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風そよぐ 63
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「浜野さん」
良太に声をかけられて浜野は振り返った。
「どちらかというと大変なのは本谷さんではないかと思います。確かに、社会経験もあり、礼儀正しい方ではありますが、この業界では慣れないことも多いのではないでしょうか。会社としては本谷さんに専属のマネージャーなりアシスタントなりをつけていただくわけにはいかないのでしょうか」
しばし浜野は良太の顔をじっとみつめ、ポケットからハンカチを出してまた額の汗をぬぐった。
「はあ、それはごもっともな話なのですが………今回のことで、私ももう一度、上司に訴えてみたのですが………何分、上が決めることでして、はたしてどうなるかはまだ………」
言葉を詰まらせながら浜野はそれだけを口にした。
「そうですか、差し出がましいことを申しました。お見舞いを頂きました件につきましては工藤にも申し伝えて、後ほど御社の方へご連絡させますので、よろしくお願いいたします」
浜野が再度深く頭を下げてオフィスを出ていくのを見送って、良太は、はあ、と大きくため息をついた。
「何でこんなもん受け取ったんだ、とか、俺が工藤さんにどやしつけられそうじゃん」
鈴木さんはフフフと笑った。
「仕方ないわねぇ、一度差し出したものだし、引っ込みもつかないでしょう。三百万くらいかしらね」
「え、すご、鈴木さんわかるんですか?」
熨斗を付けた紙包みを見ながら推測した鈴木さんに、良太は驚いた。
「まあね、長年経理やってますからね」
「本谷さんのギャラにプラスして返してしまえばどうですかね」
「そうねぇ、とりあえず、工藤さんに相談してみた方がいいでしょう」
「ですね。あ、でもこっちの高そうなメロンの方はもらっちゃっていいのかな」
「いいんじゃない? せっかくミタエンタープライズがお見舞いに下すったんだから。冷蔵庫にいれておきましょうね」
鈴木さんは高そうなメロンの箱二個セットを持ってキッチンに行った。
「ついでにお茶にしましょうか」
キッチンから鈴木さんが聞いた。
「ありがとうございます」
下柳からも当分こっちには来なくていいと言い渡されている良太だが、京都に行く前に一度スタジオを覗いてみようとは思っている。
窓に近いソファにお茶を持って行くと、お土産のどら焼きを食べながら二人でまったりとお茶を飲む。
そんな時間を過ごすのも久しぶりだ。
するとフフフ、と鈴木さんが思い出し笑いをした。
「どうしたんですか?」
「ほんと夕べは良太ちゃんの快気祝いとか勝手に理由をつけて、皆さん割とはしゃいでお酒を飲んでらして。あ、でも良太ちゃんのことを心配して集まってくださったのは確かだし」
「わかってますよ。ほんとにご心配おかけしました」
良太もぺこりと頭を下げた。
「良太ちゃんが大事にならなかったってわかったからだから、はしゃいでもいいお酒だったと思うわよ。私もそれに少し便乗してしまったんだけど、ほんとはね、ほら、宇都宮さんいらしてたでしょ」
あらら、ここにも宇都宮フリークがいたんだっけ。
良太はいつぞや、鈴木さんがオフィスに現れた宇都宮のことを素敵な方ね、なんて言っていたのを思い出した。
「だからちょっとだけ、混ぜていただいたのよ。宇都宮さんて、ホント気取らないのに何をやっても決まってるみたいな感じで、ここでお仕事させていただいてる役得よね」
「ほんとです、宇都宮さんて、カッコつけてるつもりなくてもカッコいいですよね」
「でしょ?」
鈴木さんはちょっとお茶目に笑う。
宇都宮のスケジュール優先なので、宇都宮が今撮影中の映画のロケが終わり次第、来月に入ったらまた『田園』の撮影がある。
あんな形になったものの、次会っても何ごともなかったかのように話せそうなところが、また宇都宮の不思議なところだ。
「明日からまた『からくれないに』の撮影だし、今日はのんびりさせてもらったからビシバシいかないと」
「良太ちゃん、無理しないのよ? 明後日は京都に行くんでしょ?」
「ええ、動かないと身体もなまっちゃうし」
真中や奈々からもラインが入って、良太を心配してくれた。
奈々は三日間オフで実家に戻っているところだったので谷川も知らせなかったのだが、やはりネットニュースを見たらしかった。
仕事に戻ってるしかすり傷だからご心配なく、と良太は二人に返した。
志村や小杉はCM撮影のため北海道から秋山と連絡を取ったらしく、秋山経由で少し休養した方がいいというメッセージを受け取った。
ネットのニュースなど見ない軽井沢の平造からも、カンパネッラのシェフ吉川から聞いたらしく連絡が来た。
こうして社員みんなから心配されてみると、本当に家族のようだと良太は思う。
万年人手不足とはいえ、少人数の会社だからこそというのがあるのだろう。
今更ながらに有難いと思う。
やっぱ、この会社離れることも、引っ越すこともできそうにないな。
ぼんやりそんなことを考えていると、ポケットの携帯が鳴った。
「ひとみさん? あ、ええ、もう全然、平気です。会社です。ってより、確かLAじゃなかったですか? 今」
「そうよ、須永ちゃんがね、さっきネット見てこれって青山プロじゃないかっていうから、よく見たら高広じゃない? で寝っ転がってるのが良太ちゃんだし、もうびっくりしたわよ」
「LAはもう真夜中ですね。ひとみさん、いつまで?」
ひとみはCMのロケついでにオフを楽しんでいるはずだった。
良太に声をかけられて浜野は振り返った。
「どちらかというと大変なのは本谷さんではないかと思います。確かに、社会経験もあり、礼儀正しい方ではありますが、この業界では慣れないことも多いのではないでしょうか。会社としては本谷さんに専属のマネージャーなりアシスタントなりをつけていただくわけにはいかないのでしょうか」
しばし浜野は良太の顔をじっとみつめ、ポケットからハンカチを出してまた額の汗をぬぐった。
「はあ、それはごもっともな話なのですが………今回のことで、私ももう一度、上司に訴えてみたのですが………何分、上が決めることでして、はたしてどうなるかはまだ………」
言葉を詰まらせながら浜野はそれだけを口にした。
「そうですか、差し出がましいことを申しました。お見舞いを頂きました件につきましては工藤にも申し伝えて、後ほど御社の方へご連絡させますので、よろしくお願いいたします」
浜野が再度深く頭を下げてオフィスを出ていくのを見送って、良太は、はあ、と大きくため息をついた。
「何でこんなもん受け取ったんだ、とか、俺が工藤さんにどやしつけられそうじゃん」
鈴木さんはフフフと笑った。
「仕方ないわねぇ、一度差し出したものだし、引っ込みもつかないでしょう。三百万くらいかしらね」
「え、すご、鈴木さんわかるんですか?」
熨斗を付けた紙包みを見ながら推測した鈴木さんに、良太は驚いた。
「まあね、長年経理やってますからね」
「本谷さんのギャラにプラスして返してしまえばどうですかね」
「そうねぇ、とりあえず、工藤さんに相談してみた方がいいでしょう」
「ですね。あ、でもこっちの高そうなメロンの方はもらっちゃっていいのかな」
「いいんじゃない? せっかくミタエンタープライズがお見舞いに下すったんだから。冷蔵庫にいれておきましょうね」
鈴木さんは高そうなメロンの箱二個セットを持ってキッチンに行った。
「ついでにお茶にしましょうか」
キッチンから鈴木さんが聞いた。
「ありがとうございます」
下柳からも当分こっちには来なくていいと言い渡されている良太だが、京都に行く前に一度スタジオを覗いてみようとは思っている。
窓に近いソファにお茶を持って行くと、お土産のどら焼きを食べながら二人でまったりとお茶を飲む。
そんな時間を過ごすのも久しぶりだ。
するとフフフ、と鈴木さんが思い出し笑いをした。
「どうしたんですか?」
「ほんと夕べは良太ちゃんの快気祝いとか勝手に理由をつけて、皆さん割とはしゃいでお酒を飲んでらして。あ、でも良太ちゃんのことを心配して集まってくださったのは確かだし」
「わかってますよ。ほんとにご心配おかけしました」
良太もぺこりと頭を下げた。
「良太ちゃんが大事にならなかったってわかったからだから、はしゃいでもいいお酒だったと思うわよ。私もそれに少し便乗してしまったんだけど、ほんとはね、ほら、宇都宮さんいらしてたでしょ」
あらら、ここにも宇都宮フリークがいたんだっけ。
良太はいつぞや、鈴木さんがオフィスに現れた宇都宮のことを素敵な方ね、なんて言っていたのを思い出した。
「だからちょっとだけ、混ぜていただいたのよ。宇都宮さんて、ホント気取らないのに何をやっても決まってるみたいな感じで、ここでお仕事させていただいてる役得よね」
「ほんとです、宇都宮さんて、カッコつけてるつもりなくてもカッコいいですよね」
「でしょ?」
鈴木さんはちょっとお茶目に笑う。
宇都宮のスケジュール優先なので、宇都宮が今撮影中の映画のロケが終わり次第、来月に入ったらまた『田園』の撮影がある。
あんな形になったものの、次会っても何ごともなかったかのように話せそうなところが、また宇都宮の不思議なところだ。
「明日からまた『からくれないに』の撮影だし、今日はのんびりさせてもらったからビシバシいかないと」
「良太ちゃん、無理しないのよ? 明後日は京都に行くんでしょ?」
「ええ、動かないと身体もなまっちゃうし」
真中や奈々からもラインが入って、良太を心配してくれた。
奈々は三日間オフで実家に戻っているところだったので谷川も知らせなかったのだが、やはりネットニュースを見たらしかった。
仕事に戻ってるしかすり傷だからご心配なく、と良太は二人に返した。
志村や小杉はCM撮影のため北海道から秋山と連絡を取ったらしく、秋山経由で少し休養した方がいいというメッセージを受け取った。
ネットのニュースなど見ない軽井沢の平造からも、カンパネッラのシェフ吉川から聞いたらしく連絡が来た。
こうして社員みんなから心配されてみると、本当に家族のようだと良太は思う。
万年人手不足とはいえ、少人数の会社だからこそというのがあるのだろう。
今更ながらに有難いと思う。
やっぱ、この会社離れることも、引っ越すこともできそうにないな。
ぼんやりそんなことを考えていると、ポケットの携帯が鳴った。
「ひとみさん? あ、ええ、もう全然、平気です。会社です。ってより、確かLAじゃなかったですか? 今」
「そうよ、須永ちゃんがね、さっきネット見てこれって青山プロじゃないかっていうから、よく見たら高広じゃない? で寝っ転がってるのが良太ちゃんだし、もうびっくりしたわよ」
「LAはもう真夜中ですね。ひとみさん、いつまで?」
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