月で逢おうよ

chatetlune

文字の大きさ
上 下
10 / 25

月で逢おうよ 10

しおりを挟む
 勝浩の長谷川幸也に対する思いには実はなかなか根が深いものがあった。
 といっても、今思えばたあいのない子供同士の日常に過ぎないのだが、小学生の勝浩には、人生を左右するかのようないじめに思えたのだ。
 勝浩は一緒に暮らしていた祖父母に厳しく躾けられた。勝浩を産んだ母は、物心つく前に他界したので、顔も覚えていない。
 祖父母も勝浩が小学校に上がる頃、相次いで他界し、仕事で忙しい父がいない時は、当時ピアノの先生だった今の母裕子が、勝浩にとっては心のよりどころだった。
 裕子は夫を事故で亡くし、三歳の彰を抱えながら自宅でピアノ教室を開いていた。
 裕子の家はちょうど勝浩の家の三軒隣で、それが縁で裕子と勝浩の父義勝が結婚することになったのだ。
 裕子がお母さんになる、可愛い弟もできる、勝浩は心を躍らせた。
 初めてのピアノの発表会で、裕子にほめてもらいたくて、勝浩は一生懸命練習した。
 それをぶち壊してくれたのが、幸也と、当時裕子にピアノを習っていた城島志央という二人のいじめっ子である。
 勝浩がピアノに向かっているところへカエルを放り込んだのは次に演奏するはずだった志央だ。
 場内は大騒ぎになり、演奏を中断せざるを得なくなった勝浩は非常に悔しい思いをした。
 父親の転勤で関西に越すまで、勝浩は家からすぐ近くにある陵雲学園に幼稚園から通っていた。
 幸也と志央二人とも一つ上の二年生で、当時から評判の悪ガキだった。
 特に、学園理事長の孫である志央は、見かけは女の子なんかより数段きれいなくせに、とんでもないジャイアンだった。
 あの頃から志央は勝浩にとっては目の上のたんこぶだったのだ。
 登下校の途中でこの二人に待ち伏せされ、帽子や靴を取られて隠されたり、背中に張り紙をされたり、ランドセルの中にアオムシを入れられたりと、数えあげればきりがない。
 迷惑を被ったのは勝浩だけではなかったし、乱暴したりするわけではなかったけれど。
 勝浩は三年生の終わりに転校してしまったので、きっと幸也はそんなこともすっかり忘れているに違いない。
 中学二年の時、父親が東京本社に栄転になると聞いて勝浩も喜んだが、当時人に貸していた懐かしい家に戻れる、ということは、陵雲学園や志央と近くなるということで、それはそれで思い出したくない過去に遭遇することをも意味する。
 勝浩は陵雲学園中学への転校を勧める父に断固として、別の中学への転校手続きをせがんだ。
 その時はまさか、また陵雲学園高校に通うことになろうとは思わなかったのだ。
 
 


 東京に戻ってきて、勝浩は家から遠い公立中学に転入したが、なんとなく馴染むことができず、一人孤立していた。
「こら! このガキども! 小さい動物をいじめんじゃねー」
 二月の寒い日の夕方、塾に行く時に通りかかった公園で、怒鳴り声が聞こえた。
 ベンチの周りでわいわい騒いでいた小学生四、五人がその声に立ち止まる。
 小学生の足の間から、野良猫が走り去るのが見えた。
「ったく、近頃の親や先生は何教えてんだか。お前らな、ゲームばっかしてっから、そーゆー基本的なことわからなくなっちまうんだぞ」
 諭すような口調で、小学生に説教しているのは、背は高いがまだ若い少年だった。
「基本的なことって、何だよ」
 生意気そうな小学生がくってかかる。
「ん、たとえば、こうゆう公園で何をして遊ぶか、とか」
「なーんで、それが基本的なことなんだよ」
「子供は遊ぶ、ってのが基本だからだ」
 わかるようなわからないような理論で、小学生の質問を煙に巻くと、少年は持っていたサッカーボールを取り出して、「やるか?」と聞く。
「だーって、こんな狭くて、こんなブタだとかクマだとかが埋まってるとこで、できねーじゃん」
 確かにその公園はブタやクマが形作られ、地面に埋まっているし、その他にも滑り台やブランコなどがあって、とてもサッカーなんかできる場所はない。
 すると少年は、「頭使えよ、頭。いいか、見てろよ」と言ったかと思うと、コートを脱いで鞄と一緒にベンチに放る。
 ボールを足元に落とし、ブタやクマの間をドリブルして走る。
 ブランコを潜り抜け、滑り台の下もドリブルしながら潜り抜ける。
 小学生の間から、「すげぇ」と歓声があがる。
「やってみるか?」
 少年が尋ねると、小学生が「やるやる」「俺も」と少年の元に走り寄る。
 そのようすをしばらく見つめていたが、勝浩は思わずベンチに近づいた。
 鞄と一緒に無造作に置いてある黒いコート。
 ようやく、少年が誰であるか、思い当たった。
 長谷川幸也だ。
 忘れもしない、小学生の時、城島志央と一緒に勝浩に散々悪ふざけをした上級生。
 子供のくせにやけに大人びて見えた。
「近頃の先生は何を教えてる、だって、笑わせるよ。いじめっ子はお前じゃないか!」
 だが、その日のことが、何故か心に残った。
 それから時折、塾への道すがら、その公園を通るたびに、子供たちと遊ぶ幸也を見ることがあった。
 あとになってわかったのだが、志央がお習字にいっている間、幸也はそこで時間をつぶしていたらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Tea Time

chatetlune
BL
「月で逢おうよ」の後の幸也と勝浩のエピソードです。 再会してぐっと近づいた、はずの幸也と勝浩だったが、幸也には何となく未だに勝浩の自分への想いを信じ切られないところがあった。それは勝浩に対しての自分のこれまでの行状が故のことなのだが、検見崎が知っている勝浩のことが幸也にとっては初耳だったりして、幸也は何となく焦りを感じていた。

トップアイドルのあいつと凡人の俺

にゃーつ
BL
アイドル それは歌・ダンス・演技・お笑いなど幅広いジャンルで芸能活動を展開しファンを笑顔にする存在。 そんなアイドルにとって1番のタブー それは恋愛スクープ たった一つのスクープでアイドル人生を失ってしまうほどの効力がある。 今この国でアイドルといえば100人中100人がこう答えるだろう。 『soleil』 ソレイユ、それはフランス語で太陽を意味する言葉。その意味のように太陽のようにこの国を明るくするほどの影響力があり、テレビで見ない日はない。 メンバー5人それぞれが映画にドラマと引っ張りだこで毎年のツアー動員数も国内トップを誇る。 そんなメンバーの中でも頭いくつも抜けるほど人気なメンバーがいる。 工藤蒼(くどう そう) アイドルでありながらアカデミー賞受賞歴もあり、年に何本ものドラマと映画出演を抱えアイドルとしてだけでなく芸能人としてトップといえるほどの人気を誇る男。 そんな彼には秘密があった。 なんと彼には付き合って約4年が経つ恋人、木村伊織(きむら いおり)がいた!!! 伊織はある事情から外に出ることができず蒼のマンションに引きこもってる引き篭もり!?!? 国内NO.1アイドル×引き篭もり男子 そんな2人の物語

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

処理中です...