美味しい契約

熊井けなこ

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二章

8 キンパ

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隣で寝息を立て、シーツの波に埋もれている身体。

こんなに俺に溺れていればいいのに。

間接照明だけの淡い視界で、高揚した気持ちを少しずつ落ち着かせる。


持ち主の意識はなくても、しなやかで柔らかな肌とふっくりした唇、スマートなラインの眉と鼻、濡れた睫毛…いろんなパーツに見入ってしまう。

顔だけじゃない。
整ったバランスは身体の細部まで。
モデル体系で、広い肩幅。
その肩を震わせて思い切り顔を崩して笑うジン。

なんだか俺もその笑い方が移ったみたい。
だって困る。
ジンが可愛くて愛しくて…

大切な人を亡くした痛みが癒えてない俺は、もし急に会えなくなったらって偶に不安が押し寄せてくるし…

いや…ホント…
ただ……好きで………



ジン。

奇跡だよ。


俺と君のバランスは。

毎日愛し合える事は。


毎日浮かれ過ぎていてすぐには君の不安に気付けないけど…

"僕じゃなくても"
"別の人と契約"

出会いを不安になってたり、自分に自信を無くしてたり、……そんなのお互い様。


ジンを見つけた動画。
会う前に見た幾つかの動画。
…沢山見た。ホント沢山なんだけど?数えておけば良かった。
実際の数を知ったらどれだけ会いたかったか、伝わるかな。

ジンに迫るのが俺じゃなければ"蹴り飛ばす"?
…ほんとに?信じちゃうよ?
優しいジンがそんな事想像出来ないけど、そう言ってくれるだけで嬉しい。


もっといろんな…どんなジンも見せて欲しい。
まだ柔らかい俺達の足場は段々と固めていけばいい。
どんどん不安を俺にぶつければいい。
見せて。
教えて。
言われなきゃ気付けない事もあるから。

ジンの事なら理解出来るから。





ぷにぷにと唇を軽くつつくと、甘い吐息が漏れる。

「………ぅん………」

「………かわいい……
不安になっちゃうんだ?
こんなに愛されてるのに…」

「…………ん………んぅ……」

聞いてないだろうけど、意識があってもなくても、動ける俺がいつもタオルで彼の身体を拭く。
少し乱暴に攻めてしまった身体を愛おしむ。
直接また手で撫で回したい欲望を抑えながら、汗、唾、…体から出たあらゆる水分が火照った身体から熱を奪う前に。そっと。

「……んっぅっ…………んん…」

少しまだ硬さが残る所も綺麗に拭くとエロ過ぎる反応。反応を見たくて堪らず乳首にも触れた。
いや、拭いただけで、反応を1人で楽しもうとしたわけじゃ…ない…

ぷっくりとピンクに膨らむ胸の突起。
SEXをする前、俺が触れる前は小さいのに、弄るとすぐにぷっくり膨らむ。
そして今も、目の前で膨らんだまま。
…モノにも触れるとすぐに硬くなった。

「………っ……んっ……」


""ジンだけ""

ちゃんと伝わってるかな。


今まで、恋愛する相手と心底向き合っていなかった。
そもそも俺自身を見る人はいなかった。って、俺がそう思ってただけかもだけど。

俺の見た目、年齢、売れてるギター奏者、画家の卵とか有名画家の息子とか…そんな上部しか愛されてなかったし、それで良かった。

今までは。


「…ジン…だけ、なんだよ…」

柔らかい下唇に舌を這わせながら唇を重ねる。
片手は胸の突起、もう片手はジンのモノ。

「……っん……
…ぇ……ぁ…僕……」

「あ、起きた?
イったら寝ちゃって…
意識飛ばしたって言うのかな?つらい?
このまま寝れるように拭いたけど」

「んっ…下も胸も触ってて…よく言う…」

「ふふ…だって可愛い反応するから…」

ジンの腕が俺の頭に巻き付く。
顔を赤くして、可愛く遠慮がちに笑う。

「明日が休みで良かったよ…」

「俺も休み。なんか予定ある?…何する?」

「ふっ…何しようか…
…デート…しよぅ………」


まだ柔らかい溶ろけたままのジンに俺の身体をピッタリ重ねる。


今度は激し過ぎないように、優しく抱きしめながら、至るところに触れながら、至るところにキスをしながら、緩々と腰を動かすとジナの甘い声と俺の呼吸に紛れて出る声が長く長く続いて……

最後は2人で眠るように果てた。






陽射しで明るいキッチン。
深まる秋。寒さが刻々と深まるけど、今日は日向ぼっこ日和で少しポカポカしている。

朝食を軽く済ませた後、お昼の用意をするジンに後ろから抱きつき、手品の様に動くジンの手元を眺めていた。

「……すご……美味しそう…」

「お母さんも作った?キンパ。海苔巻き。
…お昼これだけでいいかな…
足りなかったら買えばいいよね?」

「………」

「……食べたい?
失敗したやつの端っこだけね?」

キンパの切り端が俺の口の中に運ばれる。
いつだってジンの料理は美味しい。

「どう?美味しい?」

まだ口に含んでる状態でコクリコクリと頷いた。

「僕も…」

ジンの口にも運ばれ、食べてる顔を真横から抱きついたまま見つめていると、ジンは笑を浮かべながら俺の唇に手を伸ばしてきた。

「……フッ…ごま油でテカテカ…」

「……ジンも……」

「……エロ過ぎるんだよ…」

「……ジン……も…」

自然に重なる唇。
油でシットリしていてくっ付いてるのが当然みたいな2つの唇。
ゆっくり食い付くように動かしていると、またエロい気分になってしまう。

♪~♬~…

遠くで機械の簡単なメロディ、洗濯機が終了のサイン。

「あ、洗濯終わった!僕これ詰めるから
ジョン、先に洗濯干しといて?」

…まだ唇の感触を楽しみたいけど、ジンを強く抱きしめてから…
トボトボと歩いて洗面所へ向かう。
今日は公園へ出かけるらしい。
楽しい予定が無ければジンから離れずにいるけど、早く公園でデートする為に得意になった洗濯物を干した。




芝生に敷いたシートの上。
座っているジンの膝に頭を乗せて、青空を見上げたりジンを見上げたり。
風を感じて自然の匂いを嗅ぎ目を瞑ったり。

幸せな時間を満喫していた。

「……いいね……最高。公園デート。」

「やっぱり。こういうの好きでしょ?
……スペインの公園とか、街とか、
楽しそうだったから……」

「……忘れてたけど……
こういうデートが夢だったっけ…
デートしたいなんて
今まで思わなかったもんな…
出掛ける事も面倒で…」

「………」

「…ジン?」

「……聞きたいけど……複雑。
僕、ジョンの元恋人にすぐ嫉妬するから。」

「…ジンだからデートしたいって思っ…」

「前は出掛けないで何してたの?とか…」

小さく絞り出した声。
見上げるとジンは視線を合わせないように遠くを睨むように見てるけど…

そうだよ、どんなジンも見せて。

「……嫉妬…?
……出掛けないで…そりゃ…ね。
けど、ただ……
こんなもんかなっていつも思ってた。
相手が望んでることを、好奇心でしてきて…
愛されるってこんなもん?
愛するってこんなもん?って……
ジンがその当時の俺を見たら怒りそう…」

「……恋人は都合の良い人…?」

「うーん…そこまでは…
俺も相手に合わせてたし……
けど、ジンには
…俺の気持ち、曝け出してる。
最初から…ずっと……ごめんね?」

「……曝け出され…てるね…」

「うん。……何でだろ…
どう?俺どう?ジン?
好きになって?って。
……ふふっ…俺ってホントガキだね?
ジンには強行手段だった。」

そっと手を伸ばしてジンの頬に掌を添える。包み込む。
ゆっくり降りてくる視線と向き合って、丁寧に…伝えたくて…言葉を繋ぐ。

「……強行手段……本気なんだって…
自分でも思い知らされる。
ジンだからだって。
ジンだけなんだって……」

「………うん……
いつも嫉妬でモヤモヤして…
僕も思い知らされてる。自分に。」

頬に伸ばした俺の手を取られた。

あ、ここは公園で…外…周りには男女のカップルや子供連れ、スポーツを楽しむ若者グループがいる。

ジンは周りの目を気にするから、膝枕が限界で、顔にずっと触れてた手はマズかったかな…

取られた手はジンに握られたまま。

困ってるような顔が近づいて来たと思ったら、ゆっくり俺の唇に、…ぷっくりした唇が落ちて来た。






「そうだ…
今度僕の母親が日本に遊びに来るんだ。
僕の所に泊めようと思うから
少し自分のマンションで生活するね?」

キンパを完食し、公園の横にあるカフェで飲み物を買って散歩しながら帰る道の途中。

ジンはまだ自分の部屋を解約していない事、気付いてはいた。
いつかそっちに戻ってしまうつもりかとか不安に思う気持ちは少しあるけど、ジンの判断に任せていた。

「……うちで良くない?
部屋余ってるし、
ソファベットをベットに変えて
使う部屋に運んでも良いし…」

「…んー
…うちの両親は僕にそんな関心無いから
一緒にいてもジョンの事とか
何も言わないとは思うけど…
あ、流石に友達としてしかまだ紹介出来ないけど…
1週間。長くない?ジョン疲れないかな…」

「大丈夫だよ。ジンのお母さんでしょ?
きちんと挨拶したいし、うん、来て貰おう。」

「…うん。後で話してみる…えっと…
スケジュール帳…」

ジンが自分の鞄を片手で漁ったら、何やら写真のような紙がこちらにヒラヒラと3枚落ちて来て…自然に拾ったけど…

「何これ…ジンじゃん。ちょうだい!」

「ダメ!これは僕の思い出!」

すぐに取られそうになっても背中に隠して死守した。

「なんで!ちょーだいよ!
3枚もあるし!1枚だけでも!」

写真を持つ俺の腕を引っ張ったり、後ろに回って取り返そうと必死なジン。
何かあるような反応だと余計に見たくなる。

「え?待って、ちょっと…見せてよ!
何の思い出?
これ証明写真のやつじゃない?」

どうにか写真のジンを見ると、1人でネックレスを強調したポーズのジン。

「……あん?あ、スペインの思い出…?
俺があげたネックレス……」

「…そうだよっ…だからっ…」

まだ取り返そうとしてくるジンを制止する為に、思い切り抱きついた。

「…これ、ジンの誕生日?」

「……そう、だよ。フェスに行く前…」

「お願い。ちょうだい。
……何でもするから!」


ジンと過ごす景色を、ジンごと絵に残したい衝動に駆られるけど、そんなに何枚も描けるはずは無くて…ケータイの写真でどうにか保存してるけど特別な日のジンは撮っていなかった。

「お願い!」

抱きしめる腕も強くなってしまう。

「…じゃあ、ジョンも同じものちょうだい。
……会えない時、僕を思って写真撮って。」

「わかった!今度撮る!現像する!
あ、証明写真の機械で撮る!スペインで撮る!」

「………約束ね。」




約束。

俺もあげると約束した。
ジンを思って撮る写真が一緒のものなら、俺を思って写真撮ったと白状したって事?

これまでも2人の間で沢山の約束を繰り返してきた。


新しい約束で貰った写真、あの時たっぷり愛したジンを、またいつでも見れるなんて。


約束を果たす為に、1人証明写真の機械で撮る自分を想像したら少し照れ臭いけど、約束だから守らなきゃ。

まぁ…見つめる先、ジンの顔が照れているのを隠しているように見えるのは、俺が今、凄く幸せだから。


抱きついていた身体を少しだけ離しながらジンの手を取り、ひとけが疎らな道を進んだ。



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