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月で逢おうよ 22
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「俺は勝っちゃんから、あいつが好きだった相手ってどんなやつだか、聞いたことがある」
「え?」
「高校の時の先輩で」
検見崎の言葉に幸也は息を詰める。
「人のことからかってばっかで、ムカツクこともされたし、ろくでもない人、だったと言ってた」
「……………何だって?」
しばし絶句してから幸也は言葉を絞り出した。
ユウの声が聞こえた気がして、ふっと勝浩は顔を上げた。
闇に目が慣れてくるとどちらを向いても木立しかない。
夜の林の中は何か言い知れぬ澱みを含んでいる。
ぐんと冷えてきたし、Tシャツに長袖のシャツをはおっているが、じっとしていたから余計に寒くなってきた。
立ち上がって空を仰ぐと、木々の間からまだ煌煌とした月が覗いている。
それだけがまだ救いだ。
「こんなとこで死んだら、みんなに迷惑かけるよな。それにユウをまた置いていくわけにいかないじゃないか」
勝浩は歩きかけたが、とにかくどっちに行っていいかわからない。
運の悪いことに、携帯も部屋に置いてきてしまった。
「あ……」
やっぱり、どこかからユウの泣き声が聞こえる。
勝浩は耳を澄ました。
「ユウ!」
声に出して呼んでみる。
ワン、ワン、と応える声がある。
「ユウ! 俺、ここにいるよ、ユウ!」
ガサガサガサ……
どこかからそんな音がしたと思うと、きゅんきゅんきゅうん、という声とともにユウが現れた。
「ユウ!」
しゃがみ込んで思い切り撫でてやると、ユウは嬉しそうに勝浩の顔やら首やらをなめまわす。
「ごめん、ユウ、ごめん……置いてったりしないって、お前を」
すぐに人間の走ってくる音がして、息を切らしながら現れたのは幸也だった。
「この、バッカやろ! 心配させんじゃねー!」
勝浩を見るなり幸也は怒鳴りつけた。
驚いて思わず、勝浩も「すみません…」ととりあえず謝った。
「だいたい、携帯くらい持って歩けってんだ!」
はあはあと荒く息をつきながら、幸也は続ける。
「確かに、俺が悪い。悪いが……、とにかく、その話はあとだ。タケも心配してるし、とっとと帰るぞ!」
携帯で検見崎に連絡をとる幸也の背中を見ながら、ひどく怒っている、と勝浩は思った。
一時の激情にまかせて真夜中に飛び出して迷子になるなんて、子どもじゃあるまいし、いい迷惑だというのだろう。
確かにその通りだから、何の申し開きもできない。
でも所詮、幸也はこんな人なのだ。
優しさをまともに受け取る方がバカなんだと言い聞かせながらも、ユウの後から現れた幸也の顔を見た時、ひどく嬉しいと思ってしまった自分を、勝浩は嗤った。
「勝っちゃん!」
山荘の前で待っていた検見崎は、幸也の後ろにユウを従えて戻ってきた勝浩を見ると駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。
「心配させんなよな、命が縮んだぞ」
「すみません……」
ほっとしたようすでポンポンと背中を軽く叩いた検見崎を、ようやく離された勝浩はまじまじと見つめた。
「検見崎さん、髭が…」
「ああ、さっき剃ったの」
検見崎はお茶目な笑みを浮かべる。
「ああ、だからか。長谷川さんとよく似てる。びっくりした」
「だろう? そのことなんだが、俺たち実は従兄弟でさ。昔っから兄弟より似てるって言われてて。黙ってて悪かったよ。これには深いわけがあってだな」
「いや、もういいですよ。ほんとに心配かけてすみませんでした」
勝浩は検見崎の言葉を遮るように言って弱弱しく微笑んだ。
「風呂入ってよくあったまるんだぞ」
ユウと一緒に階段を上がっていく勝浩に、検見崎が声をかけた。
検見崎は、勝浩が二階に消えると、背後に突っ立っている幸也を振り返った。
「どしたんだ? お前。ぬーぼーとして。勝っちゃんに話したか?」
「……勝浩見つけた途端、怒鳴っちまって」
ボソッと口にする幸也は突っ立ったままだった。
「ああ? 話してないのか? まだ」
検見崎に呆れられなくても、だ。
幸也はようやくトボトボと二階へと向かう。
「俺はこれで、勝浩に嫌われたら、もう日本の地は踏まない」
はあ? と検見崎は眉をひそめた。
「何、言ってんだ、お前」
「永久にな」
そんな台詞を残して肩の落ちた幸也が階段を上がっていくのを見ながら、検見崎は呟いた。
「タラシのなれの果てが純愛、っつーのもまた、おマヌケな話だよなー。せいぜいうまくやれよ」
「え?」
「高校の時の先輩で」
検見崎の言葉に幸也は息を詰める。
「人のことからかってばっかで、ムカツクこともされたし、ろくでもない人、だったと言ってた」
「……………何だって?」
しばし絶句してから幸也は言葉を絞り出した。
ユウの声が聞こえた気がして、ふっと勝浩は顔を上げた。
闇に目が慣れてくるとどちらを向いても木立しかない。
夜の林の中は何か言い知れぬ澱みを含んでいる。
ぐんと冷えてきたし、Tシャツに長袖のシャツをはおっているが、じっとしていたから余計に寒くなってきた。
立ち上がって空を仰ぐと、木々の間からまだ煌煌とした月が覗いている。
それだけがまだ救いだ。
「こんなとこで死んだら、みんなに迷惑かけるよな。それにユウをまた置いていくわけにいかないじゃないか」
勝浩は歩きかけたが、とにかくどっちに行っていいかわからない。
運の悪いことに、携帯も部屋に置いてきてしまった。
「あ……」
やっぱり、どこかからユウの泣き声が聞こえる。
勝浩は耳を澄ました。
「ユウ!」
声に出して呼んでみる。
ワン、ワン、と応える声がある。
「ユウ! 俺、ここにいるよ、ユウ!」
ガサガサガサ……
どこかからそんな音がしたと思うと、きゅんきゅんきゅうん、という声とともにユウが現れた。
「ユウ!」
しゃがみ込んで思い切り撫でてやると、ユウは嬉しそうに勝浩の顔やら首やらをなめまわす。
「ごめん、ユウ、ごめん……置いてったりしないって、お前を」
すぐに人間の走ってくる音がして、息を切らしながら現れたのは幸也だった。
「この、バッカやろ! 心配させんじゃねー!」
勝浩を見るなり幸也は怒鳴りつけた。
驚いて思わず、勝浩も「すみません…」ととりあえず謝った。
「だいたい、携帯くらい持って歩けってんだ!」
はあはあと荒く息をつきながら、幸也は続ける。
「確かに、俺が悪い。悪いが……、とにかく、その話はあとだ。タケも心配してるし、とっとと帰るぞ!」
携帯で検見崎に連絡をとる幸也の背中を見ながら、ひどく怒っている、と勝浩は思った。
一時の激情にまかせて真夜中に飛び出して迷子になるなんて、子どもじゃあるまいし、いい迷惑だというのだろう。
確かにその通りだから、何の申し開きもできない。
でも所詮、幸也はこんな人なのだ。
優しさをまともに受け取る方がバカなんだと言い聞かせながらも、ユウの後から現れた幸也の顔を見た時、ひどく嬉しいと思ってしまった自分を、勝浩は嗤った。
「勝っちゃん!」
山荘の前で待っていた検見崎は、幸也の後ろにユウを従えて戻ってきた勝浩を見ると駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。
「心配させんなよな、命が縮んだぞ」
「すみません……」
ほっとしたようすでポンポンと背中を軽く叩いた検見崎を、ようやく離された勝浩はまじまじと見つめた。
「検見崎さん、髭が…」
「ああ、さっき剃ったの」
検見崎はお茶目な笑みを浮かべる。
「ああ、だからか。長谷川さんとよく似てる。びっくりした」
「だろう? そのことなんだが、俺たち実は従兄弟でさ。昔っから兄弟より似てるって言われてて。黙ってて悪かったよ。これには深いわけがあってだな」
「いや、もういいですよ。ほんとに心配かけてすみませんでした」
勝浩は検見崎の言葉を遮るように言って弱弱しく微笑んだ。
「風呂入ってよくあったまるんだぞ」
ユウと一緒に階段を上がっていく勝浩に、検見崎が声をかけた。
検見崎は、勝浩が二階に消えると、背後に突っ立っている幸也を振り返った。
「どしたんだ? お前。ぬーぼーとして。勝っちゃんに話したか?」
「……勝浩見つけた途端、怒鳴っちまって」
ボソッと口にする幸也は突っ立ったままだった。
「ああ? 話してないのか? まだ」
検見崎に呆れられなくても、だ。
幸也はようやくトボトボと二階へと向かう。
「俺はこれで、勝浩に嫌われたら、もう日本の地は踏まない」
はあ? と検見崎は眉をひそめた。
「何、言ってんだ、お前」
「永久にな」
そんな台詞を残して肩の落ちた幸也が階段を上がっていくのを見ながら、検見崎は呟いた。
「タラシのなれの果てが純愛、っつーのもまた、おマヌケな話だよなー。せいぜいうまくやれよ」
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