月で逢おうよ

chatetlune

文字の大きさ
上 下
20 / 25

月で逢おうよ 20

しおりを挟む
「最後のモエ、開けるよー。美利ちゃん、飲む?」
 垪和が言った。
「わ、飲むー。勝浩くんは?」
「俺はいいよ」
 見かけによらず、というか、どうやらこの会の女性陣はみんな強いらしい。
 焼酎で盛り上がっている男どもには、リリーが混じって大騒ぎだ。
 幸也はひかりや検見崎とゆったりと酒を飲んでいる。
 煙草をくわえながら談笑する幸也には、犬たちと一緒に勝浩と接しているときとは全然違う雰囲気があった。
 きっと大人のつきあいをしているのだ。
 もともと、お互いに交わることのない道を歩いているのはわかっていたはずじゃないか。
 そうは思っても、目の前で事実をつきつけられると、勝浩はまた自分の感情をコントロールできなくなってきた。
「厄介だよな……。風にあたってこよ…」
 ベランダに出て空を仰ぐと、雲もなく月がひどく明るく輝いている。
 月の光を浴びた木立は青い影を落とし、柔らかな風に揺られて夜の森は嬉しげにうごめいているようだ。
「すんげえ月。俺が焼いたパンケーキみてぇ」
 背後からそんな声がした。
「それ、宇宙開発やろうとかいう人が言う言葉ですか」
 振り向かなくても、昔から聞きなれた声だ。
「見たままの素直な感想」
 手にあるグラスの中はウイスキーか何かだろう、一口飲むと、幸也は勝浩の横に来て、手すりにもたれかかる。
「パンケーキなんか焼くんですか?」
「向こうで、癖になってたな。ブランチの定番メニュー。今度、作ってやるよ、うまいぞ」
「……そうですね。楽しみにしてます」
 さりげなく会話を合わせるくらいはできる。
 けれど、そんな幸也の言葉に、一喜一憂している自分の心に時々ついていけなくなる。
「こうして空見てると、ほんとに自分がちっぽけだって痛感しますね。地球もこの広い宇宙の中のほんの小さな星なんだから」
「塵芥にも匹敵しないってとこかな、宇宙の中の人間の存在なんて。地球は宇宙っていう海の中に漂うプランクトンで、するってーと、人間はそれよりもっとミクロなしろものってことか」
「宇宙って膨張してるって、きいたことありますけど」
「ビッグバンね。まあ、そのミクロな人間はいろんな理論を打ち立ててみるのさ。実際解明するのは限りなく不可能に近いわけだから、勝手に想像するのは自由だろ」
「そうですね」
 自信ありげに持論を展開する幸也に勝浩は笑う。
「ガキの頃から、よく考えてたな。宇宙の果てまで行ってみたいってさ。こう、ワープとかして、星が誕生するとことか、死滅するとことか、この目で見て見たいね」
「何だか、ちまちまあくせくしているのが、バカみたいだな、ミクロな人間たちが」
「バカ言え、お前らしくもないぞ。動物の生命を考えていこうってお前が。どんなミクロなやつにも主義主張ってもんがあるってことだろーが」
 ちょっと語気を強くして語る幸也に、勝浩は驚いて苦笑いする。
「そう……ですね、一寸の虫にも五分の魂、って言いますもんね」
 勝浩は言った。
「またまた、悟りきった仙人みたいな例え」
「祖父がよく言ってたんです」
 幸也の微笑みが妙に優しく見える。
「まあ、ミクロはミクロなりに、近場から開発を進めていくのさ。さしあたってまず月だな」
「え、月? ってあの月?」
 勝浩は聞き返した。
「そう。俺は独自に月をベースにした交流の場を創るプロジェクトも計画している。地球からすると月は離れ小島みたいなもんだろ?」
 忘れていたが、この人はそんな最先端のプロジェクトにいるような、卓越した存在なのだ。
「はは、いいな、それ」
 この人ならいずれ現実にしてしまいそうだ。
 そして今度こそもう自分の手の届かないところへ行くのだろう。
「……勝浩さぁ……」
 しばしの沈黙の後、幸也が口を開く。
 らしくもない遠慮がちな口調に、勝浩は幸也を見上げた。
「あの子、美利ちゃんとつきあってんの?」
 唐突な質問に、勝浩は言葉が出てこない。
「……俺が、……誰とつきあってたって、長谷川さんには関係ないでしょ」
 ようやく勝浩は言葉を絞り出す。
「あ、いや、ほら、可愛い子だしさ、よく一緒にいたから、そうなのかな……って」
「……実は、前からアタックしてるんですけど、もうちょっとってとこなんです。ほら、俺って、長谷川さんみたいに女の子の扱い、うまくないし」
 心が痛くて、勝浩は口からでまかせを並べ立てた。
 そうでもしないと、やってられない。
「じゃあ、もう一度、美利ちゃんにぶつかってみるかな」
「あ、そう……、がんばれよ……」
 幸也のそんなセリフを背中に聞いた後、勝浩は口にした手前、美利や垪和のところにいって、残っていたワインをもらうことになった。
「大丈夫? 勝浩くん」
 あまり酒に強くないとわかったからか、美利がまた気遣ってくれる。
「ん、何か飲みたい気分なんだ」
 飲み干した赤いワインはただ渋いだけで、少しも美味しいとは思えなかったけれど。
 勝浩と入れ違いにベランダに出て行った検見崎は、手すりにもたれたまま座り込んでいる幸也を見つけた。
「何してんだよ、お前」
 呆れた顔で検見崎は幸也を見おろした。
「あああ…………」
 幸也は大仰なため息を吐いた。
「おい、どうしたんだ? この世の終わりみたいな顔して」
「……終わりだな……もう」
「おい、幸也、どうしたんだよ」
 さすがにあまり見たことのない幸也の体たらくに検見崎は首を傾げて、その横に座り込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Tea Time

chatetlune
BL
「月で逢おうよ」の後の幸也と勝浩のエピソードです。 再会してぐっと近づいた、はずの幸也と勝浩だったが、幸也には何となく未だに勝浩の自分への想いを信じ切られないところがあった。それは勝浩に対しての自分のこれまでの行状が故のことなのだが、検見崎が知っている勝浩のことが幸也にとっては初耳だったりして、幸也は何となく焦りを感じていた。

トップアイドルのあいつと凡人の俺

にゃーつ
BL
アイドル それは歌・ダンス・演技・お笑いなど幅広いジャンルで芸能活動を展開しファンを笑顔にする存在。 そんなアイドルにとって1番のタブー それは恋愛スクープ たった一つのスクープでアイドル人生を失ってしまうほどの効力がある。 今この国でアイドルといえば100人中100人がこう答えるだろう。 『soleil』 ソレイユ、それはフランス語で太陽を意味する言葉。その意味のように太陽のようにこの国を明るくするほどの影響力があり、テレビで見ない日はない。 メンバー5人それぞれが映画にドラマと引っ張りだこで毎年のツアー動員数も国内トップを誇る。 そんなメンバーの中でも頭いくつも抜けるほど人気なメンバーがいる。 工藤蒼(くどう そう) アイドルでありながらアカデミー賞受賞歴もあり、年に何本ものドラマと映画出演を抱えアイドルとしてだけでなく芸能人としてトップといえるほどの人気を誇る男。 そんな彼には秘密があった。 なんと彼には付き合って約4年が経つ恋人、木村伊織(きむら いおり)がいた!!! 伊織はある事情から外に出ることができず蒼のマンションに引きこもってる引き篭もり!?!? 国内NO.1アイドル×引き篭もり男子 そんな2人の物語

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

処理中です...