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月で逢おうよ 16
しおりを挟むACT 3
さすがに空気が違っていた。
山々の連なりにさえ、手が届きそうだ。
「ひゃっほうっ!!」
「ぜっけーだー!!」
九月中盤のよく晴れた日の早朝、『動物愛護研究会』の一行を乗せた数台の車は、八ヶ岳の麓にある検見崎の山荘に向かって、ひた走っているところだ。
窓から顔や手を出して、ぎゃあぎゃあ喚く男どもと、携帯であちこち撮りまくっている女の子たち。
犬たちも少しだけ開いた窓から、鼻をつきだしてクンクンとうまい空気の匂いをかいでいるようだ。
「ようこそ、『動物愛護研究会』ご一行さま!」
山小屋に着くと、先回りして準備を整えていた検見崎がラブやロクと一緒にみんなを出迎えた。
「それでは、『強化合宿』会場へと皆様をご案内しま~す!」
垪和のマーチには美利と猫二匹。
大杉がワゴン車で男四人と犬三匹、春山が女の子二人と男二人を乗せ、幸也は勝浩やユウ、ビッグと一緒に、酒や食料を大量に乗せてやってきた。
総勢、十五人と九匹。
みんな大騒ぎでそれぞれ割りあてられた部屋へ、トランクから出した荷物を運ぶ。
もちろん犬や猫たちも忘れてはいない。
山荘といっても、元はペンションだったものを検見崎の母親が買いとったのだという。
和、洋合わせて八部屋あって、うち半分はバストイレ付という豪華なしろものだ。
女の子たちは大きな家族風呂を楽しみにしていて、部屋割りする時にも一番眺望のいい広い和室をさっさと確保している。
男たちの部屋は、検見崎によって勝手に割り振られた。
だが、「俺、勝浩とか?」という幸也の発言が、部屋に荷物を運ぶときも、勝浩の中でずっと引っかかっていた。
幸也が合宿に参加すると聞いた時は、「また会いたいと思ってたのよ!」と喜んでいた垪和よりもずっと勝浩は心がドギマギして嬉しかったのだ。
施設を訪れた際にちょっとしたことで逃げ出したユウを探すのを幸也に手伝ってもらって以来、朝、久しぶりに顔を合わせた幸也は相変わらず女の子たちに取り囲まれていた。
道中、幸也はまた散々勝浩をからかうし、アメリカでのおかしな話ばかりを聞かせるので、こんなに笑ったことはない、というほど楽しかった。
「アニマル・セラピーって知ってますか?」
だから、ついうきうきと、この先自分が何をやりたいか、なんてことまで、勝浩は幸也に語ったりした。
「聞いたことはあるな」
「人と動物とがふれあうことで互いに生まれる心身への働きを考えるっていう科学があるんです。そういう研究をしている教授がいて、そのゼミをとるつもりなんです。あと、やっぱ保護活動」
「へえ、いんじゃねーの? 俺もな、あれだ、ニュースで動物虐待とかって聞くだろ? 見つけたらぶっ殺したろかってくらい、腹立つんだよ、そういうの。人間の都合で飼えなくなったら処分とかってふざけるなって」
憤る幸也には、勝浩にも納得するところがあった。
「うん、動物園とかでも面倒見切れなくなったからって、人間の都合であちこちやられて。動物の心をもっと考えろって、思いませんか?」
「全く人間は勝手な動物だよな」
「俺ね、小さい頃、動物園に連れて行ってもらうでしょ? なんでみんな檻の中にいるのかな、って思ってた。狭いところにずっと閉じ込められて、ひどく悲しそうにみえて」
「だな。ヒョウとかライオンとか、サバンナを走り回るのがほんとだもんな」
そんなやり取りをしながらやってきて、何だか自分のことを幸也にわかってもらえている気分になっていたのに。
やっぱ、俺と一緒じゃ、いやなのかな?
しかもその上、女の子二人の飛び込み参加は、勝浩の心に暗雲をもたらした。
あの合コンに幸也が連れてきた、ひかりとリリーだったからだ。
「あたしたち清里にいるんだけど、混ぜて~」
「お前ら、さては知っててきたんだろ?」
検見崎の鋭い突っ込みに、二人は顔を見合わせて肩をすくめるだけだが、誰に聞いたのか、確認するまでもない。
可愛い女の子の乱入に、大杉や春山ら男たちは大歓迎だ。
その日のバーベキューは、大騒ぎのうちに幕を開けた。
バーベキューを焼く専門は検見崎と垪和だ。
慣れた手つきで、みんなで刻んだ肉や野菜を返していく。
「ほーい、焼けた焼けたよっ! にんじん、かぼちゃ、お肉にたまねぎ! 早いもん勝ちだよーん!」
検見崎の威勢よい掛け声に、きゃっきゃいいながら、女の子たちが皿を持って駆け寄った。
「えー、ワインにビール、ポン酒はいかがっすか~?」
プラスチックのコップに酒を注ぎ分けている幸也のところには男どもが集まっている。
「勝浩、お前は? 何飲む?」
ぼんやり突っ立っていた勝浩に、幸也が声をかける。
「あ、えっと、じゃ、ワインください」
「よっしゃ、ワインね」
「ども…」
浮かない表情で受け取る勝浩に、「どうした? 疲れたか?」と、幸也は優しい言葉をかける。
「え、いえ、そんなでも」
「幸也、ワインちょうだい」
「あたし、ポン酒ね」
ひかりとリリーがやってきたので、勝浩はさりげなく検見崎の方に向かう。
「検見崎さん」
「おう、勝っちゃん、皿出せ、皿。ぼーっとしてると食われちまうぞ」
「あ、あの、手伝います」
「じゃ、そのエプロンつけろ」
勝浩は忙しくすることで、頭の中のもやもやを消したかった。
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