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月で逢おうよ 10
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勝浩の長谷川幸也に対する思いには実はなかなか根が深いものがあった。
といっても、今思えばたあいのない子供同士の日常に過ぎないのだが、小学生の勝浩には、人生を左右するかのようないじめに思えたのだ。
勝浩は一緒に暮らしていた祖父母に厳しく躾けられた。勝浩を産んだ母は、物心つく前に他界したので、顔も覚えていない。
祖父母も勝浩が小学校に上がる頃、相次いで他界し、仕事で忙しい父がいない時は、当時ピアノの先生だった今の母裕子が、勝浩にとっては心のよりどころだった。
裕子は夫を事故で亡くし、三歳の彰を抱えながら自宅でピアノ教室を開いていた。
裕子の家はちょうど勝浩の家の三軒隣で、それが縁で裕子と勝浩の父義勝が結婚することになったのだ。
裕子がお母さんになる、可愛い弟もできる、勝浩は心を躍らせた。
初めてのピアノの発表会で、裕子にほめてもらいたくて、勝浩は一生懸命練習した。
それをぶち壊してくれたのが、幸也と、当時裕子にピアノを習っていた城島志央という二人のいじめっ子である。
勝浩がピアノに向かっているところへカエルを放り込んだのは次に演奏するはずだった志央だ。
場内は大騒ぎになり、演奏を中断せざるを得なくなった勝浩は非常に悔しい思いをした。
父親の転勤で関西に越すまで、勝浩は家からすぐ近くにある陵雲学園に幼稚園から通っていた。
幸也と志央二人とも一つ上の二年生で、当時から評判の悪ガキだった。
特に、学園理事長の孫である志央は、見かけは女の子なんかより数段きれいなくせに、とんでもないジャイアンだった。
あの頃から志央は勝浩にとっては目の上のたんこぶだったのだ。
登下校の途中でこの二人に待ち伏せされ、帽子や靴を取られて隠されたり、背中に張り紙をされたり、ランドセルの中にアオムシを入れられたりと、数えあげればきりがない。
迷惑を被ったのは勝浩だけではなかったし、乱暴したりするわけではなかったけれど。
勝浩は三年生の終わりに転校してしまったので、きっと幸也はそんなこともすっかり忘れているに違いない。
中学二年の時、父親が東京本社に栄転になると聞いて勝浩も喜んだが、当時人に貸していた懐かしい家に戻れる、ということは、陵雲学園や志央と近くなるということで、それはそれで思い出したくない過去に遭遇することをも意味する。
勝浩は陵雲学園中学への転校を勧める父に断固として、別の中学への転校手続きをせがんだ。
その時はまさか、また陵雲学園高校に通うことになろうとは思わなかったのだ。
東京に戻ってきて、勝浩は家から遠い公立中学に転入したが、なんとなく馴染むことができず、一人孤立していた。
「こら! このガキども! 小さい動物をいじめんじゃねー」
二月の寒い日の夕方、塾に行く時に通りかかった公園で、怒鳴り声が聞こえた。
ベンチの周りでわいわい騒いでいた小学生四、五人がその声に立ち止まる。
小学生の足の間から、野良猫が走り去るのが見えた。
「ったく、近頃の親や先生は何教えてんだか。お前らな、ゲームばっかしてっから、そーゆー基本的なことわからなくなっちまうんだぞ」
諭すような口調で、小学生に説教しているのは、背は高いがまだ若い少年だった。
「基本的なことって、何だよ」
生意気そうな小学生がくってかかる。
「ん、たとえば、こうゆう公園で何をして遊ぶか、とか」
「なーんで、それが基本的なことなんだよ」
「子供は遊ぶ、ってのが基本だからだ」
わかるようなわからないような理論で、小学生の質問を煙に巻くと、少年は持っていたサッカーボールを取り出して、「やるか?」と聞く。
「だーって、こんな狭くて、こんなブタだとかクマだとかが埋まってるとこで、できねーじゃん」
確かにその公園はブタやクマが形作られ、地面に埋まっているし、その他にも滑り台やブランコなどがあって、とてもサッカーなんかできる場所はない。
すると少年は、「頭使えよ、頭。いいか、見てろよ」と言ったかと思うと、コートを脱いで鞄と一緒にベンチに放る。
ボールを足元に落とし、ブタやクマの間をドリブルして走る。
ブランコを潜り抜け、滑り台の下もドリブルしながら潜り抜ける。
小学生の間から、「すげぇ」と歓声があがる。
「やってみるか?」
少年が尋ねると、小学生が「やるやる」「俺も」と少年の元に走り寄る。
そのようすをしばらく見つめていたが、勝浩は思わずベンチに近づいた。
鞄と一緒に無造作に置いてある黒いコート。
ようやく、少年が誰であるか、思い当たった。
長谷川幸也だ。
忘れもしない、小学生の時、城島志央と一緒に勝浩に散々悪ふざけをした上級生。
子供のくせにやけに大人びて見えた。
「近頃の先生は何を教えてる、だって、笑わせるよ。いじめっ子はお前じゃないか!」
だが、その日のことが、何故か心に残った。
それから時折、塾への道すがら、その公園を通るたびに、子供たちと遊ぶ幸也を見ることがあった。
あとになってわかったのだが、志央がお習字にいっている間、幸也はそこで時間をつぶしていたらしい。
といっても、今思えばたあいのない子供同士の日常に過ぎないのだが、小学生の勝浩には、人生を左右するかのようないじめに思えたのだ。
勝浩は一緒に暮らしていた祖父母に厳しく躾けられた。勝浩を産んだ母は、物心つく前に他界したので、顔も覚えていない。
祖父母も勝浩が小学校に上がる頃、相次いで他界し、仕事で忙しい父がいない時は、当時ピアノの先生だった今の母裕子が、勝浩にとっては心のよりどころだった。
裕子は夫を事故で亡くし、三歳の彰を抱えながら自宅でピアノ教室を開いていた。
裕子の家はちょうど勝浩の家の三軒隣で、それが縁で裕子と勝浩の父義勝が結婚することになったのだ。
裕子がお母さんになる、可愛い弟もできる、勝浩は心を躍らせた。
初めてのピアノの発表会で、裕子にほめてもらいたくて、勝浩は一生懸命練習した。
それをぶち壊してくれたのが、幸也と、当時裕子にピアノを習っていた城島志央という二人のいじめっ子である。
勝浩がピアノに向かっているところへカエルを放り込んだのは次に演奏するはずだった志央だ。
場内は大騒ぎになり、演奏を中断せざるを得なくなった勝浩は非常に悔しい思いをした。
父親の転勤で関西に越すまで、勝浩は家からすぐ近くにある陵雲学園に幼稚園から通っていた。
幸也と志央二人とも一つ上の二年生で、当時から評判の悪ガキだった。
特に、学園理事長の孫である志央は、見かけは女の子なんかより数段きれいなくせに、とんでもないジャイアンだった。
あの頃から志央は勝浩にとっては目の上のたんこぶだったのだ。
登下校の途中でこの二人に待ち伏せされ、帽子や靴を取られて隠されたり、背中に張り紙をされたり、ランドセルの中にアオムシを入れられたりと、数えあげればきりがない。
迷惑を被ったのは勝浩だけではなかったし、乱暴したりするわけではなかったけれど。
勝浩は三年生の終わりに転校してしまったので、きっと幸也はそんなこともすっかり忘れているに違いない。
中学二年の時、父親が東京本社に栄転になると聞いて勝浩も喜んだが、当時人に貸していた懐かしい家に戻れる、ということは、陵雲学園や志央と近くなるということで、それはそれで思い出したくない過去に遭遇することをも意味する。
勝浩は陵雲学園中学への転校を勧める父に断固として、別の中学への転校手続きをせがんだ。
その時はまさか、また陵雲学園高校に通うことになろうとは思わなかったのだ。
東京に戻ってきて、勝浩は家から遠い公立中学に転入したが、なんとなく馴染むことができず、一人孤立していた。
「こら! このガキども! 小さい動物をいじめんじゃねー」
二月の寒い日の夕方、塾に行く時に通りかかった公園で、怒鳴り声が聞こえた。
ベンチの周りでわいわい騒いでいた小学生四、五人がその声に立ち止まる。
小学生の足の間から、野良猫が走り去るのが見えた。
「ったく、近頃の親や先生は何教えてんだか。お前らな、ゲームばっかしてっから、そーゆー基本的なことわからなくなっちまうんだぞ」
諭すような口調で、小学生に説教しているのは、背は高いがまだ若い少年だった。
「基本的なことって、何だよ」
生意気そうな小学生がくってかかる。
「ん、たとえば、こうゆう公園で何をして遊ぶか、とか」
「なーんで、それが基本的なことなんだよ」
「子供は遊ぶ、ってのが基本だからだ」
わかるようなわからないような理論で、小学生の質問を煙に巻くと、少年は持っていたサッカーボールを取り出して、「やるか?」と聞く。
「だーって、こんな狭くて、こんなブタだとかクマだとかが埋まってるとこで、できねーじゃん」
確かにその公園はブタやクマが形作られ、地面に埋まっているし、その他にも滑り台やブランコなどがあって、とてもサッカーなんかできる場所はない。
すると少年は、「頭使えよ、頭。いいか、見てろよ」と言ったかと思うと、コートを脱いで鞄と一緒にベンチに放る。
ボールを足元に落とし、ブタやクマの間をドリブルして走る。
ブランコを潜り抜け、滑り台の下もドリブルしながら潜り抜ける。
小学生の間から、「すげぇ」と歓声があがる。
「やってみるか?」
少年が尋ねると、小学生が「やるやる」「俺も」と少年の元に走り寄る。
そのようすをしばらく見つめていたが、勝浩は思わずベンチに近づいた。
鞄と一緒に無造作に置いてある黒いコート。
ようやく、少年が誰であるか、思い当たった。
長谷川幸也だ。
忘れもしない、小学生の時、城島志央と一緒に勝浩に散々悪ふざけをした上級生。
子供のくせにやけに大人びて見えた。
「近頃の先生は何を教えてる、だって、笑わせるよ。いじめっ子はお前じゃないか!」
だが、その日のことが、何故か心に残った。
それから時折、塾への道すがら、その公園を通るたびに、子供たちと遊ぶ幸也を見ることがあった。
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