9 / 25
月で逢おうよ 9
しおりを挟む
「そんなの俺の勝手でしょ。長谷川さんこそ、向こうでもどうせ、女の子たくさん泣かしてたんじゃないですか」
「人聞きの悪い。どんな女の子にも優しくってのが俺のポリシーなんだ」
「ポリシーなんて、よく言いますよね」
勝浩はびしっと言い放つ。
「それより、遊びといったらディズニーランドしか知らなかった勝浩だからな。女の子に襲われて、あーれーとか言ってるうちにやられちゃったりして」
「何で俺が襲われるんです? 時代劇の町娘ですか、俺は」
「おう、初いやつじゃ、くるしゅうないぞ!」
ゲラゲラ笑いながら、幸也はガシッと勝浩の首に腕を回す。
「幸也ってば、可愛い子餌付けして、くどいてるしぃ」
ドキッとする科白に、勝浩が顔を上げると、向かいからきれいな笑顔が見つめていた。
幸也と一緒に現れたモデルだという美女だ。
ひかりと言ったか。
お陰でみんなの視線が一斉に二人に集中する。
「ねえ、ねえ、君、幸也の高校の後輩なんだって?」
ひかりはわざわざ席を立って、二人の後ろまでやってくる。
「勝浩っていうの? 可愛い~い」
勝浩は幸也の彼女かもしれないひかりにそんなことを言われ、思わず目の前にあったグラスをゴクゴクと飲み干した。
「おいこら、大丈夫か、勝浩」
気づいた幸也が心配そうに勝浩の顔を覗き込む。
「うん…………」
ちょっと、かなり酔っ払ったみたいだ。
しっかりしなくちゃ、と思うのとは裏腹に、朦朧としてきた頭がぐるぐる回っている。
「眠…い…………」
そう呟いた直後にはもう、勝浩はテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
二十歳になってから、同じ科の友人に誘われたり、研究会のみんなと飲む機会は何度もあって、勝浩も少しはたしなむようになっていたものの、酒が入ると眠くなってしまうようで、部屋で高校からの友人である七海と飲んだりした時は気がつくと朝だったことがあった。
「あぶないなぁ、外ではあんまり飲まない方がいいぞ」
ユウを散歩に連れて行ってくれた七海が戻ってきて、目を覚ました勝浩にコーヒーを出しながらそう言った。
「あぶないって、別に女の子じゃあるまいし」
「いんや、勝浩なんか、女にお持ち帰りってケースも考えられるしな」
「何だよ、それ!」
その時はむかついたが、飲み会の帰り、駅を三つも電車を乗り過ごしたこともあり、外で酒を飲むときは気をつけるようにしていたのだ。
だがしかし、突然現れた幸也に思った以上に精神的にパニクっていたらしい。
検見崎に担がれて店を出た時、勝浩は全く意識がなかった。
「どんだけ飲ませたんだよ、俺の大事な勝っちゃんに」
タクシーの中で検見崎は、勝浩を間に挟んで、幸也に突っかかる。
「何が俺の大事な勝っちゃんだ。いつの間にか俺の酒、飲んじまってたんだよ、間違えて」
幸也は心外だと言わんばかりに言い返す。
「ちゃー、まったく、こいつ引っ張り出すのに苦労したんだぞ」
「るせーな、何でお前ついてくるんだよ、タケ。こいつは俺が送るって言っただろ」
「場所も知らないくせに」
「とっとと教えればいいだろうが。大体他のメンバー放り出してきていいのかよ」
「ぬかせ、お前こそ、ひかりたち放ってきて、いいのかよ。タクシー代はお前が払えよ」
「面白そうとかって、勝手にきたんだよ、あいつらは」
二人が押し問答をしているうちに、タクシーは目白台に着いた。
「へえ、ここに住んでいるのか。なかなかいいじゃん、庭も広くて」
勝浩を肩に担いだ幸也が言った。
「ばーか、こりゃ、大家の家。勝っちゃんの部屋はそっちの離れ」
検見崎は勝浩のポケットを探って、鍵を取り出してドアを開ける。
途端、待ちかねたようにユウが駆け寄ってきた。
「おう、お前が噂のユウか」
名前を呼ばれて、くーん、とユウは幸也を見上げる。
八畳ほどのワンルームにブルーのカーペットが敷かれ、ベッドに書棚、机、箪笥などが整然と並んでいる。脇には小さなキッチン、バストイレのドアがある。
「なんか、勝浩らしい、部屋だなー」
幸也はこざっぱりと片付いた部屋を見回して、感慨深げに言った。
「感心してんなよ。早くベッド連れてけ」
検見崎はリードをユウの首輪に引っ掛ける。
「よしよし、ご主人様はあの体たらくだから、俺が連れてってやるからな」
ドアの前でふと立ち止まると、検見崎は幸也を振り返った。
「お前さ、勝っちゃんにどんな悪さしたわけ? 俺に車を渡すほど何年も気にかけるような」
「……お前に語るほどのことじゃねーよ」
幸也は言葉に詰まる。
「ひょとして、勝っちゃんの女、取ったとか?」
「バーカ、ねーよ。ただ、まあ俺、多分、嫌われてっからな」
幸也はにやりと笑う。
ユウが検見崎を急かしたので、検見崎はもう何も言わず、ユウと一緒に外に飛び出した。
しんと静まり返った部屋のベッドで眠る勝浩の、すうすうという寝息が幸也の耳にも聞こえてきた。
「無防備に可愛い顔して寝てるんじゃないよ」
勝浩の頬を指でちょんとつつき、幸也はボソッと呟く。
ジーパンのベルトとボタンをはずしてやると、勝浩は、うん、と寝返りをうった。
すると勝浩を見つめていた幸也は立ち上がって窓を開ける。
煙草をくわえてみたものの、火をつけようとしてやめると、しばしライターをもてあそぶ。
空に浮かぶ月は満月だ。
「やばいねぇ、こういうのは。狼に変身しちまいそう」
背を向ける幸也の独り言も知らぬげに、月は鈍く輝いている。
夜の闇に隠れた思いまでも、明るみにさらそうとするかのように。
「人聞きの悪い。どんな女の子にも優しくってのが俺のポリシーなんだ」
「ポリシーなんて、よく言いますよね」
勝浩はびしっと言い放つ。
「それより、遊びといったらディズニーランドしか知らなかった勝浩だからな。女の子に襲われて、あーれーとか言ってるうちにやられちゃったりして」
「何で俺が襲われるんです? 時代劇の町娘ですか、俺は」
「おう、初いやつじゃ、くるしゅうないぞ!」
ゲラゲラ笑いながら、幸也はガシッと勝浩の首に腕を回す。
「幸也ってば、可愛い子餌付けして、くどいてるしぃ」
ドキッとする科白に、勝浩が顔を上げると、向かいからきれいな笑顔が見つめていた。
幸也と一緒に現れたモデルだという美女だ。
ひかりと言ったか。
お陰でみんなの視線が一斉に二人に集中する。
「ねえ、ねえ、君、幸也の高校の後輩なんだって?」
ひかりはわざわざ席を立って、二人の後ろまでやってくる。
「勝浩っていうの? 可愛い~い」
勝浩は幸也の彼女かもしれないひかりにそんなことを言われ、思わず目の前にあったグラスをゴクゴクと飲み干した。
「おいこら、大丈夫か、勝浩」
気づいた幸也が心配そうに勝浩の顔を覗き込む。
「うん…………」
ちょっと、かなり酔っ払ったみたいだ。
しっかりしなくちゃ、と思うのとは裏腹に、朦朧としてきた頭がぐるぐる回っている。
「眠…い…………」
そう呟いた直後にはもう、勝浩はテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
二十歳になってから、同じ科の友人に誘われたり、研究会のみんなと飲む機会は何度もあって、勝浩も少しはたしなむようになっていたものの、酒が入ると眠くなってしまうようで、部屋で高校からの友人である七海と飲んだりした時は気がつくと朝だったことがあった。
「あぶないなぁ、外ではあんまり飲まない方がいいぞ」
ユウを散歩に連れて行ってくれた七海が戻ってきて、目を覚ました勝浩にコーヒーを出しながらそう言った。
「あぶないって、別に女の子じゃあるまいし」
「いんや、勝浩なんか、女にお持ち帰りってケースも考えられるしな」
「何だよ、それ!」
その時はむかついたが、飲み会の帰り、駅を三つも電車を乗り過ごしたこともあり、外で酒を飲むときは気をつけるようにしていたのだ。
だがしかし、突然現れた幸也に思った以上に精神的にパニクっていたらしい。
検見崎に担がれて店を出た時、勝浩は全く意識がなかった。
「どんだけ飲ませたんだよ、俺の大事な勝っちゃんに」
タクシーの中で検見崎は、勝浩を間に挟んで、幸也に突っかかる。
「何が俺の大事な勝っちゃんだ。いつの間にか俺の酒、飲んじまってたんだよ、間違えて」
幸也は心外だと言わんばかりに言い返す。
「ちゃー、まったく、こいつ引っ張り出すのに苦労したんだぞ」
「るせーな、何でお前ついてくるんだよ、タケ。こいつは俺が送るって言っただろ」
「場所も知らないくせに」
「とっとと教えればいいだろうが。大体他のメンバー放り出してきていいのかよ」
「ぬかせ、お前こそ、ひかりたち放ってきて、いいのかよ。タクシー代はお前が払えよ」
「面白そうとかって、勝手にきたんだよ、あいつらは」
二人が押し問答をしているうちに、タクシーは目白台に着いた。
「へえ、ここに住んでいるのか。なかなかいいじゃん、庭も広くて」
勝浩を肩に担いだ幸也が言った。
「ばーか、こりゃ、大家の家。勝っちゃんの部屋はそっちの離れ」
検見崎は勝浩のポケットを探って、鍵を取り出してドアを開ける。
途端、待ちかねたようにユウが駆け寄ってきた。
「おう、お前が噂のユウか」
名前を呼ばれて、くーん、とユウは幸也を見上げる。
八畳ほどのワンルームにブルーのカーペットが敷かれ、ベッドに書棚、机、箪笥などが整然と並んでいる。脇には小さなキッチン、バストイレのドアがある。
「なんか、勝浩らしい、部屋だなー」
幸也はこざっぱりと片付いた部屋を見回して、感慨深げに言った。
「感心してんなよ。早くベッド連れてけ」
検見崎はリードをユウの首輪に引っ掛ける。
「よしよし、ご主人様はあの体たらくだから、俺が連れてってやるからな」
ドアの前でふと立ち止まると、検見崎は幸也を振り返った。
「お前さ、勝っちゃんにどんな悪さしたわけ? 俺に車を渡すほど何年も気にかけるような」
「……お前に語るほどのことじゃねーよ」
幸也は言葉に詰まる。
「ひょとして、勝っちゃんの女、取ったとか?」
「バーカ、ねーよ。ただ、まあ俺、多分、嫌われてっからな」
幸也はにやりと笑う。
ユウが検見崎を急かしたので、検見崎はもう何も言わず、ユウと一緒に外に飛び出した。
しんと静まり返った部屋のベッドで眠る勝浩の、すうすうという寝息が幸也の耳にも聞こえてきた。
「無防備に可愛い顔して寝てるんじゃないよ」
勝浩の頬を指でちょんとつつき、幸也はボソッと呟く。
ジーパンのベルトとボタンをはずしてやると、勝浩は、うん、と寝返りをうった。
すると勝浩を見つめていた幸也は立ち上がって窓を開ける。
煙草をくわえてみたものの、火をつけようとしてやめると、しばしライターをもてあそぶ。
空に浮かぶ月は満月だ。
「やばいねぇ、こういうのは。狼に変身しちまいそう」
背を向ける幸也の独り言も知らぬげに、月は鈍く輝いている。
夜の闇に隠れた思いまでも、明るみにさらそうとするかのように。
1
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
しば犬ホストとキツネの花屋
ことわ子
BL
【相槌を打たなかったキミへ】のスピンオフ作品になります。上記を読んでいなくても理解できる内容となっています。
とりあえずビッグになるという目標の元、田舎から上京してきた小太郎は源氏名、結城ナナトと名乗り新人ホストをしていた。
ある日、店の先輩ホストであるヒロムが女の人と歩いているのを目撃する。同伴もアフターもしないヒロムが女の人を連れていることが気になり、興味本位で後をつけることにした小太郎だったが──
Tea Time
chatetlune
BL
「月で逢おうよ」の後の幸也と勝浩のエピソードです。
再会してぐっと近づいた、はずの幸也と勝浩だったが、幸也には何となく未だに勝浩の自分への想いを信じ切られないところがあった。それは勝浩に対しての自分のこれまでの行状が故のことなのだが、検見崎が知っている勝浩のことが幸也にとっては初耳だったりして、幸也は何となく焦りを感じていた。
クリスマスの空
chatetlune
BL
夏前に山本力とつき合うことになった佑人の世界は一変した。だが、高校三年生の彼らには受験や卒業が迫っていた。無論東山や坂本らも当然受験体制に入っているのだが、問題は力は進路を佑人以外に話していないということだった。そんな中でも世の中はクリスマスに近づき、浮足立っていた。

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

Re:asu-リアス-
元森
BL
好きな人はいつの間にか手の届かない海外のスターになっていた―――。
英語が得意な高校2年生瀬谷樹(せや いつき)は、幼馴染を想いながら平凡に生きてきた。
だが、ある日一本の電話により、それは消え去っていく。その相手は幼い頃からの想い人である
人気海外バンドRe:asu・ボーカルの幼馴染の五十嵐明日(いがらし あす)からだった。そして日本に帰ってくる初めてのライブに招待されて…?
会うたびに距離が近くなっていく二人だが、徐々にそれはおかしくなっていき…。
甘えん坊美形海外ボーカリスト×英語が得意な平凡高校生
※執着攻・ヤンデレ要素が強めの作品です。シリアス気味。攻めが受けに肉体的・精神的に追い詰める描写・性描写が多い&強いなのでご注意ください。
この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しており、さらに加筆修正を加えたものとなります。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる