美味しい契約

熊井けなこ

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一章

9 サムゲタン

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🦋・・・・・



『ジョン、まず、
俺はお前に謝らないといけない。
…急いでスペインに来れるか?』

電話越し、ソンギのこれ程苦しげな声を今まで聞いた事がない。何か…只事では無く、悪い予感しかしない。

「…なに…何かあった?」

『来たら、説明して…謝るから…』

「ソンギ、急いで向かうけど…
ソンギが謝るような事、想像出来ないし、
最悪な事を想像しながら
飛行機に14時間も乗ったら、
そっちに着く前に俺が倒れそう…」

『…けど、……ッ…言っても倒れるかも…』

「言ってよ!!何があったんだよ!」




結局、ソンギの絞り出した声で、父の死を聞いた。

実感が湧かない。
冷静に1人で空港に向かい、飛行機に乗り、着々とソンギの所へ向かう。
…ただ涙が出てくるのは止められなかった。


ソンギに会えた頃には俺もソンギも涙は底を尽きてそうだったのに、また2人で抱き合って泣いた。

スペインの遺体安置所。
母親も父の側から離れずに泣きっぱなし。

「母さん…母さんごめんね…俺…
こんな事なら日本に行かなかったのに…」

心配されたし条件は出されたけど、快く日本に行かせてくれた。…ただ、本当に俺の事を心配してくれてたんだ…

「ううん、お父さんは…自由だったでしょ?
最後まで自由だったし…
ジョンが…ジョンらしく…
素直に育ってくれて…
お父さん、凄く嬉しそうだった。
自分の病気の事は絶対言うなって。
病気だからとかの労りより、
ジョンからの普通の愛情で十分だって。
…ジョンがお父さんの絵と…ソンギのギターと…
ホント、自慢の息子で…
お父さんは…自分の事は気にせず、絵と
ギターを自由に楽しんで貰いたかったよ。
お父さんと一緒にいたから分かる。
お父さんの願い…」


今日も昨日も一昨日も…ギターを弾けてない。絵も描いてない。
父の願い…?

俺は、普通に愛情を伝えていた?
過保護が少し邪魔に感じたし、ソンギが間に入って直接話さない事も多かったのに。


「もっと、愛情とか、感謝とか…
伝えたかった…」

「…そういう事はキリが無くて…
満足する程伝えられるもんじゃないのよ。
病気を知ってて側にいた私だって…
伝えきれたかどうか…」

「…そうかな……
結局俺の為に秘密にしたんでしょ…?
俺…息子なのに…
逆に…父さんは俺に言いたい事とか……
もう…会えないのに……
……もう…………会えないの…?…」


愛しい人がこの世界にいなくなった恐怖。
絶対的に愛してくれる味方がいなくなった。


葬儀は翌日。
見送る準備なんて出来ないまま、急いで旅立つ父を見送らなくてはいけない。
前から俺は色を無くしかけてたけど、今は更にバルセロナの街並みは無色。

「ソンギ、母は死の準備も、覚悟もしてた。
ソンギは?父と沢山話した?
…俺の日本での生活、報告とかした?」

「いい報告が出来たよ。
俺もそれが最後の会話だった。
…親父さん、凄く安心してた。
嘘はついてないよ?お前、
日本で幸せそうに暮らしてたじゃん。」

「ソンギと一緒にスペインに戻れば良かった。」

「……ホントにすまない…
こんなに早く…急だとは…思わなくて…」

「ソンギは悪くない。父の近くで、
父の言う事を守ってくれてありがとう。
俺は何で父の事、気づけなかったんだろ…」

「…言われなきゃ気付かないほど
元気だったよ…。
…『ジョンの幸せが、わたしの幸せ。』
最近ずっと言ってた。」

「…ソンギ、ギターの弦ある?
最近弾いてなくて…ヤバイ。」

「…あるけど…ギターは?」

「家にあった…父の所にあったギター、
弦を変えれば弾けると思う。」


弾かないと。
手が鈍る前に弾き続けないと。
あとは自由に絵を描いて、楽しんで…父のように。
父の自慢の息子でいられるように。

「…俺、…日本で…ジンと
過ごしていいのかな…罪悪感が…」

「……『ジョンの幸せが私の幸せ』!
お前は幸せにならないと、
音にも絵にも影響するから特に…
親父さんの願いなんだって…」




教会での葬儀は日本に比べて華やかで、埋葬もあっという間だった。
…火葬して父を手元に置くか迷ってたけど、将来的に母親もここで一緒になるらしい。
埋葬場所は人々がよく散歩するような景色の良い小高い丘。
…そうだな、父はここで休みながら、気が向いたら絵を描くといい。



日本に帰る今の今まで…ジンには連絡出来なかった。
声を聞いて会いたくなっても会えないし。
弱い自分をわざわざ見せたくないし。
…この罪悪感は…どうするべきか…


ケータイの中の写真を見る。
撮影してたジンを撮った。
真剣に料理してる所、俺を見て笑っちゃってる所、頬を膨らませて訴える所。

可愛いな。本当に愛しい。
何日か声を聞かないでいたら、会いたくてしょうがない。

…あんな嘘どうってこと無いな。
…それより、契約あとどれくらい残ってるだろ。
契約終了したら、ジンと話し合わないと。
契約関係無しに俺の為にご飯作ってくれたら嬉しいけど…俺はジンに…何しよう…



ジンにコールしながら、日本は今…ヤバイ、思い切り夜中…朝?

『…もしもし』

「あ、ごめん、
時差…考えないでかけちゃった…」

『…こっちは朝だけど、そっちは?』

「…夜…」

『……いろいろ、大丈夫だった?』

「……うん。…無事に見送った。」

『……僕も行けば良かったな…
……会いたいよ。
…ジョンに会いたいよ。
ジョンが落ち込んでないか凄く心配で…
何日も心配で仕事なんて手につかないし…
…ジョンの声聞きたくても、
電話したら迷惑だと思って我慢したし…
ジョン?
日本に戻ってくるの?
この屋敷にこれからも住むの?
ここで1人で待つのはキツイよ…
……助けて…』

「……ジン?」

『…助けてよ。
早く来てよ。こんなに好きになるとか…
ジョンを好きで……怖い…
こんな事言ってる自分も嫌だ…
寝てないからかな…
もうわけわからない…助けて…』

「ジン……?
俺も早く会いたい。今から帰る所。
ジンが好き。
…怖くなる気持ちも分かったけど、
2人でバカになろうよ。
ジンとバカになりたい。
好きって言われると嬉しい。
愛して欲しいし、愛してる。」

『…僕も…愛してる。』




長いフライトの時間も、さっきジンと話せたから穏やかな気持ちだった。

ジンもそうだといいな。
凄く心配させてたみたいだったから。
…寝ぼけたり睡眠足りてなかったりすると不安な事とかペラペラ話すのかな。


どんどん素を出せばいい。
いつもニコニコしてなくたっていい。
そばにいてくれるなら俺の嫌な所を並べたり、本音でケンカしてもいい。

お互い気持ちをもっと近くに。
離れる気はないから、離れられないように。






夜に飛行機に乗った俺はジンの事を考えながら睡眠がとれて、日本に着いたら夜はこれから。

家に帰るとジンはいつも通り、凛とした立ち振る舞いでキッチンにいた。


「おかえり。」

「ただいま。何作ってるの?」

ジンを後ろから抱きしめて、この質問は何度目だろう。

「手、洗って来て。」

この返しは初めてだ。

「まずは挨拶、キスしてくれたら洗ってくる。」

少しためらうかと思ったらすぐ唇にキスがきた。

「ほら。洗って来て。」

…確かに、バイ菌いっぱいの手かもしれないけど…
もっとキスをしたくても洗面所でさっさと手洗い、キッチンに戻る。

「何作ってるの?!」

同じ質問をしたけど返事はいらない。
料理中でも気にせず、ジンに飛びついてキスして息もつかせない。

「……っ!サム…ゲタン……っ!
ジョンも、僕もっ…
栄養足りて無いと思って!!」


確かに1週間、きちんと食事していないけど…
まずは思い切りキスを繰り返して、俺の我慢を消化させて…


クチュクチュと舌で舌を押しながら絡めて、時々吸い付く。
ジンの身体、力が抜けていくのが分かる。

深いキスから首元へキス。
舐めるような這わせるキス。
…ジンの声にならない吐息がヤバイ。
俺の手は、愛しいジンの身体を隈なく触れて…久しぶりの感触を味わっていた。
ジンの腕が、俺の首に回される。

…もうこのままここで最後までだな…
キッチンの引き出しに、ゴムもオイルも隠してある。

後ろ向きになって棚に手をついて貰い、背中にくっ付いて抱きしめる。
片方の手で、胸や脇を撫でるけどくすぐったいのか感じるのか…
もう片方の手はお尻の割れ目へ滑らせる…
跳ねるように動いて立っているのがやっとのよう…

「…ねぇ、電話で…
助けてって言ってたよ?」

耳元で聞いてみる。

「…助けに…帰ってきたよ…
後は…?どうして欲しい?」

答えられなくても手の動きはやめてあげない。
ジンの奥の奥まで指先で確かめる。

「は…やく……ふたりで……」

あー、ホント愛しい。
けど、この後はベッドで…次はどうしようかな…


暫く立ったまま後ろから抱きしめ、腰を動かし続けた。







「サムゲタンって美味しいんだね。」

「え?食べた事無かったの?」

「分かんない…
名前覚えて無かっただけかもだけど。」

「栄養満点だから、沢山食べて。」

久しぶりに2人の食事。
ジンはまだ口を付けずに封筒を机に置いて…

「あとコレ。契約おしまい。解約ね。
お金、これ全部返す。」

「解約はしない。」

「…契約終了。
中途半端でハッキリしてないの嫌なんだ。
契約じゃなくて、僕は作りたい時に
ジョンのご飯を作るし…
このままここに住んでもいいかな?
…ていうか、ジョンはここに住むの??」

「ここにこれからも住む。
ここからツアーとか仕事に行ったり、
アトリエで絵を描いたり、
ジンの料理の邪魔したり、
ジンの周りでギター弾いたり、歌ったり…、
…時々ジンの代わりにご飯も作る。
あと何だ…?俺に何が出来るか…」

「……一緒にいれるんだね。」

「…これからも一緒にいてくれる…?」

「………ぜひ、一緒にいさせて下さい。」




出会ってまだ30日も経ってない。
契約、予定通りではなかったけど…

友達契約から普通の恋人へ。




俺の恋人、ジン。

これからもずっと一緒にいて。




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