対して耐性があったはず。そして魔法を使えば周囲の連中が目覚めるわ。
遠距離からチマチマと倒す? これも同じ理由でダメね。それに、トドメをさせずに起きた連中が私を襲う分には問題ないけれど、周囲に散ってしまったら追撃が困難だわ。土の中はこいつらの土俵。危険は冒せない。
となれば……広範囲魔法で一気に殺しきるしかないか。ピシャーチャへの先制は出来なくなるけれど、それはもう仕方がないわ。諦めましょう。
「この部屋全体を対象にして、なおかつミスリルをダメにしない方法となれば……氷プラス氷の『結合魔法』かな」
ピシャーチャも巻き込むか考えたけど、耐性を考えたらやめておくべきね。
耐性にも種類があり、『半減』『無効化』『吸収』だ。『半減』と『無効化』はまだ良い。無尽蔵の魔力が減るだけで大して痛くはない。ただ、『吸収』は本当に厄介だ。
文字通り攻撃魔法の魔力を吸うため、回復してしまう。その上、魔力を糧とするタイプの魔物に吸われた場合、最悪レベルが上がってしまう事がある。ただでさえ強い魔物がさらに強力になるのだ。弱い個体にわざと吸わせて、経験値を上昇させ狩る手法もあるが、ボスにそれをするのは自殺行為だ。
ピシャーチャのレベルからして耐性の数は3つ。3つが全部吸収とは限らないが、あまりにもリスキーすぎる。耐性がわからない相手に強力な魔法は使わない。ネームド戦における鉄則である。
『WoE』で戦ったことのあるボスは把握しているけれど、ピシャーチャは戦ったことがないので情報がないのよね。ただ、土属性は確実に『吸収』だろう。
仕方ない。諦めて周りの掃除をしよう。両手に氷の魔力を纏い、力を籠めていく。
強い魔力が両手に宿ったことで、感知したマンイーター達が『むくり』と起き上がり、こちらに顔を向ける。顔と言っても口しかないのだが。
内側に何重にも歯がビッシリと生え、剥き出しになった口が、いくつもこちらに向けられている光景というのは、中々に恐怖を覚える光景だ。正直夢に見そう。
ワンテンポ遅れて、ピシャーチャもゆっくり頭を上げ始めた。デカイから動きが緩慢に見えるが、存在感は圧倒的だ。
数百年ぶりの寝起きで、こいつが寝ぼけている間に決着をつけなければ。
「さあ、凍てつきなさい! 『結合魔法』『氷結の棺』!」
こちらへ食らいつこうと動き始めたマンイーター達が凍り付く。卵も、幼生も、成体も全てが凍り付いた。
死んでしまえば、その体に宿った魔力は全て経験値へと変わり、私に食らいつくされる!
その事実に気付いたのか、ピシャーチャが怒り狂ったように吠えた。
『GYOAAAAA!!』
『状態異常『発狂』レジスト』
『状態異常『恐慌』レジスト』
『状態異常『恐怖』レジスト』
『状態異常『絶望』レジスト失敗。魔法効果により無効化されました。デバフアーマーは効果を失いました』
『状態異常『混乱』レジスト』
『状態異常『眩暈』レジスト』
危なっ!? このステータスで貫通してくるとか、ほんと化け物みたいね。
しかも何よこのデバフの数。ただの咆哮でこれはヤバすぎるでしょ!?
しかも洞窟内を反響するほどの大音量。状態異常じゃないけど耳が痛いわ!
「『デバフアーマー』『探査』」
防壁を張り直し、ピシャーチャの動きを警戒しつつマンイーター達の反応を見る。
赤い点が徐々に減っていっている。このまま時間が経てば死滅しそうね。凍り付いてもしぶとく生きているのは成体の連中みたいね。
『GYIAA!!』
まだ生き残りが居る事に気付いたのか、ピシャーチャが成体の下へと這っていく。って動きはや!
「させないわ、『ゲイルランス』!」
風魔法スキル65、ランスシリーズの強化版だ。突風を纏った風の槍が、瞬時にマンイーターの頭を捉え粉砕する。
着弾した瞬間籠められた風のエネルギーが爆発し、周囲に突風が巻き起こる。そんな突風の中、ピシャーチャは茫然と立ち尽くしていた。
あの突風に攻撃性能はない。風の力に怯んだ? 少なくとも吸収や無効化の反応なら構わず突っ込むはず。
いえ、氷には構わず突っ込んでいた。氷は耐性持ちだ! 『探査』から反応が無くなった順に氷魔法を解いていく。
「とにかく、風なら安全ってことね! 再起動される前に殲滅させるわ! 『ゲイルランス』!」
次々と凍り付いたマンイーターの頭部を粉砕し、『探査』の反応を1つ1つ潰していく。最後のマンイーターを殺しつくしたところでシステムメッセージが聞こえてきた。今はソロのようなものだ。ボスとの戦闘中でも、経験値は入ってくる!
『レベルが9になりました。各種上限が上昇しました』
「よし!」
『やっちゃえマスター!』
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