美味しい契約

熊井けなこ

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一章

1 ハンバーグ

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都心から少しだけ外れた住宅街。

それぞれの家が所狭しと建ち並ぶ中、ここだけ森のように木々が鬱蒼としてる。
来る途中に掻いた汗が自然の風に吹かれて…少し…涼しいな…


僕はよくわからないままここへ来た。
1人の男に会う為。


木漏れ日の道を奥へと歩いてもなかなか建物に辿りつかない中、インターホンをやっと見つけた。
頑丈な門構えにある少し年季の入ったボタンを押す。

「僕、キム ソジンです。今日は…」

『全部開いてるから!!』

「…え?」

少しびっくりした。
立派なお屋敷なのに、フランクだったから。

『全部の鍵!開けてあるから奥のキッチンまで来て!!』

…初めて聞いた彼の声は、低くも高くもなく透き通るような綺麗な通る声だった。







僕の仕事と趣味は、食。

肩書きは料理研究家でたまにテレビでレシピを紹介したり、そのおかげでレシピ本も売れたり。
料理教室も定期的に開いていて、そのうち自分の料理でお店が出せればいいな、と思ってる。


芸能人ではないけどテレビの仕事が多い為、知り合いの事務所にお世話になっていて…
今回その事務所の社長であるホンミさんにどうしてもと頼まれた。
テレビで僕を知り、事務所に連絡してきた男がいると。
その男は業界関係者で、怪しくは無いが、事情があるらしい。
…人助けだと思って、1ヶ月だけ彼の食事の面倒を100万でどうか?って話…

セレブの専属料理人ってやつかな。

まぁ、毎回作りたての料理って条件じゃなければ…
普通に僕の仕事をしながら合間に食事の面倒、って事なら出来るかな。



詳しい話をする為、その男が言っていた奥のキッチンを探して…
玄関の重い扉を開け、広い長い廊下をとりあえず奥へ進む。ガシャン!ゴン!パリン!と賑やかな音がする方へ更に進むと1人の男がキッチンに立っていた。


「ジンシー!いらっしゃいー!」

ここは日本、僕は韓国人。
男の髪はピンクだ。
近づくと、顔のキレイさにも驚いた。
女の子のような、男の子のような。
歳は僕より上のような、いや…絶対下のような…何も想像つかない。
そもそも人間か?って思う程。


「はい、あなたが…?
仕事の事でここに来たんですが…」

「うん、1ヶ月、お金払うから
友達になって欲しくて。」


……いや、ホント歳下に見えるけど…
…トモダチ……?

「食事の面倒って聞いてきたんですけど…」

「うん、俺…見ての通り、ご飯作れない。
けど、1人暮らしがしたくて。
家政婦さん雇えばいいって
言われるかもしれないんだけど…
1ヶ月、誰の手も借りずに生活出来ないと
またスペインに戻らなきゃいけなくて。」

見ての通り…彼の周りは粉々な食材と割れてるお皿まである。
…勿体ない。


「…誰の手も借りたらダメなのに、
僕が友達として?お金貰って
食事を作ればいいんですか?」

「うん、1ヶ月…100万?でどうかな?
僕の偵察に誰か来たら、友達って事で。」

「…毎食作らないとですか?」

「えっと…レンジくらいは使えるから、
作っといて貰えれば、1人で食べるし…
仕事でいない時もあるし…
絵を描いてる時は食事しないし…
食材とかは俺が用意するから。
この通り、ネットで沢山頼める。」

この通り、と指してる粉々な食材は
僕が今すぐ料理すればどうにかなるかな。


屈託の無い笑顔に、何の不安も持てず
…これが本当に人助けってやつかも…

「1ヶ月、友達で90万。
その方が、日割り計算出来ますよね。
30日間、途中でお互い嫌になった時点で
日割り計算して解約できるならいいですよ?
どうでしょう?」

「…友達解約…」

「寂しい言い方…
……日本に来たばかりなんですか?
こっちに友達は?僕と同じ歳くらい…?」

「ジン氏27歳、俺は22歳。
まぁ歳…数字は関係ないよね?
友達は…こっちに来たばっかりで誰もいない。
俺、人見知り激しいから。」

…僕より5つも下…
うん、まぁ歳は関係ないにしろ、
彼は…人見知り、激しいのか…?

こんな豪邸に1人で住み、90万で友達を雇う彼は何者なんだろう。


「…仕事は何を?っていうか、
何で僕の事そんなに知ってるんですか?」

「仕事はギター奏者…
たまにソロでツアーしたり、
楽しそうなオファーは受けてる。
…絵も描いてて、わりと売れてたり…
父も絵を描いてて…この家は父の。
…ジン氏が作る韓国料理と日本料理が
美味しそうで、ネットでずっと見てたら
…会いたくなっちゃって。
いろいろ調べて、
事務所に連絡して…」

「僕、もしかして
好かれてる訳では無いですよね…?」

「?好きです。」

「…僕、彼女いますけど…
そういう好きでは無い…ですよね?」

「…無い、と思う。
けど、ジン氏に愛されたいな…」


面倒な関係にはなりたくなくて確認したけど…愛されたいなんて…子供でも言わないだろ。


…大丈夫かな…
彼の金銭感覚と価値観は置いといて、人生観や倫理観、恋愛観…理解できるかな…

振り回されそうな予感しかしない。



「とりあえず、僕がそこ片付けて、
何か食べ物作りますけど…
あなたは…」

何が好きか聞こうとしたけど、
名前も聞いて無い事に気づく。

「俺、チョン ジョン。
父も母も韓国人。
けど…韓国に住んだ事ないんだけどね。
あ、じゃあ俺90万持ってきます!
現金でいいですか?
お金の流れもバレたくないから…」

「…いいですよ…何でも。
けど…そもそも偵察されたり、
お金の流れを調べられたり…
どういう事か教えてもらえたら…」

敬語、使えないのかと思ったら
少しは使えるみたいだし…ほんと何者…

「父とか知り合いがいる
スペインには戻りたくないけど、
1ヶ月ちゃんと生活出来なかったら
戻らなきゃいけない約束なんです。父と。」


…お父さんとの約束か。
大事にされてるんだな。

僕なんて、高校出てすぐ1人暮らしでどうにか生活するのに一杯一杯だった。
両親とは普通に仲良くやってるけど、愛情を貰えたって程でもない。
普通に親離れ子離れって感じ。


「愛されてるね。」

「うん。父からも愛されてるし…
父のトリマキからもね…」


愛されたいとか素直に言うくせに、…愛されてるって…どうしてそんなに辛そうに言うんだ…?


「ジョン氏は、スペインに戻らずに
ずっとこっちで生活したくて、
1ヶ月ちゃんと生活出来れば
戻らなくていいって事ね?」

「うん、ご協力お願いします。
って事で金!」





割れた皿があったから処分しなきゃいけない食材が沢山だった。
安全な食材のみで調理出来るのは…

ジョン氏が選んだであろう食材…冷蔵庫の中には肉が沢山。

「肉食かな…」

とりあえずハンバーグと野菜を焼く事に。


ジョン氏が紙封筒を持って戻って来た。
僕の鞄の上に置き、僕のすぐ隣に。

「お昼ご飯食べました?」

「…もう、友達だから敬語はどうかと。
お昼、まだ。」

ちょうど昼どき。
…雇い主だから敬語じゃないのは許すとして、
僕も友達だからタメ語、なのか…
まぁ、歳下だしな…

「ねぇ、友達って事は、
僕もここでコレを一緒に食べていいんだよね?」

「…一緒にいるのにわざわざ1人で
どーやって食べるの?」

「…まだイマイチどうしたらいいのか
分からないから…
あ、ご飯がいい?米ある?
ハンバーグ作るけど…
パンがあればハンバーガーにしても…」

「パン!ハンバーガー!!!」

「…そう、じゃあ…
嫌いな食べ物は?」

「…特に無いよ。」

「そう、よかった。
はい、あーーーん。」

サラダ用に洗ったミニトマトを口に入れてみた。

少しびっくりした顔、でも笑ってる。

「ドレッシングは何か…ある?」

冷蔵庫を覗いても無さそう…適当に作るか。

材料を漁っていたら、見られてないと思ったのかジョン氏が口から手にコソッと出した。

「?ドレッシング?
サラダとか考えてなかったから無いな。」

「……バレてるよ。ミニトマト嫌い?」

「へへへー……生はキライ。」

「焼いたら食べれる?
ハンバーグと一緒に焼こうか。
僕もその方が好きー。」





大きなテーブルにそれなりに用意したご飯を並べて2人で昼食。
ハンバーガーを美味しそうに食べながら、僕がする質問に答えてくれた。

食べ物で、何が好きで何が嫌いか。

飲み物は何が好きで嫌いか。

朝は弱いか。夜型生活か。

 

彼のペースに合わせて、僕は僕の仕事をしながら生活能力低そうな彼を助けてあげれると思った。



「ジンの部屋、
俺の隣の部屋使って貰う感じだけど
ベットまでは無くて…俺と一緒でいいかな?
キングサイズだから問題無いよね?」


当たり前のように聞かれたけど、住み込みとは聞いてない…

「…僕ここで生活するの?」

「え?一緒に住もうよ。友達として。」

「……で、ベット一緒?」

「うん、こんな風に
一緒にご飯食べれる時は食べて、
一緒に寝れる時は一緒に寝る。
まぁ、俺の1ヶ月の仕事スケジュールは
殆ど無いから、俺がジンに合わせるよ。」



1ヶ月…

ここで彼と2人暮らし?


それとも、90万…返した方がいいかな…





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