4 / 25
月で逢おうよ 4
しおりを挟む
「ってーな、パワハラ! あのね、そうゆう古臭い日本人的発想が、若い連中の自由な意識の邪魔をしてんの。わかる?」
橋爪を睨みながら検見崎が喚く。
「わかった風なことを。ああ、もう、いいから帰れ。入稿、終わったんだろ」
勝浩は、この「the あにまる」という雑誌の、動物の真実を、動物の目線から見て伝えようという主旨が気に入っていて、検見崎からバイトに誘われたときすぐに承諾した。
仕事も面白くなってきている。
「俺は、勝浩くんを待ってんの」
検見崎がぶーたれているうちに、勝浩はファイルを保存し、パソコンの電源を落とす。
「お待たせしました」
「おう、帰ろ、帰ろ、とっとと帰ろ」
たったか小走りに編集部を出ると、検見崎はエレベーターの下りボタンを押した。
「髭面のくせに、ガキみたいなんだから」
検見崎の車のサイドシートにおさまってから、勝浩はボソリと呟いた。
「ちゃー、勝浩に言われちゃ、おしまいだぁ」
「俺のどこがガキなんです?」
光榮社のある神楽坂から車は早稲田通りに入る。
そこから目白台の勝浩の部屋までたいしてかからない。
「だって彼女とディズニーランド行って、お泊りしてないっしょ?」
「だから、彼女じゃありませんてば」
検見崎は煙草をくわえ、ふーん、と疑わしそうに勝浩を見る。
「ほんとに彼女、いないの?」
「いません」
「じゃあ、明後日の飲み会来るよな?」
「ええ? やですよ」
即答する勝浩に、尚も検見崎が詰め寄った。
「どうして?」
「さっき編集部の人たちと話してたやつでしょ? お断りします」
そう言い合っている間に、車は勝浩が借りている部屋の前に停まった。
「たまには、融通を利かせようよ」
「ユウの散歩があるから、ダメ。じゃあ、どうもありがとうございました」
にこやかに車から降りる勝浩を見送って、検見崎は大きくため息をつく。
「こりゃほんと、一筋縄じゃ、いかねーわ。可愛い顔してるくせに」
煙草を灰皿に押しつぶすと、ハンドルをきって、検見崎は大通りへと車を走らせた。
キャンパスを囲む常緑樹がうっそうと連なるその傍らを通り抜け、勝浩は足早に図書館裏へと向かっていた。
目指す先には古びたクラブハウスがぽつねんと建っている。
『動物愛護研究会』と殴り書きされたプレートがかかるドアの前には、毛並みのよさそうなゴールデンレトリバーと後ろの方にはハスキーが一匹気だるげに寝そべっていた。
木立が直射日光を遮り、ちょうど緩い風も吹いている。
「勝浩くん、今日の当番、一人だっけ? ロクたちの散歩、大変じゃない?」
振り返ると美利が足早に近づいてくる。
「うん、昨日よりは涼しいから、よかったよ。美利ちゃん、図書館とか? レポート?」
「うん、まあ」
オレンジのキャミソールにジーンズの美利はカラーリングした髪を複雑に編みこんでいる。
可愛くてキュートな、勝浩より一年下の文学部一年生だ。
入った当初は猫が苦手そうだったが、今では猫といえば美利にお呼びがかかる。
「あれ、鍵、開いてる。誰かいるのかな?」
窓は網戸になっているが、灯りはついていない。
「鍵閉めるの、忘れて帰っちゃったんじゃない?」
鍵は代表の垪和が一本持ち、当番用にはドア横の柱に引っ掛けてある。
外にいるゴールデンのロクやハスキーのビッグは、この柱と大きな銀杏の木とに張られたロープにリードでつながれ、ある程度自由に動くことができるようになっているが、暑い時は木陰から動こうともしない。
「盗られるようなものはないからいいけど」
「だって、外にはロクやビッグがいるし、中にはヨークたちがいるもんね」
ゴールデンとハスキー、二匹の大型犬の他に、中にはヨークシャーのヨーク、柴系の雑種のポチ、それにシェトランドのチェリーと、犬の檻のような部屋にわざわざ忍び込もうなどという変わり者は確かにいないだろう。
勝浩が電気のスイッチを入れて中に入ると、美利も続いて入ってきて、大きめのトートバッグを肩から降ろしてソファに置いた。
「あたしも手伝う」
美利は部屋の真ん中にどんと大きく陣取るテーブルの上で猫たちの食事を用意を始めた勝浩の横にきて、キャットフードの袋を取った。
「ありがとう」
築何十年だかわからないようなこのクラブハウスは、五年ほど前、『動物愛護研究会』の手に渡るまでに様々なサークルに使われていた、かなりな年代ものらしい。
木造で、二十畳あるかないか。
隙間だらけの窓や踏み抜きそうな床板、雨漏りする屋根を自分たちで修理をし、とりあえず雨風しのげるくらいにはだましだまし使っている。
ソファや簡易ベッドの類は、みんなで粗大ゴミから失敬してきたものに、カバーをかけた。
冷蔵庫や洗濯機も拾ってきたものだ。
シンクはかろうじて引いてある水道管を利用して自分たちで造りつけた。
電気ポットがあるので、お茶やカップ麺くらいならOKなため、当然、しょっちゅう宴会場にもなるわけだ。
猫たちのためには外に通じる開閉自在の猫用ドアや、天井に近い場所にちょうど猫が走れる程度のキャットウォークやハウスをDIYし、、狭い空間をフルに活用しているのだが、人間が五人も入れば、真夏などその不快指数は一気に上がる。
橋爪を睨みながら検見崎が喚く。
「わかった風なことを。ああ、もう、いいから帰れ。入稿、終わったんだろ」
勝浩は、この「the あにまる」という雑誌の、動物の真実を、動物の目線から見て伝えようという主旨が気に入っていて、検見崎からバイトに誘われたときすぐに承諾した。
仕事も面白くなってきている。
「俺は、勝浩くんを待ってんの」
検見崎がぶーたれているうちに、勝浩はファイルを保存し、パソコンの電源を落とす。
「お待たせしました」
「おう、帰ろ、帰ろ、とっとと帰ろ」
たったか小走りに編集部を出ると、検見崎はエレベーターの下りボタンを押した。
「髭面のくせに、ガキみたいなんだから」
検見崎の車のサイドシートにおさまってから、勝浩はボソリと呟いた。
「ちゃー、勝浩に言われちゃ、おしまいだぁ」
「俺のどこがガキなんです?」
光榮社のある神楽坂から車は早稲田通りに入る。
そこから目白台の勝浩の部屋までたいしてかからない。
「だって彼女とディズニーランド行って、お泊りしてないっしょ?」
「だから、彼女じゃありませんてば」
検見崎は煙草をくわえ、ふーん、と疑わしそうに勝浩を見る。
「ほんとに彼女、いないの?」
「いません」
「じゃあ、明後日の飲み会来るよな?」
「ええ? やですよ」
即答する勝浩に、尚も検見崎が詰め寄った。
「どうして?」
「さっき編集部の人たちと話してたやつでしょ? お断りします」
そう言い合っている間に、車は勝浩が借りている部屋の前に停まった。
「たまには、融通を利かせようよ」
「ユウの散歩があるから、ダメ。じゃあ、どうもありがとうございました」
にこやかに車から降りる勝浩を見送って、検見崎は大きくため息をつく。
「こりゃほんと、一筋縄じゃ、いかねーわ。可愛い顔してるくせに」
煙草を灰皿に押しつぶすと、ハンドルをきって、検見崎は大通りへと車を走らせた。
キャンパスを囲む常緑樹がうっそうと連なるその傍らを通り抜け、勝浩は足早に図書館裏へと向かっていた。
目指す先には古びたクラブハウスがぽつねんと建っている。
『動物愛護研究会』と殴り書きされたプレートがかかるドアの前には、毛並みのよさそうなゴールデンレトリバーと後ろの方にはハスキーが一匹気だるげに寝そべっていた。
木立が直射日光を遮り、ちょうど緩い風も吹いている。
「勝浩くん、今日の当番、一人だっけ? ロクたちの散歩、大変じゃない?」
振り返ると美利が足早に近づいてくる。
「うん、昨日よりは涼しいから、よかったよ。美利ちゃん、図書館とか? レポート?」
「うん、まあ」
オレンジのキャミソールにジーンズの美利はカラーリングした髪を複雑に編みこんでいる。
可愛くてキュートな、勝浩より一年下の文学部一年生だ。
入った当初は猫が苦手そうだったが、今では猫といえば美利にお呼びがかかる。
「あれ、鍵、開いてる。誰かいるのかな?」
窓は網戸になっているが、灯りはついていない。
「鍵閉めるの、忘れて帰っちゃったんじゃない?」
鍵は代表の垪和が一本持ち、当番用にはドア横の柱に引っ掛けてある。
外にいるゴールデンのロクやハスキーのビッグは、この柱と大きな銀杏の木とに張られたロープにリードでつながれ、ある程度自由に動くことができるようになっているが、暑い時は木陰から動こうともしない。
「盗られるようなものはないからいいけど」
「だって、外にはロクやビッグがいるし、中にはヨークたちがいるもんね」
ゴールデンとハスキー、二匹の大型犬の他に、中にはヨークシャーのヨーク、柴系の雑種のポチ、それにシェトランドのチェリーと、犬の檻のような部屋にわざわざ忍び込もうなどという変わり者は確かにいないだろう。
勝浩が電気のスイッチを入れて中に入ると、美利も続いて入ってきて、大きめのトートバッグを肩から降ろしてソファに置いた。
「あたしも手伝う」
美利は部屋の真ん中にどんと大きく陣取るテーブルの上で猫たちの食事を用意を始めた勝浩の横にきて、キャットフードの袋を取った。
「ありがとう」
築何十年だかわからないようなこのクラブハウスは、五年ほど前、『動物愛護研究会』の手に渡るまでに様々なサークルに使われていた、かなりな年代ものらしい。
木造で、二十畳あるかないか。
隙間だらけの窓や踏み抜きそうな床板、雨漏りする屋根を自分たちで修理をし、とりあえず雨風しのげるくらいにはだましだまし使っている。
ソファや簡易ベッドの類は、みんなで粗大ゴミから失敬してきたものに、カバーをかけた。
冷蔵庫や洗濯機も拾ってきたものだ。
シンクはかろうじて引いてある水道管を利用して自分たちで造りつけた。
電気ポットがあるので、お茶やカップ麺くらいならOKなため、当然、しょっちゅう宴会場にもなるわけだ。
猫たちのためには外に通じる開閉自在の猫用ドアや、天井に近い場所にちょうど猫が走れる程度のキャットウォークやハウスをDIYし、、狭い空間をフルに活用しているのだが、人間が五人も入れば、真夏などその不快指数は一気に上がる。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
Tea Time
chatetlune
BL
「月で逢おうよ」の後の幸也と勝浩のエピソードです。
再会してぐっと近づいた、はずの幸也と勝浩だったが、幸也には何となく未だに勝浩の自分への想いを信じ切られないところがあった。それは勝浩に対しての自分のこれまでの行状が故のことなのだが、検見崎が知っている勝浩のことが幸也にとっては初耳だったりして、幸也は何となく焦りを感じていた。
しば犬ホストとキツネの花屋
ことわ子
BL
【相槌を打たなかったキミへ】のスピンオフ作品になります。上記を読んでいなくても理解できる内容となっています。
とりあえずビッグになるという目標の元、田舎から上京してきた小太郎は源氏名、結城ナナトと名乗り新人ホストをしていた。
ある日、店の先輩ホストであるヒロムが女の人と歩いているのを目撃する。同伴もアフターもしないヒロムが女の人を連れていることが気になり、興味本位で後をつけることにした小太郎だったが──
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
ペイン・リリーフ
こすもす
BL
事故の影響で記憶障害になってしまった琴(こと)は、内科医の相澤に紹介された、精神科医の篠口(しのぐち)と生活を共にすることになる。
優しく甘やかしてくれる篠口に惹かれていく琴だが、彼とは、記憶を失う前にも会っていたのではないかと疑いを抱く。
記憶が戻らなくても、このまま篠口と一緒にいられたらいいと願う琴だが……。
★7:30と18:30に更新予定です(*´艸`*)
★素敵な表紙は らテて様✧︎*。
☆過去に書いた自作のキャラクターと、苗字や名前が被っていたことに気付きました……全く別の作品ですのでご了承ください!
クリスマスの空
chatetlune
BL
夏前に山本力とつき合うことになった佑人の世界は一変した。だが、高校三年生の彼らには受験や卒業が迫っていた。無論東山や坂本らも当然受験体制に入っているのだが、問題は力は進路を佑人以外に話していないということだった。そんな中でも世の中はクリスマスに近づき、浮足立っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる