ダークファンタジーの魔法少女、異世界スローライフで日常を知る

タカヒラ 桜楽

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 私が現在生きているこの世界は、子供の時に男性が好むような魔法と冒険に夢踊らせる、そんな世界であった。
 各地に生息するモンスターを倒す冒険者や悪の象徴である魔王が存在したり、the王道といった世界が広がっているのだ。
 だが、私こと慈優愛改め、ベーラ・マルキスはそんな世界とかけ離れた、農業で細々と暮らしている集落の娘だ。
 報せで世の情勢や魔族侵攻具合などの話は家でも両親がしているが、村という囲い名前もないようなココでは縁遠い話である。

 私の一日は早朝に起きて、母の手伝いをした後に、父の野菜の収穫を手伝うのである。
 そこから野菜を出荷し、得た銭を持って夕食の材料を買って帰路につく。

 なんの取り留めのない平凡な毎日であるが、前世では味わえなかった自給自足の暮らしに私は幸せを感じていた。

 私は今日も親の持つ荷台を大きく改変した馬車に乗りながら、朝一で取れたトマトにかぶりついていた。
 果実本来の甘さと酸味が絶妙にマッチしており、私は食べる手を休めずに食べ進める。
 種もプチプチといい音を立て、みずみずしいトマトのいいアクセントになっていた。

 「よくそんなに食べられるよな~。青臭いし、酸っぱくてそのまんまじゃ美味しくないのによ・・。」

 私の頬張る姿に兄のモートリーはうえっと下を出し顔を歪める。

 「歳をとって気づくおいしさがあるの」
 「俺より年下なのに何を言ってるんだか・・。」
 「食べれる時に食べないとね・・。」
 「欲張りだな」

 私と兄の会話を聞きながら御者を務めている父が笑い声をあげる。

 「そんなこと言ってベーラも少し前まではトマトなんて嫌いって駄々をこねていたけどな」

 汗と泥に塗れた顔を首にかけた年季の入ったタオルで拭いながら茶化す父に私は内心焦りながらも、

 「子供の成長は早いからね」

 と、ませた発言をして誤魔化す。

 そんなやりとりをしていると、父が見せびらかすように、紙で作られた煙草の箱程度の大きさの物をポケットから取り出す。

 「まあ自慢の野菜を褒めてくれるのは嬉しいが、お前たちはこっちの方が嬉しいだろう?」

 その箱に描かれていた文字を見て、兄ははしゃぐ。

 「ミルクチョコレートだ!」

 よだれを垂らす勢いの兄を諌めながら父は私に笑みを向ける。

 この世界のチョコレートとは貴族階級が嗜む高級菓子である。煙草の箱程度のサイズでさえ、現代で言えばA5の和牛ぐらいするほど高価なものなのだ。
 庶民からしたら、特別な日に出される貴重なものである。

 だが私は、素直に喜べずにいた・・。

 それを見ると、チョコレートをこよなく愛していた魔法少女を思い出すからだ。

 その魔法少女の名は、塔の魔法少女、Bフィーター。
 魔法少女とは呼べない成人女性であった彼女の本名を私は知らない。

 名前の由来は、その魔法少女が好きなお酒の名前らしい。
 触れた物体を伸縮自在に操ることが出来るという、魔法少女とは言い難い近接を得意とする魔法少女であった。
 というのも、彼女が愛用していたのが、パルティジャーナと呼ばれる、穂先が二等辺三角形のような形状の平な鉾を巧みに操るため、魔法攻撃よりも近接戦の方が使い勝手が良いためだと本人は口にしていた。

 そんな彼女は、私の殺し合いをしない平和的解決の考えに賛同してくれた数少ない魔法少女であった。
 だからこそ、よく話し合いをするためにバーや居酒屋に連れて行かれていたのだが、その時によく自身のチョコレートと酒への愛の話を聞かされたものだ。

 『ユア、この戦いがおわったら美味い酒と高いチョコを奢ってやるよ!お前に私が愛する物をとくと味あわせてやるかな。未成年だからなんて言い訳にすんなよ!呑むったら呑む、絶対だぞ・・。』

 気さくで陽気な彼女は酔い潰れるほどに酒を煽ると、いつもそう言っていた。
 〝magical girl killing〟のときに初めて出会ったので、共に過ごした日々は浅いが、かけがえのない歳の離れた友人といった感じであった。

 だが、そんな彼女は私を庇って死んだ。
 単独での戦闘を得意とする彼女にとって私は彼女の足枷となってしまっていたのだった・・。

ーーーーー

 だから私は父の取り出したチョコレートを見て喜ぶことが出来なかった。
 世界が変わって私一人幸せな人生を送っていいのかという感情が心の中にあるからだろう。

 父の視線から外れるようにうずくまり、そのチョコレートが入った箱を私は見ないようにした。

 「何だベーラはチョコレートが好きじゃないのか?」

 「じゃあさ、じゃあさそれ全部僕が貰う!」

 「おい!モートリー!」

 不思議そうに訊ねる父をよそに欲張りな兄が父のチョコレートが入った箱を取り上げるようにして盗む。
 それを咎める父に同意するように私は兄をジト目で見る。

 「お兄ちゃんって本当に食いしん坊ね。そしたらお父さんとお母さんの分がなくなっちゃうでしょ・・。」
 「いや、俺と母さんの分はいいんだよ。それよりも本当にいらないのか?」

 私は心配する父の言葉にゆっくりと頷く。
 父の好意は嬉しかったが、過去を思い出したくないという気持ちの方が勝っていたのだろう。

 だがそんな私の行為が遠慮しているものだと思った兄は乱雑にチョコレートの入った箱を開けて、一粒取り出して私の手のひらに乗せる。

 「・・・?」
 「・・ベーラと一緒に食べないとなんか嫌だ・・。」

 顔を紅潮させてそっぽを向く兄に私は母性をくすぐられる。
 実際は彼よりも生きてきた年月は上だが、今世は私が妹なのだ。
 気は進まないが、私は少し凹凸がある不恰好なサイコロのようなチョコレートを口に入れる。

 「おいしい・・。」
 「そうだろ!?もう一個あげてもいいぞ?」
 「元々二人の物なんだから、ちゃんと分けなさい・・。」

 何の取り止めのない会話に、私は微笑みながらチョコレートを噛み締めるようにして味わう。
 こちらの世界のミルクチョコレートは香りが薄く、ほろ苦い味わいだったが、歳の離れた彼女が好きそうな大人の味だなと物思いに更けてしまっていた。





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