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月で逢おうよ 5
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加えて五匹の犬と、猫が五匹から多い日で七匹がいたりするとたまったものではない。
検見崎が二年前、粗大ゴミの中から見つけてきたガコガコのエアコンも、日中は多少役に立っているが、熱帯夜になりそうな日は、検見崎が暑さが苦手が犬たちを家に連れ帰ったりもする。
最初勝手に電気を配線してエアコンを使っていたために、大学側から文句をいただくなんてこともあった。
代表の垪和と検見崎で交渉の末、エアコンの電気代を払うという条件で晴れて使用が認められたのだ。
もともと拾ってきたものだから、時々スイッチが利かないこともあるし、そろそろちゃんと使えるエアコンを取り付けたいのは山々だが、いかんせん、運営費のほとんどはメンバーのバイト料でまかなっている。
使えるうちは使おうというのがみんなの一致した意見なのだ。
「ロクたちの散歩、一人じゃ大変でしょ? 私、ロク連れて行くよ」
美利がありがたい申し出をしてくれた。
「時間、いいの?」
「うん」
暑い日は、熱せられたアスファルトの上などを歩かせると、犬の足を傷つけるため、散歩は早朝と夕方になる。
朝夕セットで二人ずつが基本として、メンバーがシフトを組んで世話をしているのだが、決められたとおりにいかないのが世の常だ。
夏休みの間は特に、旅行だ、帰省だとシフトを抜けるメンバーの代わりに、大学まで徒歩十分の勝浩が一週間続けて通ったこともある。
だが、もともと好きな犬や猫の世話だからさほど苦にはならない。
「助かったよ、美利ちゃん」
勝浩が連れているハスキーのビッグは、大きな図体と薄い目の色のせいもあって恐ろしげな面構えをしているが、かなり甘えん坊で、人懐こい。
「ううん、私、犬好きだし」
ロクに引っ張られるようにして、美利が笑う。
夕方になっても気温が三十度までしか下がらない中を散歩するのは、人間も犬たちもなかなか大変だ。
一人で運動量が必要なハスキーとラブラドールを散歩させるのは尚のこと。
さらに三匹を連れてとなると、かなりな肉体労働になる。
二人は犬たちを三十分ほど運動させ、ぐるりと学内をまわってクーラーのきいたクラブハウスに戻る。Tシャツも脱ぎたくなるほど汗だくだ。
ロクとビッグに水を与えて、今度は三匹の小型犬を連れてまた外へ。
戻ってくると、犬たちのごはんだ。
「でもさ、こうやって、元気に食べてるところ見るのが、一番好きだな、俺」
美利が何も言わなくなったので、振り返ると、美利は勝浩から目をそらす。
「どうした?」
「あのね、勝浩くん」
「何?」
「彼女、いないってほんと?」
思い切ったように顔を上げた美利は、勝浩をじっと見つめた。
「え………、うん……」
彼女が何を言いたいのか、何となくわかってしまう。
勝浩は曖昧な返事を返すしかなかった。
次の言葉を待って、途端に空気が緊張する。
「私じゃ、ダメかな? つきあえない?」
ほんの一分ほどの沈黙が重く、長い。
「ごめん、俺、好きな人、いて。片思い…なんだけど」
ようやく搾り出すように口にした言葉。
「そ………っか。わかった」
また、少しの沈黙のあと、泣き出しそうな声で美利が言った。
「その人に………、告白したの?」
「いや。別に相手いたし」
「そう…………。つらいね」
「…いや……」
「あ、気にしないで。も、忘れていいから。それに大丈夫、やめたりしないし」
急に元気な声で美利はそう言うと、「じゃ、またね」と無理に笑顔を見せてクラブハウスを出て行った。
ふう、とため息をつく。
美利を見送りながら、ひょっとして彼女とつきあってみたら、あの人のことも忘れられるのではないか、そんな思いが勝浩の脳裏をよぎる。
「バカか。そんな、彼女に失礼だよな」
ボソリと呟く。
「つきあってみればいいのに」
突然、背後から声がして、勝浩は「うわっ!」と叫んで振り返った。
「け、…ん見崎さん! いつからそこにいたんです! 人の話盗み聞きするなんて」
いつもより髭が伸び、頭をくしゃくしゃにして、のっそりと立っている検見崎は、ふわあとあくびをした。
「人聞きの悪い。俺が寝てたら二人がやってきたんじゃないか。そこで告白大会始めるから、出るに出られなくってさ」
夕べから朝まで友達につきあわされて飲んでいたという検見崎は、冷蔵庫からウーロン茶を取り出すと、自分用に置いてあるマグカップに注いで一息に飲み干す。
どうやらソファの後ろ、寒い時はビッグが寝ているクッションを枕に床の上に直に寝ていたので、勝浩も美利も気づかなかったのだ。
「で? 勝っちゃんは誰に片思いなのかな?」
面倒な相手に聞かれたな、と勝浩は眉根を寄せて検見崎を見た。
「そんなこと、あなたに言う必要ないでしょ」
「いやあ、実は美利ちゃん、多分勝っちゃん狙いだろうってわかってたんだ。ついにって思ったのにな。勝っちゃんがそんなつらい思いに心を痛めているとはつゆ知らず。誰にも言えない秘密の恋心なのねん! しかも不倫か?」
勝浩は検見崎をきっと睨みつける。
「いや、茶化しているわけじゃないって。だってさ、話してしまうと心が軽くなる、…ってあるじゃん?」
検見崎は、ん? と勝浩の顔を覗き込む。
「俺の知ってるやつ? ここの人間? まさか、垪和とか?」
勝浩は首を横に振る。
検見崎が二年前、粗大ゴミの中から見つけてきたガコガコのエアコンも、日中は多少役に立っているが、熱帯夜になりそうな日は、検見崎が暑さが苦手が犬たちを家に連れ帰ったりもする。
最初勝手に電気を配線してエアコンを使っていたために、大学側から文句をいただくなんてこともあった。
代表の垪和と検見崎で交渉の末、エアコンの電気代を払うという条件で晴れて使用が認められたのだ。
もともと拾ってきたものだから、時々スイッチが利かないこともあるし、そろそろちゃんと使えるエアコンを取り付けたいのは山々だが、いかんせん、運営費のほとんどはメンバーのバイト料でまかなっている。
使えるうちは使おうというのがみんなの一致した意見なのだ。
「ロクたちの散歩、一人じゃ大変でしょ? 私、ロク連れて行くよ」
美利がありがたい申し出をしてくれた。
「時間、いいの?」
「うん」
暑い日は、熱せられたアスファルトの上などを歩かせると、犬の足を傷つけるため、散歩は早朝と夕方になる。
朝夕セットで二人ずつが基本として、メンバーがシフトを組んで世話をしているのだが、決められたとおりにいかないのが世の常だ。
夏休みの間は特に、旅行だ、帰省だとシフトを抜けるメンバーの代わりに、大学まで徒歩十分の勝浩が一週間続けて通ったこともある。
だが、もともと好きな犬や猫の世話だからさほど苦にはならない。
「助かったよ、美利ちゃん」
勝浩が連れているハスキーのビッグは、大きな図体と薄い目の色のせいもあって恐ろしげな面構えをしているが、かなり甘えん坊で、人懐こい。
「ううん、私、犬好きだし」
ロクに引っ張られるようにして、美利が笑う。
夕方になっても気温が三十度までしか下がらない中を散歩するのは、人間も犬たちもなかなか大変だ。
一人で運動量が必要なハスキーとラブラドールを散歩させるのは尚のこと。
さらに三匹を連れてとなると、かなりな肉体労働になる。
二人は犬たちを三十分ほど運動させ、ぐるりと学内をまわってクーラーのきいたクラブハウスに戻る。Tシャツも脱ぎたくなるほど汗だくだ。
ロクとビッグに水を与えて、今度は三匹の小型犬を連れてまた外へ。
戻ってくると、犬たちのごはんだ。
「でもさ、こうやって、元気に食べてるところ見るのが、一番好きだな、俺」
美利が何も言わなくなったので、振り返ると、美利は勝浩から目をそらす。
「どうした?」
「あのね、勝浩くん」
「何?」
「彼女、いないってほんと?」
思い切ったように顔を上げた美利は、勝浩をじっと見つめた。
「え………、うん……」
彼女が何を言いたいのか、何となくわかってしまう。
勝浩は曖昧な返事を返すしかなかった。
次の言葉を待って、途端に空気が緊張する。
「私じゃ、ダメかな? つきあえない?」
ほんの一分ほどの沈黙が重く、長い。
「ごめん、俺、好きな人、いて。片思い…なんだけど」
ようやく搾り出すように口にした言葉。
「そ………っか。わかった」
また、少しの沈黙のあと、泣き出しそうな声で美利が言った。
「その人に………、告白したの?」
「いや。別に相手いたし」
「そう…………。つらいね」
「…いや……」
「あ、気にしないで。も、忘れていいから。それに大丈夫、やめたりしないし」
急に元気な声で美利はそう言うと、「じゃ、またね」と無理に笑顔を見せてクラブハウスを出て行った。
ふう、とため息をつく。
美利を見送りながら、ひょっとして彼女とつきあってみたら、あの人のことも忘れられるのではないか、そんな思いが勝浩の脳裏をよぎる。
「バカか。そんな、彼女に失礼だよな」
ボソリと呟く。
「つきあってみればいいのに」
突然、背後から声がして、勝浩は「うわっ!」と叫んで振り返った。
「け、…ん見崎さん! いつからそこにいたんです! 人の話盗み聞きするなんて」
いつもより髭が伸び、頭をくしゃくしゃにして、のっそりと立っている検見崎は、ふわあとあくびをした。
「人聞きの悪い。俺が寝てたら二人がやってきたんじゃないか。そこで告白大会始めるから、出るに出られなくってさ」
夕べから朝まで友達につきあわされて飲んでいたという検見崎は、冷蔵庫からウーロン茶を取り出すと、自分用に置いてあるマグカップに注いで一息に飲み干す。
どうやらソファの後ろ、寒い時はビッグが寝ているクッションを枕に床の上に直に寝ていたので、勝浩も美利も気づかなかったのだ。
「で? 勝っちゃんは誰に片思いなのかな?」
面倒な相手に聞かれたな、と勝浩は眉根を寄せて検見崎を見た。
「そんなこと、あなたに言う必要ないでしょ」
「いやあ、実は美利ちゃん、多分勝っちゃん狙いだろうってわかってたんだ。ついにって思ったのにな。勝っちゃんがそんなつらい思いに心を痛めているとはつゆ知らず。誰にも言えない秘密の恋心なのねん! しかも不倫か?」
勝浩は検見崎をきっと睨みつける。
「いや、茶化しているわけじゃないって。だってさ、話してしまうと心が軽くなる、…ってあるじゃん?」
検見崎は、ん? と勝浩の顔を覗き込む。
「俺の知ってるやつ? ここの人間? まさか、垪和とか?」
勝浩は首を横に振る。
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