フェイク ラブ

熊井けなこ

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第一章 烏と塵

烏と塵 4

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こんな所でこんな事……なんて、理性が一瞬だけ脳裏に霞む。


薬のせいと分かっているからこそ…

足元が宙に浮かんでるように、今だけは現実じゃない。きっと夢。


身体の動き、パーツ全てが自分の物とは思えない。快楽を貪るただの男になっていた。

…いや……愛でる気持ちが出てきてしまったのか…







「………ぁ……っ…はぁ……ぁっ……」

震える身体の1番熱い箇所、1番疼く箇所が同時に口と手で攻められる。

何で……こんなに僕の身体を操れるんだ…?
僕の為に僕を攻めてるとしか思えないない程、快楽だけで余計に目が回る。


「ジュッ……ジュッッ…」

既に精液で濡れていた僕のものに躊躇なく吸い付いて、口の中で舌が絡み付いて離れない。
濡れた音が響いて僕の幻聴と混ざる。

『アッ…アッアッ……』
「ンッ…アッ……」

「お尻に…入れた方がいい…ですよね…?大丈夫…ですよね…?」

「…ァ……な…にが?入れ…て貰わないと…僕が大丈夫…じゃない」

もう指じゃ足りない。
この欲求を誰にぶつけろと…?

「…まぁ、僕もキツイんで…
聞いた所で同じ…でスミマセ…」

壁に背中を押し付けられ、片脚を持たれて半分浮き上がる身体。
脚を開いている僕を支えながら下から密着し、彼の硬いもので熱い所を探られる。

その硬いものが当たる刺激で煽られ我慢出来ず、僕が手に取り誘導すると、また上では唇を貪られ…その後、下からも上からも激しさが増した。

幻聴の中、揺さぶられ、何が何だか分からない。
多分、彼は1.2度達していたはず。

キスとピストンが止まる事は無く、僕は絶頂を何度迎えたか分からない。

力尽きた身体は、頭を働かせる事も放棄して全てを名前も知らない男に任せた。
ぼんやりと…お姫様抱っこの様に運ばれてる事がわかった。




彼に運ばれる先が、

いつもの場所でも…更に酷い地獄でも…
何処でもいいと思えて

薄れる意識でも全く怖くなかった。








目をあけると同時に襲われる頭痛。

目覚めた場所がいつもの物置き小屋ではなく殺風景だけど生活感がある、汚くは無いけど散らかった部屋。

シャワーの音か雨の音がする。
近くで物音もする。
カーテンからは薄く太陽の光…朝か…昼か。


「目…覚めました?」

シャワーの音だったのか、もう聞こえない。
ぼんやりしていた視界に、いつの間にか昨日の男?
こちらを見つめてくる瞳は可愛い瞳、優しいフワッとした顔つきで…別人か?
1人だと思っていたところに彼がいて凄く……ホッとした気がする。

「……ああ。けど…頭痛が酷い。」

「…薬の副作用ですよね…
それ以外に症状ってあります?禁断症状は?」

「…無い。好きで摂取してるわけじゃない。」

「……もういいのでは?あなたが薬を断てるうちに断たないと。」

「……」

「僕、これから仕事なんです。
…まだ休んでくならそのままベット使って下さい。
合い鍵あるので帰る時締めてって貰えれば…それか僕が帰って来るまで居ます…?」

「……」

「…どちらでもいいです。鍵ここ置いときます。
シャワーとか勝手に使って下さい。
冷蔵庫の中の物…カラっぽですけど…水、沢山飲んで下さい…何か食べます?」

話しながら冷蔵庫を開け、手に取った小さな水のボトルがベットサイドに置かれる。

「…ありがと。」

「…すぐ戻ります。」




自分が居るべき処へ戻るべきだけど。

シャワーを借り、身支度を整えても彼が戻ってくる場所で何となく休みたくて彼のベットへ戻る。

理由はわからないけど…居心地が良い。


頭痛を言い訳に……






2度目の目覚めはシャワーの音じゃなく雨の音。
区別がつかない音だけど、男が僕の髪を撫でているからシャワーじゃない事がわかった。

「…もう夜?…雨降ってるね…」

「はい。結構降ってます。
夜だけど…辛かったらまだ休んでて下さい。」

頭痛は消えて頭の中は澄んできた。
身体を起こし思い切り伸びをしたら隣で笑いだす彼。

「…ふふ…猫みたいですね。野良猫。
うちは居心地良かったですか?」

「ああ。とっても。僕の事拾ってくれる?…ニャー?」

「…いつでも来て下さい。
仕事頑張ってくれてるから…
僕の部屋に居る時は、全て忘れて休んで…
何かあっても飼い主の僕が守るので…
安心して…」

「……ニャー…」

「…素ですか?それ。…僕の事そんなにすぐ信用して大丈夫なんですか?」

「大丈夫も何も…ホンソク君の同僚なんだろ?
…初対面で醜態を晒してるから……名前は?」

慣れた手つきで警察手帳を胸元から出し、パッと見せるとまた慣れた手つきでしまう。

「藍 柾枯(ラン ジョンクー)です。ジョンでいいです。」

「…歳は?まぁ下でも関係無いか。そっちが上司のようなもんだから。僕は君達しか頼れない。」

「……頼りにして下さい。歳はソクワンさんより少し下です。ソクワンさんは…」

「あ、下?フッ老けてるね。まぁ僕も人の事言えないけど。」

「…ソクワンさんは大人の魅力ってヤツです。キムが手放さないの…わかる。」

「ああ、わかる?君も僕の魅力わかる?なんか不思議とオモチャが続いちゃって…」

「……無理しないで下さい…」

「……無理…か。無理してるのかな、僕。
けど辞めるのは今じゃない。悪事の証拠はいくつか掴んでる。きっと…もう少し数と核心を掴めば…僕の仕事は終わるはず。
そしたら君と同僚になれるかな…フッ…心配…してくれてるの?」

「心配……ですね。
キムやジイェン、何人も幹部はいるし沢山のチンピラ達、オフィスの人間にも…ちゃんと騙せてるかとか…命とか身体とか狙われたり…
ソクワンさんの命、ソクワンさんの気持ちとか…
本人…ソクワンさんが1番軽く見てる気がして…」

「………あ…りがと。
…SEXする?君と今、またしたくなったけど、それは自分で自分を軽くみてるからかな。
…君と楽しみの一つとしてSEXを続けてもいいとか思ったんだけど…」

「……楽しみの一つ…ですか…
僕にとって…唯一の楽しみになったら…どうします?ひきます?」


耳鳴りもしない。
雨音が心地良い。

「……それは…ひかないけど…君も可哀想な人生なの?
こんな事が唯一の楽しみなら…僕みたいになっちゃうよ?楽しみが無い人生……」

ベットに手をついている彼の手を握る。

この部屋に呼ぶような恋人はいないのかもしれない。

昨日、僕との行為が意外と気持ち良かったのかもしれない。

…聞く程の事じゃない事が頭に浮かび…'かもしれない'事で、少し嬉しくなる。


相変わらず優しくこっちを見る彼に僕も軽く…笑えてるかな。
お互い顔を近づけて唇を寄せてみたけど初々しくて……僕の胸の動きは早くなる。

…昨日の獣みたいな印象が無くて別人みたいな彼だからか…?

僕の薬がキレイに抜けていて'素'だからか…
唇が重なると更に胸の動きが早く大きく…騒つく。

また薬が効いてきた…?


僕の身体を彼の力強い手が繊細に優しく動き回る。
首や肩、腹などを這う舌の感触に声を我慢しても呼吸が乱れる。

全身で呼吸をし、全身を緩々と動かす事で快感を逃がしても途轍もなく感じてる。

「……もう…入れて…?」

下への直接的な刺激も受けてないまま、昨日の快楽を思い出して既に熱くなっているのがわかる。

彼に手を伸ばすと、硬さと彼の堪える表情で胸が跳ねる。

「……っ…入れますよ…」

そう言うと纏っていた全ての服を脱ぎ捨て、僕の服も全て剥ぎ取られた。

「…お前の身体……可愛い顔して何その筋肉…」

「ソクワンさんこそ…何この細い身体…こんなんでよく1人で生きて来ましたね…」

……弱そうなのにって事か…?
会話もあまり理解出来ないまま…

「今度はオイル用意しときます…」

指に唾を落とす口元、舌の動きに目を奪われ…

蕾が濡れたと思った次の瞬間、息を止めた。

「…クッ……お…前……ヤバ…イ…」

確か昨日は一気に力強く抱かれて…
絶対力任せに動きたい筈なのに…

優しい動き…優しい瞳で見つめられ…

「…ジョン…って…」

僕の頬に彼の手が添えられて唇が重なると、僕まで優しさが移って優しい唇の動きになる。
優しく絡む舌。

「ジョン…」

下からも上からも、優しい快楽に耐えながら彼の名前を何度も囁いた。


…これは愛し合う行為みたい……
愛してる
愛されてる
って…勘違いしそうになる。


そこまで馬鹿じゃないけど…







腰の痛みはあるけどいつもの様に誤魔化しながら動く。

ここへ来た時の格好に身を包み…いや、下着は彼の物を借りた。返せるか分からないけど。


「これ。いつでも来て下さい。
…こっちからも…ソクワンさんからも連絡とれないから…」

差し出された合い鍵を玄関の前で受け取ろうと手を出した途端、躊躇されて引っ込められる。

「ソクワンさん、…僕は待つしか出来ない。
受け取るからには…選んで下さい。
仕事としての休憩場所か…」

右手を拳にして出す。

「…僕と楽しみの一つ…唯一の楽しみの時間か…」

左手も拳にして前に出してきた。

「…わからない。捨て猫は頼っていいって…」

「やっぱり…抱きたい欲が出て来たり…
けど、ソクワンさんが選んで下さい…
答えによっては合い鍵…渡さないかも…」

拳の中…どちらに鍵を隠しているのか。
休憩場所なら鍵をくれないって事?

「僕は…どっちでもいい。ここには来たいけど、選びたくない。」

「…ソクワンさんの意思、…少しでも見せて下さいよ…」


僕の意思……?

今まで…
自分の意思が通った事なんてあっただろうか。

全て諦めて…

今も警察の言いなり。キムの言いなり…

…僕には当たり前に存在しない意思。


出された左右を選ばずに、
ジョンの拳を両方ともこじ開けた。

どちらの掌にも鍵。


「…ズルイ。なにが合い鍵渡さないかも、だよ。」

「…嘘はついてません。
こっちは合い鍵じゃなくて僕のマスターキーです。」

「……一緒だろ、そんなの…ほら。どっちでもいいから。」

「……」

広げた僕の掌に無言で置かれた鍵を握りしめて振り返らずに外へ出た。



また来るはず。

彼に抱かれる為に。

…けど…抱かれなくてもいい。
ジョンがその気じゃないなら…どっちでもいい…

僕の意思……?そんなの持ったって…

叶わない絶望を味わうくらいなら意思を待たないままの方が楽なんだよ。



階段を降りて外へ出たら雨。
そういえば降っている事、知っていたのに…彼と過ごして忘れてた。

ここから離れるには濡れて行くくらいが丁度いいか…


しっかり…今度は自分の足で来る為に顔中雨に打たれながら上を向き、辺りの建物を脳に焼き付けながら歩いた。



 



ひと晩以上…正確にはふた晩、何処で過ごしたか嘘をつくとしたら真っ先に浮かんだ場所へとりあえず来た。

"ここにKIMU本部やオフィスのヤツ来ました?"

首を横にふるワンギ先生。

"ここに居た事にしていいですか?
隠れ場所じゃ無くなるのは残念だけど"

頷きながら優しく笑い…

"安らぎの場所が見つかりました?"

いつも僕の心配をしてくる。
笑って誤魔化し…軽く頷いた時に僕の携帯電話が鳴った。

「……はい。」

『……今どちらで?』

僕の声だと判断出来たんだろうけど少し慎重な話し方のジイェンさん。

「…そちらは落ち着きました?
俺は捕まりそうだったんですがどうにか逃げて隠れてました。」

『ああ…何人か引っ張られちゃったけど落ち着いたから…随分隠れてたね?ボスが待ってるよ。』

「…薬が強くて寝込んでました。今から戻ります。」


いつもの呼び出し。
前もって予定を言われている以外はボスから直接電話が来たり、ジイェンさんから電話が来たり。

そして会うと何処にいたか聞かれる。大抵、物置のアパートと答えていたけど。
…アパートへは誰かが来ていた恐れもある。



「アパートを見に行ったけど居ませんでした。どちらにいました?」

ボスから、やはり聞かれた。

「…薬で少し体調が…
雀荘に誰かいるかと思って行ったんですけど、僕、意識無くしたみたいで…ふた晩、隣の病院で寝てたみたいです。」

「そう……甘い蜜が苦しくなって何処かへ消えちゃったのかと思いましたよ。」

「……」

「あれ?そんな事もあり得る?」

ソファで向き合っていたボスが立ち上がり僕は腕を引っ張られそのまま隣のベットへ押し投げられた。

「僕の許可なく離れたら…何処に隠れても見つけます。」

「……特定のオモチャは持たないって…」

「それ、何年前の話ですか?ソクワンさんはもう僕の立派なオモチャなのに。」

「……じゃあ…少し…僕の意思を聞いてくれます?
こういう身体を使う事に疲れを感じる時もあるし…取引でブツを味見するのもそろそろ別のヤツに…」

「……まぁ、オモチャも使い過ぎて壊れる恐れがあるなら…頻度は少なく…する、かも。
…けど僕がしたい時にしたい事をするから…今までと一緒かも。
…味見は辞めてもいいですけど…
ソクワンさん、ソクワンさんがつまらなそうしなければいいですよ?薬無しでも薬入りの時みたいにあなたが反応するなら。」

思い切りモノを掴まれる。

「……っ……!」

「ほら、薬抜けてますよね?いつもみたいに善がってみて下さい。…ほら…いつもみたいな可愛いソクワンさんが見たいな…」

握りしめられた、僕のモノ。
反応してない事が分かると手を緩め…

「全部脱いで裸に。前も後ろも十分に、自分でやる気にさせといて下さい。
僕その間、書類に目を通しておくので。」


今日は薬も入ってない。
…まだ身体にジョンの感触が残ってる。

……今日も、これからも…
僕はここで…'素'でSEXが出来るのか…?


…やっぱり取引き時の薬の摂取も辞められないのか…



スーツのジャケットは着たまま中のシャツのボタンを何個か外すと、ドアがノックされる音。
ドアの外から女性の声がした。

「ナムお兄さーん!」

「ああ、入って!」

大きな声で女性に返事をし、僕に向かって小声で話しだす。

「…ソクワンさん、やっぱり今日は辞めです。
最近こっちに警察からのネズミが紛れてるみたいなので、ソクワンさんも誰か…怪しい動きをしてるヤツがいないか探しておいて下さい。
…また明日にでも呼びます。
その時、薬はどうするか…ソクワンさんのモノ次第ですね。」

「なーにー?モノとか言ってオッパはいつも楽しそうでいいですねー!
私は彼に会えないっていうのに…」


いつもこの部屋に来る女性達のようなセクシーな雰囲気では無く、見た目は可愛らしい…
この建物には合わない女性が入って来た。

ベットでシャツのボタンを留める僕に
視線も言葉も向けられる。

「初めまして。いつも兄がお世話になってます。」

「あ、いえ。」

「…妹です。本人が仕事をしたがるからOfficeに出入りする事に。」

「うちは同族会社なのにお兄さんが…跡取りとか考えないから…」

僕にもボスにもキツイ視線が向けられる。


可愛らしい身なりの女性にボスは頭が上がらないのかもしれない。

そして何故か敵意を感じる。

ボタンも留め終わらないまま立ち上がり早々に部屋を出た。


…盗聴器を用意しておけば良かったかも。

警察のネズミ、僕以外のヤツか、僕の事か…何かしら不穏な空気を感じ出したボス。
こちらも慎重に、潜入で得られる情報を集めなければ。


…明日…僕は多分、ボスを満足させる反応は出来ない。

オモチャのまま微量の薬に浮かれながら…


潜入している限り、僕の意思は握り潰され続ける。





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